<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
		xmlns:xhtml="http://www.w3.org/1999/xhtml"
>

<channel>
	<title>アラエス &#187; 内国消費税</title>
	<atom:link href="http://ahlaes.com/post/tag/%e5%86%85%e5%9b%bd%e6%b6%88%e8%b2%bb%e7%a8%8e/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://ahlaes.com</link>
	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
	<lastBuildDate>Thu, 23 Oct 2025 02:10:23 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
		<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
		<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=3.8.41</generator>
<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/tag/%e5%86%85%e5%9b%bd%e6%b6%88%e8%b2%bb%e7%a8%8e/feed" />
	<item>
		<title>戦争と税金―戦争は税金の生みの親(イギリスの例)</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2343</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2343#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 26 Dec 2013 01:36:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ルーブル]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界史全般]]></category>
		<category><![CDATA[ピューリタン革命]]></category>
		<category><![CDATA[内国消費税]]></category>
		<category><![CDATA[名誉革命]]></category>
		<category><![CDATA[査定課税]]></category>
		<category><![CDATA[権利章典]]></category>
		<category><![CDATA[権利請願]]></category>
		<category><![CDATA[租税協賛権]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=2343</guid>
		<description><![CDATA[  タイトル通り、戦争と税金は切っても切れない関係にあります。先に大まかなポイントと流れだけ示しておきます。先にポイントを抑えることで理解が早まるかと思います。 &#160; ☆☆☆ 戦争→財政危機→国王の増税路線→議会 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2343">戦争と税金―戦争は税金の生みの親(イギリスの例)</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p align="center"> </p>
<p>タイトル通り、戦争と税金は切っても切れない関係にあります。先に大まかなポイントと流れだけ示しておきます。先にポイントを抑えることで理解が早まるかと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆☆☆</p>
<p>戦争→財政危機→国王の増税路線→議会権力(国民側)の強化→勢力を増した議会が分裂→新たな戦争(内戦)へ→またしても税金論へ・・・</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>更に下記も合わせて(というより先に読んだほうが？)読んでいただけると、より理解が進むかと思います。↓↓↓</p>
<p>&nbsp;</p>
<p> <a href="http://ahlaes.com/post/2341">租税問題が国家を揺るがす―「家産国家」から「租税国家」へ</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それでは中身に入っていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・17Cの財政危機</p>
<p>17C、スチュアート王政は財政危機に悩んでいた</p>
<p>⇒背景は30年戦争の一環である対スペイン戦争</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そこで、臨時税が必要となった。しかし、当時のイギリスでの臨時税はその都度議会の承認が必要だった。そんな中で1625年、国王チャールズ1世が即位。</p>
<p>⇒思っていたほどの税額の承認を得られず・・・</p>
<p>⇒王はふざけるな！ということで議会を解散、承認なしに徴税を実施</p>
<p>⇒1628年、こうした王の対応に不満を持った議会は「権利請願」を起草、王に提出。その第1項が「議会の同意なき課税の禁止」であった。</p>
<p>⇒しぶしぶ裁可したものの、王と議会の関係は次第に悪化</p>
<p>さらに1640年にはまたしても議会を招集せざるを得なくなるも(対スコットランドとの主教戦争)、議会の不満は噴出、法案は議会によって次々に廃止された。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・1643年の新税―査定課税と内国消費税</p>
<p>このように当時のイギリスは、議会の発言力が高まっている状況だった。</p>
<p>⇒こうした背景から議会は徐々に過激化し、1641年には「大抗議文」という王の悪政批判を書き連ねた文書を出すまでになった。これは僅差で可決。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※僅差だったのは「大抗議文」の強硬路線についていけなかった穏健派(ここまでやるとは思っていませんでした、というグループ)が反対に回ったため。</p>
<p>⇒ここから議会内部の勢力も「議会派(強硬派)」と「国王派(穏健派)」に分裂</p>
<p>⇒今度はこの2つが戦争を始めるように(内戦)。議会軍と国王軍は1642年についに衝突。決着はつかなかったものの、その後は議会軍が劣勢に。なぜか？軍費を調達する財政基盤を欠いていたから。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆ここで新たな税金が登場するわけです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>議会：「査定課税」の導入</p>
<p>⇒一定の財源調達額を各地域に割り振り、財産の査定(評価)額に応じた課税を各戸に対して行うというもの。現代で言えば資産課税(相続税や固定資産税など)のことだと考えてよいと思います。この直接税は、後年のイギリス所得税の先駆けとなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>査定課税は、徴税機構の不備もあり、とても公平課税とは言い難かった。また、地域的にはロンドンに負担が集中したこともあり、その不満を避けるために間接税の導入が検討されました。「内国消費税」のことです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>内国消費税：現代日本でいう消費税。査定課税が財産保有者に対する課税であったのに対して、内国消費税は生活必需品課税の色彩が強く、庶民も負担を強いられた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>内国消費税はあくまで戦争のための臨時課税であって、内戦が終わり次第廃止されるという説明があったが、現実には内戦後も国家財政の窮乏を救うため、むしろ課税対象を拡大し、恒久化された。</p>
<p>⇒イギリスの財政基盤の確立</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・名誉革命へ</p>
<p>こうして財政基盤が整うと、次は軍備です。</p>
<p>1645年、イギリス議会は議会軍の再編強化を図った。→46年、議会軍は国王を降伏させて第1次内乱を終結→47年、国王を捕虜に→48年、第2次内乱も終結→49年、国王チャールズ1世も処刑</p>
<p>⇒これがピューリタン革命です。合わせて読むなら↓↓↓</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/932">イギリス革命について</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その後、チャールズ2世による王政復古もあったが、失墜</p>
<p>⇒「権利章典」の原型である「権利宣言」が出された=名誉革命</p>
<p>名誉革命については↓↓↓</p>
<p>&nbsp;</p>
<p> <a href="http://ahlaes.com/post/933">名誉革命について</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>権利宣言の中身：国王の守るべき規範が13項目にわたって列記</p>
<p>☆税関係で重要なのは、「国王は議会の同意なしに課税しない」(租税協賛権)という項目</p>
<p>⇒議会(国民)による「租税協賛権」の獲得</p>
<p>⇒現代の税のあり方の原型が確立</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆☆☆</p>
<p>このように現代にみられる税のあり方は、戦争がキーポイントになっていたことがよくわかります。これはイギリスだけでなく、アメリカでも同じです。これについては改めて。</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2343">戦争と税金―戦争は税金の生みの親(イギリスの例)</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/2343/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/2343" />
	</item>
	</channel>
</rss>
