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	<title>アラエス &#187; 産業構造の高度化</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>日本の経済の歴史について③　－産業構造の変化とバブル経済－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1849</link>
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		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 12:48:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[宮下]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済史]]></category>
		<category><![CDATA[バブル景気]]></category>
		<category><![CDATA[プラザ合意]]></category>
		<category><![CDATA[ペティ・クラークの法則]]></category>
		<category><![CDATA[失われた10年]]></category>
		<category><![CDATA[平成不況]]></category>
		<category><![CDATA[構造改革特区]]></category>
		<category><![CDATA[減量経営]]></category>
		<category><![CDATA[産業の空洞化]]></category>
		<category><![CDATA[産業構造の高度化]]></category>
		<category><![CDATA[第三次産業]]></category>

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		<description><![CDATA[日本の経済の歴史について、産業構造とバブルの点から考えてみます &#160; &#160; ・産業構造の高度化について &#160; 　※そもそもの高度経済成長の内容 　　→第二次産業が大きくなり、中でも重化学工業が大き [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1849">日本の経済の歴史について③　－産業構造の変化とバブル経済－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>日本の経済の歴史について、産業構造とバブルの点から考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・産業構造の高度化について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※そもそもの高度経済成長の内容</p>
<p>　　→第二次産業が大きくなり、中でも重化学工業が大きくなっていった</p>
<p>　　</p>
<p>　※産業の種類分けについて</p>
<p>　　・第一次産業・・農業、林業、水産業などの産業のこと</p>
<p>　　・第二次産業・・製造業、ガス電気業などの産業のこと</p>
<p>　　・第三次産業・・サービス業や通信業、金融業などの産業のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９８０年代の産業の様子</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・第一次産業と省エネ型の産業以外の第二次産業の生産額と就職する人が低下ぎみだった</p>
<p>　　　→これに変わって、第三次産業の比率が高まっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※上のように、産業の比率の大きい分野が、第一次から、二次、三次と変わっていくことを</p>
<p>　　　産業構造の高度化と言う</p>
<p>　　　→その中でも、経済成長と所得の上昇が影響して、</p>
<p>　　　　労働力が第一次から三次にシフトするということがある</p>
<p>　　　　＝この動きのことを、ぺティ・クラークの法則と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第三次産業について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・第三次産業には、経済のサービス化と経済のソフト化が進むことがあると言われている</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・経済のサービス化・・第三次産業の比率が高くなること</p>
<p>　　　　※第三次産業のほとんどの産業は、サービスを生産していることから</p>
<p>　　　　　言われるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・経済のソフト化・・モノ自体ではなく、モノについているソフトの価値の</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　重要度が高まること</p>
<p>　　　　※経済のソフト化は、第三次産業だけでなく、製造業（特に加工組立型産業）でも</p>
<p>　　　　　進んだと言われている　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→この２つは、お互いに影響を与えながら進むと言われている</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・バブル経済になるまでの日本の経済の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９７０年代の石油危機は、産業構造の高度化と企業の減量経営によって</p>
<p>　　乗り切ったと言われている</p>
<p>　　※産業構造の高度化・・産業の比率が、第一次から第三次に動いていくこと</p>
<p>　　　減量経営・・労働者、借金、在庫などを減らしつつ、</p>
<p>　　　　　　　　　少しの成長で収益を増やしていこうとする経営の方式のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、日本は１９８５年のプラザ合意がきっかけで、不況になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※プラザ合意・・ドル高を直すために各国が認めた合意のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　→これによって急に円高になり、輸出に頼っていた日本は</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　ダメージを受けた</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　＝この動きによって起きた不況を円高不況と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※企業の中には、円高の影響を避けるために、日本で作って海外に輸出するのではなく、</p>
<p>　　　　そもそもの作る場所を海外に移す、という行動を取る人もいた</p>
<p>　　　　＝このように、産業が日本から海外に出ていってしまう現象を、産業の空洞化と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９８７年に、ルーブル合意という合意によって、円高だった為替相場が安定してきて、</p>
<p>　　輸出もできるようになってきたので景気がまた上を向き始めた</p>
<p>　　→ここで上向きになった景気が続き、日本の経済は１９９０年代の頭まで、</p>
<p>　　　長期間の好景気が続いた</p>
<p>　　　＝この時の景気を平成景気（バブル景気）と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・バブル景気の時の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・バブル景気の時は、低金利の状態で資金を調達することができる状況だった</p>
<p>　　→そのため、予想以上に調達することができるようになり、</p>
<p>　　　お金が余るところも出てきた</p>
<p>　　→そこで、お金をどのように使うかということが考えられ、</p>
<p>　　　主に下の２つのような使い道があった</p>
<p>　</p>
<p>　　・新製品を作るための開発の費用や、企業を合理的に動かしていくための</p>
<p>　　　経費などに使われた</p>
<p>　　・財テクに使われた</p>
<p>　　　※財テク・・株式や土地などを買って、効率的にお金を動かすこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→この２つの影響によって、株や土地の値段が、</p>
<p>　　　経済的に見て適していると言われた金額を大きく上回った</p>
<p>　　　＝この現象をバブルという</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、上のような現状があっても・・</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・株や土地の値段が上がっていったので、</p>
<p>　　　　資産効果（価格の上昇で家計の消費なども増えたりすること）が働いて</p>
<p>　　　　消費がどんどん増え、消費の先が株や土地に向けられ、</p>
<p>　　　　資産効果が高まり・・という状況が続いた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・エクイティ・ファイナンスという資金調達を積極的に行って、</p>
<p>　　　　これで得た資金の多くを財テクに使った　</p>
<p>　　　　※エクイティ・ファイナンス・・様々な株式の発行によって資金を調達すること</p>
<p>　　　　→というようなことがあったので、結果的にバブルはどんどん大きくなっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・１９９０年代の日本経済の状況について</p>
<p>　</p>
<p>　・１９９０年代に入ったあたりに、バブル経済の行きすぎを不安に思った日本銀行が、</p>
<p>　　金融引き締めを行った</p>
<p>　　→結果的に株や土地の値段が一気に下がり、バブル経済が崩れてしまった</p>
<p>　</p>
<p>　→バブル経済の崩壊によって、日本の経済は突然、長期の不況になってしまった</p>
<p>　　＝この不況のことを平成不況とも言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※平成不況は、１９９１年４月から１９９３年１０月までだったが、</p>
<p>　　　景気が回復することはなく、９６年に少し回復したものの、９７年にまた低迷した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本経済の現状について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・バブル崩壊後の１０年間は、「失われた１０年」と言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→なぜ「失われた１０年」と言われているのか</p>
<p>　　・景気の回復のために公共支出を増やしたが、結果が出ず、</p>
<p>　　　逆に支出を増やした分の赤字が増えてしまった</p>
<p>　　・金融機関の不良債権を処理して、金融システムを落ち着かせることを目指したが、</p>
<p>　　　結果が出なかった</p>
<p>　　・産業の面で、韓国、中国、ＡＳＥＡＮに追いつかれ、</p>
<p>　　　ＩＴ技術の面でアメリカに引き離された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→このように、様々な動きをしても、結果が出なかったことから</p>
<p>　　　　失われた１０年と名づけられていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・「失われた１０年」を打破するための動きとして、「構造改革」を目標にして、</p>
<p>　　小泉内閣が動き、以下のようなことを行った</p>
<p>　　</p>
<p>　　・様々な規制緩和（規制を弱くしたり、無くしたりすること）を行った</p>
<p>　　・金融財政改革という改革を行った</p>
<p>　　・産業再生機構が産業再生を行ったりした</p>
<p>　　　＝債権を企業から買い取って、企業を復活させることを目指した</p>
<p>　　・経済の自由化を展開し、国立大学の法人化、郵政民営化などを行った</p>
<p>　　・日本の各地で構造改革特区というところを設定して、</p>
<p>　　　教育、医療などの様々な分野で、様々な実験を行った</p>
<p>　　　※構造改革特区・・どこかの地域を限定して、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　その地域の規制を緩和するというために設定した地域のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→小泉改革の構造改革は、格差を生み出したと言われている</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1849">日本の経済の歴史について③　－産業構造の変化とバブル経済－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>バブル経済から現在までの日本経済の歴史について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1736</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1736#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 21:24:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本経済]]></category>
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		<description><![CDATA[バブル経済からの日本経済の歴史を考えてみます &#160; &#160; ・バブル経済になるまでの日本の経済の動きについて &#160; 　・１９７０年代の石油危機は、産業構造の高度化と企業の減量経営によって 　　乗り切 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1736">バブル経済から現在までの日本経済の歴史について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>バブル経済からの日本経済の歴史を考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・バブル経済になるまでの日本の経済の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９７０年代の石油危機は、産業構造の高度化と企業の減量経営によって</p>
<p>　　乗り切ったと言われている</p>
<p>　　※産業構造の高度化・・産業の比率が、第一次から第三次に動いていくこと</p>
<p>　　　減量経営・・労働者、借金、在庫などを減らしつつ、</p>
<p>　　　　　　　　　少しの成長で収益を増やしていこうとする経営の方式のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、日本は１９８５年のプラザ合意がきっかけで、不況になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※プラザ合意・・ドル高を直すために各国が認めた合意のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　→これによって急に円高になり、輸出に頼っていた日本は</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　ダメージを受けた</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　＝この動きによって起きた不況を円高不況と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※企業の中には、円高の影響を避けるために、日本で作って海外に輸出するのではなく、</p>
<p>　　　　そもそもの作る場所を海外に移す、という行動を取る人もいた</p>
<p>　　　　＝このように、産業が日本から海外に出ていってしまう現象を、産業の空洞化と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９８７年に、ルーブル合意という合意によって、円高だった為替相場が安定してきて、</p>
<p>　　輸出もできるようになってきたので景気がまた上を向き始めた</p>
<p>　　→ここで上向きになった景気が続き、日本の経済は１９９０年代の頭まで、</p>
<p>　　　長期間の好景気が続いた</p>
<p>　　　＝この時の景気を平成景気（バブル景気）と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・バブル景気の時の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・バブル景気の時は、低金利の状態で資金を調達することができる状況だった</p>
<p>　　→そのため、予想以上に調達することができるようになり、</p>
<p>　　　お金が余るところも出てきた</p>
<p>　　→そこで、お金をどのように使うかということが考えられ、</p>
<p>　　　主に下の２つのような使い道があった</p>
<p>　</p>
<p>　　・新製品を作るための開発の費用や、企業を合理的に動かしていくための経費などに使われた</p>
<p>　　・財テクに使われた</p>
<p>　　　※財テク・・株式や土地などを買って、効率的にお金を動かすこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→この２つの影響によって、株や土地の値段が、経済的に見て適していると言われた金額を</p>
<p>　　　大きく上回った</p>
<p>　　　＝この現象をバブルという</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、上のような現状があっても・・</p>
<p>　　　・株や土地の値段が上がっていったので、資産効果（価格の上昇で家計の消費なども</p>
<p>　　　　増えたりすること）が働いて消費がどんどん増え、消費の先が株や土地に向けられ、</p>
<p>　　　　資産効果が高まり・・という状況が続いた</p>
<p>　　　・エクイティ・ファイナンスという資金調達を積極的に行って、</p>
<p>　　　　これで得た資金の多くを財テクに使った　</p>
<p>　　　　※エクイティ・ファイナンス・・様々な株式の発行によって資金を調達すること</p>
<p>　　　　　→というようなことがあったので、結果的にバブルはどんどん大きくなっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・１９９０年代の日本経済の状況について</p>
<p>　</p>
<p>　・１９９０年代に入ったあたりに、バブル経済の行きすぎを不安に思った日本銀行が、</p>
<p>　　金融引き締めを行った</p>
<p>　　→結果的に株や土地の値段が一気に下がり、バブル経済が崩れてしまった</p>
<p>　</p>
<p>　→バブル経済の崩壊によって、日本の経済は突然、長期の不況になってしまった</p>
<p>　　＝この不況のことを平成不況とも言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※平成不況は、１９９１年４月から１９９３年１０月までだったが、</p>
<p>　　　景気が回復することはなく、９６年に少し回復したものの、９７年にまた低迷した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本経済の現状について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・バブル崩壊後の１０年間は、「失われた１０年」と言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→なぜ「失われた１０年」と言われているのか</p>
<p>　　・景気の回復のために公共支出を増やしたが、結果が出ず、逆に支出を増やした分の</p>
<p>　　　赤字が増えてしまった</p>
<p>　　・金融機関の不良債権を処理して、金融システムを落ち着かせることを目指したが、</p>
<p>　　　結果が出なかった</p>
<p>　　・産業の面で、韓国、中国、ＡＳＥＡＮに追いつかれ、</p>
<p>　　　ＩＴ技術の面でアメリカに引き離された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→このように、様々な動きをしても、結果が出なかったことから</p>
<p>　　　　失われた１０年と名づけられていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・「失われた１０年」を打破するための動きとして、「構造改革」を目標にして、</p>
<p>　　小泉内閣が動き、以下のようなことを行った</p>
<p>　　</p>
<p>　　・金融財政改革という改革を行った</p>
<p>　　・産業再生機構が産業再生を行ったりした</p>
<p>　　　＝債権を企業から買い取って、企業を復活させることを目指した</p>
<p>　　・経済の自由化を展開し、国立大学の法人化、郵政民営化などを行った</p>
<p>　　・日本の各地で構造改革特区というところを設定して、教育、医療などの様々な分野で、</p>
<p>　　　様々な実験を行った</p>
<p>　　　※構造改革特区・・どこかの地域を限定して、その地域の規制を緩和するというために</p>
<p>　　　　　　　　　　　　設定した地域のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→小泉改革の構造改革は、格差を生み出したと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・バブル経済までの動きを押さえる</p>
<p>・バブル経済の時のそれぞれの動きを押さえる</p>
<p>・１９９０年代の流れと、「失われた１０年」の特徴を押さえる</p>
<p>・小泉内閣の動きを押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1736">バブル経済から現在までの日本経済の歴史について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>安定成長と産業構造の高度化の時の日本経済の歴史について　－石油危機からバブル経済－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1735</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1735#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 21:19:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本経済]]></category>
		<category><![CDATA[スタグフレーション]]></category>
		<category><![CDATA[ペティ・クラークの法則]]></category>
		<category><![CDATA[安定成長]]></category>
		<category><![CDATA[産業構造の高度化]]></category>
		<category><![CDATA[知識集約型産業]]></category>
		<category><![CDATA[石油危機]]></category>
		<category><![CDATA[第四次中東戦争]]></category>
		<category><![CDATA[経済のソフト化]]></category>
		<category><![CDATA[都市問題]]></category>
		<category><![CDATA[ＯＰＥＣ]]></category>

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		<description><![CDATA[安定成長と産業構造の高度化を中心にして考えてみます &#160; &#160; ・１９７０年代の日本経済について 　→１９７０年代から、日本の成長の勢いが弱まってきた &#160; 　・決定的に高度経済成長を止めた原因は [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1735">安定成長と産業構造の高度化の時の日本経済の歴史について　－石油危機からバブル経済－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>安定成長と産業構造の高度化を中心にして考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・１９７０年代の日本経済について</p>
<p>　→１９７０年代から、日本の成長の勢いが弱まってきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・決定的に高度経済成長を止めた原因は、１９７３年の石油危機（第一次石油危機）だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９７３年に第四次中東戦争という戦争が発生し、</p>
<p>　　　その時にＯＰＥＣ（石油輸出国機構）というところが石油の値段を約４倍に引き上げた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※石油危機の影響で、日本はスタグフレーションとなった</p>
<p>　　　・スタグフレーション・・不況と物価上昇が同時に起きること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９７９年にも石油危機（第二次石油危機）が起き、</p>
<p>　　　１９８０年代前半までの年平均成長率は４．１％になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・さらに、日本政府は経済成長のために産業を優先したので、</p>
<p>　　この動きが公害問題、都市問題などを引き起こした</p>
<p>　　※都市問題・・地域が都市化することによって発生する問題のこと　（環境の破壊など）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→上のような、石油危機、公害や都市の問題などの影響を受けて、様々な動きが見られるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・政府は安定成長を目標にした</p>
<p>　　　※安定成長・・人々の生活レベルを上げることと、</p>
<p>　　　　　　　　　　出来るだけ高く持続的な経済成長を同時に行うこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・企業は、資源を多く消費するスタイルを辞めて、資本集約型から、</p>
<p>　　　知識集約型産業へ移ることを目指した</p>
<p>　　　※知識集約型産業・・研究者や技術者を多く使い、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　研究開発にコストを多くかける産業のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　（コンピューターやＩＣの産業などが当てはまる）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・１９８０年代に円高で経済摩擦が起きた</p>
<p>　　　→そこで、外需を中心とした動きから、内需を大きくする動きを目指した</p>
<p>　　　　＝海外への輸出を増やすよりも、日本国内での消費を多くする動きを目指した</p>
<p>　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・産業構造の高度化について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※そもそもの高度経済成長の内容</p>
<p>　　→第二次産業が大きくなり、中でも重化学工業が大きくなっていった</p>
<p>　　</p>
<p>　※産業の種類分けについて</p>
<p>　　・第一次産業・・農業、林業、水産業などの産業のこと</p>
<p>　　・第二次産業・・製造業、ガス電気業などの産業のこと</p>
<p>　　・第三次産業・・サービス業や通信業、金融業などの産業のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９８０年代の産業の様子</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・第一次産業と省エネ型の産業以外の第二次産業の生産額と就職する人が低下ぎみだった</p>
<p>　　　→これに変わって、第三次産業の比率が高まっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※上のように、産業の比率の大きい分野が、第一次から、二次、三次と変わっていくことを、</p>
<p>　　　産業構造の高度化と言う</p>
<p>　　　→その中でも、経済成長と所得の上昇が影響して、労働力が第一次から三次に</p>
<p>　　　　シフトするということがある</p>
<p>　　　　＝この動きのことを、ぺティ・クラークの法則と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第三次産業について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・第三次産業には、経済のサービス化と経済のソフト化が進むことがあると言われている</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・経済のサービス化・・第三次産業の比率が高くなること</p>
<p>　　　　※第三次産業のほとんどの産業は、サービスを生産していることから</p>
<p>　　　　　言われるようになった</p>
<p>　　　・経済のソフト化・・モノ自体ではなく、モノについているソフトの価値の</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　重要度が高まること</p>
<p>　　　　※経済のソフト化は、第三次産業だけでなく、製造業（特に加工組立型産業）でも</p>
<p>　　　　　進んだと言われている　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→この２つは、お互いに影響を与えながら進むと言われている</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・１９７０年代の日本経済の流れを押さえる</p>
<p>・石油危機や様々な問題に対するそれぞれの動きを押さえる</p>
<p>・産業構造の種類と１９８０年代の産業を押さえる</p>
<p>・第三次産業の特徴を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1735">安定成長と産業構造の高度化の時の日本経済の歴史について　－石油危機からバブル経済－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>日本の経済大国への成長について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1343</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1343#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 29 Oct 2013 18:05:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[天然パーマ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[高度成長・平成時代]]></category>
		<category><![CDATA[「経済大国」]]></category>
		<category><![CDATA[イラン革命]]></category>
		<category><![CDATA[全日本民間労働組合連合会]]></category>
		<category><![CDATA[成田空港]]></category>
		<category><![CDATA[減量経営]]></category>
		<category><![CDATA[瀬戸大橋]]></category>
		<category><![CDATA[産業構造の高度化]]></category>
		<category><![CDATA[第二次石油危機]]></category>
		<category><![CDATA[経済のサービス化]]></category>
		<category><![CDATA[連合]]></category>

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		<description><![CDATA[日本の経済大国への成長について考えてみます &#160; &#160; ・日本の経済成長について &#160; 　・第一次石油危機の後から世界経済が停滞する状況の中で、日本は早い段階で 　　不況から脱出することが出来た  [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1343">日本の経済大国への成長について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>日本の経済大国への成長について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の経済成長について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第一次石油危機の後から世界経済が停滞する状況の中で、日本は早い段階で</p>
<p>　　不況から脱出することが出来た</p>
<p>　　→さらに、１９７９年の第二次石油危機も乗り切って、安定成長の流れを作ることができた</p>
<p>　　　※第二次石油危機・・イラン革命という革命によって、原油価格が</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　約３倍に引き上げられた出来事のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・当時の様々な様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時の日本の企業と労働者は、以下のようなことを行った</p>
<p>　　→・減量経営を意識して、コストの削減を目指した</p>
<p>　　　　※減量経営・・省エネルギーや人員削減、パート労働などへの切り替えなどで</p>
<p>　　　　　　　　　　　成長しようとする経営のこと</p>
<p>　　　・コンピュータや産業用ロボットなどＭＥ（マイクロ・エレクトロニクス）技術を利用して</p>
<p>　　　　工場やオフィスなどの自動化を進めていった</p>
<p>　　　・民間の大企業で働く労働者たちの中で、賃上げを自粛するムードが広がってきた</p>
<p>　　　　→一方で、民間労働組合主導の労働戦線統一が進められ、</p>
<p>　　　　　１９８７年に労使協調的な会として全日本民間労働組合連合会が発足した</p>
<p>　　　・１９８９年に、総評は解散して全日本民間労働組合連合会に合流して、</p>
<p>　　　　日本労働組合総連合会（連合）となった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時の産業では以下のようなことがあった</p>
<p>　　→・鉄鋼、石油化学、造船などの部門で停滞が激しかった</p>
<p>　　　・自動車や電気機械、半導体やＩＣ（集積回路）、コンピュータなどの</p>
<p>　　　　ハイテクの分野が輸出を中心にして急速に生産を伸ばしてった</p>
<p>　　　　※この時に、日本の貿易黒字は大幅に拡大したため、欧米の国々との間に</p>
<p>　　　　　貿易摩擦が発生し、為替相場が円高の動きに向かった</p>
<p>　　　　　</p>
<p>　　　　※産業構造の高度化はさらに進み、１９７０年～１９９０年の２０年間で</p>
<p>　　　　　第一次産業の就業人口の比重は半減して１割を割り込み、</p>
<p>　　　　　第二次産業人口の割合が横ばいになった</p>
<p>　　　　　→一方で、サービス業が中心の第三次産業の比重が５割から６割へと</p>
<p>　　　　　　高まっていった</p>
<p>　　　　　　＝この動きを、経済のサービス化という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時の経済の様子として、以下のようなことが挙げられた</p>
<p>　　→・世界のＧＮＰ（国民総生産）総計に占める日本の比重は、１９５５年は２％超え</p>
<p>　　　　くらいだったが、１９７０年に約６％、１９８０年に約１０％になった</p>
<p>　　　　→そのため、日本は「経済大国」として国際的な地位が飛躍的に高まった</p>
<p>　　　　　※そのため、発展途上国に対する政府開発援助（ＯＤＡ）の額が</p>
<p>　　　　　　１９８０年代に世界最大レベルになった</p>
<p>　　　　　※１９８０年代半ば以降は、円高の影響もあり、日本の１人あたりの</p>
<p>　　　　　　国民所得（ドル表示は）はアメリカを追い抜き、貿易黒字が貯まったおかげで</p>
<p>　　　　　　世界最大の債権国になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時の交通の様子として以下のような動きがあった</p>
<p>　　→・中国自動車道、東北自動車道、関越自動車道など、高速道路網の整備が進んだ</p>
<p>　　　・山陽新幹線、東北新幹線、上越新幹線が作られた</p>
<p>　　　・１９８８年に青函トンネルと瀬戸大橋の開通が起きた</p>
<p>　　　　→この結果、北海道、本州、四国、九州が陸路で結ばれることになった</p>
<p>　　　・新東京国際空港（成田空港）、関西空港が開港した</p>
<p>　　　・１９７２年に年間海外渡航者数は１００万人を超えた</p>
<p>　　　　→１９９０年には１０００万人を超えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・日本の経済成長についておさえる</p>
<p>・経済成長による当時の様々な様子（日本の企業と労働者、産業、経済、交通など）をおさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1343">日本の経済大国への成長について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>高度経済成長について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1338</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1338#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 29 Oct 2013 17:31:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[天然パーマ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[高度成長・平成時代]]></category>
		<category><![CDATA[「投資が投資を呼ぶ」]]></category>
		<category><![CDATA[エネルギー革命]]></category>
		<category><![CDATA[三池争議]]></category>
		<category><![CDATA[国際通貨基金８条国]]></category>
		<category><![CDATA[日本的経営]]></category>
		<category><![CDATA[春闘]]></category>
		<category><![CDATA[産業構造の高度化]]></category>
		<category><![CDATA[資本の自由化]]></category>
		<category><![CDATA[農業基本法]]></category>
		<category><![CDATA[高度経済成長]]></category>

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		<description><![CDATA[高度経済成長について考えてみます &#160; &#160; ・高度経済成長について &#160; 　※高度経済成長とは・・・１９５５年～１９７３年の約２０年の間、日本経済の成長率が 　　　　　　　　　　　　　　年平均で [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1338">高度経済成長について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>高度経済成長について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度経済成長について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※高度経済成長とは・・・１９５５年～１９７３年の約２０年の間、日本経済の成長率が</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　年平均で１０％を超えるという急激な成長をした時期のこと</p>
<p>　　</p>
<p>　　→１９６８年には、国民総生産（GNP）で、アメリカに次いで２位になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→鉄鋼、造船、自動車、化学、電気機械などの部門が、海外の技術革新を取り入れて、</p>
<p>　　　設備を新しくし、合成繊維や石油化学などの新しい部門も急激な発達を見せた</p>
<p>　　　※アメリカから来た技術は、生産過程や品質管理、労働管理や販売などにも及び、</p>
<p>　　　　日本はアメリカから来た技術を日本の条件に合わせて改良を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝上のような流れを受けて、低コストで高品質の工業製品を大量生産する体制が作られた</p>
<p>　　　※この時に、日本の商品の大規模な海外の進出も始まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度経済成長期の産業とその周辺について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・高度経済成長期に、日本経済の中での第一次産業の比重が下がり、</p>
<p>　　第二次・第三次産業の地位が高まった</p>
<p>　　＝これを、産業構造の高度化という</p>
<p>　　※第二次産業の中では、重化学工業の地位が高まり、</p>
<p>　　　工業生産額の３分の２を占めるまでになった</p>
<p>　　※この時に、石炭から石油へのエネルギーの転換が行われた</p>
<p>　　　（この転換をエネルギー革命ということもある）</p>
<p>　　　</p>
<p>　　※エネルギー革命の影響について</p>
<p>　　　→・エネルギー革命によって、石油の増加が起きたため、石炭産業が衰退した</p>
<p>　　　　　→そのため、三池炭鉱という炭鉱で大量解雇が起き、</p>
<p>　　　　　　その解雇に反対する激しい闘争が争議が起きた</p>
<p>　　　　　　＝この争議を三池争議という</p>
<p>　　　　　　　（この争議は、労働者の敗北で終了した）</p>
<p>　　　　・九州や北海道で炭鉱の閉山が相次いだ</p>
<p>　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・生産の急速な増大を、日本国内の市場と輸出の拡大が支えていた</p>
<p>　　</p>
<p>　　→急速な増大による影響</p>
<p>　　</p>
<p>　　　・民間企業では、設備への投資ブームが「投資が投資を呼ぶ」という呼び方で起き、</p>
<p>　　　　大量の需要を生み出した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・労働者の賃金は、若者を中心とした労働者不足と労働運動が広がったことで上昇し続けた</p>
<p>　　　　※１９５５年からは、総評を指導部として、それぞれの産業の労働組合が</p>
<p>　　　　　一斉に賃上げ要求の闘争を行う「春闘」という方式が始まって、</p>
<p>　　　　　段々と春闘が定着していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・農業では、化学肥料や農薬、農業機械などの普及によって、生産力が上昇した</p>
<p>　　　　※１９６１年には、農業基本法という法律が出され、</p>
<p>　　　　　農業構造改善事業という事業に大量の補助金が出された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→さらに、食糧管理制度という制度と農協の圧力によって、</p>
<p>　　　　　お米の値段が国によって引き上げられた</p>
<p>　　　　　※ただし、お米の消費は段々と停滞していったため、</p>
<p>　　　　　　お米が余る（生産過剰）状態になり政府の食糧管理特別会計の赤字が</p>
<p>　　　　　　深刻になった</p>
<p>　　　　　　＝そのため、１９７０年から減反政策（わざとお米の生産量を減らす</p>
<p>　　　　　　　政策のこと）を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　＝上のような影響に加えて、農業外所得の増加などもあって、</p>
<p>　　　　　農業の所得が増える傾向が続いた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・輸出は、円安の固定相場と海外からの安い資源の輸入とに支えられて</p>
<p>　　　　急速に拡大した</p>
<p>　　　　→そのため、１９６０年代後半から大幅な貿易黒字が続いた</p>
<p>　　　　　※・輸出では鉄鋼、船舶、自動車などの重化学工業の製品が中心になった</p>
<p>　　　　　　・輸入では石油を始めとして、重化学工業の原材料の比重が増えていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、高度経済成長の時に、欧米の国々の要求に応じて、１９６０年に貿易の自由化を、</p>
<p>　　１９６４年に為替と資本の自由化を実施した</p>
<p>　　※日本は１９６４年に国際通貨基金８条国（貿易支払いや資本移動に対する制限を</p>
<p>　　　禁止された国）になり同じ年に経済協力開発機構（OECD）に加盟したことで</p>
<p>　　　資本の自由化を義務付けられた</p>
<p>　　　→そのため、国際競争が激しくなることを考えて、産業を再編するという動きが表れた</p>
<p>　　　　※資本の自由化・・国際間での資本移動を自由にする動きのこと</p>
<p>　　　　→このような動きによって、１９６４年に三菱重工の再合併や、</p>
<p>　　　　　１９７０年に新日本製鉄の創立など、大型企業の合併が次々と行われてきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・そして、様々な業種にわたる多くの大企業が旧財閥系などの銀行や商社を中心として</p>
<p>　　巨大な企業集団を作った</p>
<p>　　※企業集団・・いくつかの企業が集まった団体のこと</p>
<p>　　※企業集団として、三井、三菱、住友、富士、三和、第一という六大企業集団が出てきた</p>
<p>　　　→これらは、主な産業をそれぞれ系列企業として、他の企業集団と激しい競争をした</p>
<p>　　※系列企業・・グループの中でお互いに取引関係にある企業のこと</p>
<p>　</p>
<p>　　※大企業は、株式の高い配当よりも、自分の会社の成長を優先させる</p>
<p>　　　長期的経営戦略という戦略を考え、日本的経営を行ってきた</p>
<p>　　　・日本的経営・・終身雇用制と年功序列型賃金を定着させて、</p>
<p>　　　　　　　　　　　労働者が企業へ貢献する意識を育てた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・高度経済成長の概要をおさえる</p>
<p>・高度経済成長の時の産業の様子と日本の動きについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1338">高度経済成長について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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