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	<title>アラエス &#187; 辛亥革命</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>日露戦争後の東アジアの様子をまとめてみた　（韓国併合と辛亥革命）</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2466</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2466#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 05 Feb 2014 01:19:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[橋本真夜中]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[明治時代後期]]></category>
		<category><![CDATA[三民主義]]></category>
		<category><![CDATA[中華民国]]></category>
		<category><![CDATA[孫文]]></category>
		<category><![CDATA[日露戦争]]></category>
		<category><![CDATA[統監府]]></category>
		<category><![CDATA[総督府]]></category>
		<category><![CDATA[義兵]]></category>
		<category><![CDATA[袁世凱]]></category>
		<category><![CDATA[辛亥革命]]></category>
		<category><![CDATA[韓国併合]]></category>

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		<description><![CDATA[日露戦争後の東アジアの様子 &#160; &#160; 日露戦争後の日本 ・日本は武力を使って、韓国を保護国として統監府を置き、韓国の外交権を奪った →その後勢いにのって、日本は韓国の内政をコントロールし、軍隊を解散させ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2466">日露戦争後の東アジアの様子をまとめてみた　（韓国併合と辛亥革命）</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>日露戦争後の東アジアの様子</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>日露戦争後の日本</p>
<p>・日本は武力を使って、韓国を保護国として<strong>統監府</strong>を置き、韓国の外交権を奪った</p>
<p>→その後勢いにのって、日本は韓国の内政をコントロールし、軍隊を解散させた</p>
<p>※解散させられた軍隊の兵士は、農民と一緒に武器を持って、日本と戦った（＝<strong>義兵</strong>）</p>
<p>＝しかし、結局は1910年に韓国を日本の植民地とした（＝<strong>韓国併合</strong>）</p>
<p>※日本は、朝鮮に<strong>総督府</strong>を置いて、朝鮮を支配した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>→その後日本は、朝鮮人を日本に同化させようとした</p>
<p>※同化の時に、以下のようなことを行った</p>
<p>・朝鮮学校で、日本語を「国語」として強制した</p>
<p>・朝鮮の歴史や地理よりも、日本の歴史や地理を教えた</p>
<p>・多くの朝鮮人から土地を奪った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>→多くの朝鮮人は、上のような影響によって生活に困り、中国東北部や日本に移住した</p>
<p>※ただし朝鮮人は、様々な差別を受けた</p>
<p>＝結果的に日本は、<strong>朝鮮人を軽蔑し、差別する</strong>という考えが広まっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>アヘン戦争</strong>後、清は列強の植民地に近い状態となった</p>
<p>→そこで、孫文という人は、東京で中国同盟会を作って、<strong>三民主義</strong>を提唱した</p>
<p>→中国では、孫文の影響を受けて、1911年に多くの地方が清からの独立を宣言した</p>
<p>※そのため、1912年に<strong>孫文</strong>を臨時大統領とする<strong>中華民国</strong>が作られ、清は倒された</p>
<p>＝これを<strong>辛亥革命</strong>という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>→中華民国は、帝国主義勢力と結んだ軍閥の<strong>袁世凱</strong>が実権を握った</p>
<p>＝そのため、袁世凱が革命勢力をおさえた</p>
<p>※だから、孫文は革命運動を続けた</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2466">日露戦争後の東アジアの様子をまとめてみた　（韓国併合と辛亥革命）</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>日露戦争後の国際情勢について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1270</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1270#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 00:31:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[副店長]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[明治時代中期]]></category>
		<category><![CDATA[ハーグ密使事件]]></category>
		<category><![CDATA[中華民国]]></category>
		<category><![CDATA[日露戦争]]></category>
		<category><![CDATA[朝鮮総督府]]></category>
		<category><![CDATA[桂・タフト協定]]></category>
		<category><![CDATA[満鉄]]></category>
		<category><![CDATA[第1次日韓協約]]></category>
		<category><![CDATA[辛亥革命]]></category>
		<category><![CDATA[韓国併合]]></category>
		<category><![CDATA[韓国統監府]]></category>

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		<description><![CDATA[日露戦争後の国際情勢について考えてみます &#160; &#160; ・日露戦争後の国際情勢について &#160; &#160; 　・日本は、日露戦争の勝利によって得た大陸に、進出するための拠点を確保しようとした &#038;nb [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1270">日露戦争後の国際情勢について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>日露戦争後の国際情勢について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日露戦争後の国際情勢について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、日露戦争の勝利によって得た大陸に、進出するための拠点を確保しようとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→そのために、日本は以下のようなことを行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９０５年に、アメリカと非公式で桂・タフト協定という協定を結んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・イギリスと、日英同盟を改定した</p>
<p>　　　　＝これを第２次日英同盟という</p>
<p>　　　　　→この改定で、日本とイギリスに日本の韓国保護国化を認めさせた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９０５年に、日本は第２次日韓協約を結んだ</p>
<p>　　　　→この協約によって、韓国の外交権を奪い、</p>
<p>　　　　　漢城に韓国の外交を仕切る韓国統監府というものを置いた</p>
<p>　　　　　※初代統監府には、伊藤博文が選ばれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※日露戦争中の１９０４年には、第１次日韓協約が結ばれていた</p>
<p>　　　　→この協約によって、日本が推奨する財政と外交の顧問を韓国政府に置いて、</p>
<p>　　　　　重要な外交の問題については事前に日本の政府と協議することが決められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・このような状況の中、韓国の皇帝の高宗という人が、</p>
<p>　　１９０７年にオランダのハーグというところで開かれた</p>
<p>　　第２回万国平和会議という会議に密使（秘密の使い）を送って、</p>
<p>　　第２次日韓協約に抗議をした</p>
<p>　　→この抗議に対して、他の国々は無視をした、という出来事が起きた</p>
<p>　　　＝この出来事をハーグ密使事件という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、ハーグ密使事件をきっかけに以下のようなことを行った</p>
<p>　　→・韓国の皇帝の高宗を皇帝から降ろさせた</p>
<p>　　　・第３次日韓協約を結んで、韓国の政治に関する権利を日本が持った</p>
<p>　　　・韓国の軍隊を解散させた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※今までも植民地化に抵抗して、韓国で義兵運動が行われていたが、</p>
<p>　　　日本が解散させた軍隊にいた兵士が義兵運動に参加したため、</p>
<p>　　　義兵運動が本格的になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、１９０９年に韓国へ軍隊を派遣して義兵運動を鎮圧した</p>
<p>　　→しかし、その時に初代統監の伊藤博文がハルビン駅という場所で　</p>
<p>　　　韓国の安重根という人に暗殺されるという事件が起きた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、憲兵隊という軍隊を韓国に置くなどの準備を行った上で、</p>
<p>　　１９１０年に韓国併合条約という条約に強制的に調印させた</p>
<p>　　→この条約によって、韓国が日本の植民地になった</p>
<p>　　　＝この出来事を韓国併合という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・韓国併合の後、日本は首都の漢城を京城という名前に変えて、</p>
<p>　　京城に朝鮮総督府という機関を置いて韓国を統治した</p>
<p>　　※初代総督に、寺内正毅という人が選ばれた</p>
<p>　　※朝鮮総督は、最初は現役の軍人だけしか選ばれなかった</p>
<p>　　　→そのため、警察のような仕事は日本の憲兵が担当した</p>
<p>　　　　＝こうすることで、警備も総督も軍人になる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・朝鮮総督府は、地税の基礎となる土地の測量と所有権の確認を朝鮮全てで行った</p>
<p>　　＝この出来事を土地調査事業という</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※土地調査事業の時に、所有権があいまいということを理由に</p>
<p>　　　　多くの農地や山林が没収された</p>
<p>　　　　→その一部は、東洋拓殖会社や日本人の地主などに売られた</p>
<p>　　　※土地を取り上げられた朝鮮の人達は貧乏になったため、</p>
<p>　　　　一部の人が職を求めて日本に来ていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、日本の満州への進出が本格的になり、以下のようなことが行われた</p>
<p>　　→・１９０６年に、関東州（旅順と大連を含む遼東半島の南側の</p>
<p>　　　　一定期間借りている土地）を治めるために、関東都督府という機関が旅順に置かれた</p>
<p>　　　・半官半民の南満州鉄道株式会社（満鉄）が大連に作られた</p>
<p>　　　　※半官半民・・国と民間が共同で出資すること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※満鉄は、ロシアがゆずってくれた長春・旅順間の</p>
<p>　　　　　旧東清鉄道という鉄道を始めとして、鉄道の周りにある炭鉱なども経営した</p>
<p>　　　　　→満鉄は、日本が満州の経済に進出するきっかけになったと言われている　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本の満州への動きに対して、満州の市場に興味があったアメリカが</p>
<p>　　門戸開放を提唱して、日本が南満州の利益を独占することに反対した</p>
<p>　　→そこでアメリカは、ハリマンという人を中心にして、</p>
<p>　　　日本とアメリカの共同で満鉄を経営することを提案したが</p>
<p>　　　日本は、この提案を拒否した</p>
<p>　　　＝その結果、１９０９年にアメリカが満鉄を中立した会社にするべきだということを</p>
<p>　　　　様々な国に訴えると同時に日本とアメリカの関係が悪くなってしまった</p>
<p>　　　　※清の内部でも、利益を返すべきだという考え方が広まっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→そこで日本は、第２次日英同盟協約と４回の日露協約を武器に、</p>
<p>　　　満州の利益を国際社会で認めさせた</p>
<p>　　　※日露協約を繰り返すにつれて、日本とロシアは近づいていくようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・１９１１年に、清で辛亥革命という革命が起きた</p>
<p>　　※辛亥革命・・専制と他の民族が支配することに反対して起きた革命のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・辛亥革命の後、１９１２年に三民主義という考え方を提唱する革命の指導者の</p>
<p>　　孫文という人を臨時大統領にして中華民国という国が誕生した</p>
<p>　　※三民主義・・民族主義、民権主義、民生主義の３つの考え方をまとめた呼び方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※この時に、清が終了した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※孫文は、軍閥の首相である袁世凱という人の圧力を受けて、</p>
<p>　　　袁世凱に臨時大統領の位をゆずった</p>
<p>　　　→これ以降、中国では周りの国の支援を受けたそれぞれの軍閥政府が</p>
<p>　　　　お互いに張り合いつつ争うという、非常に不安定な国内の状況が続いた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中華民国の誕生を知って、日本の陸軍は南満州の利益をより多く得るために、</p>
<p>　　中国の軍事に介入するべきだと提案した</p>
<p>　　→しかし、政府は周りの国々の意見と日本国内の財政を考えて、</p>
<p>　　　中国の軍事には介入しないことにした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・日露戦争後の国際情勢について押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1270">日露戦争後の国際情勢について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>辛亥革命について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1008</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1008#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 06:24:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代世界史]]></category>
		<category><![CDATA[三民主義]]></category>
		<category><![CDATA[中国同盟会]]></category>
		<category><![CDATA[光緒新政]]></category>
		<category><![CDATA[北洋軍]]></category>
		<category><![CDATA[孫文]]></category>
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		<category><![CDATA[第二革命]]></category>
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		<category><![CDATA[袁世凱]]></category>
		<category><![CDATA[辛亥革命]]></category>

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		<description><![CDATA[辛亥革命について考えてみます &#160; &#160; ・辛亥革命について &#160; &#160; 　・義和団事件後の清朝は、以下のような動きを見せることで、 　　近代国家の建設に向けて改革を行った 　　→・１９０ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1008">辛亥革命について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>辛亥革命について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・辛亥革命について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・義和団事件後の清朝は、以下のような動きを見せることで、</p>
<p>　　近代国家の建設に向けて改革を行った</p>
<p>　　→・１９０５年に科挙を廃止した</p>
<p>　　　・１９０８年に立憲制へ向けて憲法大綱を発表し、国会開設を公約した</p>
<p>　　　　＝この改革のことを、光緒新政という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、清朝の新政は、改革のために増税をしたり、中央集権的な性格が強かった</p>
<p>　　　＝そのため、地方の有力者や民衆の反発を招くことになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、海外では、華僑や留学生を中心に、漢族が清朝を倒すことを目指す</p>
<p>　　革命運動が盛んになっていった</p>
<p>　　</p>
<p>　・興中会を指導した孫文という人は、バラバラであった様々な革命の団体の結集を行い、</p>
<p>　　１９０５年に日本の東京で中国同盟会を作った</p>
<p>　　※興中会・・孫文が、１８９４年にハワイで華僑を中心に組織した政治的秘密結社のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中国同盟会は、三民主義をかかげて、革命宣伝や武装蜂起を行った</p>
<p>　　※三民主義とは</p>
<p>　　　→満州王朝の打倒、共和国の建設、貧富の差の抑制を内容とする</p>
<p>　　　　「民族、民権、民生」という主義のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９１１年に中国で、満州皇族を中心として内閣が成立した</p>
<p>　　→内閣は、幹線鉄道を国有化し、それを担保に外国からの借款を得ようとした</p>
<p>　　　※しかし、外国から利権を回収して民営の鉄道建設を進めようとしていた</p>
<p>　　　　民族資本家や地方の有力者は幹線鉄道の国有化に猛反対した</p>
<p>　　　　＝結果的に、四川で暴動が起きた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→その後、四川での暴動をきっかけに、１９１１年１０月に武昌（湖北省）の軍隊の</p>
<p>　　　中にいた革命派が蜂起した</p>
<p>　　　＝その結果、辛亥革命が始まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→辛亥革命による蜂起は、すぐにそれぞれの省に広まった</p>
<p>　　　※そのため、１か月のうちに大半の省が独立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→革命軍は、帰国した孫文を臨時大統領に選出した</p>
<p>　　　＝そこで孫文は、１９１２年１月に、南京で中華民国の建国を宣言した</p>
<p>　　　　※結果的に、アジアで初めての共和国が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→清側は、北洋軍を握る実力者であった袁世凱という人を起用して、</p>
<p>　　　革命側との交渉に当たらせた</p>
<p>　　　※北洋軍・・李鴻章が、淮軍を基盤として洋務運動の時期に作り上げた近代的軍隊のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、袁世凱は清朝を見捨てたため、清帝の退位と共和政の維持を条件に、</p>
<p>　　　孫文から臨時大統領の地位を譲り受けて、北京で就任した</p>
<p>　　　※その後、１９１２年２月の宣統帝（溥儀）という人が退位した</p>
<p>　　　　＝その結果、二千年以上にわたる中国の皇帝政治が終了した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※ただし、皇帝政治の終了後も、共和政が安定しなかった</p>
<p>　　　　→そのため、議会の力をおさえようとする袁世凱と、袁世凱に抵抗する孫文などの</p>
<p>　　　　　国民党と激しく対立した</p>
<p>　　　　　＝この時の、孫文たちの武装蜂起を第二革命という</p>
<p>　　　　　　　※国民党について</p>
<p>　　　　　　　　・中国同盟会を中心として作られた政党</p>
<p>　　　　　　　　・国民党は１９１３年に解散させられた</p>
<p>　　　　　　　　・その後、孫文などが秘密結社の中華革命党を結成した</p>
<p>　　　　　　　　・そして、１９１９年に中華革命党を改組して、大衆政党の中国国民党にした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→第二革命の時に、袁世凱は孫文などを鎮圧して正式に大統領の座についた</p>
<p>　　　※この時に袁世凱は独裁を進め、自ら帝位につこうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、国民党系の地方の軍人が第三革命を起こしたり、</p>
<p>　　　外国が支持をしなかったりしたため、帝政の復活は失敗した</p>
<p>　　　※そして、１９１６年に袁世凱が病死した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝袁世凱が亡くなってからは、列強の支援を受けた軍閥が各地に分立して</p>
<p>　　　互いに抗争するという不安定な軍閥政権が十数年間続いた</p>
<p>　　</p>
<p>　　　　※軍閥とは</p>
<p>　　　　　→中央の統制に従わず、自ら財源を確保して個人的に軍隊をやしない、</p>
<p>　　　　　　政治を左右するようになった軍人を軍閥という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中華民国は、清が領有していた漢、満、モンゴル、ウイグル、チベットなどの</p>
<p>　　様々な民族が住む地域を領土にした</p>
<p>　　※しかし、辛亥革命をきっかけに、周辺の地域で独立に向かう動きが出てきた</p>
<p>　　　＝結果的に以下のような動きが出てきた</p>
<p>　　　　・１９１１年に外モンゴルが独立を宣言した</p>
<p>　　　　　→外モンゴルは、１９２４年にソヴィエト連邦の影響によって</p>
<p>　　　　　　モンゴル人民共和国を成立させた</p>
<p>　　　　・１９１３年にチベットで、ダライ＝ラマ１３世という人が独立を</p>
<p>　　　　　主張する布告を出した</p>
<p>　　　　　＝しかし、外モンゴル以外の地域は中華民国の中にとどまって、独立しなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・辛亥革命についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1008">辛亥革命について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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