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	<title>アラエス &#187; ワルシャワ条約機構</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>国際政治の動きについて①　－冷戦の始まりから１９７０年代まで－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1707</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1707#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 17:51:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ロンリ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際政治]]></category>
		<category><![CDATA[キューバ危機]]></category>
		<category><![CDATA[チェコ事件]]></category>
		<category><![CDATA[トルーマン・ドクトリン]]></category>
		<category><![CDATA[ホットライン協定]]></category>
		<category><![CDATA[マーシャル・プラン]]></category>
		<category><![CDATA[ワルシャワ条約機構]]></category>
		<category><![CDATA[冷戦]]></category>
		<category><![CDATA[封じ込め政策]]></category>
		<category><![CDATA[緊張緩和]]></category>

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		<description><![CDATA[国際政治の動きについて、冷戦の始まりから１９７０年代までについて考えてみます &#160; &#160; ・冷戦について &#160; 　・冷戦の概要 　　・アメリカとソ連が、ヨーロッパを舞台に行ったものだった 　　・ア [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1707">国際政治の動きについて①　－冷戦の始まりから１９７０年代まで－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>国際政治の動きについて、冷戦の始まりから１９７０年代までについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・冷戦について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・冷戦の概要</p>
<p>　　・アメリカとソ連が、ヨーロッパを舞台に行ったものだった</p>
<p>　　・アメリカは資本主義を、ソ連は共産主義を提唱して対立した</p>
<p>　　・冷戦というように、軍事を大量に使った大きな戦争という感じではなかった</p>
<p>　　・ヨーロッパの西側はアメリカのような資本主義的な団結が、</p>
<p>　　　東側はソ連のような共産主義的な団結があった</p>
<p>　　・ヨーロッパが東西に分裂するときに、ドイツは東ドイツと西ドイツに分けられてしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・冷戦になるまでの流れについて　</p>
<p>　　</p>
<p>　　・第二次世界大戦の終わりのころに、ヤルタ会談というものが開かれた</p>
<p>　　　→そこで、アメリカとソ連の政府が、第二次世界大戦の時のような</p>
<p>　　　　お互いに協力し合う関係を続けることを考えた</p>
<p>　　　※しかし、アメリカが自由主義、ソ連が共産主義を提唱して、</p>
<p>　　　　それぞれの国が陣営（ブロック）という、</p>
<p>　　　　自分の国の土地以外で政治や経済などが優先されている地域といった、</p>
<p>　　　　縄張りのようなものを作ってしまった</p>
<p>　　　　→そのため、政治面（イデオロギー的）や軍事面など対立することになってしまった</p>
<p>　　　　　＝これを、冷戦体制という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・冷戦の時のアメリカ政府の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・１９４７年以降に、トルーマン・ドクトリンやマーシャル・プランというものを通して、</p>
<p>　　　ヨーロッパの自由主義の国々を団結させるようにした</p>
<p>　　・共産主義の範囲が広がらないように、「封じ込め政策」というものを使った</p>
<p>　　・北大西洋条約機構（ＮＡＴＯ）というものを作って、ヨーロッパの西側の</p>
<p>　　　軍事的な団結力を高めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※・トルーマン・ドクトリン・・アメリカのトルーマン大統領という人が、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　ギリシャとトルコに軍事的な援助を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　議会でお願いした演説で明らかになった、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　冷戦の時のアメリカの外交の基本的なルールのこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・マーシャル・プラン・・マーシャルというアメリカの国務長官が提唱した、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　ヨーロッパの戦後の復興を支援するための計画のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　→このプランに、ソ連とヨーロッパの</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　東側の国々が参加しなかったため、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　ヨーロッパが東西に分裂してしまう</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　大きな原因の一つとなった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・封じ込め政策・・アメリカが資本主義の国と協力をして、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　ソ連と共産主義の勢いを抑えつけようとした政策のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　※結果的には失敗に終わっている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・冷戦の時のソ連の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・国際共産党情報局（コミンフォルム）や経済相互援助会議（ＣＯＭＥＣＯＮ）</p>
<p>　　　というものを作って、ヨーロッパの東側の国々の政治や経済などの団結力を高めた</p>
<p>　　・ワルシャワ条約機構（ＷＴＯ）というものを作って、軍事の面での団結力を高めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※アジアの動き</p>
<p>　　・１９４０年代に、中国、朝鮮、ベトナムなどが、国を分けられてしまった</p>
<p>　　　→特に中国は、国の中で対立があったため、中華人民共和国と中華民国に分けられた</p>
<p>　　　※アジアでは、ヨーロッパとは違い、冷戦に軍事が加えられて、</p>
<p>　　　　「熱戦」になってしまった</p>
<p>　　　　※「熱戦」の例：朝鮮戦争、インドシナ戦争など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・１９５０年代－１９７０年代の世界の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・１９５０年代の動きについて</p>
<p>　　　</p>
<p>　・１９５０年代の初めに、アメリカとソ連が水爆実験（原爆の一種）に成功して、</p>
<p>　　世界的な核戦争が起こるという不安が世界に広がった</p>
<p>　　→そこで、核戦争が起きないように、東西の対立を無くそうとする考え方</p>
<p>　　　（＝緊張緩和）が言われるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・緊張緩和の例－・朝鮮戦争とインドシナ戦争を終わりにする</p>
<p>　　　　　　　　　　・アメリカ、イギリス、フランス、ソ連のそれぞれの首相が集まって</p>
<p>　　　　　　　　　　　ジュネーブ４巨頭会談という会談が開かれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５６年に、フルシチョフというソ連の共産党第一書記が、</p>
<p>　　ソ連のスターリンという人の考え方を批判して、</p>
<p>　　資本主義と社会主義が平和共存をすることは出来ると考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・東西の緊張緩和は、東西の対立を無くすことではなく、</p>
<p>　　東西の対立を落ち着いた状態でキープすることを目指していた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→そのため、東西の対立は続いてしまい、キューバ危機が起きたり、</p>
<p>　　　アメリカとソ連との間で核軍拡競争が起きたりした</p>
<p>　　　※キューバ危機・・ソ連がキューバという国にミサイル基地を作ったことを理由にして、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　アメリカがキューバの海上の交通を封鎖してしまったことで、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　世界が核戦争になりかけた出来事のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　→ソ連が基地を撤去したので、実際に核戦争にはならなかった</p>
<p>　</p>
<p>　　→一方で、東西の対立を落ち着いた状態にキープする動きもあった</p>
<p>　　　例：キューバ危機の後に、アメリカとソ連の間でホットライン協定というものが結ばれた</p>
<p>　　　　　※ホットライン協定・・首相どうしで直接対話ができるようになった協定のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・１９６０年代の動き</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６０年代になると、国際政治がアメリカとソ連という２つの大きな国を</p>
<p>　　中心とした政治から、様々な国が中心となる政治になっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・西側の動き</p>
<p>　　・日本やヨーロッパの西側の国々が経済面で力を伸ばしてきた</p>
<p>　　・フランスが独自の核兵器を作って、１９６６年にＮＡＴＯを抜けた</p>
<p>　　・ベトナム戦争という戦争がアメリカの政治や経済の力を弱くしてしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・東側の動き</p>
<p>　　・中国とソ連が対立した</p>
<p>　　・チェコスロバキアという国で、民主化を目指す運動（プラハの春と言う）が起きた</p>
<p>　　　→プラハの春を、ワルシャワ条約機構が抑えつけてしまった</p>
<p>　　　　＝この出来事をチェコ事件という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・１９７０年代の動き</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９７０年代前半に、アメリカ政府がデタント（緊張緩和）政策を行った</p>
<p>　　→この後、アメリカとソ連の間で軍備管理（お互いの軍備の増加を限定すること）が進んだ</p>
<p>　　　また、アメリカと中国で和解も行われた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９７５年に、全欧安保協力会議（ＣＳＣＥ）が開かれた</p>
<p>　　→この会議で、人権や経済の分野で東西の対話が行われて、</p>
<p>　　　東西の緊張は少し緩和されたと言われている</p>
<p>　　※この会議には、ヨーロッパの国々、アメリカ、カナダなど３５カ国が参加した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・冷戦の概要、流れを押さえる</p>
<p>・冷戦の時のアメリカとソ連の動きを押さえる</p>
<p>・１９５０年代、６０年代、７０年代のそれぞれの動きを押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1707">国際政治の動きについて①　－冷戦の始まりから１９７０年代まで－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>東欧社会主義圏の解体の様子について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1075</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1075#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 18:59:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[トクホンクリーム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[現代世界史]]></category>
		<category><![CDATA[コメコン]]></category>
		<category><![CDATA[チャウシェスク]]></category>
		<category><![CDATA[ホネカー]]></category>
		<category><![CDATA[ワルシャワ条約機構]]></category>
		<category><![CDATA[東欧社会主義圏]]></category>
		<category><![CDATA[無血革命]]></category>
		<category><![CDATA[統一ドイツ]]></category>
		<category><![CDATA[連帯]]></category>
		<category><![CDATA[ＮＡＴＯ]]></category>

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		<description><![CDATA[東欧社会主義圏の解体の様子について考えてみます &#160; &#160; ・東欧社会主義圏の解体の様子について &#160; &#160; 　・１９８０年のポーランドでは、食品の値上げに抗議するストライキ運動が起きた  [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1075">東欧社会主義圏の解体の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>東欧社会主義圏の解体の様子について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・東欧社会主義圏の解体の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９８０年のポーランドでは、食品の値上げに抗議するストライキ運動が起きた</p>
<p>　　→この時に、ワレサという人を指導者として自主管理労組の「連帯」が組織された</p>
<p>　　　＝連帯が、政府に改革を求めていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ポーランドの改革運動は、東欧社会主義圏でも社会主義の体制が</p>
<p>　　　閉塞的な状況であることを示したと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ソ連の改革が進むと、西側との経済格差や言論活動の制限に不満を持つ</p>
<p>　　東欧の社会主義の国々の人々が一斉に行動に出るようになったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９８９年１０月に、東ドイツで西側への脱出者が急増してきたために、</p>
<p>　　ホネカ－書記長が退陣した</p>
<p>　　→その後、１９８９年１１月にベルリンの壁が開放されることで、</p>
<p>　　　東西ドイツ間の自由な行き来が認められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９９０年３月の東ドイツの自由選挙で、早期統一を求める連合党の派閥が勝利した</p>
<p>　　→すると、１９９０年１０月に、西ドイツはアメリカ、イギリス、フランス、ソ連の</p>
<p>　　　同意を得て、東ドイツを吸収した</p>
<p>　　　＝その結果、東と西のドイツが組み合わさり、統一ドイツが実現された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・上のような動きの前後に、ハンガリー、ポーランド、ブルガリア、チェコスロヴァキアでも、</p>
<p>　　社会主義体制の根本的な転換を求める民衆運動が起きた</p>
<p>　　→この民衆運動は、無血革命となって勝利した</p>
<p>　　　＝その結果、自由選挙による議会制民主主義と市場主義に移動していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ルーマニアは、チャウシェスクの独裁体制が続いていた</p>
<p>　　→しかし、１９８９年１２月に反体制運動が起きて、チャウシェスク夫妻が処刑された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上の国々の動きによって、東欧圏の各国の共産党は解散するか、</p>
<p>　　　社会民主主義政党に改編された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→さらに、１９９１年にコメコンやワルシャワ条約機構が消滅した</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　＝これらの動きの結果、東欧社会主義圏は消滅した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、ユーゴスラヴィアは独自の社会主義体制をとっていた</p>
<p>　　</p>
<p>　・ユーゴスラヴィアは、１９８０年にティトーが亡くなった後に、</p>
<p>　　内部の民族や宗教による対立が深まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９９０年以降に、ソ連崩壊崩壊後の民族運動の影響があって、</p>
<p>　　ユーゴスラヴィアが内戦状態になった</p>
<p>　　→その結果、１９９１年にクロアティアとスロヴェニアが分離した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後も、旧ユーゴ内の残っていた紛争がおさまらなかった</p>
<p>　　→そのため、１９９９年にはコソヴォ地域に関する民族対立では、</p>
<p>　　　ＮＡＴＯ軍が介入するという事態にまでなった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝現在、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアの</p>
<p>　　　４国が併存して、緊張状態が続く状況となっている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・東欧社会主義圏の解体の様子についておさえる</p>
<p>・各国の様子についておさえる</p>
<p>　　</p>
<p>このあたりが今回のポイントです　</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1075">東欧社会主義圏の解体の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>ソ連とその他の国の動揺について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1066</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1066#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 17:48:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[さやかとゆい]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦後世界史・冷戦・第三世界]]></category>
		<category><![CDATA[アルバニア]]></category>
		<category><![CDATA[コスイギン首相]]></category>
		<category><![CDATA[チェコスロヴァキア]]></category>
		<category><![CDATA[ドプチェク]]></category>
		<category><![CDATA[フルシチョフ]]></category>
		<category><![CDATA[プラハの春]]></category>
		<category><![CDATA[ルーマニア]]></category>
		<category><![CDATA[ワルシャワ条約機構]]></category>
		<category><![CDATA[社会主義圏]]></category>

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		<description><![CDATA[ソ連とその他の国の動揺について考えてみます &#160; &#160; ・ソ連とその他の国の動揺について &#160; &#160; 　・ソ連は、１９６４年にフルシチョフが解任されるということが起きた 　　→その後は、コ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1066">ソ連とその他の国の動揺について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ソ連とその他の国の動揺について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ソ連とその他の国の動揺について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ソ連は、１９６４年にフルシチョフが解任されるということが起きた</p>
<p>　　→その後は、コスイギン首相とブレジネフ第一書記という体制にかわった</p>
<p>　　　＝この結果、国内外の政策に大きな変化は無かったが、</p>
<p>　　　　自由化への道やスターリン批判はおさえこんだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・社会主義国の中では、アルバニアが中国を支持した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・石油資源を持つルーマニアが、ソ連と距離を取る外交を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６８年にチェコスロヴァキアで、民主化を求める国際運動が起きた</p>
<p>　　→この時、共産党書記長になった改革派のドプチェクという人は、</p>
<p>　　　自由化を進めていこうとした</p>
<p>　　　＝この動きを「プラハの春」という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→ソ連は、上のような自由化の動きが他の国にも影響を与えることを恐れていた</p>
<p>　　　＝そこでソ連は、ワルシャワ条約機構の４カ国軍と一緒に</p>
<p>　　　　チェコスロヴァキアに軍事介入して、改革の動きを封じた</p>
<p>　　　　※ソ連のこの動きは、国際的に非難され、東欧の社会主義圏の</p>
<p>　　　　　指導者としての地位が揺らいだ</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　　※さらに、社会主義圏の改革の動きも阻害されてしまった</p>
<p>　　　　　＝そのため、ソ連と東欧の社会主義の国々の政治や経済は停滞した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ソ連とその他の国の動揺についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1066">ソ連とその他の国の動揺について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>朝鮮戦争と冷戦体制の始まりについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1057</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1057#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 16:58:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[さやかとゆい]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦後世界史・冷戦・第三世界]]></category>
		<category><![CDATA[まき返し政策]]></category>
		<category><![CDATA[ジュネーヴ休戦協定]]></category>
		<category><![CDATA[バグダード条約機構]]></category>
		<category><![CDATA[ワルシャワ条約機構]]></category>
		<category><![CDATA[中央条約機構]]></category>
		<category><![CDATA[冷戦]]></category>
		<category><![CDATA[太平洋安全保障条約]]></category>
		<category><![CDATA[朝鮮戦争]]></category>
		<category><![CDATA[東南アジア条約機構]]></category>
		<category><![CDATA[警察予備隊]]></category>

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		<description><![CDATA[朝鮮戦争と冷戦体制の始まりについて考えてみます &#160; &#160; ・朝鮮戦争について &#160; &#160; 　・１９５０年６月に、北朝鮮軍が南北統一を目指して境界線を越えて侵攻し、 　　朝鮮半島南端の釜山 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1057">朝鮮戦争と冷戦体制の始まりについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>朝鮮戦争と冷戦体制の始まりについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・朝鮮戦争について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５０年６月に、北朝鮮軍が南北統一を目指して境界線を越えて侵攻し、</p>
<p>　　朝鮮半島南端の釜山地区にせまるということが起きた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国連安全保障理事会は、北朝鮮軍の行動を侵略と認めた</p>
<p>　　→そのため、韓国の支援のためにアメリカ軍を主体とする国連軍を派遣した</p>
<p>　　　※当時、ソ連は理事会をボイコットしていたため、</p>
<p>　　　　拒否権を使うことが出来なかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→国連軍は、共和国軍に反撃し、中国の国境近くまで追撃する</p>
<p>　　　ということを行なった</p>
<p>　　　</p>
<p>　　→そこで中国は、共和国側を支援して、人民義勇軍を派遣した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※以後、３８度線を境に攻防が続いていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　＝結果的に、１９５３年に休戦が成立し、３８度線をはさむ停戦ラインで</p>
<p>　　　　南北朝鮮の分断が固定化された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・朝鮮戦争という出来事をきっかけに、東西の対立がアジア・太平洋地域にも広がった</p>
<p>　　※アメリカは、１９５３年から「まき返し政策」をかかげ、同盟網を張りめぐらせた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・朝鮮戦争が始まった後に、日本は警察予備隊（のちの自衛隊）を設置した</p>
<p>　　→さらに、１９５１年に社会主義国と一部のアジア諸国の不参加や反対を推して、</p>
<p>　　　サンフランシスコ講和会議で平和条約に調印した</p>
<p>　　　＝この結果、日本は独立を回復し、朝鮮、台湾、南樺太、千島を正式に放棄した</p>
<p>　　　　※北方領土は、１８５５年の日露和親条約以降、日本の領土と認められている</p>
<p>　　　　※しかし、第二次世界大戦後に旧ソ連とロシアは北方領土を占領し続けているため、</p>
<p>　　　　　日本はその返還を求めている　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→同時に日本は、日米安全保障条約を結んだ</p>
<p>　　　※この時に以下のようなことが決められた</p>
<p>　　　　・アメリカは事実上、日本の防衛を引き受けた</p>
<p>　　　　・日本はアメリカ軍の駐留、軍事基地と関係施設の存続を認めた</p>
<p>　　　　　※１９６０年に条約が改定された時に、アメリカの日本防衛の</p>
<p>　　　　　　義務が明文化された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５１年以降、アメリカは以下のような動きを見せた</p>
<p>　　→・１９５１年にフィリピンと軍事援助条約を結んだ</p>
<p>　　　・オーストラリア、ニュージーランドと太平洋安全保障条約（ＡＮＺＵＳ）を結んだ</p>
<p>　　　・１９５４年に、アンザス諸国などにフィリピン、タイ、パキスタンをあわせて、</p>
<p>　　　　東南アジア条約機構（ＳＥＡＴＯ）を結成した</p>
<p>　　　・ジュネーヴ休戦協定後に、ベトナム民主共和国に対抗して</p>
<p>　　　　軍事境界線南部に成立したベトナム共和国を支援した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・また、中東地域では１９５５年に、トルコ、イラク、イギリス、パキスタン、イランが</p>
<p>　　参加するバグダード条約機構（中東条約機構「ＭＥＴＯ」）が結成された</p>
<p>　　※１９５８年に、イラクは革命によって王政から共和政になった</p>
<p>　　※１９５９年に、イラクがバグダード条約機構から脱退した</p>
<p>　　　→この２つを理由に、バグダード条約機構は中央条約機構（ＣＥＮＴＯ）と改称した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ソ連と東欧の８カ国が、１９５５年に</p>
<p>　　東ヨーロッパ相互援助条約（ワルシャワ条約機構）を結成して、</p>
<p>　　北大西洋条約機構に対抗した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・冷戦体制の始まりについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・戦後、アメリカの核兵器の独占が、１９４９にソ連の原子爆弾製造によって終了した</p>
<p>　　※この後すぐに、イギリスも核保有国になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５２年に、アメリカが最初の水素爆弾の実験を行った</p>
<p>　　※すると、１９５３年にソ連も水爆の保有を明らかにした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカとソ連の両国は、核兵器開発の競争を続けた</p>
<p>　　※その一方で、核戦争による共倒れを恐れていた</p>
<p>　　　→そのため、直接対決や相手側陣営への介入をさけ、自分達の陣営の結束を固めた</p>
<p>　　　→そして、同盟国の獲得による勢力の拡大や、</p>
<p>　　　　中立諸国への支援などによって対抗した</p>
<p>　　　　＝このような状態を、冷たい戦争（冷戦）という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→冷戦によって、各国では以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　・冷戦がその後の国際関係を規定した</p>
<p>　　　・それぞれの陣営内の国々の自主的な動きが制約された</p>
<p>　　　・国際連合の活動も、厳しい枠にはめられた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・朝鮮戦争についておさえる</p>
<p>・冷戦体制の始まりについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1057">朝鮮戦争と冷戦体制の始まりについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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