バブル経済から現在までの日本経済の歴史について

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投稿者:       投稿日時:2013/11/16 06:24      
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バブル経済からの日本経済の歴史を考えてみます

 

 

・バブル経済になるまでの日本の経済の動きについて

 

 ・1970年代の石油危機は、産業構造の高度化と企業の減量経営によって

  乗り切ったと言われている

  ※産業構造の高度化・・産業の比率が、第一次から第三次に動いていくこと

   減量経営・・労働者、借金、在庫などを減らしつつ、

         少しの成長で収益を増やしていこうとする経営の方式のこと

 

 

  →しかし、日本は1985年のプラザ合意がきっかけで、不況になった

 

   ※プラザ合意・・ドル高を直すために各国が認めた合意のこと

            →これによって急に円高になり、輸出に頼っていた日本は

             ダメージを受けた

             =この動きによって起きた不況を円高不況と言う

 

   ※企業の中には、円高の影響を避けるために、日本で作って海外に輸出するのではなく、

    そもそもの作る場所を海外に移す、という行動を取る人もいた

    =このように、産業が日本から海外に出ていってしまう現象を、産業の空洞化と言う

 

 

 ・1987年に、ルーブル合意という合意によって、円高だった為替相場が安定してきて、

  輸出もできるようになってきたので景気がまた上を向き始めた

  →ここで上向きになった景気が続き、日本の経済は1990年代の頭まで、

   長期間の好景気が続いた

   =この時の景気を平成景気(バブル景気)と言う

 

 

 

 

・バブル景気の時の動きについて

 

 ・バブル景気の時は、低金利の状態で資金を調達することができる状況だった

  →そのため、予想以上に調達することができるようになり、

   お金が余るところも出てきた

  →そこで、お金をどのように使うかということが考えられ、

   主に下の2つのような使い道があった

 

  ・新製品を作るための開発の費用や、企業を合理的に動かしていくための経費などに使われた

  ・財テクに使われた

   ※財テク・・株式や土地などを買って、効率的にお金を動かすこと

 

  →この2つの影響によって、株や土地の値段が、経済的に見て適していると言われた金額を

   大きく上回った

   =この現象をバブルという

 

  →しかし、上のような現状があっても・・

   ・株や土地の値段が上がっていったので、資産効果(価格の上昇で家計の消費なども

    増えたりすること)が働いて消費がどんどん増え、消費の先が株や土地に向けられ、

    資産効果が高まり・・という状況が続いた

   ・エクイティ・ファイナンスという資金調達を積極的に行って、

    これで得た資金の多くを財テクに使った 

    ※エクイティ・ファイナンス・・様々な株式の発行によって資金を調達すること

     →というようなことがあったので、結果的にバブルはどんどん大きくなっていった

 

 

 

 

・1990年代の日本経済の状況について

 

 ・1990年代に入ったあたりに、バブル経済の行きすぎを不安に思った日本銀行が、

  金融引き締めを行った

  →結果的に株や土地の値段が一気に下がり、バブル経済が崩れてしまった

 

 →バブル経済の崩壊によって、日本の経済は突然、長期の不況になってしまった

  =この不況のことを平成不況とも言う

 

  ※平成不況は、1991年4月から1993年10月までだったが、

   景気が回復することはなく、96年に少し回復したものの、97年にまた低迷した

 

 

 

 

・日本経済の現状について

 

 ・バブル崩壊後の10年間は、「失われた10年」と言われている

 

 →なぜ「失われた10年」と言われているのか

  ・景気の回復のために公共支出を増やしたが、結果が出ず、逆に支出を増やした分の

   赤字が増えてしまった

  ・金融機関の不良債権を処理して、金融システムを落ち着かせることを目指したが、

   結果が出なかった

  ・産業の面で、韓国、中国、ASEANに追いつかれ、

   IT技術の面でアメリカに引き離された

 

   →このように、様々な動きをしても、結果が出なかったことから

    失われた10年と名づけられていると言われている

 

 

 ・「失われた10年」を打破するための動きとして、「構造改革」を目標にして、

  小泉内閣が動き、以下のようなことを行った

  

  ・金融財政改革という改革を行った

  ・産業再生機構が産業再生を行ったりした

   =債権を企業から買い取って、企業を復活させることを目指した

  ・経済の自由化を展開し、国立大学の法人化、郵政民営化などを行った

  ・日本の各地で構造改革特区というところを設定して、教育、医療などの様々な分野で、

   様々な実験を行った

   ※構造改革特区・・どこかの地域を限定して、その地域の規制を緩和するというために

            設定した地域のこと

 

  →小泉改革の構造改革は、格差を生み出したと言われている

 

 

ポイント

・バブル経済までの動きを押さえる

・バブル経済の時のそれぞれの動きを押さえる

・1990年代の流れと、「失われた10年」の特徴を押さえる

・小泉内閣の動きを押さえる

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