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	<title>アラエス &#187; バラモン教</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>古代インドの思想とウパニシャッド哲学について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1616</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1616#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 14 Nov 2013 16:30:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マミ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[宗教]]></category>
		<category><![CDATA[アーリヤ人]]></category>
		<category><![CDATA[ウパニシャッド哲学]]></category>
		<category><![CDATA[カースト制]]></category>
		<category><![CDATA[ジャイナ教]]></category>
		<category><![CDATA[バラモン教]]></category>
		<category><![CDATA[ヒンドゥー教]]></category>
		<category><![CDATA[ヴァルダマーナ]]></category>
		<category><![CDATA[仏教]]></category>
		<category><![CDATA[古代インド]]></category>
		<category><![CDATA[梵我一如]]></category>

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		<description><![CDATA[古代インドの思想とウパニシャッド哲学とジャイナ教について考えます &#160; &#160; ・古代インドの文化の基礎を作ったのは、アーリヤ人という人達であり、 　この人達が独自の文化を形成した 　→アーリヤ人が作った文 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1616">古代インドの思想とウパニシャッド哲学について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>古代インドの思想とウパニシャッド哲学とジャイナ教について考えます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・古代インドの文化の基礎を作ったのは、アーリヤ人という人達であり、</p>
<p>　この人達が独自の文化を形成した</p>
<p>　→アーリヤ人が作った文化の根本が、</p>
<p>　　カースト制とバラモン教（後にヒンドゥー教に発展）だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・カースト制度：人々を、バラモン（司祭者）・クシャトリア（武士や貴族）・</p>
<p>　　　　　　　　　ヴァイシャ（庶民）・シュードラ（隷属民/れいぞくみん）の</p>
<p>　　　　　　　　　４つの階層身分に分けた制度のこと</p>
<p>　　※４つの身分に属していない人は異常なまでの差別を受けている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・バラモン教：４つの身分のうち、最上位のバラモンを中心として、</p>
<p>　　　　　　　　「ヴェーダ」という聖典（宗教で重要とされている文書のこと）に</p>
<p>　　　　　　　　基づいて発展した宗教のこと</p>
<p>　　※バラモン教は多神教で、バラモンを中心とした祭祀（神や先祖を祭ること）などが</p>
<p>　　　基本だったが、祭祀を最高と考える感じになったことに対して</p>
<p>　　　次第に批判が高まっていった</p>
<p>　　　→そこで、「ヴェーダ」に記載されているウパニシャッドというのが</p>
<p>　　　　見直されるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※ヒンドゥー教：バラモン教に様々な民族宗教を取り入れたものであり、</p>
<p>　　　　　　　　　現在のインド中心となっている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ウパニシャッド哲学</p>
<p>　　　　　　　　</p>
<p>　・思想の中心は業（＝行為）による輪廻とそこからの解脱（悟り）だった</p>
<p>　　→どういうことか・・</p>
<p>　　　・「霊魂は永久に無くならない」という考え方を前提とするため、</p>
<p>　　　　生まれて死んでも、また人間として生まれてくる、</p>
<p>　　　　ということを繰り返すと考えた（これを輪廻転生と言う）</p>
<p>　　　・現世の姿は、前世の業の結果だとされていた</p>
<p>　　　　→この因果応報の考えは、自分の来世の姿は、</p>
<p>　　　　　現世の行為によって決まる（自業自得）と考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上のような考えに加えてインドには、「この世は苦しい」と考える風潮があるので、</p>
<p>　　　苦しいこの世を輪廻する状況から解脱する（抜け出す）ことが大切だと考えた　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・解脱を得るためにするべきこと</p>
<p>　　・解脱を得るためには、梵我一如に辿りつくべきだとした</p>
<p>　　　→どういうことか・・</p>
<p>　　　　・ウパニシャッドによると、宇宙はブラフマン（梵）と呼ばれる独立したもの</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　人間はアートマン（我）と呼ばれる独立したもの</p>
<p>　　　　　によって成り立っていると考えられていた</p>
<p>　　　　　→これは、両方とも独立したものであり、梵と我が重なり合わさるべきだとした</p>
<p>　　　　　　＝これを梵我一如と言い、ここに辿りつくのが大切だと考えた</p>
<p>　　　　・梵我一如に達するためには、禁欲などの厳しい修行が必要だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>　→このような文化の中から、ウパニシャッド哲学を批判する宗教として、</p>
<p>　　仏教やジャイナ教が現れた</p>
<p>　　</p>
<p>　※ジャイナ教－・開いた人は、ヴァルダマーナという人</p>
<p>　　　　　　　　・徹底した不殺生（生き物を殺さないこと）を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・古代インドの基礎を作ったのはアーリヤ人であり、</p>
<p>　文化の根本にカースト制とバラモン教を置いた</p>
<p>・カースト制度とは、バラモン、クシャトリア、ヴァイシャ、シュードラの４つに分けたもの</p>
<p>・バラモン教とは、聖典「ヴェーダ」を基礎に置いた宗教のこと</p>
<p>・バラモン教は批判を受けて見直されたところ、ウパニシャッドというのが出てきた</p>
<p>・ヒンドゥー教は、バラモン教に様々な民族宗教を取り入れたもの</p>
<p>・ウパニシャッドの思想の中心は、業による輪廻とそこからの脱却だった</p>
<p>・梵我一如を目指すことで、解脱が出来る考えた</p>
<p>・ジャイナ教の開祖はヴァルダマーナで、徹底しや不殺生を行った</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1616">古代インドの思想とウパニシャッド哲学について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>インドの古典文化と南インドの王朝について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/770</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/770#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 09 Oct 2013 19:25:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マイコ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アジア・アメリカ古代史]]></category>
		<category><![CDATA[グプタ朝]]></category>
		<category><![CDATA[ジャイナ教]]></category>
		<category><![CDATA[チャンドラグプタ2世]]></category>
		<category><![CDATA[チョーラ朝]]></category>
		<category><![CDATA[ハルシャ王]]></category>
		<category><![CDATA[バクティ運動]]></category>
		<category><![CDATA[バラモン教]]></category>
		<category><![CDATA[マヌ法典]]></category>
		<category><![CDATA[ラーマーヤナ]]></category>
		<category><![CDATA[ヴァルダナ朝]]></category>

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		<description><![CDATA[インドの古典文化と南インドの王朝について考えてみます &#160; &#160; ・インドの古典文化について &#160; &#160; 　・４世紀に、グプタ朝という王朝が誕生した 　　→グプタ朝は、北インド全域を支配す [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/770">インドの古典文化と南インドの王朝について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>インドの古典文化と南インドの王朝について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・インドの古典文化について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・４世紀に、グプタ朝という王朝が誕生した</p>
<p>　　→グプタ朝は、北インド全域を支配する大王国に成長した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・グプタ朝は、中央部の王国直轄領、今までの支配者がグプタ朝の臣下（王に仕える人）</p>
<p>　　として統治する地域、貢納によって服属する周辺の属領からなっている</p>
<p>　　→グプタ朝は、分権的な統治体制が特徴だと言える</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時は、仏教やジャイナ教が盛んとなっていた</p>
<p>　　→一方で、一時的に影響力を失いかけていたバラモンが再び重要視されるようになってきた</p>
<p>　　　※バラモンの重要視によって、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　　・バラモンの言葉であるサンスクリット語が公用語化された</p>
<p>　　　　・バラモンの人達の生活を支えるために村落が与えられた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時は、ヒンドゥー教が民間の信仰や慣習を吸収して段々と成立していき、</p>
<p>　　社会に定着するようになった</p>
<p>　　※ヒンドゥー教の特徴について</p>
<p>　　　・シヴァ神やヴィシュヌ神など、多くの神々を信仰する多神教だった</p>
<p>　　　・特定の教義や聖典を土台とした宗教ではなかった</p>
<p>　　　・生活や思考の全体に関わる宗教だった</p>
<p>　　　　→ヒンドゥー教は、現在にいたるまでインド世界の独自性を作り上げる土台に</p>
<p>　　　　　なっていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時は、「マヌ法典」や、サンスクリットの二大叙事詩である</p>
<p>　　「マハーバーラタ」、「ラーマーヤナ」などが長い期間をかけて</p>
<p>　　ほぼ現在伝えられるような形に完成したと言われている</p>
<p>　　※マヌ法典・・紀元前２世紀から２世紀にかけて成立した法典</p>
<p>　　　　　　　　　最初の人類だと言われるマヌがしゃべったものだと言われている</p>
<p>　　　　　　　　　四つのヴァルナがそれぞれ守るべきルールについて決め、</p>
<p>　　　　　　　　　バラモンの特権的地位が協調されている</p>
<p>　　※ラーマーヤナ・・王子ラーマとその妻のシーターという人との物語</p>
<p>　　　　　　　　　　　現在もインドから東南アジア地域の影絵芝居や舞踊などの</p>
<p>　　　　　　　　　　　テーマになっている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その他に、以下のような文化が出て来た</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→・宮廷詩人だったカーリダーサという人が、「シャクンタラー」という戯曲を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・天文学や文法学、数学などが発達し、十進法による数字の表記法や</p>
<p>　　　　ゼロの概念などが生み出された</p>
<p>　　　　→この文化は、後にイスラーム世界に伝えられて、自然科学を発展させる基礎になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・美術では、ガンダーラの影響から抜け出て、純インド的な表情を持つ</p>
<p>　　　　グプタ様式が誕生した</p>
<p>　　　　→この時に、インド古典文化の黄金期が出て来た</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時は、都市での経済活動が活発だった</p>
<p>　　→王の像が描かれた金貨や宝貝など、様々な貨幣が発行された</p>
<p>　　　※都市での経済活動は、チャンドラグプタ２世の時が最盛期だった</p>
<p>　　　※この時代には、中国の東晋から法顕が訪れている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時のグプタ朝は、以下のようなことが起きて、衰退していた</p>
<p>　　→・異民族に侵略された</p>
<p>　　　・ローマ帝国の混乱によって、西方との交易が打撃を受けた</p>
<p>　　　・地方の勢力が台頭してきた</p>
<p>　　　　＝結果的に、６世紀なかばにグプタ朝は衰退した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→その後、ハルシャ王という人がヴァルダナ朝という王朝を作った</p>
<p>　　→ヴァルダナ朝は、北インドの大半を支配した</p>
<p>　　　※ハルシャ王が死んだ後に、ヴァルダナ朝は急速に衰退した</p>
<p>　　　　＝その結果、北インドは協力な統一政権を持たない状況が長く続くことになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※さらに、それまでの重要な交易相手だったローマ帝国やササン朝が</p>
<p>　　　　崩壊するということが起きた</p>
<p>　　　　＝そのため、商業活動が衰退していき、都市も衰退していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時の支配者の多くは、ヒンドゥー教の熱心な信者だった</p>
<p>　　→支配者は、信仰に対しては寛容的で、仏教やジャイナ教なども保護をした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※当時の仏教とジャイナ教について</p>
<p>　　　・唐の時代の中国からインドに旅をした玄奘という人は、</p>
<p>　　　　ハルシャ王の厚い保護を受けながら、ナーランダー僧院というところで仏教を学んだ</p>
<p>　　　　※玄奘は、帰国して「大唐西域記」を書いた</p>
<p>　　　・さらに、７世紀の後半には義浄という人がインドに行き、「南海寄帰内法伝」を書いた</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　→上のようなことがあったが、この時代は商業活動の衰退によって</p>
<p>　　　　　仏教は商人の支援を失った</p>
<p>　　　　→さらに、６世紀なかばからバクティ運動という、</p>
<p>　　　　　仏教やジャイナ教を攻撃する運動が盛んになった</p>
<p>　　　　　＝そのため、仏教やジャイナ教は衰退していった</p>
<p>　</p>
<p>　　　　　※バクティ運動とは</p>
<p>　　　　　　・以下のような特徴を持つ宗教運動のこと　</p>
<p>　　　　　　　→・仏教とジャイナ教に対する攻撃</p>
<p>　　　　　　　　・シヴァ神やヴィシュヌ神に対する熱烈な信仰</p>
<p>　　　　　　　　・神の愛の強調　</p>
<p>　　　　　　　　・歌や踊りを伴った信仰告白　など</p>
<p>　　　　　　　※しかし、インドでの仏教の衰退、ジャイナ教の勢いの停滞などによって、</p>
<p>　　　　　　　　ヒンドゥー教の立場の優位がはっきりすると、</p>
<p>　　　　　　　　宗教的な対立という側面は消えていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・８世紀のインドは、地方政権の時代になった</p>
<p>　　→そのため、様々な王朝が出て来た</p>
<p>　　　※当時、ベンガル地方にあった王朝は、ナーランダーを仏教の中心地として復興した</p>
<p>　　　　＝そのため、インドの他の地域で衰退していた仏教に最後の繁栄期をもたらした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・南インドの王朝について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・南インドは、ドラヴィダ系の人々の地域であり、独自の世界がそこにはあった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・南インドでは、紀元前後からタミル語を使った文芸活動が盛んに行われた</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・バクティ運動の中で、多くの吟遊詩人が生まれた</p>
<p>　　※この時にできた作品は、現在も読み継がれている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ローマ帝国の衰退後に、交易先として中国の重要性が増してきた</p>
<p>　　→この時に、大量の香辛料がインドや東南アジアから中国に輸出されるようになってきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・南インドにあったチョーラ朝という王朝は、以下のようなことを行っていた</p>
<p>　　→・東南アジアに軍事遠征していた</p>
<p>　　　・宋に施設を派遣していた</p>
<p>　　　　＝チョーラ朝は、海をつうじて外の世界と密接につながっていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・グプタ朝の様子についておさえる</p>
<p>・仏教、ジャイナ教、ヒンドゥー教についておさえる</p>
<p>・当時の文化についておさえる</p>
<p>・南インドの王朝についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/770">インドの古典文化と南インドの王朝について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>都市国家の成長と新しい宗教の展開・統一国家の成立について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/763</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/763#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 09 Oct 2013 15:32:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マイコ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アジア・アメリカ古代史]]></category>
		<category><![CDATA[アショーカ王]]></category>
		<category><![CDATA[アレクサンドロス大王]]></category>
		<category><![CDATA[ガウタマ＝シッダールタ]]></category>
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		<category><![CDATA[バラモン教]]></category>
		<category><![CDATA[ヒンドゥー教]]></category>
		<category><![CDATA[マウリヤ朝]]></category>
		<category><![CDATA[ヴェーダ]]></category>
		<category><![CDATA[仏教]]></category>
		<category><![CDATA[都市国家]]></category>

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		<description><![CDATA[都市国家の成長と新しい宗教の展開・統一国家の成立について考えてみます &#160; &#160; ・都市国家の成長と新しい宗教の展開について &#160; &#160; 　・ヴェーダ時代が終わって、部族社会が崩れるという [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/763">都市国家の成長と新しい宗教の展開・統一国家の成立について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>都市国家の成長と新しい宗教の展開・統一国家の成立について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・都市国家の成長と新しい宗教の展開について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ヴェーダ時代が終わって、部族社会が崩れるということが起きた</p>
<p>　　→その後、政治経済の中心はガンジス川上流域から、中・下流域へと移動していった</p>
<p>　　→結果的に、紀元前６世紀ころから城壁で囲まれた都市国家がいくつも誕生した</p>
<p>　　　＝いくつもの都市国家の中から、コーサラ国、マガダ国が強力となった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時の都市国家で勢力を伸ばしたのは、</p>
<p>　　武士階層のクシャトリヤや、商業を行うヴァイシャだった</p>
<p>　　→クシャトリヤやヴァイシャの支持を背景にして、</p>
<p>　　　新しい宗教がいくつか生まれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第一に生まれたのは、仏教だった</p>
<p>　　→仏教について</p>
<p>　　　・仏教を生み出したのは、マガダで悟りを開いた</p>
<p>　　　　ガウタマ＝シッダールタ（尊称がブッダ）だった</p>
<p>　　　・ガウタマは、以下のようなことを否定した</p>
<p>　　　　→・動物を犠牲に捧げる供儀</p>
<p>　　　　　・難解なヴェーダ祭式</p>
<p>　　　　　・バラモンを最高位とするヴァルナ制　など</p>
<p>　　　・ガウタマは、以下のようなことを考えた</p>
<p>　　　　→・心の内面から人々の悩みを考えることを重視した</p>
<p>　　　　　・生まれる前の行為によって、死んだ後に別の生をうける過程が繰り返される</p>
<p>　　　　　　という輪廻転生を考えた</p>
<p>　　　　　・輪廻転生からどのようにして人々は抜け出すべきかという、</p>
<p>　　　　　　解脱の道を考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第二に生まれたのは、ジャイナ教だった</p>
<p>　　→ジャイナ教について</p>
<p>　　　・ジャイナ教は、ヴァルダマーナという人が作り出した</p>
<p>　　　・仏教と同じように、バラモン教の祭式やヴェーダ聖典の権威を否定した</p>
<p>　　　・苦行と不殺生を強調した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第三に生まれたのが、バラモン教の改革運動だった</p>
<p>　　→バラモン教について</p>
<p>　　　・仏教やジャイナ教にバラモン教の権威を否定されるようになったので、</p>
<p>　　　　バラモン教にも改革運動をおこした</p>
<p>　　　・今までの祭式至上主義から転換して、内面を考えることを重視した</p>
<p>　　　　＝この考え方によって、ウパニシャッド哲学というのが生まれた</p>
<p>　　　・民間の信仰を受け入れていった</p>
<p>　　　　→その時に、ヴェーダの神々に代わって、シヴァ神やヴィシュヌ神などと</p>
<p>　　　　　呼ばれる神が主神となる宗教が出て来た</p>
<p>　　　　　＝この宗教をヒンドゥー教という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※シヴァ神に関するものとして、踊るシヴァ神というのがある</p>
<p>　　　　　→これは、シヴァ神がヒンドゥー教の破壊の神であることを示している</p>
<p>　　　　　→シヴァ神は、舞踊の神であるナタラージャとしても知られている</p>
<p>　　　　　→このブロンズ像では、炎を背景に、当時無知の象徴とされた小人を</p>
<p>　　　　　　足で踏みつけながら踊っている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・統一国家の成立について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・紀元前４世紀になると、アレクサンドロス大王が</p>
<p>　　西北インドに進出するということが起きた</p>
<p>　　→アレクサンドロス大王は、インダス川流域のところで場所を変えつつ</p>
<p>　　　あちこちで戦いを繰り返していた</p>
<p>　　　＝その影響で、各地にギリシア系の政権が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・上のような混乱した状況から、紀元前４世紀の終わりに</p>
<p>　　インドで最初の統一王朝だったマウリヤ朝が登場した</p>
<p>　　→マウリヤ朝の創始者をチャンドラグプタ王と言う</p>
<p>　　→チャンドラグプタ王は、ガンジス川流域を支配していた</p>
<p>　　　マガダ国のナンダ朝を倒して首都をパータリプトラに置いた</p>
<p>　　→さらにその後、チャンドラグプタ王はインダス川流域のギリシア勢力を</p>
<p>　　　一気に倒し、西南インドとデガンを征服した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・マウリヤ朝が最も繁栄した時の王様は、アショーカ王という人だった</p>
<p>　　→アショーカ王は、征服活動の時に多くの犠牲者を出したことを悔やんできた</p>
<p>　　　＝そのため、段々と仏教に頼るようになっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アショーカ王は、武力を使った征服活動をやめて、</p>
<p>　　ダルマ（法律、守るべき社会的な倫理）による統治と、</p>
<p>　　落ち着いた社会を目指して、各地に勅令（王の命令）を出し、</p>
<p>　　仏典の結集や仏教の各地への布教を行った</p>
<p>　　※しかし、布教の裏でいくつかの出来事が起きた</p>
<p>　　　・官僚組織と軍隊の維持を行っていたことによって財政困難を招いた</p>
<p>　　　・マウリヤ王家に対してバラモン階層が反発していた</p>
<p>　　　　→このようなことが起きていたため、マウリヤ朝がアショーカ王の</p>
<p>　　　　　死んだ後に衰退してしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・都市国家の様子をおさえる</p>
<p>・仏教についておさえる</p>
<p>・ジャイナ教についておさえる</p>
<p>・バラモン教とヒンドゥー教についておさえる</p>
<p>・統一国家の成立とチャンドラグプタ王の動きをおさえる</p>
<p>・アショーカ王の動きとマウリヤ朝の衰退をおさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/763">都市国家の成長と新しい宗教の展開・統一国家の成立について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>アーリヤ人の進入とガンジス川流域への移動について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/713</link>
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		<pubDate>Sat, 05 Oct 2013 16:47:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マイコ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アジア・アメリカ古代史]]></category>
		<category><![CDATA[アーリヤ人]]></category>
		<category><![CDATA[カースト]]></category>
		<category><![CDATA[ガンジス川]]></category>
		<category><![CDATA[バラモン教]]></category>
		<category><![CDATA[リグ＝ヴェーダ]]></category>
		<category><![CDATA[ヴァルナ制]]></category>
		<category><![CDATA[ヴェーダ]]></category>

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		<description><![CDATA[アーリヤ人の進入とガンジス川流域への移動について考えてみます &#160; &#160; ・アーリヤ人の進入とガンジス川流域への移動について &#160; &#160; 　・紀元前１５００年ころから、カイバル峠という峠を [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/713">アーリヤ人の進入とガンジス川流域への移動について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>アーリヤ人の進入とガンジス川流域への移動について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・アーリヤ人の進入とガンジス川流域への移動について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・紀元前１５００年ころから、カイバル峠という峠を越えて、</p>
<p>　　インド＝ヨーロッパ語系の牧畜民だったアーリヤ人が</p>
<p>　　インド西北部のパンジャーブ地方というところに進入し始めた</p>
<p>　　※進入直後のアーリヤ人の特徴について</p>
<p>　　　・自分たちで部族社会を構成した</p>
<p>　　　・雷や火などの自然神を崇拝した</p>
<p>　　　・自然神の賛歌集だった「リグ＝ヴェーダ」というものを生んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・紀元前１０００年を過ぎたころから、</p>
<p>　　アーリヤ人は西北インドからガンジス川流域へ移動を始めた</p>
<p>　　※ガンジス川流域へ移動した後の時のアーリヤ人の特徴について</p>
<p>　　　・森林の開墾に適しているという理由で、青銅器に代わって</p>
<p>　　　　鉄製の道具が使われるようになった</p>
<p>　　　・牛が引く木製の犂（すき）が生み出された</p>
<p>　　　・移動した土地で、農耕を行う先住民と交流して、定住農耕社会を作り出した</p>
<p>　　　　→定住農耕社会が出来る過程で、ヴァルナ制（「色」を意味する）と呼ばれる</p>
<p>　　　　　身分上下的な考え方が出て来た</p>
<p>　　　　　※アーリヤ人と先住民との間には、皮膚の色の差があったため、</p>
<p>　　　　　　ヴァルナという言葉が使われた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※ヴァルナ制について</p>
<p>　　　　→・ヴァルナ制とは・・人は、バラモン（司祭）、クシャトリヤ（武士）、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　ヴァイシャ（農民、牧畜民、商人）シュードラ（隷属民）</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　という四つの身分に分かれるとする考え方のこと</p>
<p>　　　　　・ヴァルナ制は、バラモン自身を最高の身分と考える世界観だった</p>
<p>　　　　→・ヴァルナ制は、時代が進むにつれて、ヴァイシャは商人を、</p>
<p>　　　　　　シュードラは農民や牧畜民をさすようになった</p>
<p>　　　　　・一方で、四つの身分の下には、ヴァルナ制の枠の外に置かれる</p>
<p>　　　　　　被差別民が存在していた</p>
<p>　　　　　・被差別民は不可触民として差別されるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※カースト（ジャーティ）集団について</p>
<p>　　　　→・カースト集団とは・・インド社会で、特定の信仰や職業との結びつきによって、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　またはほかの集団の人達との結婚や食事を制限することで</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　結びつきを目指す集団のこと</p>
<p>　　　　　・カーストは、ポルトガル語で「血統」を意味するカスタに由来する言葉と</p>
<p>　　　　　　言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※なぜ、カースト集団の話をする必要があるのか</p>
<p>　　　　→・カーストは、次第に「人は生まれた身分によって上下関係がある」と</p>
<p>　　　　　　考えるヴァルナ制と結びついたから</p>
<p>　　　　　・そのため、お互いに上下関係を主張するようになっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→ヴァルナ制とカースト集団の主張が組み合わさり、</p>
<p>　　　　長い時間をかけて形成されたインド独自の社会制度が誕生した</p>
<p>　　　　＝この制度をカースト制度という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　＝以上のような動きのあった、紀元前６世紀ころまでの時代は、</p>
<p>　　バラモン教の聖典である各種のヴェーダが生まれたことから、</p>
<p>　　ヴェーダ時代とも呼ばれている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・アーリヤ人の進入についておさえる</p>
<p>・ガンジス川流域への移動についておさえる</p>
<p>・ヴァルナ制についておさえる</p>
<p>・カースト集団とカースト制についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/713">アーリヤ人の進入とガンジス川流域への移動について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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