東アジアの風土と人々・中国文明の誕生について
東アジアの風土と人々・中国文明の誕生について考えてみます
・東アジアの風土と人々について
※東アジアとは・・現在の中国の領域を中心に、モンゴル高原、ベトナム北部、
チベット高原、朝鮮半島、日本列島などに広がっている
ユーラシア大陸東部地域のことを指す
・東アジアには、以下のような特徴がある
→・温暖で湿潤なモンスーン地帯が多い
・中国東部、朝鮮、日本、ベトナムでは、昔から農耕が発達してた
=そのため、東アジアの人口の多くはこの地域に集中していた
→・北方の草原や砂漠地帯では、遊牧が主な仕事になった
・東北部の森林地帯では、狩猟や採集を営む人々が生活していた
=このような北方の住民は、人口が少なかったものの、農耕地帯への進入や貿易を通して
東アジアの歴史に大きな役割を果たしたと言われている
=上のような、様々な自然条件の中での生活とお互いに関わることを通して、
言語や文化を共有する集団のつながりが生まれてきた
※今日の中国では、人口の多くを占める漢族という民族のほかに、
約50の少数民族があると言われている
→その他の国々にも、大小さまざまな民族によって構成されている
※当時中国の少数民族について
・モンゴル族、ウイグル族、チベット族などのように、
独立の国家を作っていた民族もあった
・西南のヤオ族、ミャオ族などのように、中国王朝のもとで
統治されていた民族もあった
・東アジアは、風土、生業、言語などの多様性を持ちながら、千年以上の間、
漢字や儒教、仏教など共通の文化によって結ばれた独自の世界として
大きなまとまりを保ってきた
→その中心となったのは、中国だった
※中国の歴史の始まりは、黄河・長江(揚子江)流域に発生した古代文明にまで
さかのぼると言われている
・中国文明の誕生について
・紀元前6000年までに、黄河の流域と長江の流域では、以下のような農耕が行なわれていた
→・黄河流域・・アワなどの雑穀 ・長江流域・・稲など
・紀元前5千年紀に、気候の温暖化と同時に、農耕技術が発展していった
=その結果、数百人規模の村落が誕生した
→その時に、黄河中流域と長江中流・下流域では以下のようなことが起きていた
※・黄河中流域・・彩文土器(彩陶)という土器を特色とする
仰韶文化という文化が出て来た
・長江中流・下流域・・人工的な水田施設を伴う集落が作られていた
・紀元前3千年紀に、黄河・長江など地域間の交流が次第に活発になっていった
※それを示すものとして、黄河下流域を中心に、長江の中流・下流域から遼東半島にまで
分布している黒色磨研土器(黒陶)があると言われている
=この時の文化を、竜山文化という
→交流が活発になったことで、集団がお互いに争うにようになっていった
=その結果、それぞれの地域で政治的な統合が促された
・この時期の遺跡として、以下のようなものが見られた
→・大量の武器
・戦争犠牲者の埋葬跡
・集団作業で土をつきかためた城壁
・支配層の大きな墓
=これらは、政治権力が集中したこと、階層差が広がったことを意味している
ポイント
・東アジアの風土と人々についておさえる
・中国文明の誕生についておさえる
このあたりが今回のポイントです