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	<title>アラエス &#187; サンフランシスコ平和条約</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>地球市民社会の中の日本の存在について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1713</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1713#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 19:05:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ロンリ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際政治]]></category>
		<category><![CDATA[サンフランシスコ平和条約]]></category>
		<category><![CDATA[人間の安全保障]]></category>
		<category><![CDATA[国連]]></category>
		<category><![CDATA[地球市民社会]]></category>
		<category><![CDATA[太平洋戦争]]></category>
		<category><![CDATA[戦後補償問題]]></category>
		<category><![CDATA[日ソ共同宣言]]></category>
		<category><![CDATA[日中共同声明]]></category>
		<category><![CDATA[日韓基本条約]]></category>
		<category><![CDATA[領土問題]]></category>

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		<description><![CDATA[地球市民社会の中の日本の存在について考えてみたいと思います &#160; &#160; ・戦後の日本の動きについて &#160; 　・１９５１年に、サンフランシスコ平和条約という条約を西側の国々と結んだ 　　※・サンフラ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1713">地球市民社会の中の日本の存在について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>地球市民社会の中の日本の存在について考えてみたいと思います</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・戦後の日本の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５１年に、サンフランシスコ平和条約という条約を西側の国々と結んだ</p>
<p>　　※・サンフランシスコ平和条約に中国は呼ばれなくて、ソ連、ポーランド、</p>
<p>　　　　チェコスロバキアは条約に署名をしなかった</p>
<p>　　　・日本では、西側だけではなく、東側の人々も含めて、関係する国々全てと結ぶべき</p>
<p>　　　　＝「全面講和」をするべき、という意見があった</p>
<p>　</p>
<p>　・１９５２年に、当時の連合国の占領下から日本が独立をした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・サンフランシスコ平和条約と同時に、日米安全保障条約という条約も結んだ</p>
<p>　　→これによって、日本はアメリカに軍事基地を提供したりして、</p>
<p>　　　日本はアメリカの冷戦の戦略に組み込まれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・戦後の日本は、国連中心主義、自由主義諸国との協調、アジアの一員としての立場の堅持を</p>
<p>　　海外との交流の時の原則にした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本が独立した後は、日本の周りの国々との関係を良好にすることと、</p>
<p>　　国際社会に復帰することが日本の、海外との交流の時の重要なポイントになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、１９５６年に日ソ共同宣言という宣言をして、ソ連との関係を復活させた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、１９５６年に国連に加盟した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、１９６５年に日韓基本条約を韓国と結んだ</p>
<p>　　※日韓基本条約・・日本と韓国が結んだ条約のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　この条約で、日本は韓国を朝鮮半島にある唯一の合法政府として認めた</p>
<p>　　　　　　　　　　　→これによって、日本と韓国との間に交流が生まれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、１９７２年に日中共同声明という声明によって中国との交流を復活させた</p>
<p>　　→その後、１９７８年に日中平和友好条約という条約が調印された</p>
<p>　　※中国との交流の復活は、日本が台湾（中華民国）との間で</p>
<p>　　　日華平和条約という条約を結んでいたため、交流の復活が遅かったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・朝鮮民主主義人民共和国との交流は復活していない</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の領土の問題について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９７２年に沖縄を返してもらうことが出来た</p>
<p>　　→しかし、領土を誰が持っているか、という問題が多く存在する</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・領土問題の例</p>
<p>　　　→・ロシアとの北方領土の問題</p>
<p>　　　　・韓国との竹島の問題</p>
<p>　　　　・中国との尖閣諸島の問題</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※北方領土については、日本の政府は、歯舞諸島、色丹島、国後島、択捉島</p>
<p>　　　　（まとめて北方領土という）は歴史の視点で見ると、日本の領土だと考えて、</p>
<p>　　　　ソ連に返してもらうことをお願いしている</p>
<p>　　　　＝このことを、北方領土問題と言う</p>
<p>　　　　　→現在はロシアと北方領土についての交渉をしている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の戦後補償問題について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９８０年代に、日本から植民地の支配や、日本の攻撃によるダメージを受けた人達が、</p>
<p>　　日本政府に対して、個人補償や謝罪をしてほしいというお願いが出てきた</p>
<p>　　＝このような問題を戦後補償問題と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→政府は、戦後補償問題については、植民地支配や攻撃をした国に</p>
<p>　　　お金や物品などを渡したことで解決したと考えているが、</p>
<p>　　　現在でも日本に対して不満を持っている人は多い</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※一般的には、戦争の被害の補償に関しては、和解のための条件として、</p>
<p>　　　国が国へお金や物品などを渡す、という形で行われることになっている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→・日本政府の場合は、賠償協定という協定を結んだ、フィリピン、南ベトナム、</p>
<p>　　　　インドネシア、ビルマには賠償だがそれ以外の国々については、</p>
<p>　　　　賠償をしない代わりに、経済の支援を行うという行動を基本的に取ってきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の安全保障の問題について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９８９年に冷戦が終わり、ソ連が崩壊し、ロシア連邦になった</p>
<p>　　→そこで、日本とロシアとの間で、北方領土の問題はあるとしても、</p>
<p>　　　平和条約を結ぶ方向が考えられている</p>
<p>　・一方で日本は、戦争の放棄が書いてある平和憲法があるが、</p>
<p>　　世界の中でもかなりの上位に入るほどの軍事への支出をしていて、</p>
<p>　　矛盾しているのではないか、と言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上の２つを考え、勢力均衡が世界で失敗したという事実を考慮した上で、</p>
<p>　　　平和憲法の原則を守りつつ、自分の国の安全を維持していくことが</p>
<p>　　　重要だと言われている</p>
<p>　</p>
<p>　　※自国の安全の維持の方法の一つとして、国連やＡＳＥＡＮ地域フォーラム（ＡＲＦ）などの</p>
<p>　　　多国間国際機構を使う、ということが考えられている</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　→そのような機構を使うことで、ヒトや経済の交流を促して、</p>
<p>　　　　他の国や人々との信頼関係を作ってコミュニケーションや協力などを土台にした</p>
<p>　　　　国際政治のルールを作ることが大切だと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※ＡＳＥＡＮ地域フォーラム・・アジア太平洋地域の安全保障の問題について多くの</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　国との間で議論をするための枠組みのこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　→１９９４年に作られ、ＡＳＥＡＮ諸国、日本、中国</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　韓国、アメリカ、ロシア、ＥＵなどが参加している</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本の安全保障では、アメリカとどのような関係を持つか、</p>
<p>　　ということが重要だと言われている</p>
<p>　　※なぜ重要なのか・・　　</p>
<p>　　　→アメリカは単独の行動が多く、アメリカに極端に従うと、</p>
<p>　　　　日本が世界で孤立する可能性があるから</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・アジアと日本との関係について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は太平洋戦争（アジア太平洋戦争）の時に、アジアの国々の人々を日本が支配した、</p>
<p>　　ということがあった</p>
<p>　　→この時、支配されたアジアの国々の人々は、今でも日本に対して不信感を抱いている</p>
<p>　　　※韓国や中国からは、日本の戦後補償と歴史的な背景の理解が甘いと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・世界の中での日本の役割について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・世界で唯一核兵器の被爆を受けた国として、核を減らすことを促す必要がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・政府開発援助（ＯＤＡ）や国連など、様々な国際機関にお金を提供する必要がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・安全保障理事会に、日本とドイツが入るべき、という意見がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・軍事への貢献をする必要がある</p>
<p>　　→そこで、日本はイラク戦争の時に、戦後復興支援という名前を使って、</p>
<p>　　　日本の自衛隊をイラクに派遣した</p>
<p>　　※イラクへの派遣については、本当に平和に貢献しているのか、</p>
<p>　　　日本の平和憲法の扱いはどうするべきなのか</p>
<p>　　　などの議論がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、自分の国だけの安全や平和、利益などを追求するのではなく、</p>
<p>　　世界全体を視野に入れて考える必要がある</p>
<p>　　→そこで、人間の安全保障のための考えや、地域紛争を未然に防ぐための考えなどを、</p>
<p>　　　世界へ伝えていって、実際に行動に移るように努力する必要がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※人間の安全保障・・人々に共通している利益（人権を保障する、地球環境を維持する、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　など）を目指して、格差のない社会を作っていく、という考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・戦後の日本の動き、特に他国との関係を押さえる</p>
<p>・日本の領土の問題を押さえる</p>
<p>・日本の戦後補償問題について押さえる</p>
<p>・日本の安全保障の問題を様々な面から押さえる</p>
<p>・アジアと日本との関係を押さえる</p>
<p>・世界の中での日本の役割と影響と関係を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1713">地球市民社会の中の日本の存在について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>平和主義について②　－日米安保条約と世界の動き－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1689</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1689#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 14:49:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[パワフルくん]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本国憲法]]></category>
		<category><![CDATA[ガイドライン関連法]]></category>
		<category><![CDATA[サンフランシスコ平和条約]]></category>
		<category><![CDATA[テロ対策特別措置法]]></category>
		<category><![CDATA[周辺事態]]></category>
		<category><![CDATA[平和主義]]></category>
		<category><![CDATA[平和維持活動]]></category>
		<category><![CDATA[思いやり予算]]></category>
		<category><![CDATA[日米地位協定]]></category>
		<category><![CDATA[日米安全保障条約]]></category>
		<category><![CDATA[集団的自衛権]]></category>

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		<description><![CDATA[平和主義について、日米安保条約と世界の動きについて考えてみたいと思います &#160; &#160; ・日米安全保障条約について &#160; 　・１９５１年に、日本はサンフランシスコ平和条約と同時に、日米安全保障条約を [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1689">平和主義について②　－日米安保条約と世界の動き－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>平和主義について、日米安保条約と世界の動きについて考えてみたいと思います</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日米安全保障条約について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５１年に、日本はサンフランシスコ平和条約と同時に、日米安全保障条約を結んだ</p>
<p>　　→日米安全保障条約によって、冷戦の時にアメリカの軍隊が引き続き日本に駐留して、</p>
<p>　　　日本の基地を使うようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※この時の基地の使用に関して、砂川事件という事件が発生している</p>
<p>　　　　・砂川事件・・東京の基地の拡張に関して、拡張に反対する人達が</p>
<p>　　　　　　　　　　　基地の中に入って捕まった事件のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　→拡張に反対する人達が、検察に起訴されて裁判となり、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　第一審では基地は憲法９条に反するため無罪となったが、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　最高裁では憲法に反さないとなり、拡張に反対する人達が有罪となった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一定の期間が経ってから、日米安全保障条約の改定に関して</p>
<p>　　強い反対運動（安保闘争）が起きたが、結果的に、日米安全保障条約は、</p>
<p>　　日本とアメリカとの関係をより強めた相互協力及び安全保障条約に改定された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※相互協力及び安全保障条約によって、いくつかのことが決められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・日本に対して武力攻撃があった場合は、日本とアメリカが共同で</p>
<p>　　　　日本を守ることが決められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・アメリカ軍は日本国内の基地を使って軍事行動をして良いことになった</p>
<p>　　　　→この軍事行動に関しては、日本政府と事前に話し合わなければいけない、</p>
<p>　　　　　というルールがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６０年以降に、日米に関して出来たルールとして代表的なものに、</p>
<p>　　思いやり予算や日米地位協定などがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※・思いやり予算・・アメリカが要求した時に、日本側がアメリカ軍の駐留のための</p>
<p>　　　　　　　　　　　　経費の大部分を負担するための予算のこと</p>
<p>　　　・日米地位協定・・日本国内でのアメリカ軍の行動について決めたルールを</p>
<p>　　　　　　　　　　　　まとめた呼び方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・最近の日米安全保障条約に関する動きについて</p>
<p>　　・日米安全保障条約を日本だけでなく、「周辺事態」にも生かそうとする動きが出てきた</p>
<p>　　　※周辺事態・・日本の周辺で武力による争いが発生し、もし放っておくと</p>
<p>　　　　　　　　　　日本に直接武力攻撃になるかもしれない事態のこと</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・周辺事態を意識した主な動き　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９９９年にガイドライン関連法が成立した</p>
<p>　　　　※ガイドライン関連法・・自衛隊が米軍の支援を行うことや、米軍が日本の港や空港の</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　使用を認める法律のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　周辺事態法や自衛隊法改正などによって作られているが、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　民間や地方公共団体などに協力してもらう内容が</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　不明確という問題がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・アメリカ政府による米軍再編の一つとして、日本にいる米軍と日本の自衛隊の司令部の</p>
<p>　　　　連携を強化した</p>
<p>　　　　→これらについては、集団的自衛権との関係について議論がされている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※集団的自衛権・・同盟を結んでいる国が武力攻撃を受けた場合、自分の国が</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　攻撃されていなくても、同盟を結んでいる国を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　軍事などの武力を使って守る権利のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　→日本政府は、日本に集団的自衛権があっても、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　憲法によって集団的自衛権は使えないとしている　　　　　　　　</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　　　　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際レベルでの協力や協調について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・日本は、海外派兵（武力行使を目的に、自衛隊を外国に派遣すること）は憲法に違反する、</p>
<p>　　ということになっている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、１９９０年の湾岸戦争の後に、</p>
<p>　　　国連の平和維持活動（ＰＫＯ）への参加が議論された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９９２年にＰＫＯ協力法（国連平和維持活動協力法）が作られ、</p>
<p>　　　ＰＫＯへの参加を決めた</p>
<p>　　　＝それによって、日本は世界各地に自衛隊を派遣した</p>
<p>　　　※平和維持活動（ＰＫＯ）・・紛争の拡大を防止したり、紛争を止めたりする組織のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・「同時多発テロ」について</p>
<p>　　・２００１年にアメリカで「同時多発テロ」が起きた</p>
<p>　　　→これによって、日本では様々な法律などが誕生した</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　・日本は２００１年にテロ対策特別措置法という法律を作り、自衛隊を海外に派遣して</p>
<p>　　　　　アメリカ軍を支援した</p>
<p>　　　　　（２００８年には、新テロ対策特別措置法が作られた）</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　・２００３年にイラクが大量破壊兵器を持っているかもしれない、という疑いのもと、</p>
<p>　　　　　アメリカとイギリスが国連安全保障理事会というところの正式な許可が出ないまま</p>
<p>　　　　　イラク戦争を始めた</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　　→そこで、日本は２００３年にイラク復興支援特別措置法を作って、</p>
<p>　　　　　　２００４年に自衛隊をイラクに派遣した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・平和に向けた考え方について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・平和を実現するためには、紛争を未然に防ぐように、信頼を少しずつ作る外交の努力が</p>
<p>　　必要だと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・内閣には文民（軍人では無い人のこと）だけ存在し、内閣が自衛隊をコントロールする</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・内閣総理大臣は安全保障会議という会議を開くことが出来て、</p>
<p>　　自衛隊に対して「最高の指揮監督権」を持っている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上の２つのような、文民統制（シビリアン・コントロール）の仕組みが</p>
<p>　　　大切だと言われている</p>
<p>　　　※文民統制・・文民が軍事をコントロールすること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※なぜ文民統制が必要なのか</p>
<p>　　　→昔は軍部が統帥権を使って、政治を無視して軍部を動かしていた、</p>
<p>　　　　という歴史があるから</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・日米安全保障条約、日米相互協力及び安全保障条約と、</p>
<p>　それによる日本の動きを押さえる</p>
<p>・日本は思いやり予算を提供したり、日米地位協定などを結んでいたりする</p>
<p>・周辺事態やガイドライン関連法、集団的自衛権などを押さえる</p>
<p>・日本では、海外派兵は違憲と考えられていたが、ＰＫＯ協力法を作って、</p>
<p>　世界に自衛隊を派遣した</p>
<p>・「同時多発テロ」の後に、テロ対策特別措置法やイラク復興支援特別措置法などを作った</p>
<p>・平和のために、文民統制や信頼を少しずつ作る外交が大切だと言われている</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1689">平和主義について②　－日米安保条約と世界の動き－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>独立した後の日本の動きについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1333</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1333#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 29 Oct 2013 17:07:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[天然パーマ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[高度成長・平成時代]]></category>
		<category><![CDATA[サンフランシスコ平和条約]]></category>
		<category><![CDATA[原水爆禁止運動]]></category>
		<category><![CDATA[教育二法]]></category>
		<category><![CDATA[新教育委員会法]]></category>
		<category><![CDATA[新警察法]]></category>
		<category><![CDATA[破壊活動防止法]]></category>
		<category><![CDATA[自衛隊]]></category>
		<category><![CDATA[血のメーデー事件]]></category>
		<category><![CDATA[逆コース]]></category>
		<category><![CDATA[ＭＳＡ協定]]></category>

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		<description><![CDATA[独立した後の日本の動きについて考えてみます &#160; &#160; ・独立後の日本について &#160; &#160; 　※１９５２年のサンフランシスコ平和条約によって、ＧＨＱの指令で作られた 　　日本にある多くの法 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1333">独立した後の日本の動きについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>独立した後の日本の動きについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・独立後の日本について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※１９５２年のサンフランシスコ平和条約によって、ＧＨＱの指令で作られた</p>
<p>　　日本にある多くの法令の意味が無くなることになった</p>
<p>　　</p>
<p>　</p>
<p>　・当時の内閣だった吉田茂内閣は、労働運動や社会運動を抑えつけるために、</p>
<p>　　法律の整備を行った</p>
<p>　　→さらに、「血のメーデー事件」をきっかけに、１９５２年７月に暴力主義的な破壊活動の</p>
<p>　　　規制のために、破壊活動防止法という法律を作った</p>
<p>　　　＝この時の、破壊活動の調査機関として、公安調査庁という組織を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※血のメーデー事件</p>
<p>　　　→・１９５２年５月１日に、メーデー中央集会にいるデモ隊が</p>
<p>　　　　　使用不許可とされていた皇居前広場に入ったため、警察隊とデモ隊とがぶつかって</p>
<p>　　　　　多くの死傷者が出た事件のこと</p>
<p>　　　　・この事件は、皇居前広場事件とも言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５２年のサンフランシスコ平和条約の発効の時に、海上警備隊という組織が作られた</p>
<p>　　→この後に、警察予備隊が保安隊と名前を変えたものの、</p>
<p>　　　アメリカの再軍備の要求がさらに強くなった</p>
<p>　　　＝そのため、吉田茂内閣は防衛協力を行うことを決めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５４年にＭＳＡ協定（日米相互防衛援助協定など４協定の総称）が締結された</p>
<p>　　＝その結果、日本は食料や兵器などでアメリカの援助を受ける代わりに、</p>
<p>　　　自衛力の増強が義務とされた</p>
<p>　　　→そこで、１９５４年７月に日本政府は新しく作られた防衛庁の下に、</p>
<p>　　　　保安隊と海上警備隊を組み合わせて</p>
<p>　　　　陸海空の３隊で構成されている自衛隊を誕生させた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　※自衛隊について</p>
<p>　　　・自衛隊は、周りの侵略からの自衛、災害救助、治安維持などが目的としてあった</p>
<p>　　　・自衛隊の最高指揮監督権は内閣総理大臣が持っている</p>
<p>　　　・内閣の一員で文民の、防衛庁長官が総理の指揮・監督のもとに</p>
<p>　　　　自衛隊の任務を統轄していた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５４年に自治体警察が廃止され、新警察法が出来た</p>
<p>　　</p>
<p>　　※新警察法・・警察庁の指揮の下にある都道府県警察からなる国家警察に一本化することで、</p>
<p>　　　　　　　　　警察の中央集権化を目指した法律のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・１９５４年に「教育二法」が出され、公立学校の教員の政治活動と政治教育が禁止された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５６年に新教育委員会法が作られた</p>
<p>　　→そのため、今まで公選だった教育委員会が、地方自治体の首長による任命制に変わった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・当時の政治の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・共産党、左右社会党、総評などの革新勢力と呼ばれる人達が出てきた</p>
<p>　　→この人達は、吉田茂内閣の動きは、占領政策の成果を否定する「逆コース」である</p>
<p>　　　と捉えた</p>
<p>　　　＝そのため、積極的な反対運動を行うようになっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※特に、石川県の内灘や東京都立川市の砂川などでアメリカ軍基地反対闘争が起きたり、</p>
<p>　　　第五福竜丸事件をきっかけにして原水爆禁止運動が全国で盛り上がったりした</p>
<p>　　　</p>
<p>　　※原水爆禁止運動</p>
<p>　　　→・１９５４年に、アメリカがビキニ環礁というところで行った水爆の実験が原因で、</p>
<p>　　　　　危険区域の外で作業をしていた、第五福竜丸という日本のマグロの漁船に</p>
<p>　　　　　乗っていた人が放射能症にかかり、半年後に１人が亡くなってしまった、</p>
<p>　　　　　という事件のこと</p>
<p>　　　　・この事件の１年後の１９５５年に、広島で原水爆禁止世界大会</p>
<p>　　　　　というものが開かれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・平和条約の発効の前に、公職追放の解除ということが行われた</p>
<p>　　＝その結果、鳩山一郎、石橋湛山、岸信介などの有力な政治家が</p>
<p>　　　政界に復帰するようになった</p>
<p>　　　→その後、自由党の内部からも吉田茂内閣に反発する勢力が出てきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・独立後の日本の動きを押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1333">独立した後の日本の動きについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1325</link>
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		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 12:42:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[さやかとゆい]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦後・占領期]]></category>
		<category><![CDATA[サンフランシスコ平和条約]]></category>
		<category><![CDATA[サンフランシスコ講和会議]]></category>
		<category><![CDATA[ダレス]]></category>
		<category><![CDATA[全面講和]]></category>
		<category><![CDATA[冷戦]]></category>
		<category><![CDATA[吉田茂]]></category>
		<category><![CDATA[日米安全保障条約]]></category>
		<category><![CDATA[日米行政協定]]></category>
		<category><![CDATA[日華平和条約]]></category>
		<category><![CDATA[賠償協定]]></category>

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		<description><![CDATA[サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約について考えてみます &#160; &#160; ・サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約について &#160; &#160; 　・アメリカは、朝鮮戦争の時に、思った以上に日 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1325">サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカは、朝鮮戦争の時に、思った以上に日本に価値があることを改めて感じた</p>
<p>　　→そのため、アメリカは日本の占領を終わらせて、日本を冷戦の西側に取り入れる</p>
<p>　　　動きを早めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカのダレスという外交顧問などは、日本との講和からソ連などを除外し（単独講和）、</p>
<p>　　講和後もアメリカ軍が日本に留まることを条件に、日本の占領を終わらせる準備を進めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※日本で南原繁や大内兵衛という人や日本社会党、日本共産党などは、ソ連や中国とも</p>
<p>　　　講和をするべき（全面講和）という考え方を持っていた人達もいた</p>
<p>　　　→特に、日本社会党については党の内部で対立が激しくなり、</p>
<p>　　　　１９５１年に左派と右派に分かれている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→当時の内閣だった第３次吉田茂内閣は、様々なことを考えたが、</p>
<p>　　　以下のような結論を出した</p>
<p>　　　・日本の独立や講和の時期に関する問題は、アメリカ軍の基地にあると考えた</p>
<p>　　　・アメリカ軍に日本に留まってもらえると、日本が軍備をわざわざ用意する必要が無い</p>
<p>　　　・軍事を用意する分の時間や資金を、日本経済の復活に充てて、</p>
<p>　　　　全力で経済を復興させたいと考えた</p>
<p>　　　　＝このような考え方から、ソ連や中国などとの講和をやめて、</p>
<p>　　　　　アメリカを中心とした西側の国々とだけ講和をすることにした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→第３次吉田茂内閣の考えによって、西側とだけ講和を行った結果、</p>
<p>　　　以下のようなことになった</p>
<p>　　　・西側との講和によって、日本の占領が終わることが考えられるようになった</p>
<p>　　　・日本がアメリカ軍に基地を提供することになった</p>
<p>　　　・基地の提供の代わりに、独立した後の日本の安全保障を</p>
<p>　　　　アメリカに任せることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５１年９月に、サンフランシスコ講和会議という会議が開かれた　　　</p>
<p>　　→この会議で、日本とその他４８カ国との間で、サンフランシスコ平和条約</p>
<p>　　　という条約を結んだ</p>
<p>　　　＝１９５２年４月に条約がスタートして、アメリカの日本占領は終了し、</p>
<p>　　　　日本は独立国になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※サンフランシスコ平和条約について</p>
<p>　　　・ソ連などは、サンフランシスコ講和会議には出席したが、調印はしなかった</p>
<p>　　　・インドやビルマ（現在のミャンマー）などは、サンフランシスコ平和条約の内容に</p>
<p>　　　　不満があったため、会議に出席しなかった</p>
<p>　　　・中華人民共和国と中華民国は、両方とも会議に呼ばれなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※日本は、サンフランシスコ平和条約とは別に、以下のようなことを行った</p>
<p>　　　　　・１９５２年に中華民国と日華平和条約という条約を結んだ</p>
<p>　　　　　・１９５２年にインドと、１９５４年にビルマとも平和条約を結んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※サンフランシスコ平和条約の内容について</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・領土について様々なルールが決められた</p>
<p>　　　　→・朝鮮を独立させた</p>
<p>　　　　　・台湾、南樺太、千島列島などを放棄させた</p>
<p>　　　　　・奄美諸島が１９５３年に日本に返された　</p>
<p>　　　　　・沖縄と小笠原諸島はアメリカが支配することになった</p>
<p>　　　　　　※アメリカは、国連に相談しないで沖縄と小笠原諸島を支配した</p>
<p>　　　　　</p>
<p>　　　・日本の戦争に対する賠償について決められた</p>
<p>　　　　→・日本が戦った国の戦争被害については、サービスや生産物の提供という形で</p>
<p>　　　　　　賠償を払う義務を定めた</p>
<p>　　　　　　※ただし、冷戦が激しくなったこともあり、アメリカを始めとして</p>
<p>　　　　　　　多くの国は日本の賠償を拒否した</p>
<p>　　　　　・日本に占領されたフィリピン、インドネシア、ビルマ、南ベトナムの４カ国は、</p>
<p>　　　　　　日本と賠償協定という協定を結んだ</p>
<p>　　　　　　→そのため日本は、１９７６年までにトータルで１０億ドルの賠償を支払った</p>
<p>　　　　　　　※ただし支払い方法は、現金ではなく、サービスや生産物の提供だった</p>
<p>　　　　　　　　＝この支払い方法が、日本の商品や企業が東南アジアに進出するきっかけ</p>
<p>　　　　　　　　　でもあったと言われている</p>
<p>　　　　　・直接は戦っていないタイや韓国に対しては、賠償と同じような支払いを行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・サンフランシスコ平和条約の調印と同じ日に、日米安全保障条約（安保条約）</p>
<p>　　という条約が調印された</p>
<p>　　→この条約によって、日本が独立した後も日本国内にアメリカ軍が</p>
<p>　　　「極東の平和と安全」のために、留まることで、日本の防衛に貢献することが決められた</p>
<p>　　　※さらに、条約の中では、アメリカが必要だと考えれば、日本のどの地域でも</p>
<p>　　　　基地として求めることが出来た</p>
<p>　　　※日本に留まるアメリカ軍の行動範囲である「極東」は、定義があいまいだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→日米安全保障条約にもとづいて、１９５２年２月に日米行政協定という協定が結ばれた</p>
<p>　　　＝この協定によって、日本は日本に留まっているアメリカ軍に基地を提供することと、</p>
<p>　　　　アメリカ軍が留まるための費用をある程度負担することが決められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・サンフランシスコ平和条約の内容と概要について押さえる</p>
<p>・日米安全保障条約の内容について押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1325">サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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