アーリヤ人の進入とガンジス川流域への移動について

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投稿者:       投稿日時:2013/10/06 01:47      
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アーリヤ人の進入とガンジス川流域への移動について考えてみます

 

 

・アーリヤ人の進入とガンジス川流域への移動について

 

 

 ・紀元前1500年ころから、カイバル峠という峠を越えて、

  インド=ヨーロッパ語系の牧畜民だったアーリヤ人が

  インド西北部のパンジャーブ地方というところに進入し始めた

  ※進入直後のアーリヤ人の特徴について

   ・自分たちで部族社会を構成した

   ・雷や火などの自然神を崇拝した

   ・自然神の賛歌集だった「リグ=ヴェーダ」というものを生んだ

 

 

 ・紀元前1000年を過ぎたころから、

  アーリヤ人は西北インドからガンジス川流域へ移動を始めた

  ※ガンジス川流域へ移動した後の時のアーリヤ人の特徴について

   ・森林の開墾に適しているという理由で、青銅器に代わって

    鉄製の道具が使われるようになった

   ・牛が引く木製の犂(すき)が生み出された

   ・移動した土地で、農耕を行う先住民と交流して、定住農耕社会を作り出した

    →定住農耕社会が出来る過程で、ヴァルナ制(「色」を意味する)と呼ばれる

     身分上下的な考え方が出て来た

     ※アーリヤ人と先住民との間には、皮膚の色の差があったため、

      ヴァルナという言葉が使われた

 

 

 

   ※ヴァルナ制について

    →・ヴァルナ制とは・・人は、バラモン(司祭)、クシャトリヤ(武士)、

               ヴァイシャ(農民、牧畜民、商人)シュードラ(隷属民)

               という四つの身分に分かれるとする考え方のこと

     ・ヴァルナ制は、バラモン自身を最高の身分と考える世界観だった

    →・ヴァルナ制は、時代が進むにつれて、ヴァイシャは商人を、

      シュードラは農民や牧畜民をさすようになった

     ・一方で、四つの身分の下には、ヴァルナ制の枠の外に置かれる

      被差別民が存在していた

     ・被差別民は不可触民として差別されるようになった

 

 

 

   ※カースト(ジャーティ)集団について

    →・カースト集団とは・・インド社会で、特定の信仰や職業との結びつきによって、

                またはほかの集団の人達との結婚や食事を制限することで

                結びつきを目指す集団のこと

     ・カーストは、ポルトガル語で「血統」を意味するカスタに由来する言葉と

      言われている

 

 

 

   ※なぜ、カースト集団の話をする必要があるのか

    →・カーストは、次第に「人は生まれた身分によって上下関係がある」と

      考えるヴァルナ制と結びついたから

     ・そのため、お互いに上下関係を主張するようになっていった

 

 

   →ヴァルナ制とカースト集団の主張が組み合わさり、

    長い時間をかけて形成されたインド独自の社会制度が誕生した

    =この制度をカースト制度という

 

 

 

 =以上のような動きのあった、紀元前6世紀ころまでの時代は、

  バラモン教の聖典である各種のヴェーダが生まれたことから、

  ヴェーダ時代とも呼ばれている

 

 

ポイント

・アーリヤ人の進入についておさえる

・ガンジス川流域への移動についておさえる

・ヴァルナ制についておさえる

・カースト集団とカースト制についておさえる

 

このあたりが今回のポイントです

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