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	<title>アラエス &#187; デカルト</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>「原子論的・機械論的国家論」―納税は「権利」という考え方</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2348</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2348#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 27 Dec 2013 03:04:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ルーブル]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界史全般]]></category>
		<category><![CDATA[デカルト]]></category>
		<category><![CDATA[ホッブズ]]></category>
		<category><![CDATA[ロック]]></category>
		<category><![CDATA[個人の析出]]></category>
		<category><![CDATA[原子論]]></category>
		<category><![CDATA[自発的納税倫理]]></category>

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		<description><![CDATA[  タイトルで？？？となる人も多いかもしれません。自分なりにわかりやすくまとめてみますので、少々お付き合いくださいませ。 &#160; まず、本記事の「原子論的・機械論的国家論」を理解するためには、ホッブズとロック、デカ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2348">「原子論的・機械論的国家論」―納税は「権利」という考え方</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p align="center"> </p>
<p>タイトルで？？？となる人も多いかもしれません。自分なりにわかりやすくまとめてみますので、少々お付き合いくださいませ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まず、本記事の「原子論的・機械論的国家論」を理解するためには、ホッブズとロック、デカルトを理解する必要があります。ホッブズ、ロックは↓↓↓、デカルトは本記事でも簡単に説明します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2309" class="broken_link">社会契約説―ホッブズ</a></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2335" class="broken_link">社会契約説―ロック</a></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1645">デカルトについて</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「原子論的・機械論的国家論」は、19Cドイツの「有機的国家論」と比較するとより明確になるのですが、それについては改めてまとめるとして、本記事では「原子論的・機械論的国家論」に焦点を当てたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・個人と国家のドライな関係</p>
<p>上記の関連記事では、もっぱらホッブズとロックの国家論に焦点を当ててきました。しかし、彼らの思想の意義は、「個人の析出」にもありました。</p>
<p>⇒個人が国家をつくるということ。逆に言えば、国家が死滅したとしても個人は残るという論理。こうしたイギリス的社会契約論=「原子論的・機械論的国家論」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もう少し説明します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>原子論的・機械論的国家論とは・・・</p>
<p>⇒原子(=個人)が結合して国家が生まれるという考え方。</p>
<p>個人と国家=要素と全体(部分と全体)の関係として捉えられる。ホッブズが強調したように、国家は何か神聖で不可侵なものではなく、人間(個人)によってつくられる人工物(機械)として捉えられる。つまり、国家は機械のアナロジー(類似)だから、外部から分析が可能であるということ(これまでは国家とは神聖不可侵なもので、分析不可能だとされていた)。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆国家と個人は峻別され、両者は運命共同体ではなく、契約を介在させるドライな関係だということです。税との関係でいえば、個人は国家が生命と財産の保護という便益を提供する限りにおいて、その対価として税金を納めるが、国家がその便益を満たさないようであれば、ただちに税金を納めることを停止することができるということ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ではなぜ、こうした原子論的・機械論的国家論が生まれたのでしょうか。その背景にいるのがデカルトです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>デカルト：ホッブズと同時代人で、近代哲学の父と呼ばれ、近代の新しい思想的パラダイムを生み出した。もっとも有名なのが「われ惟う、ゆえにわれ在り」です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この「われ惟う、ゆえにわれ在り」というのが、近代的な「個人の析出」であった。</p>
<p>⇒「個(=原子)」と「全体」を峻別し対比する考え方。そして、この「個人の析出」を国家や社会の問題へと昇華させたのがホッブズやロックの社会契約論なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆これは中世的・封建的・キリスト教的な思想パラダイムから、近代的・合理的・科学的な思想パラダイムへの劇的な大転換でした。このあたりを合わせて読むと理解が深まると思います。↓↓↓</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1755" class="broken_link"> 近代とは何か</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆☆☆☆</p>
<p>以上のような原子論は、ある意味で近代民主主義と親和性を持っていました。また、「なぜ税金を納めるのか」という根本的な問いに対して、「自発的納税倫理」(国家が国民に提供する便益への対価)の観点から、一つの解答を見ることができます。こうした考え方によれば、納税=権利だと言うことができます。他方で、納税=義務という考え方が普及した国もあります。19Cドイツです。これは有機的国家論と関係してくるので、改めてまとめます。</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2348">「原子論的・機械論的国家論」―納税は「権利」という考え方</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>「哲学は固い」というイメージを持っている人は本当に損をしています</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1968</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1968#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 19 Nov 2013 02:57:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[副店長]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[社会科コラム全般]]></category>
		<category><![CDATA[イメージ]]></category>
		<category><![CDATA[クーリー]]></category>
		<category><![CDATA[デカルト]]></category>
		<category><![CDATA[ペスタロッチ]]></category>
		<category><![CDATA[哲学]]></category>
		<category><![CDATA[松下幸之助]]></category>
		<category><![CDATA[簡単]]></category>

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		<description><![CDATA[世間の多くの人々は、哲学に対して固いイメージを抱いていると思います。 &#160; でも、私はそれってもったいないって思ってしまうんですね。 &#160; &#160; 確かに、 思想の歴史をたどるとか、専門用語のオンパ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1968">「哲学は固い」というイメージを持っている人は本当に損をしています</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>世間の多くの人々は、哲学に対して固いイメージを抱いていると思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>でも、私はそれってもったいないって思ってしまうんですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>確かに、</p>
<p>思想の歴史をたどるとか、専門用語のオンパレードとかになってしまうと、</p>
<p>固いイメージを持ったり、勉強っぽくなってキツく感じるかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そこで、別の視点から哲学を見てみると、案外間口が広かったりします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>例えば、偉大な人の考え方を知る。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>デカルトという人は、近代的自我という考え方を提唱しました。</p>
<p>この人は、いろいろなものに対して、常に理性を使って疑問を投げかけ、考えていくが、</p>
<p>理性的に考える中心である「自分」という存在だけは、疑いようがなく、確かなものである。</p>
<p>と唱えました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これでも、固いと感じる人は、</p>
<p>いろんなものは疑うが、自分は疑うことができないから、自分を信じましょう。</p>
<p>みたいに解釈しちゃうとか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>要は、デカルトとか、近代的自我とかみたいな、人名や用語を飛ばして</p>
<p>考え方だけを知る、といったことでもいいと思うんですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>他には、クーリーという人。</p>
<p>この人は、現代的自我という考え方を提唱。</p>
<p>自分の顔は自分で見ることができないように、自分とはどういう存在かということは、</p>
<p>自分ではわからないから、他人が自分のことをどう見ているのかを通して、</p>
<p>自分を知ることができる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これが固いと感じる人は、</p>
<p>クーリーとか、現代的自我を飛ばして、</p>
<p>「他人を通さないと、自分という存在はわからない。」</p>
<p>という部分だけ知っておけばそれで、いいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>あとは、様々な人達の名言とか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>例えば、ペスタロッチという人は、</p>
<p>「天使にも悪魔にもなり得る存在」という言葉を残しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これを、現実世界にあてはめてみると、</p>
<p>例として挙げられるのは、カップルとか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>男の人の場合、</p>
<p>彼女は、いろいろしてくれたり、癒しの存在になったり、</p>
<p>いろんな意味で天使のような存在だと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>でも、彼女が彼氏に対してちょっと気になることが出てくると、</p>
<p>怒ったり、場合によっては手を出したり、</p>
<p>状況が一変して、突然悪魔のような存在にもなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こうみると、ペスタロッチの名言は的を得ているような気がします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>他には、松下幸之助さん。</p>
<p>この人は、「春を楽しむように人生を楽しむ心があるならば、</p>
<p>やがてまた春のそよ風のように、心もやわらいで、生き甲斐も感じられてきます。」</p>
<p>という言葉を残しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この言葉に関しては、コメントはいらないと思います。</p>
<p>一人一人感じ方は違うと思いますが、</p>
<p>この言葉を読んだ人全員の心の中に何かが残ると思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これに関して、</p>
<p>「これって、哲学なのか？」と疑問を抱く人もいるかもしれませんが、</p>
<p>十分哲学です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ペスタロッチ哲学があるように、松下幸之助哲学も存在します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして、有名人の人たちだけが、哲学を語れるというわけでもありません。</p>
<p>近所のおばちゃんや、学校の先生、自分の親の考え方だって</p>
<p>その人なりの哲学です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>だから、今これを読んでいる人が持っている考え方も、</p>
<p>あなたなりの、あなた自身の哲学なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こういう感じで哲学をたどっていくと、</p>
<p>結構納得出来たり、必要かもと感じたりします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>哲学には、倫理や道徳なんかも含まれるので、</p>
<p>意外と哲学は身近な存在であったりもします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただ、こういうことを言うと、</p>
<p>哲学者とか、哲学の好きな人とかが、</p>
<p>「人名とか用語とかを覚えないと、哲学を知ったことにはならない」とか言ってきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>確かにそうかもしれませんけど、</p>
<p>本当に哲学が好きな人だったら深く追求すればいいという話で。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>多くの人は、哲学に対して固いイメージを持っているので、</p>
<p>そもそも、哲学のハードルを下げて哲学に触れてもらうことの方が</p>
<p>よっぽど重要な気がします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>個人的には、</p>
<p>多くの人が、名言とか、考え方を自分の人生に生かすことが出来れば、</p>
<p>別に人名や用語を覚える必要はそんなにないと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>哲学は固いというイメージがあると思います。</p>
<p>それは仕方ないことです。</p>
<p>哲学＝固いという考え方は、偏見とかではなく、実際に固いです。</p>
<p>でも、固いイメージを形成してしまっている部分を除くと、</p>
<p>結構、私たちにとって身近で必要な存在だということに気づけるような気がします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>哲学を違う視点から見てみて、自分の人生に生かすことができると、</p>
<p>私たちの人生はより豊かになるかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1968">「哲学は固い」というイメージを持っている人は本当に損をしています</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>学ぶこと・生きることについて様々な面から考える</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1805</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1805#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 07:41:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[宮下]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[現代の社会生活と青年]]></category>
		<category><![CDATA[アリストテレス]]></category>
		<category><![CDATA[カント]]></category>
		<category><![CDATA[ソクラテスの死]]></category>
		<category><![CDATA[デカルト]]></category>
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		<category><![CDATA[ベーコン]]></category>
		<category><![CDATA[善く生きること]]></category>
		<category><![CDATA[孔子]]></category>
		<category><![CDATA[無知の知]]></category>
		<category><![CDATA[道徳的価値]]></category>

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		<description><![CDATA[学ぶことと生きることについて、様々な面から考えてみます &#160; &#160; ・「よく生きること」について &#160; 　・ソクラテスという人が、 　　「人間にとっていちばん大切なことは、たんに生きることではなく [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1805">学ぶこと・生きることについて様々な面から考える</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>学ぶことと生きることについて、様々な面から考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・「よく生きること」について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ソクラテスという人が、</p>
<p>　　「人間にとっていちばん大切なことは、たんに生きることではなく、</p>
<p>　　　よく生きることである」と語った</p>
<p>　</p>
<p>　※よく生きるとはどういうことか・・</p>
<p>　　→高い目標を達成することを人生の目的と考えて、それらの目標を達成しながら生きること</p>
<p>　　　＝自分の人生に目的や意味を見つけることが出来れば、よく生きることが出来ると考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→よく生きるためには、道徳的価値を使って物事を判断することが必要だと考えられている</p>
<p>　　　※道徳的価値・・なにが良くて、なにが悪いか、ということを</p>
<p>　　　　　　　　　　　ちゃんと判断する基準のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ソクラテスが「よく生きること」を自分で表現したものとして、</p>
<p>　　「ソクラテスの死」がある</p>
<p>　　→死刑を言われたソクラテスは、周りの人達に脱獄を進められたが、</p>
<p>　　　それを断って、死刑を実行したという背景がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・学ぶことと生涯学習について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・学ぶことについて、有名な人達が様々な答えを出した</p>
<p>　　</p>
<p>　　→・アリストテレス・・「すべて人間は、生まれつき知ることを欲する」と言った</p>
<p>　</p>
<p>　　　・パスカル・・人間は「考える葦」だと考えた</p>
<p>　　　　※「考える葦」とは・・人間は宇宙から見てみれば、葦というひとくきの</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　植物のようでしかないが人間は考えることが出来るという点で、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　何も考えていない宇宙よりも偉大であるという考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・孔子・・「朝に道をきかば、夕に死するとも可なり」と語った　</p>
<p>　　　　※どういうことか・・</p>
<p>　　　　　→「道」とは、真理（正しい道筋）のことであり、朝に真理を知ることが出来れば、</p>
<p>　　　　　　その日の夕方に死んでもよいという例えのことで、</p>
<p>　　　　　　それくらい道理が大切だということを伝えたかった</p>
<p>　　　　　</p>
<p>　　　　　→基本的に、真理とは何かを追求することは、</p>
<p>　　　　　　自分の人生を全部かける価値があると考えられている</p>
<p>　　　　　　＝学ぶことは、一生を通じて行われるものだと考えられる</p>
<p>　　　　　　＝それが生涯学習だと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※昔の人達は、人間の目的は何か、という質問を作って、その質問の答えを探してきた</p>
<p>　　　　→これらは、日常生活となんの関係もないが、</p>
<p>　　　　　このような質問の答えを考えることができるという点が、</p>
<p>　　　　　人間と動物との違いだと考えた</p>
<p>　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・科学の面から学ぶことを考える</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・科学的な物事の見方（科学という面から物事を考えること）の基礎を作ったのは、</p>
<p>　　ベーコンとデカルトという２人であり、その根本は帰納法と演繹法だと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ベーコンについて</p>
<p>　　→・ベーコンは、帰納法を考えた</p>
<p>　　　　※帰納法・・観察や実験などの経験を繰り返し行うことで、</p>
<p>　　　　　　　　　　たくさんの経験によってわかったことの中から、</p>
<p>　　　　　　　　　　共通する事柄を見つけ出していこうとする方法のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・帰納法を使って、経験を中心にして考える方法は、経験論と呼ばれるようになった</p>
<p>　　　　※経験論・・観察や実験を重視して、経験が知識を得るための最も根本である</p>
<p>　　　　　　　　　　という考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・デカルトについて</p>
<p>　　→・デカルトは、演繹法を考えた</p>
<p>　　　　※演繹法・・すでに分かっている法則や定理から、</p>
<p>　　　　　　　　　　新しい定理や知識を導き出す方法のこと</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・演繹法を使って、理性や論理を中心にして考える方法は、</p>
<p>　　　　合理論と呼ばれるようになった</p>
<p>　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→経験論や合理論を用いて考えることで学ぶ、ということを考えることが出来る</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→科学は、その成果をどこに使うかは、</p>
<p>　　どのような社会や生き方を目標にするかによって決められる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・哲学の面から学ぶという事を考える</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・哲学の面から学ぶとは、どういうことか</p>
<p>　　→自分の生活を充実させるとはどういうことなのか、価値、意味とは何か、</p>
<p>　　　などを考えること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・そもそも哲学とは何か</p>
<p>　　→哲学の面から学ぶことを、自分の生活に当てはめて、自分で考えてみること</p>
<p>　　　※哲学は、ギリシア語で「フィロソフィアー」と言う</p>
<p>　　　　・フィロソフィアー・・知を愛すること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→上のような根本的な考え方があるので、</p>
<p>　　ソクラテスが考えた無知の知が大切だと言われている</p>
<p>　　※無知の知・・そもそも無知とは、お金や名誉を重要と思い</p>
<p>　　　　　　　　　魂（≒心）を気にしないことであり</p>
<p>　　　　　　　　　自分が無知であることを知ることを「無知の知」と言った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・哲学の面から学ぶことについては、カントという人も考えている</p>
<p>　　→カントは、「人は哲学を学ぶことはできない。</p>
<p>　　　哲学することを学ぶことができるだけである」と考えた</p>
<p>　　→哲学の理論などを覚えるだけでは意味がなく、いままでの哲学者の考え方を参考にして、</p>
<p>　　　生きることとは何か、価値とは何か、などの質問を自分の人生や自分の考え方などと</p>
<p>　　　照らし合わせることで、哲学の考え方を自分で身につけることが大切だと考えられている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・「よく生きること」について考えてみる</p>
<p>・学ぶことと生涯学習ということについて考えてみる</p>
<p>・科学の面から学ぶことを考えてみる</p>
<p>・哲学の面から学ぶことを考えてみる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1805">学ぶこと・生きることについて様々な面から考える</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>デカルトについて　－合理論－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1645</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1645#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 14 Nov 2013 21:17:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[宮下]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[西洋思想]]></category>
		<category><![CDATA[スピノザ]]></category>
		<category><![CDATA[デカルト]]></category>
		<category><![CDATA[ライプニッツ]]></category>
		<category><![CDATA[合理論]]></category>
		<category><![CDATA[方法的懐疑]]></category>
		<category><![CDATA[演繹法]]></category>
		<category><![CDATA[物心二元論]]></category>
		<category><![CDATA[良識]]></category>
		<category><![CDATA[近代的自我]]></category>
		<category><![CDATA[高邁の精神]]></category>

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		<description><![CDATA[デカルトについて考えてみます &#160; &#160; ・デカルトについて &#160; &#160; 　・デカルトは合理論の生みの親と言われている。「方法序説」や「省察」などの本を書いた 　 　・デカルトは、良識を重 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1645">デカルトについて　－合理論－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>デカルトについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・デカルトについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・デカルトは合理論の生みの親と言われている。「方法序説」や「省察」などの本を書いた</p>
<p>　</p>
<p>　・デカルトは、良識を重視した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・良識について（良識＝理性と捉えられる）</p>
<p>　　→・良識とは、正しく物事を判断し、真偽を見極める能力のこと</p>
<p>　　　・良識は、全員に平等にあるが、その良識を正しく使うことが大切だと考えた</p>
<p>　　　　※正しく使うところに人間の知恵と徳との共通の基礎がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※デカルトの考える良識な人とは・・良い判断力を働かせて自分を作る人のことを指す</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・デカルトの考え方</p>
<p>　　・根本・・自分の生活を正しく導く意志が大切だと考えていて、</p>
<p>　　　　　　　そのために学問と生き方を一つにまとめることが大切だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・情念（感情や欲望）に左右されることなく、良識にもとづいて物事を実践していくべきだと考えた</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・高邁の精神（神や教会の支配を避け、自分自身が自由を目指す心の気高さ）が</p>
<p>　　　大切だと考えた</p>
<p>　　　※高邁の精神は、「情念に最も効く薬」だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※合理論の代表的な人に、「エチカ」を書いたスピノザ、</p>
<p>　　　「単子論」を書いたライプニッツなどがいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・方法的懐疑について</p>
<p>　　・デカルトは－・適切に良識を使う事が大切だが、人々は実際のところ良識を</p>
<p>　　　　　　　　　　間違って使っているとした</p>
<p>　　　　　　　　　・人間は正しいことと間違っていることをはっきり区別しないで、</p>
<p>　　　　　　　　　　本当らしさに引きずられているとした</p>
<p>　　　　　　　　　　→この２つの人間的事実からデカルトは自分の哲学をスタートさせた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・方法的懐疑とは・・</p>
<p>　　　→確実な知識を得るために、全てのものを疑い、少しでも疑わしいものは</p>
<p>　　　　全て間違いであるとする考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※デカルトはこの考え方のもと、実在するものや数学の答えなども疑うようになった</p>
<p>　　　　→しかし、様々なものを疑い続けたら、一つだけ疑うことができないものに気づいた</p>
<p>　　　　　＝疑っている自分自身だけは疑うことができないということがわかった</p>
<p>　　　　　　→この考え方を、デカルトは</p>
<p>　　　　　　　「われ思う、ゆえにわれあり（コギト＝エルゴ＝スム）」と表現した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・近代的自我について</p>
<p>　　→デカルトは、ルネサンスや宗教改革にあった「個人の信仰」をさらに徹底させて、</p>
<p>　　　近代的自我を誕生させようとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・近代的自我に対するデカルトの考え方</p>
<p>　　　・人間＝「考える」もの（理性）とした→自分や自己を全て「考えるもの」に置き換えた</p>
<p>　　　　→このような考え方から、神や教会の支えは無く、全ての物事を自分の意志で行うことが</p>
<p>　　　　　近代的自我であると考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・物体と精神に対する考え方について</p>
<p>　　</p>
<p>　　・デカルトは、ベーコンの帰納法に対して演繹法を提唱した</p>
<p>　　　※演繹法・・既存の事実から推測をして、様々な結論を導くこと</p>
<p>　　　　→この考え方のもと、デカルトは数学の考えを自然研究（哲学など）に</p>
<p>　　　　　持ってくることで、不確実なものを全て無くそうと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・デカルトは、方法的懐疑によって自分が物心二元論の立場に立つことがわかった</p>
<p>　　　※物心二元論・・物体のことをいくら考えても物体であり、</p>
<p>　　　　　　　　　　　精神とは全く別物であるという考え方のこと</p>
<p>　　</p>
<p>　　　→デカルトはこのような考え方から２つの考えを導き出した</p>
<p>　　　　・精神を主体に考えたい（物体が精神の邪魔をする）</p>
<p>　　　　・物事はただの物質であり、自然やモノに目的など無い＝この考え方を機械論的世界観と言う</p>
<p>　　</p>
<p>　　　※ただし、この考え方だと・・</p>
<p>　　　　・人間も機械ということになる</p>
<p>　　　　・しかし、実際は精神と身体は関連している</p>
<p>　　　　　→ということになり、デカルトは矛盾を抱えたので、</p>
<p>　　　　　　この矛盾が次の世代の課題となった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※スピノザは、物心二元論と機械論的世界観を批判して、「神即自然」の立場を取った</p>
<p>　　　　・神即自然・・自然は生きている（＝精神はある）とする考え方のこと</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※また、スピノザやライプニッツは汎神論（有神論）を提唱した</p>
<p>　　　　・汎神論・・全てのモノには神が宿り、神＝全てのものごとであるという考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1645">デカルトについて　－合理論－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>近代ヨーロッパの科学革命と思想について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/941</link>
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		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 18:33:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[赤長のいちご]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史前期]]></category>
		<category><![CDATA[カント]]></category>
		<category><![CDATA[グロティウス]]></category>
		<category><![CDATA[デカルト]]></category>
		<category><![CDATA[ドイツ観念論]]></category>
		<category><![CDATA[ニュートン]]></category>
		<category><![CDATA[フランシス＝ベーコン]]></category>
		<category><![CDATA[ホッブズ]]></category>
		<category><![CDATA[ロック]]></category>
		<category><![CDATA[社会契約]]></category>
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		<description><![CDATA[近代ヨーロッパの科学革命について考えてみます &#160; &#160; ・科学革命と近代の思想について &#160; &#160; 　・１７世紀のヨーロッパは科学革命の時代と呼ばれるほど、近代的合理主義の思想や学問が  [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/941">近代ヨーロッパの科学革命と思想について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>近代ヨーロッパの科学革命について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・科学革命と近代の思想について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１７世紀のヨーロッパは科学革命の時代と呼ばれるほど、近代的合理主義の思想や学問が</p>
<p>　　本格的に誕生し、自然界の研究も進んでいった</p>
<p>　　</p>
<p>　　→当時を代表する自然科学者に、万有引力を発見して</p>
<p>　　　近代物理学の基礎を作ったニュートンという人がいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→また、近代哲学を提唱した人に、以下のような人達がいる</p>
<p>　　　・経験論（事実の観察を重視して、そこから一般法則を導く帰納法が大切だとする考え方）を</p>
<p>　　　　提唱したフランシス＝ベーコン</p>
<p>　　　・合理論（数学的な論証法を使った演繹法が大切だとする考え方）を提唱したデカルト</p>
<p>　　　　※デカルトは、「われ思う、ゆえにわれあり」という言葉を残した</p>
<p>　　　　＝ベーコンやデカルトは、近代哲学への道を開いたと言われている</p>
<p>　　　</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・自然科学の発達を支えた旺盛な探究心は、人間社会の考察にも向かっていった</p>
<p>　　→この考え方から、自然法思想というのが生まれてきた</p>
<p>　　　※自然法・・人間の本性に基づく不変の法のこと</p>
<p>　　　　＝自然法によると、国家の起源は、自然状態における自由かつ平等な個人が自発的に</p>
<p>　　　　　取り結ぶ契約（社会契約）に求められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→オランダのグロティウスという人は、自然法思想を国家間の関係に適用して、</p>
<p>　　　「国際法の祖」になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→イギリスでは、ホッブズという人が自然状態を「万人の万人に対する戦い」と捉えて、</p>
<p>　　　国家主権の絶対性が重要だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→ホッブズに対して、ロックという人は、不法な統治に対しては、</p>
<p>　　　人民が反抗することが出来る権利を擁護した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　</p>
<p>　　＝イギリスの経験論と大陸の合理論は、１８世紀末のドイツの哲学者のカント</p>
<p>　　　という人によって組み合わせられた</p>
<p>　　　→カントは、人間の認識能力に根本的な反省を加えた</p>
<p>　　　　＝その結果、カントはドイツ観念論という考え方を誕生させた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・近代ヨーロッパの科学革命と思想についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/941">近代ヨーロッパの科学革命と思想について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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