幸福度の高い社会へ―1、なぜ福祉国家型財政が必要なのか1-1様々な社会変化
前回までは、日本の財政運営が戦後一貫して福祉国家型ではなく、近年もかつてのケインズ主義型と歳出抑制型を繰り返している現状を明らかにしました。しかしながら、これまでの財政運営のあり方は、どれをとっても現代の日本社会にはうまく適合しておらず、今後は福祉国家型財政に近い方向性を目指すことが必要だと筆者は考えています。そこで本記事以降では、なぜ福祉国家型財政を取り入れる必要があるのか、そして福祉国家型財政を取り入れて、国民がある程度幸福だと思える社会をデザインするためにはどこに重点的に配分すべきかについて、経済成長を含めた長期的な財政再建も視野に入れながら検討することにします。
1、なぜ福祉国家型財政が必要なのか
1-1 様々な社会変化
福祉国家型財政がなぜ必要なのかを考えるためには、日本における様々な社会変化を捉えなければなりません。ここでまず重要なのは、日本企業のグローバル化です。日本の大企業は、1980年代中頃から本格的に海外進出を始めました。これについては日本の対外直接投資の推移を見るとよくわかります(後藤下記参考文献、80頁、図2-1)。海外進出の背景には、1985年の「プラザ合意」があります。これによって急激な円高=ドル安となり、輸出産業にとって非常に不利な状態となりました。円高=ドル安ということは、逆に言えば現地生産や販売が有利になるということなので、この時期に海外進出が急増したのです。
このような80年代中頃からの日本企業のグローバル化は、産業の空洞化や中小企業の低迷を内在していたものの、比較的順調でした。しかし、バブル崩壊以降は80年代に顕在化しなかった問題が一気に噴出し、これまでの日本企業のあり方を抜本的に変えなければならないという認識が広がりました。その典型が日本型雇用の解体です。
グローバル化した日本企業にとって、終身雇用や年功賃金を特徴とする日本型雇用は大きな障害とみなされました。そこで行われたのが労働市場の規制緩和です。1993年、97年、98年、2002年、03年と相次いで労働基準法が改正され、就労時間の緩和が行われました。また、1996年、2000年、03年と労働者派遣法の改正も実施され、派遣となる対象業務や派遣対象の緩和も行われました(注;井手下記参考文献、202頁)。こうした動きを背景に急増したのが非正規労働者であり、現在では役員を除く雇用者のうち、非正規社員の比率は38.2%にも上っています(日経「非正規、初の2000万人突破」下記参考文献)。
このような雇用環境の激変は、労働者の所得にも大きな影響を与えました。図6-1によれば、平成10年(1998年)をピークに給与所得者の平均給与は減少を続けています。こうした給与所得の減少は、女性の就労を促すことにもつながりました。つまり、夫の収入減を妻のパートで補う家計補助的就労が増大し、共働き世帯が主流になってきているのです(注;日経「共働き世帯主流に 『生活防衛』消費は伸びず」下記参考文献)。これは日本型雇用の解体によって、大沢真理の言うところの「男性稼ぎ主」モデルが壊れていることを意味します。
図6-1 給与所得者平均給与の推移 (単位:千円)
出所:国税庁『民間給与実態統計調査』「2-4業種別給与所得者数・平均給与」全業種合計の平均給与より作成。http://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/jikeiretsu/01_02.htm
(閲覧日:2013年11月10日)
女性の社会進出は、家計補助以外の側面もあります。それは「知識社会」の到来によって女性の労働力が純粋に必要とされているという側面です。知識社会とは、人間が主体となって、より人間的な能力を発揮させていく労働が要求される社会のことであり、ポスト工業化社会とも呼ばれます。これまでの重化学工業を中心とした工業社会では、主に人間の肉体的な能力が要求されてきました。しかし、機械の技術革新が進むと、労働の中身が複雑化してくるので、人間の頭脳や神経系統の能力が要求されるようになります。つまり、「知識労働と呼ぶべき形態が必要とされてくるのである(注;神野下記参考文献、57頁)」。こうした知識社会への移行は、かつての重化学工業の時代のような肉体労働を大量に必要とすることはないので、女性も労働に参加しやすくなるし、純粋に必要とされるのです。家事や育児などの「無償労働」を金額に換算すると、年138兆円にも及ぶという内閣府の推計(注;日経電子版「家事、育児など『無償労働』年138兆円 内閣府推計」下記参考資料)や、女性の活用がGDPを押し上げるという議論は、まさにそのことを示している(注;日経「女性活用、GDP押し上げ IMF専務理事クリスティーヌ・ラガルド氏」下記参考文献)。
参考文献、資料
・井手英策『財政赤字の淵源―寛容な社会の条件を考える』有斐閣、2012年、198-206頁、212-221頁
・大沢真理『現代日本の生活保障システム―座標とゆくえ』岩波書店、2007年
・後藤道夫『反「構造改革」』青木書店、2002年、80-92頁
・神野直彦『「分かち合い」の経済学』岩波書店、2010年、56-58頁、79-81頁
・宮本太郎『生活保障』岩波書店、2009年、55-57頁、179-頁
・「女性活用、GDP押し上げ IMF専務理事クリスティーヌ・ラガルド氏」『日本経済新聞』2013年10月7日付け、朝刊
・「共働き世帯主流に 『生活防衛』消費は伸びず」『日本経済新聞』2012年10月22日付け、朝刊
・「非正規、初の2000万人突破」『日本経済新聞』2013年7月13日付け、朝刊
・国税庁『民間給与実態統計調査結果』
http://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/jikeiretsu/01_02.htm (閲覧日:2013年11月10日)