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	<title>アラエス &#187; ＩＢＲＤ</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>金本位制とＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1879</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1879#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 17:19:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[赤長のいちご]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界経済・世界の課題]]></category>
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		<description><![CDATA[金本位制とIMF－GATT体制について考えてみます &#160; &#160; ・金本位制の時の経済について &#160; 　・第一次世界大戦（１９１４～１９１８）よりも前の時の国際経済は、 　　金本位制という国際通貨制 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1879">金本位制とＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>金本位制とIMF－GATT体制について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・金本位制の時の経済について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第一次世界大戦（１９１４～１９１８）よりも前の時の国際経済は、</p>
<p>　　金本位制という国際通貨制度を使った、自由貿易の経済の体制だった</p>
<p>　　※金本位制の時の国際経済は、国が手を加えなくても、収入と支出が自然と一致したので、</p>
<p>　　　自由貿易が出来ていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→しかし、下の３つの理由が原因で、金本位制が危なくなってきて、</p>
<p>　　結果的に金本位制が完全にダメになってしまったと言われている</p>
<p>　　理由：・第一次世界大戦の後に、国際経済の中心がイギリスからアメリカに</p>
<p>　　　　　　変わっていったので金がアメリカにどんどん集まるようになっていった</p>
<p>　　　　　・貿易量が増えた時に、金は増えなかったので、金が貴重になっていった</p>
<p>　　　　　・１９３０年代に世界恐慌が響いていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→そこで、金本位制が終わった時の世界恐慌を乗り切るために、</p>
<p>　　それぞれの国は主に下の２つのような行動を取った</p>
<p>　　・輸出を増やすことで不況を乗り切ろうとして、</p>
<p>　　　為替の切り下げ（自分の国の通貨の価値を下げる）を行った</p>
<p>　　・輸入する商品に、高い関税をかけることで、</p>
<p>　　　自分の国に入ってくる輸入品を減らそうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝結果的に、世界での貿易が非常に少なくなり、特に大きな国は</p>
<p>　　　ブロック経済を行うところもあった</p>
<p>　　　※ブロック経済・・いくつかの国の経済をまとめて、一つの国の経済として</p>
<p>　　　　　　　　　　　　扱うようになること</p>
<p>　　　　　　　　　　　　（１９３０年代は、イギリス、フランスなどの帝国主義だった国を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　中心に、世界全体がいくつかの経済に分けられることになった）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※上のような経済のスタイルは結果的に崩れたが、崩れたことが</p>
<p>　　　　第二次世界大戦を引き起こす原因の一つだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第二次世界大戦の前の国際経済のスタイルが失敗だということになったので、</p>
<p>　　戦後に新しい経済の制度を使って国際経済を安定させようとする動きが</p>
<p>　　見られるようになった</p>
<p>　　→戦後の国際経済を安定させるための重要な制度として使われたのが、</p>
<p>　　　ＧＡＴＴ（関税と貿易に関する一般協定）とＩＭＦ（国際通貨基金）というものだった</p>
<p>　　　※このように、ＧＡＴＴとＩＭＦが重視されたので、</p>
<p>　　　　ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制とも言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＧＡＴＴについて</p>
<p>　　</p>
<p>　　・ＧＡＴＴは１９４８年に、自由貿易を促すために作られた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　・ＧＡＴＴは、自由貿易、無差別最恵国待遇、多角主義の３つを基本的な原則として、</p>
<p>　　　関税を引き下げる、輸入の制限を無くす、貿易に関する様々な壁を無くす、</p>
<p>　　　などのように、多くの行動を行っている</p>
<p>　　　※最恵国待遇・・２つの国が自分達の間だけで行う貿易に関する</p>
<p>　　　　　　　　　　　独自のルール（関税や航海など）は２つの国とは関係の無い国と</p>
<p>　　　　　　　　　　　行っている貿易に関する独自のルールよりも悪いルールで</p>
<p>　　　　　　　　　　　貿易をしてはいけないということ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＩＭＦについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ＩＭＦは、１９４４年に出来たブレトン・ウッズ協定という協定を土台にして、</p>
<p>　　　１９４７年に作られた国際通貨制度のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ブレトン・ウッズ協定で決められたこと</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・ドルは、金１オンス＝３５ドルというレートで金とドルが交換できることが保障され、</p>
<p>　　　　さらに、他の国々の通貨とドルとの交換の比率も一定の率で固定化され、</p>
<p>　　　　交換できることが保障された</p>
<p>　　　　＝この制度を、固定相場制と言う</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・各国の通貨当局（通貨に関する事務を行う機関）が</p>
<p>　　　　平価維持（ドルとの交換比率を一定の数値で安定させること）を行うことを義務とした</p>
<p>　　　　※ただし、上下１％の変動までは認められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・経常収支が一時的に赤字になってしまった国は、ブレトン・ウッズ協定に</p>
<p>　　　　参加している国が出した出資金から一時的にお金を貸してもらえることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９４４年７月に開かれた連合国国際通貨会議という会議が開かれ、</p>
<p>　　　　下のようなことが決められた</p>
<p>　　　　→・ドルを基軸通貨とすることが決められた</p>
<p>　　　　　・国際復興開発銀行（ＩＢＲＤ）というものを作ることが決められた</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1879">金本位制とＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>国際通貨体制の流れと変化と歴史について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1766</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1766#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 02:59:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際経済]]></category>
		<category><![CDATA[キングストン合意]]></category>
		<category><![CDATA[スミソニアン協定]]></category>
		<category><![CDATA[ドル危機]]></category>
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		<category><![CDATA[ＳＤＲ]]></category>

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		<description><![CDATA[国際通貨体制について、様々な面から考えてみます &#160; &#160; ・国際通貨体制とは 　→国際の通貨に関する制度のことで、固定相場制と変動相場制が代表的 　　＝この体制を理解するためには、戦後からの歴史を知る必 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1766">国際通貨体制の流れと変化と歴史について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>国際通貨体制について、様々な面から考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際通貨体制とは</p>
<p>　→国際の通貨に関する制度のことで、固定相場制と変動相場制が代表的</p>
<p>　　＝この体制を理解するためには、戦後からの歴史を知る必要があると言われている</p>
<p>　　※・固定相場制・・為替のレートが一定で変わらない制度のこと</p>
<p>　　　・変動相場制・・為替のレートが、通貨量や需要と供給など、</p>
<p>　　　　　　　　　　　様々な理由で変わる制度のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・第二次世界大戦後の国際経済の状況について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第二次世界大戦の後は、非常に混乱した状態の場所がいくつもあった</p>
<p>　　→その中で、アメリカがずば抜けて経済力を持っていた</p>
<p>　　　※当時は、国際流動性（外国で通用するお金の量）が少ないと言われていたが、</p>
<p>　　　　ドルだけは圧倒的に強いという状況が存在していた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上のように、ドルの圧倒的な強さとアメリカの経済力の強さがあったので、</p>
<p>　　　ドル中心の国際通貨体制になったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ドルが中心になった後、アメリカはＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制という体制の時に、</p>
<p>　　自由貿易を展開すると同時に、国際復興開発銀行（ＩＢＲＤ、世界銀行）という</p>
<p>　　ものを作り、戦後の経済の復活を目指した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→この時に、２つの大きな出来事が起きた</p>
<p>　　　・冷戦が発生し、東西対立の時に、西側の国々へ経済や軍事の面で援助をした</p>
<p>　　　・ベトナム戦争が発生し、軍事の面での支出が増えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→この出来事によって、ドルが世界中に出て行ったので、</p>
<p>　　　アメリカが外国から借りているお金の量が</p>
<p>　　　アメリカ自身が持っていた金の量よりも多くなってしまった　（海外の借金＞金の量）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→結果的に、「金が少なくて、アメリカはドルを返してくれるのか？」</p>
<p>　　　という疑問が広がり、ドルに対して不安を持つ人が増え、</p>
<p>　　　金がアメリカから大量に出て行くという事態が起きた</p>
<p>　　　＝この出来事をドル危機という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカは、ドルの力を維持するための政策を行ったが、結局不可能だった</p>
<p>　　→そこで、当時のアメリカの大統領だったニクソンという人が</p>
<p>　　　１９７１年８月に新しい経済政策というものを発表した</p>
<p>　　　＝この発表の時に、金とドルの交換を停止することになった</p>
<p>　　　　（この停止を、ドル・ショック、または、ニクソン・ショックと言う）</p>
<p>　　　　※このショックで、固定相場制は終わったと言われている</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ドル・ショックの後、１９７１年１２月に、スミソニアン協定という協定によって、</p>
<p>　　新しい固定相場制のルールが考えられたが、</p>
<p>　　結果的には１９７３年から、どんどん変動相場制に変わっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※スミソニアン協定について</p>
<p>　　　・ワシントンのスミソニアン博物館という場所で行われた、</p>
<p>　　　　１０カ国の財務省のトップが集まった会議での協定のこと</p>
<p>　　　・ドルの価値は当時は、金１オンス＝３５ドルというレートだったが、</p>
<p>　　　　これを１オンス＝３８ドルに切り下げるということを行って、</p>
<p>　　　　各国の通貨の平価調整（ドルとの交換比率の調整）をした</p>
<p>　　　　→このレートの変化によって、当時は１ドル＝３６０円というレートだったが、</p>
<p>　　　　　１ドル＝３０８円というレートに変わった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９７３年からの変動相場制への変更が続き、</p>
<p>　　１９７６年にはキングストン合意という合意が行われた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※キングストン合意について</p>
<p>　　　・ジャマイカの首都のキングストンというところで行われたＩＭＦ暫定委員会という</p>
<p>　　　　委員会での合意のこと</p>
<p>　　　　→この時に、ＩＭＦ協定の第２次改正案が合意された</p>
<p>　　　・キングストン合意で合意された内容</p>
<p>　　　　→・変動相場制に移ることを認めること</p>
<p>　　　　　・国が金の値段を決めること（公定価格）は廃止となった</p>
<p>　　　　　・金の代わりとして、ＳＤＲ（特別引き出し権）を土台として</p>
<p>　　　　　　考えることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ＳＤＲ（特別引き出し権）について</p>
<p>　　　・ＩＭＦが何かあった時のために準備しておく資産のこと</p>
<p>　　　・１９６９年のＩＭＦ協定第１次改正の時に、</p>
<p>　　　　金やドルを補うためのものとして用意された</p>
<p>　　　・ＩＭＦに加盟している国は、ＩＭＦに出している金額の量に応じて、</p>
<p>　　　　ＳＤＲの権利の配分を得る</p>
<p>　　　　→国際収支が赤字になった国は、ＳＤＲの権利を使って、</p>
<p>　　　　　他の国から外貨を借りることができる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・国際通貨体制を押さえる</p>
<p>・第二次世界大戦の後の状況を押さえる</p>
<p>・ドル危機の内容を押さえる</p>
<p>・固定相場制が終わる過程を押さえる</p>
<p>・スミソニアン協定、キングストン合意の内容を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1766">国際通貨体制の流れと変化と歴史について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>国際経済を歴史的な視点から見る　―金本位制・IMF－GATT体制―</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1759</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1759#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 02:46:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際経済]]></category>
		<category><![CDATA[ブレトン・ウッズ協定]]></category>
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		<description><![CDATA[国際経済の歴史について、金本位制とIMF－GATT体制を中心に考えてみます &#160; &#160; ・金本位制の時の経済について &#160; 　・第一次世界大戦（１９１４～１９１８）よりも前の時の国際経済は、 　　 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1759">国際経済を歴史的な視点から見る　―金本位制・IMF－GATT体制―</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>国際経済の歴史について、金本位制とIMF－GATT体制を中心に考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・金本位制の時の経済について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第一次世界大戦（１９１４～１９１８）よりも前の時の国際経済は、</p>
<p>　　金本位制という国際通貨制度を使った、自由貿易の経済の体制だった</p>
<p>　　※金本位制の時の国際経済は、国が手を加えなくても、収入と支出が自然と一致したので、</p>
<p>　　　自由貿易が出来ていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→しかし、下の３つの理由が原因で、金本位制が危なくなってきて、</p>
<p>　　結果的に金本位制が完全にダメになってしまったと言われている</p>
<p>　　理由：・第一次世界大戦の後に、国際経済の中心がイギリスからアメリカに</p>
<p>　　　　　　変わっていったので金がアメリカにどんどん集まるようになっていった</p>
<p>　　　　　・貿易量が増えた時に、金は増えなかったので、金が貴重になっていった</p>
<p>　　　　　・１９３０年代に世界恐慌が響いていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→そこで、金本位制が終わった時の世界恐慌を乗り切るために、</p>
<p>　　それぞれの国は主に下の２つのような行動を取った</p>
<p>　　・輸出を増やすことで不況を乗り切ろうとして、</p>
<p>　　　為替の切り下げ（自分の国の通貨の価値を下げる）を行った</p>
<p>　　・輸入する商品に、高い関税をかけることで、</p>
<p>　　　自分の国に入ってくる輸入品を減らそうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝結果的に、世界での貿易が非常に少なくなり、特に大きな国は</p>
<p>　　　ブロック経済を行うところもあった</p>
<p>　　　※ブロック経済・・いくつかの国の経済をまとめて、一つの国の経済として</p>
<p>　　　　　　　　　　　　扱うようになること</p>
<p>　　　　　　　　　　　　（１９３０年代は、イギリス、フランスなどの帝国主義だった国を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　中心に、世界全体がいくつかの経済に分けられることになった）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※上のような経済のスタイルは結果的に崩れたが、崩れたことが</p>
<p>　　　　第二次世界大戦を引き起こす原因の一つだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第二次世界大戦の前の国際経済のスタイルが失敗だということになったので、</p>
<p>　　戦後に新しい経済の制度を使って国際経済を安定させようとする動きが</p>
<p>　　見られるようになった</p>
<p>　　→戦後の国際経済を安定させるための重要な制度として使われたのが、</p>
<p>　　　ＧＡＴＴ（関税と貿易に関する一般協定）とＩＭＦ（国際通貨基金）というものだった</p>
<p>　　　※このように、ＧＡＴＴとＩＭＦが重視されたので、</p>
<p>　　　　ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制とも言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＧＡＴＴについて</p>
<p>　　</p>
<p>　　・ＧＡＴＴは１９４８年に、自由貿易を促すために作られた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　・ＧＡＴＴは、自由貿易、無差別最恵国待遇、多角主義の３つを基本的な原則として、</p>
<p>　　　関税を引き下げる、輸入の制限を無くす、貿易に関する様々な壁を無くす、</p>
<p>　　　などのように、多くの行動を行っている</p>
<p>　　　※最恵国待遇・・２つの国が自分達の間だけで行う貿易に関する</p>
<p>　　　　　　　　　　　独自のルール（関税や航海など）は２つの国とは関係の無い国と</p>
<p>　　　　　　　　　　　行っている貿易に関する独自のルールよりも悪いルールで</p>
<p>　　　　　　　　　　　貿易をしてはいけないということ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＩＭＦについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ＩＭＦは、１９４４年に出来たブレトン・ウッズ協定という協定を土台にして、</p>
<p>　　　１９４７年に作られた国際通貨制度のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ブレトン・ウッズ協定で決められたこと</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・ドルは、金１オンス＝３５ドルというレートで金とドルが交換できることが保障され、</p>
<p>　　　　さらに、他の国々の通貨とドルとの交換の比率も一定の率で固定化され、</p>
<p>　　　　交換できることが保障された</p>
<p>　　　　＝この制度を、固定相場制と言う</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・各国の通貨当局（通貨に関する事務を行う機関）が</p>
<p>　　　　平価維持（ドルとの交換比率を一定の数値で安定させること）を行うことを義務とした</p>
<p>　　　　※ただし、上下１％の変動までは認められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・経常収支が一時的に赤字になってしまった国は、ブレトン・ウッズ協定に</p>
<p>　　　　参加している国が出した出資金から一時的にお金を貸してもらえることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９４４年７月に開かれた連合国国際通貨会議という会議が開かれ、</p>
<p>　　　　下のようなことが決められた</p>
<p>　　　　→・ドルを基軸通貨とすることが決められた</p>
<p>　　　　　・国際復興開発銀行（ＩＢＲＤ）というものを作ることが決められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・金本位制の概要、崩壊まで、崩壊の理由などを押さえる</p>
<p>・ＧＡＴＴの内容を押さえる</p>
<p>・ＩＭＦの内容を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1759">国際経済を歴史的な視点から見る　―金本位制・IMF－GATT体制―</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>戦後の世界の様子について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1053</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1053#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 13:26:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[さやかとゆい]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦後世界史・冷戦・第三世界]]></category>
		<category><![CDATA[ダンバートン＝オークス]]></category>
		<category><![CDATA[ニューヨーク]]></category>
		<category><![CDATA[ブレトン＝ウッズ]]></category>
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		<description><![CDATA[戦後の世界の様子について考えてみます &#160; &#160; ・戦後の世界の様子について &#160; &#160; 　・１９４１年の大西洋憲章で示された新しい国際機関の創設を協議するために、 　　１９４４年８月～１ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1053">戦後の世界の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>戦後の世界の様子について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>・戦後の世界の様子について</p>
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<p>　・１９４１年の大西洋憲章で示された新しい国際機関の創設を協議するために、</p>
<p>　　１９４４年８月～１０月にワシントン郊外のダンバートン＝オークスで、</p>
<p>　　アメリカ、イギリス、ソ連、中国の四カ国会議が行なわれた</p>
<p>　　※この会議の時に、国際連合憲章草案がまとまった</p>
<p>　　　→この草案は、１９４５年４月～６月に５０カ国の連合国が参加した</p>
<p>　　　　サンフランシスコ会議で正式に採択された</p>
<p>　　　　＝その結果、１９４５年１０月に、国際連盟に代わって国際連合が発足した</p>
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<p>　　※国際連合について</p>
<p>　　　・国際連合とは、国際平和を維持し、紛争の原因を取りのぞき、</p>
<p>　　　　経済・文化・教育の発展と交流を助け、基本的人権を擁護することを</p>
<p>　　　　目的にした常設の国際機関のこと</p>
<p>　　　・１９４８年の第３回総会で、基本的人権の目標が示された世界人権宣言が採択された</p>
<p>　　　・ニューヨークに本部が置かれた</p>
<p>　　　・国際連合は、全加盟国が平等に参加する総会の決定で運営される</p>
<p>　　　・アメリカ、イギリス、フランス、ソ連、中国の五大国を拒否権を持つ</p>
<p>　　　　常任理事国とする安全保障理事会を設置した</p>
<p>　　　　→安全保障理事会に、経済的かつ軍事的な制裁を決定する強力な権限を与えた</p>
<p>　　　・国際連合は、ユネスコ（国際連合教育科学文化機関）、国際労働機関（ＩＬＯ）、</p>
<p>　　　　世界保健機関（ＷＨＯ）などの様々な分野の専門機関や、</p>
<p>　　　　ユニセフ（国連児童基金）などの補助機関を持っている　</p>
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<p>　・国際連合と並行する形で、戦後の国際金融・経済協力体制の構築が、</p>
<p>　　以下のような流れで進んだ</p>
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<p>　　→・１９４４年７月に、連合国の代表がアメリカ合衆国のブレトン＝ウッズの会議に集まった</p>
<p>　　　　→この会議で、国際通貨基金（ＩＭＦ）と国際復興開発銀行（ＩＢＲＤ、世界銀行）の</p>
<p>　　　　　設立に合意した</p>
<p>　　　　　＝ＩＭＦとＩＢＲＤの両方の組織は、１９４５年１２月に発足した</p>
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<p>　　　・１９４７年１０月に、「関税と貿易に関する一般協定」（ＧＡＴＴ）が成立した</p>
<p>　　　　→これは、貿易の壁を取り除いて、世界の貿易を促す体制を作ったと言われている</p>
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<p>　　　　→上のような制度は、どれもアメリカのドルを基軸通貨にした</p>
<p>　　　　　＝この時に用いられたのが、金１オンス＝３５ドルの固定相場制だった</p>
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<p>　　　　※なぜドルが基軸通貨になったのか</p>
<p>　　　　　・アメリカが世界の鉱工業生産の６割を占めた</p>
<p>　　　　　・世界の金の７割近くを持っていた</p>
<p>　　　　　　→この２つによって、経済面でかなりの力を握っていたからだと言われている</p>
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<p>　・敗戦国については、戦後に以下のような扱いを受けた</p>
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<p>　　→・１９４５年８月のポツダム協定で、ドイツへの方針が決定された</p>
<p>　　　　→ポツダム協定で、以下のようなことが決められていた</p>
<p>　　　　　・フランスを含めた４国による分割占領と共同管理</p>
<p>　　　　　・旧首都ベルリンの分割管理</p>
<p>　　　　　・民主化の徹底　　など</p>
<p>　　　　→これらに加えて、ニュルンベルクに国際軍事裁判所が設置された</p>
<p>　　　　　※この裁判所で、ナチス＝ドイツの指導者の戦争犯罪責任が追及された</p>
<p>　　　　　　＝結果的に、裁判でナチス＝ドイツの指導者１２名が死刑判決を受けた</p>
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<p>　　　・オーストリアは、ドイツと分離されて４国の共同管理下に置かれた</p>
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<p>　　　・イタリア、ハンガリー、ブルガリア、ルーマニア、フィンランドの旧枢軸国との間で、</p>
<p>　　　　１９４７年にパリ講和条約が結ばれた</p>
<p>　　　　※この時に、イタリアは海外の領土を放棄した</p>
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<p>　　　・日本は、アメリカ軍を中心とした連合国軍に占領された</p>
<p>　　　　→そのため、アメリカ主導で、軍隊の解散、財閥解体、農地改革、教育改革などの</p>
<p>　　　　　民主的な改革が行なわれた</p>
<p>　　　　　※さらに、東京に極東国際軍事裁判所が設置されて戦争犯罪が裁かれ、</p>
<p>　　　　　　東条英機など７人が死刑判決を受けた</p>
<p>　　　　　　＝結果的に、１９４６年に、主権在民や戦争放棄などが含まれた</p>
<p>　　　　　　　日本国憲法が公布された</p>
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<p>ポイント</p>
<p>・国際連合についておさえる</p>
<p>・戦後の経済体制についておさえる</p>
<p>・敗戦国に対する動きをおさえる</p>
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<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1053">戦後の世界の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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