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	<title>アラエス &#187; 第四次中東戦争</title>
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	<item>
		<title>日本の経済の歴史について②　－高度成長と石油危機－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1848</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1848#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 12:41:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[宮下]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済史]]></category>
		<category><![CDATA[「もはや戦後ではない」]]></category>
		<category><![CDATA[スタグフレーション]]></category>
		<category><![CDATA[ニクソンショック]]></category>
		<category><![CDATA[マイナス成長]]></category>
		<category><![CDATA[日本経済史]]></category>
		<category><![CDATA[石油危機]]></category>
		<category><![CDATA[第四次中東戦争]]></category>
		<category><![CDATA[都市問題]]></category>
		<category><![CDATA[高度成長]]></category>
		<category><![CDATA[ＯＰＥＣ]]></category>

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		<description><![CDATA[日本経済の歴史について、高度成長と石油危機の部分から考えてみます &#160; &#160; ・高度経済成長について &#160; 　・高度成長・・日本は１９５０年代の半ばから、高度経済成長という急速な経済成長が起きた  [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1848">日本の経済の歴史について②　－高度成長と石油危機－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>日本経済の歴史について、高度成長と石油危機の部分から考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度経済成長について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・高度成長・・日本は１９５０年代の半ばから、高度経済成長という急速な経済成長が起きた</p>
<p>　　※特に、１９５５年から１９７３年の石油危機までは、平均１０％前後の成長をして、</p>
<p>　　　この期間にＧＮＰが約６倍になった</p>
<p>　　　→高度経済成長については、１９５６年度の「経済白書」というもので、</p>
<p>　　　　「もはや戦後ではない」と宣言されたことから、確認された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度経済成長を引き起こしたポイントは何だったのか</p>
<p>　→高度成長のポイントは、間接的なものと直接的なものがあったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・間接的な要因</p>
<p>　　</p>
<p>　　・戦後から政治や経済の制度を改革していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・安くて質の高い労働力が多かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・日本国民の貯蓄の意識が高かった</p>
<p>　　　（日本の国民は、世界と比べても、所得の中から貯金をする割合が高い）</p>
<p>　</p>
<p>　　・ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制という体制の中で、自由貿易が行われた</p>
<p>　　・世界全体も景気が良かった</p>
<p>　　・原油の価格が安定していた</p>
<p>　　　→国際という面での経済の状態が良かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・直接的な要因</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・企業が設備への投資を大量に行っていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・産業ごとに、様々な利益を狙うようになっていった　etc</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・１９７０年代の日本経済について</p>
<p>　→１９７０年代から、日本の成長の勢いが弱まってきた</p>
<p>　　＝勢いが弱まるきっかけになった出来事として、</p>
<p>　　　１９７１年８月のニクソンショックという出来事がある</p>
<p>　　　※ニクソンショック（ドルショック）・・アメリカが金とドルの交換を停止する</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　という出来事のこと</p>
<p>　　　　→ニクソンショックによって、１ドル＝３６０円から、</p>
<p>　　　　　１ドル＝３０８円に切り上げられた（円高になった）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・決定的に高度経済成長を止めた原因は、</p>
<p>　　１９７３年の石油危機（第一次石油危機）だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９７３年に第四次中東戦争という戦争が発生し、</p>
<p>　　　その時にＯＰＥＣ（石油輸出国機構）というところが石油の値段を約４倍に引き上げた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※石油危機の影響で、日本はスタグフレーションとなった</p>
<p>　　　・スタグフレーション・・不況と物価上昇が同時に起きること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※第一次石油危機が原因で、１９７４年に日本は、戦後初めてのマイナス成長となった</p>
<p>　　　・マイナス成長・・実質GDPが前年度の実質GDPを下回ること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９７９年にも石油危機（第二次石油危機）が起き、</p>
<p>　　　１９８０年代前半までの年平均成長率は４．１％になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・さらに、日本政府は経済成長のために産業を優先したので、</p>
<p>　　この動きが公害問題、都市問題などを引き起こした</p>
<p>　　※都市問題・・地域が都市化することによって発生する問題のこと　（環境の破壊など）</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1848">日本の経済の歴史について②　－高度成長と石油危機－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>安定成長と産業構造の高度化の時の日本経済の歴史について　－石油危機からバブル経済－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1735</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1735#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 21:19:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本経済]]></category>
		<category><![CDATA[スタグフレーション]]></category>
		<category><![CDATA[ペティ・クラークの法則]]></category>
		<category><![CDATA[安定成長]]></category>
		<category><![CDATA[産業構造の高度化]]></category>
		<category><![CDATA[知識集約型産業]]></category>
		<category><![CDATA[石油危機]]></category>
		<category><![CDATA[第四次中東戦争]]></category>
		<category><![CDATA[経済のソフト化]]></category>
		<category><![CDATA[都市問題]]></category>
		<category><![CDATA[ＯＰＥＣ]]></category>

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		<description><![CDATA[安定成長と産業構造の高度化を中心にして考えてみます &#160; &#160; ・１９７０年代の日本経済について 　→１９７０年代から、日本の成長の勢いが弱まってきた &#160; 　・決定的に高度経済成長を止めた原因は [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1735">安定成長と産業構造の高度化の時の日本経済の歴史について　－石油危機からバブル経済－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>安定成長と産業構造の高度化を中心にして考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・１９７０年代の日本経済について</p>
<p>　→１９７０年代から、日本の成長の勢いが弱まってきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・決定的に高度経済成長を止めた原因は、１９７３年の石油危機（第一次石油危機）だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９７３年に第四次中東戦争という戦争が発生し、</p>
<p>　　　その時にＯＰＥＣ（石油輸出国機構）というところが石油の値段を約４倍に引き上げた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※石油危機の影響で、日本はスタグフレーションとなった</p>
<p>　　　・スタグフレーション・・不況と物価上昇が同時に起きること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９７９年にも石油危機（第二次石油危機）が起き、</p>
<p>　　　１９８０年代前半までの年平均成長率は４．１％になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・さらに、日本政府は経済成長のために産業を優先したので、</p>
<p>　　この動きが公害問題、都市問題などを引き起こした</p>
<p>　　※都市問題・・地域が都市化することによって発生する問題のこと　（環境の破壊など）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→上のような、石油危機、公害や都市の問題などの影響を受けて、様々な動きが見られるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・政府は安定成長を目標にした</p>
<p>　　　※安定成長・・人々の生活レベルを上げることと、</p>
<p>　　　　　　　　　　出来るだけ高く持続的な経済成長を同時に行うこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・企業は、資源を多く消費するスタイルを辞めて、資本集約型から、</p>
<p>　　　知識集約型産業へ移ることを目指した</p>
<p>　　　※知識集約型産業・・研究者や技術者を多く使い、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　研究開発にコストを多くかける産業のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　（コンピューターやＩＣの産業などが当てはまる）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・１９８０年代に円高で経済摩擦が起きた</p>
<p>　　　→そこで、外需を中心とした動きから、内需を大きくする動きを目指した</p>
<p>　　　　＝海外への輸出を増やすよりも、日本国内での消費を多くする動きを目指した</p>
<p>　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・産業構造の高度化について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※そもそもの高度経済成長の内容</p>
<p>　　→第二次産業が大きくなり、中でも重化学工業が大きくなっていった</p>
<p>　　</p>
<p>　※産業の種類分けについて</p>
<p>　　・第一次産業・・農業、林業、水産業などの産業のこと</p>
<p>　　・第二次産業・・製造業、ガス電気業などの産業のこと</p>
<p>　　・第三次産業・・サービス業や通信業、金融業などの産業のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９８０年代の産業の様子</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・第一次産業と省エネ型の産業以外の第二次産業の生産額と就職する人が低下ぎみだった</p>
<p>　　　→これに変わって、第三次産業の比率が高まっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※上のように、産業の比率の大きい分野が、第一次から、二次、三次と変わっていくことを、</p>
<p>　　　産業構造の高度化と言う</p>
<p>　　　→その中でも、経済成長と所得の上昇が影響して、労働力が第一次から三次に</p>
<p>　　　　シフトするということがある</p>
<p>　　　　＝この動きのことを、ぺティ・クラークの法則と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第三次産業について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・第三次産業には、経済のサービス化と経済のソフト化が進むことがあると言われている</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・経済のサービス化・・第三次産業の比率が高くなること</p>
<p>　　　　※第三次産業のほとんどの産業は、サービスを生産していることから</p>
<p>　　　　　言われるようになった</p>
<p>　　　・経済のソフト化・・モノ自体ではなく、モノについているソフトの価値の</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　重要度が高まること</p>
<p>　　　　※経済のソフト化は、第三次産業だけでなく、製造業（特に加工組立型産業）でも</p>
<p>　　　　　進んだと言われている　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→この２つは、お互いに影響を与えながら進むと言われている</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・１９７０年代の日本経済の流れを押さえる</p>
<p>・石油危機や様々な問題に対するそれぞれの動きを押さえる</p>
<p>・産業構造の種類と１９８０年代の産業を押さえる</p>
<p>・第三次産業の特徴を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1735">安定成長と産業構造の高度化の時の日本経済の歴史について　－石油危機からバブル経済－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>ドル＝ショックについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1341</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1341#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 29 Oct 2013 17:50:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[天然パーマ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[高度成長・平成時代]]></category>
		<category><![CDATA[インドシナ難民問題]]></category>
		<category><![CDATA[サミット]]></category>
		<category><![CDATA[ドル危機]]></category>
		<category><![CDATA[ドル＝ショック]]></category>
		<category><![CDATA[ベトナム戦争]]></category>
		<category><![CDATA[固定相場制]]></category>
		<category><![CDATA[変動相場制]]></category>
		<category><![CDATA[第一次石油危機]]></category>
		<category><![CDATA[第四次中東戦争]]></category>
		<category><![CDATA[１０カ国蔵相会議]]></category>

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		<description><![CDATA[ドル＝ショックについて考えてみます &#160; &#160; ・ドル＝ショックまでの流れについて &#160; 　・アメリカのニクソン政権は、アメリカ経済にダメージを与えていたベトナム戦争を 　　終わらせるために、ソ連 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1341">ドル＝ショックについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ドル＝ショックについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ドル＝ショックまでの流れについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカのニクソン政権は、アメリカ経済にダメージを与えていたベトナム戦争を</p>
<p>　　終わらせるために、ソ連の軍事的な圧力と戦っている中国との関係を改善した上で、</p>
<p>　　中国を通じて北ベトナムとの平和を考えた</p>
<p>　　→そこで、１９７１年７月にニクソン大統領は中国訪問を決め、</p>
<p>　　　アメリカと中国との関係の改善を考えた</p>
<p>　　　＝その結果、台湾に代わって国連代表権を獲得した中国を１９７２年に訪問して、</p>
<p>　　　　アメリカと中国との敵対関係を終了させた</p>
<p>　　　　（１９７９年に米中国交正常化）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上の流れの中の時に、アメリカ国内ではベトナム反戦運動が盛り上がってきたこともあり、</p>
<p>　　　１９７３年にベトナム和平協定という協定が成立し、アメリカ軍はベトナムから撤退した</p>
<p>　　　※この後、南ベトナムは１９７５年に崩壊し、ベトナム社会主義共和国という名前で、</p>
<p>　　　　南北の統一が実現した</p>
<p>　　　※しかし、インドシナ半島というところでは、カンボジアの内戦や</p>
<p>　　　　中越（中国とベトナム）戦争などといった紛争が途絶えず、</p>
<p>　　　　この紛争の時に多くの難民が出てきてしまい、難民が日本を含めた海外に流出した</p>
<p>　　　　＝この問題を、インドシナ難民問題という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→アメリカは、ベトナム戦争などで軍事面の支出を膨らませ、西側の国々への</p>
<p>　　　大量の援助を続けていた</p>
<p>　　→さらに、復興した先進国がアメリカに大量に輸出をするようになった</p>
<p>　　　＝そのため、アメリカは国際収支が悪化し、金の準備の減少が深刻になった</p>
<p>　　　　※この問題をドル危機という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ドル＝ショックについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９７１年８月、ニクソン大統領は新経済政策を発表した</p>
<p>　　→この時に、以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・ドルを守って、国際収支を悪化することを防ごうとした</p>
<p>　　　・アメリカ国内のインフレを抑えるために、金とドルの交換を停止した　</p>
<p>　　　・西ドイツや日本など、国際収支が黒字の国に、為替レートの引き上げを要求した</p>
<p>　　　　→このような動きの結果、ドルの基軸通貨としての価値が大きく揺らいできた</p>
<p>　　　　　＝この動きを、ドル＝ショックという</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ドル＝ショック後の流れについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９７１年末に、１０カ国蔵相会議という会議の結果、</p>
<p>　　円を１ドル＝３６０円から３０８円に切り上げる、などの通貨調整が行われた</p>
<p>　　→その後、西ヨーロッパの国々は、変動相場制にどんどん移っていった</p>
<p>　　　※日本も１９７３年に変動相場制に移った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９７３年に第一次石油危機という出来事が起きた</p>
<p>　　※第一次石油危機・・１９７３年１０月に、第四次中東戦争という戦争が起き、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　ＯＡＰＥＣ（アラブ石油輸出国機構）が日本に対する輸出制限を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　かけたことで、ＯＰＥＣ（石油輸出国機構）が</p>
<p>　　　　　　　　　　　　原油価格を４倍に引き上げたという出来事のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※変動相場制と石油危機によって、世界がどのように動いたのか</p>
<p>　　</p>
<p>　　・固定相場制によって、資本主義の国々の経済が結びついていた状態</p>
<p>　　（ＩＭＦ体制）が変動相場制によって崩れた</p>
<p>　　　→固定相場制から変動相場制への移行は、アメリカの衰退を表していた</p>
<p>　　　　＝そのため、１９７５年にアメリカ、ドイツ、日本、イギリス、フランス、イタリアの</p>
<p>　　　　　６カ国の首脳が話し合い、世界不況にどのように対応していくかを協議した</p>
<p>　　　　　さらに、次の年からはカナダを加えて、先進国首脳会議（サミット）が</p>
<p>　　　　　毎年開かれるようになった</p>
<p>　　　　　※先進国首脳会議では、貿易や通貨の問題など、先進国の間での経済政策について</p>
<p>　　　　　　話し合うようになった</p>
<p>　　</p>
<p>　　・経済成長の条件だった低価格な石油というのが失われてしまった</p>
<p>　　　→そのため、西側の先進国の国々の成長は、石油危機の１９７３年から成長が難しくなった</p>
<p>　　　　＝結果的に資本主義の国々は長期不況の時代に突入した</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ドル＝ショックまでの流れとその内容についておさえる</p>
<p>・ドル＝ショックによる影響と世界の動きをおさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1341">ドル＝ショックについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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