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	<title>アラエス &#187; 黄河</title>
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	<item>
		<title>宋の時代の社会の様子について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/801</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/801#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 Oct 2013 08:48:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[天然パーマ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[東アジア千年史]]></category>
		<category><![CDATA[囲田]]></category>
		<category><![CDATA[宋]]></category>
		<category><![CDATA[朱全忠]]></category>
		<category><![CDATA[貨幣経済]]></category>
		<category><![CDATA[運河]]></category>
		<category><![CDATA[開封]]></category>
		<category><![CDATA[飛銭]]></category>
		<category><![CDATA[黄河]]></category>

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		<description><![CDATA[宋の時代の社会の様子について考えてみます &#160; &#160; ・宋の社会について &#160; &#160; 　・宋は開封というところを都とした 　　※開封は黄河と大運河の接点にあり、開封を最初に都にしたのは、後 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/801">宋の時代の社会の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>宋の時代の社会の様子について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・宋の社会について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・宋は開封というところを都とした</p>
<p>　　※開封は黄河と大運河の接点にあり、開封を最初に都にしたのは、後梁の朱全忠という人だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・開封は、古くからの城壁都市を土台に、市場や繁華街が広がっていた都市だった</p>
<p>　　※唐の長安は、王の権威を内外に示すため、整然とした計画に壮大な都城が作られていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・開封は、水路を通じて中国の東西南北を商業網の中心に位置していたというメリットがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・唐の時代の終わりころ、商業に対する規制が緩んだ</p>
<p>　　→そのため、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　・都市のなかで商業活動が積極的に行われるようになった</p>
<p>　　　・城壁の外や交通の重要な位置に、草子や鎮などと呼ばれる商業の中心地が誕生した</p>
<p>　　　</p>
<p>　　※さらに、全国から税を集めて大量に軍事支出に回すという、中央集権的な宋の財政状態は、</p>
<p>　　　物資の流通を盛んにした　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝結果的に、商品の流通がどんどん活発になっていった</p>
<p>　　　→この時に、以下のような人達が出てきた</p>
<p>　　　　・行（商人）、作（手工業者）などの同業組合が生まれてきた</p>
<p>　　　　・米、塩、茶、絹などを扱う大商人が活躍した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・宋の時代は、貨幣経済も発達していった</p>
<p>　　→そのため、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　・銅銭に加えて、金銀もそのまま使うことが出来るようになった</p>
<p>　　　・手形として使われていた交子や会子が、紙幣として使われるようになった</p>
<p>　　　　※手形は、唐の時代からあり、唐の時は飛銭と言われていた</p>
<p>　　　・貨幣経済の発展によって、お金持ちなった人達が出てきた</p>
<p>　　　　→お金持ちになった人たちは、土地を買い集めて地主になった</p>
<p>　　　　→地主は、収穫物の約半分を小作料として徴収し、佃戸に耕作させるというのが普通だった</p>
<p>　　　　　※地主と佃戸の関係は、対等な関係、主人と奴隷の関係など、様々な関係があった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・宋が南に渡ってから、江南の開発が進んだ</p>
<p>　　→そのため、中国経済の中心は、長安を中心とした西北から、東南の江蘇、浙江、福建などの</p>
<p>　　　地域へ移動していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・長江の下流域では、囲田などが作られ、労働力を一か所に集めるような稲作が</p>
<p>　　行なわれるようになった</p>
<p>　　※囲田・・湿地帯の土地を堤防で囲んで、干拓して作られた田のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・陶磁器、絹、茶など、特産品の集中的な生産が様々な場所で行われるようになった</p>
<p>　　→そのため、各地をつなぐような運河などが著しく発達していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・宋の社会の様子と発展についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/801">宋の時代の社会の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>殷と周について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/774</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/774#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 09 Oct 2013 23:48:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マイコ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アジア・アメリカ古代史]]></category>
		<category><![CDATA[周]]></category>
		<category><![CDATA[天子]]></category>
		<category><![CDATA[易姓革命]]></category>
		<category><![CDATA[殷]]></category>
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		<category><![CDATA[祭祀]]></category>
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		<description><![CDATA[殷と周について考えてみます &#160; &#160; ・殷と周について &#160; &#160; 　・黄河中流と下流域では、城壁で囲まれた都市が発達していった 　　→その後、それらの都市をまとめる広い王朝国家が成立し [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/774">殷と周について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>殷と周について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・殷と周について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・黄河中流と下流域では、城壁で囲まれた都市が発達していった</p>
<p>　　→その後、それらの都市をまとめる広い王朝国家が成立してきた</p>
<p>　　　※伝説では、夏という王朝が中国の最初の王朝とされているが、</p>
<p>　　　　その都の場所は確認されていない</p>
<p>　　</p>
<p>　　→現在確認できる最古の王朝は、夏の次に誕生したとされる殷（商）というところだった</p>
<p>　　　※２０世紀初めに殷墟というのが発掘され、甲骨文字を刻んだ大量の亀甲などが</p>
<p>　　　　発見されたことで、殷王朝が紀元前２千年紀に実在したことがはっきりと証明された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・殷について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・殷王朝は、多くの氏族集団（同じ祖先をもつという意識によって結びついた集団のこと）が</p>
<p>　　　連合し、王都のもとに多くの邑（城郭都市）が従う形で成り立った国家だった</p>
<p>　　　※ただし、殷の王が直接統治する範囲が限られていた</p>
<p>　　　　→そこで、王は以下のようなことを行い、多くの邑を支配していた</p>
<p>　　　　　・盛大に神の祭りを行っていた</p>
<p>　　　　　・神の考えを占って、農事や戦争など主な国事を全て決めていた</p>
<p>　　　　　　→このようにして、宗教的な権威を利用していた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※・甲骨文字は、現在の漢字のもとであり、占いの結果の記録に使われていた</p>
<p>　　　　・複雑な文様を持つ青銅器の多くは、祭祀用の酒器や食器だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・周について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・周は、殷の支配領域の西部にある、渭水流域で誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・周は、最初は殷に従っていた</p>
<p>　　　→しかし、紀元前１１世紀ころに殷を倒し、鎬京（現在の西安付近）に都をおいて、</p>
<p>　　　　華北を支配した</p>
<p>　　　　＝このように王朝が交代することを、易姓革命という</p>
<p>　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・周の王は、一族、功臣、各地の土着の首長に、封土（領地）を与えて、諸侯とし、</p>
<p>　　　代々その地を領有させていた</p>
<p>　　　※諸侯・・封土内の人々を支配していた人のこと</p>
<p>　　　※王や諸侯に従う卿、大夫、士などと呼ばれる家臣にも、それぞれ地位と封土を与えられた</p>
<p>　　　　→封土を分けることによる統治のしかたは「封建」と呼ばれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→封建のように、代々続く家柄を重視する統治の仕組みのもとでは、</p>
<p>　　　　　氏族のまとまりが重要だった</p>
<p>　　　　　＝そのため、親族関係の秩序やそれに応じた祭祀の仕方を定めた</p>
<p>　　　　　　宗法というものが作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※分権的な「封建」体制を一つにまとめていたのは、天命を受けた天子と呼ばれる</p>
<p>　　　　　周の王の権威だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・殷についておさえる</p>
<p>・周についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/774">殷と周について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>東アジアの風土と人々・中国文明の誕生について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/773</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/773#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 09 Oct 2013 23:43:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マイコ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アジア・アメリカ古代史]]></category>
		<category><![CDATA[モンスーン]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>
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		<description><![CDATA[東アジアの風土と人々・中国文明の誕生について考えてみます &#160; &#160; ・東アジアの風土と人々について &#160; &#160; 　※東アジアとは・・現在の中国の領域を中心に、モンゴル高原、ベトナム北部、 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/773">東アジアの風土と人々・中国文明の誕生について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>東アジアの風土と人々・中国文明の誕生について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・東アジアの風土と人々について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※東アジアとは・・現在の中国の領域を中心に、モンゴル高原、ベトナム北部、</p>
<p>　　　　　　　　　　チベット高原、朝鮮半島、日本列島などに広がっている</p>
<p>　　　　　　　　　　ユーラシア大陸東部地域のことを指す</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・東アジアには、以下のような特徴がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→・温暖で湿潤なモンスーン地帯が多い</p>
<p>　　　・中国東部、朝鮮、日本、ベトナムでは、昔から農耕が発達してた</p>
<p>　　　　＝そのため、東アジアの人口の多くはこの地域に集中していた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→・北方の草原や砂漠地帯では、遊牧が主な仕事になった</p>
<p>　　　・東北部の森林地帯では、狩猟や採集を営む人々が生活していた</p>
<p>　　　　＝このような北方の住民は、人口が少なかったものの、農耕地帯への進入や貿易を通して</p>
<p>　　　　　東アジアの歴史に大きな役割を果たしたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝上のような、様々な自然条件の中での生活とお互いに関わることを通して、</p>
<p>　　　言語や文化を共有する集団のつながりが生まれてきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※今日の中国では、人口の多くを占める漢族という民族のほかに、</p>
<p>　　約５０の少数民族があると言われている</p>
<p>　　→その他の国々にも、大小さまざまな民族によって構成されている</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※当時中国の少数民族について</p>
<p>　　　　・モンゴル族、ウイグル族、チベット族などのように、</p>
<p>　　　　　独立の国家を作っていた民族もあった</p>
<p>　　　　・西南のヤオ族、ミャオ族などのように、中国王朝のもとで</p>
<p>　　　　　統治されていた民族もあった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・東アジアは、風土、生業、言語などの多様性を持ちながら、千年以上の間、</p>
<p>　　漢字や儒教、仏教など共通の文化によって結ばれた独自の世界として</p>
<p>　　大きなまとまりを保ってきた</p>
<p>　　→その中心となったのは、中国だった</p>
<p>　　　※中国の歴史の始まりは、黄河・長江（揚子江）流域に発生した古代文明にまで</p>
<p>　　　　さかのぼると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・中国文明の誕生について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・紀元前６０００年までに、黄河の流域と長江の流域では、以下のような農耕が行なわれていた</p>
<p>　　→・黄河流域・・アワなどの雑穀　　・長江流域・・稲など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・紀元前５千年紀に、気候の温暖化と同時に、農耕技術が発展していった</p>
<p>　　＝その結果、数百人規模の村落が誕生した</p>
<p>　　　→その時に、黄河中流域と長江中流・下流域では以下のようなことが起きていた</p>
<p>　　　　※・黄河中流域・・彩文土器（彩陶）という土器を特色とする</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　仰韶文化という文化が出て来た</p>
<p>　　　　　・長江中流・下流域・・人工的な水田施設を伴う集落が作られていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・紀元前３千年紀に、黄河・長江など地域間の交流が次第に活発になっていった</p>
<p>　　※それを示すものとして、黄河下流域を中心に、長江の中流・下流域から遼東半島にまで</p>
<p>　　　分布している黒色磨研土器（黒陶）があると言われている</p>
<p>　　　＝この時の文化を、竜山文化という</p>
<p>　　</p>
<p>　　→交流が活発になったことで、集団がお互いに争うにようになっていった</p>
<p>　　　＝その結果、それぞれの地域で政治的な統合が促された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・この時期の遺跡として、以下のようなものが見られた</p>
<p>　　→・大量の武器</p>
<p>　　　・戦争犠牲者の埋葬跡</p>
<p>　　　・集団作業で土をつきかためた城壁</p>
<p>　　　・支配層の大きな墓</p>
<p>　　　　＝これらは、政治権力が集中したこと、階層差が広がったことを意味している</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・東アジアの風土と人々についておさえる</p>
<p>・中国文明の誕生についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/773">東アジアの風土と人々・中国文明の誕生について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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