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	<title>アラエス &#187; 和辻哲郎</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>近代の日本での哲学について　－西田幾多郎と和辻哲郎－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1638</link>
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		<pubDate>Thu, 14 Nov 2013 20:24:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マイコ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本思想後期　－近現代－]]></category>
		<category><![CDATA[主客未分]]></category>
		<category><![CDATA[全体主義]]></category>
		<category><![CDATA[和辻哲郎]]></category>
		<category><![CDATA[純粋経験]]></category>
		<category><![CDATA[西洋近代哲学]]></category>
		<category><![CDATA[西田幾多郎]]></category>
		<category><![CDATA[間柄的存在]]></category>

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		<description><![CDATA[近代の日本での哲学について考えます &#160; &#160; ・近代の日本の思想の背景 　→西洋の哲学を取り入れて、「生きるための支えになるものは何か」ということを 　　考えて思想が展開された 　　・・代表的な人が、西 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1638">近代の日本での哲学について　－西田幾多郎と和辻哲郎－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>近代の日本での哲学について考えます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・近代の日本の思想の背景</p>
<p>　→西洋の哲学を取り入れて、「生きるための支えになるものは何か」ということを</p>
<p>　　考えて思想が展開された</p>
<p>　　・・代表的な人が、西田幾多郎と和辻哲郎という人である</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・西田幾多郎－・「善の研究」という本を書いた</p>
<p>　　　　　　　　→その中で、直接で具体的で根本的な経験を純粋経験と呼んだ</p>
<p>　　　　　　　　※例：音楽に聞き惚れ、音楽そのものになりきっている状態</p>
<p>　　　　　　　　　　　歌をうたっていたら、まるで本人になりきったような状態etc</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　　　　・純粋経験の時、主体と客体（音楽を例に取ると、</p>
<p>　　　　　　　　音楽に聞き惚れている人と音楽そのもの）は分かれていないと考えた</p>
<p>　　　　　　　　→このような状態を主客未分と言う</p>
<p>　　　　　　　　※気持ちとモノを分けると、純粋経験を分析したり反省したりすることで</p>
<p>　　　　　　　　　把握するため、純粋経験が抽象的になってしまうと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　　　　・西田幾多郎は、「経験あって個人あり」と言った</p>
<p>　　　　　　　　（個人があっての経験ではない）</p>
<p>　　　　　　　→土台は純粋経験で、これを分析して把握する時に自分を見つけ出せると考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　　　　・善とは、人格（≒徳）の実現である、と考えた</p>
<p>　　　　　　　　※人格の実現とは・・人々が本当の自分と出会うこと</p>
<p>　　　　　　　　　→そのためには、純粋経験を成り立たせているための根本的な部分に</p>
<p>　　　　　　　　　　従うことだと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　　　　※西田幾多郎は純粋経験をさらに深め、追求し、絶対無の場所という</p>
<p>　　　　　　　　考え方を提唱した</p>
<p>　　　　　　　※また、坐禅の体験を根底に純粋経験という考え方を生み出した</p>
<p>　　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・和辻哲郎－・人間は、間柄的存在であると考えた</p>
<p>　　　　　　　→人間は孤立した個人と集団で扱われる社会の間に存在すると考えた</p>
<p>　　　　　　　※個人と社会の間には、個人を自覚した上で社会に個人が入っていく</p>
<p>　　　　　　　　という関係があると考えた</p>
<p>　　　　　　　　→この関係が崩れると、利己主義（自分の利益を重視して、</p>
<p>　　　　　　　　　他人の利益を無視するような考え方）や</p>
<p>　　　　　　　　　全体主義（個人を抑圧するような考え方）に陥るとも考えた</p>
<p>　　　　　</p>
<p>　　　　　　※和辻哲郎は、儒学の影響を受けて間柄的存在を考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→西田幾多郎と和辻哲郎は、元々の思想に、</p>
<p>　　西洋近代哲学を取り入れて発展させようとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・近代の日本の思想の背景に、西洋の哲学を取り入れることで生きるための支えを</p>
<p>　考えたという部分がある</p>
<p>・西田幾多郎は、「善の研究」を書き、主客未分の上での純粋経験が大切だと考えた</p>
<p>・西田幾多郎は、「経験あって個人あり」と考え、善は人格の実現だと考えた</p>
<p>・西田幾多郎は、絶対無の場所という考え方を提唱し、</p>
<p>　坐禅の体験をもとに純粋経験という考え方を生み出した</p>
<p>・和辻哲郎は、間柄的存在という考え方を提唱した</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1638">近代の日本での哲学について　－西田幾多郎と和辻哲郎－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>仏教の受容と展開について　－仏教の伝来 聖徳太子 奈良仏教 平安仏教 浄土信仰 末法思想 神仏習合－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1626</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1626#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 14 Nov 2013 19:09:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本思想前期　－古代・中世・近世・幕末－]]></category>
		<category><![CDATA[仏教]]></category>
		<category><![CDATA[和辻哲郎]]></category>
		<category><![CDATA[奈良仏教]]></category>
		<category><![CDATA[平安時代]]></category>
		<category><![CDATA[最澄]]></category>
		<category><![CDATA[末法思想]]></category>
		<category><![CDATA[神仏習合]]></category>
		<category><![CDATA[空海]]></category>
		<category><![CDATA[聖徳太子]]></category>
		<category><![CDATA[聖武天皇]]></category>

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		<description><![CDATA[仏教が日本に入ってきてから、神仏習合に至るまでについて解説します。 &#160; &#160; ・仏教の伝来について &#160; 　・仏教が伝来されるまでの流れ 　　→・漢字の伝来と一緒に、百済の王仁という人（＝百済か [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1626">仏教の受容と展開について　－仏教の伝来 聖徳太子 奈良仏教 平安仏教 浄土信仰 末法思想 神仏習合－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>仏教が日本に入ってきてから、神仏習合に至るまでについて解説します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・仏教の伝来について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・仏教が伝来されるまでの流れ</p>
<p>　　→・漢字の伝来と一緒に、百済の王仁という人（＝百済からの渡来人）によって</p>
<p>　　　　儒学が取り入れられた</p>
<p>　　　・その後、６世紀中ごろに仏教が朝鮮半島を通って日本に入ってきた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※この時、祭祀などを排除しないで、むしろ、元々存在している儀礼を</p>
<p>　　　　より豊かにする形で儒教や仏教が取り入れられていった</p>
<p>　　　　→和辻哲郎は、このような仏教の受け入れ方の特徴を、文化の重層性と呼んだ</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※当時、仏は蕃神（あだしくにのかみ）＝外国から新しく入ってきた神　</p>
<p>　　　　と呼ばれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・仏教と聖徳太子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・聖徳太子とは・・</p>
<p>　　→・この人は、仏教を初めて思想として表現した</p>
<p>　　　・法華経（ほけきょう）、勝鬘経（しょうまんぎょう）、維摩経（ゆいまきょう）を</p>
<p>　　　　まとめて三経と言い、聖徳太子は、三経のそれぞれの注釈書である、</p>
<p>　　　　「三経義疏」を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・聖徳太子は、憲法十七条を制定した</p>
<p>　　→憲法十七条の冒頭で、「和をもって貴しとなす。逆らうことなきを宗となせ。」</p>
<p>　　　と述べた</p>
<p>　　　※どういうことか・・政治を行う人で、上に立つ人は下の人に和やかに、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　下の人は上の人に逆らってはいけないと考えた</p>
<p>　　</p>
<p>　　※憲法十七条の内容の他の条では・・</p>
<p>　　　・仏と法と僧の三宝を敬うべきである</p>
<p>　　　・怒りやねたみを捨てて、是非や善悪を自分で勝手に判断するな</p>
<p>　　　・自分の間違いを恐れ、重要な事柄を決定するときは多くの人の意見に従え</p>
<p>　　　　などということが述べられていた</p>
<p>　</p>
<p>　　　→このようなことから、聖徳太子はどのように考えていたのか・・</p>
<p>　　　　＝聖徳太子は、仏から見れば、</p>
<p>　　　　　全員が「凡夫」（欲望や執着に捉われている愚かな存在）だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・聖徳太子の遺言</p>
<p>　　・聖徳太子は、「世間は虚仮なり、唯仏のみ是れ真なり」という遺言を残した</p>
<p>　　　→これは、どういう意味なのか</p>
<p>　　　　＝貧富や身分の上下、賢いか愚かかは、見かけの姿でしかないから、</p>
<p>　　　　　貧しい人や身分の低い人と対応する時は、その人の心を意識しなければいけない</p>
<p>　　　　　と考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・奈良仏教の流れ</p>
<p>　</p>
<p>　・奈良仏教の根本</p>
<p>　　→奈良時代の仏教は、鎮護国家（災厄を鎮め、人々の苦しみをやわらげ、</p>
<p>　　　国家を無事でやすらかにすること）として、盛んになっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・奈良時代に活躍した人々</p>
<p>　　</p>
<p>　　・行基－・法相宗を学び、私度僧（朝廷の承認なしに出家する人々のこと）の</p>
<p>　　　　　　　指導者として活躍した</p>
<p>　　　　　　・吉凶禍福（幸福や不幸）や善悪について考え、</p>
<p>　　　　　　　無料宿泊施設や毘盧遮那仏（びるしゃなぶつ）などの造立に参加した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・鑑真－・東大寺という所に</p>
<p>　　　　　　　戒壇（出家を目指す人に戒律（修行する人の生活上のルール）を与える場所のこと）</p>
<p>　　　　　　　を作り、受戒制度（戒律を受け取る制度のこと）を確立した</p>
<p>　　　　　　・南都六宗（三論、成実、法相、倶舎、華厳、律の総称）が生まれ、</p>
<p>　　　　　　　教説（学問上の説）を学んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・聖武天皇－・国分寺と国分尼寺を建て、</p>
<p>　　　　　　　　　金光明経（国王が祈れば国が救われるという考え方の経典）を読んで、</p>
<p>　　　　　　　　　五穀豊穣（穀物が豊かに実ること）と災厄を鎮めることを祈った</p>
<p>　　　　　　　　・東大寺に毘盧遮那仏（華厳経の仏）を建て、</p>
<p>　　　　　　　　　国家の安泰（無事でやすらかにすること）を祈った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※当時、私度僧に対し、朝廷の承認があってから出家した人を官僧と呼んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・平安時代の流れ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・平安時代の根本</p>
<p>　　→厄病除けなどの現世利益（神や仏からもらえるこの世での幸せのこと）のために、</p>
<p>　　　加持祈祷（仏や神が人々を助けるよう祈ること）が盛んに行われた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・平安時代に活躍した人達</p>
<p>　　</p>
<p>　　・最澄－・「顕戒論」や「三家学生式」という本を書いた</p>
<p>　　　　　　・天台宗を学んで、比叡山に延暦寺を建てた</p>
<p>　　　　　　・大乗菩薩戒（大乗仏教の戒）だけ受戒できることを目指した</p>
<p>　　　　　　・一切衆生悉有仏性（命あるものは全て仏になる可能性を</p>
<p>　　　　　　　持っているという考え方）を強調した</p>
<p>　</p>
<p>　　・空海－・「三教指帰」や「十住心論」という本を書いた</p>
<p>　　　　　　・密教を学び、真言宗を伝え、高野山に金剛峯寺を開いた</p>
<p>　　　　　　　※密教－釈迦が悟った真理のことで、大日如来という仏が</p>
<p>　　　　　　　　　　　受け入れていると考えられていた</p>
<p>　　　　　　・即身成仏（決心さえすれば誰でも仏になれるという考え方）を強調した</p>
<p>　　　　　　・曼荼羅（仏の知の世界を図にしたもの）を伝えた</p>
<p>　　　　　　　※曼荼羅は、慈悲の表れだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・末法思想と浄土信仰について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・浄土信仰に関連して活躍した人達について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・空也－市聖と呼ばれ、南無阿弥陀仏を称えながら、浄土信仰を広めた</p>
<p>　　　※浄土信仰・・仏や菩薩が支配する浄土という世界に憧れる信仰のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・源信－・「往生要集」という本を書き、次に生まれてくる時に</p>
<p>　　　　　　　どうすれば極楽浄土という場所に行けるかを考えた</p>
<p>　　　　　　・阿弥陀仏が人々を極楽浄土に迎えにくる様子を書いた</p>
<p>　　　　　　　→これを来迎図と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・慶滋保胤（よししげのやすたね）</p>
<p>　　　→「日本往生極楽記」というのを書き、極楽浄土に到着した人達の話を集めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・末法思想について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・末法思想とは・・仏教が正法、像法、末法と衰退していくという考え方のこと</p>
<p>　</p>
<p>　　※正法・・教（教説）と行と証がある</p>
<p>　　　像法・・教と行がある</p>
<p>　　　末法・・教がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→人々は末法に進むにつれ、不安に駆られた。</p>
<p>　　　そのため、厭離穢土や欣求浄土に魅かれていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・神仏習合について</p>
<p>　</p>
<p>　・日本では、仏が神や死者に関わる儀礼と結びついて仏教が浸透していった</p>
<p>　　→このように、仏と神を合わせてそれぞれの良いところを</p>
<p>　　　選び取る考え方を神仏習合と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・神仏習合に関連する事柄について</p>
<p>　　</p>
<p>　　・修験道－・奥山に入って、神に関わる儀礼と仏教の教説を学ぶこと</p>
<p>　　　　　　　・開祖は役小角で、修験道を行った人は山伏と呼ばれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・本地垂迹説－仏が神という姿を借りて現れるという考え方</p>
<p>　　　※仏＝本地、神＝垂迹・・権現　というように考えられた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・仏教が入ってくる流れを抑える</p>
<p>・聖徳太子の思想、十七条の憲法、遺言を抑える</p>
<p>・奈良仏教の根本（鎮護国家）と行基、鑑真、聖武天皇の思想を抑える</p>
<p>・平安仏教の根本（現世利益・加持祈祷）と最澄、空海の思想を抑える</p>
<p>・浄土信仰に関連した人として、空也、源信、慶滋保胤を抑える</p>
<p>・末法思想＝仏教が最終的に末法に衰退していくという考え方</p>
<p>・神仏習合、修験道、本地垂迹説を抑える</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1626">仏教の受容と展開について　－仏教の伝来 聖徳太子 奈良仏教 平安仏教 浄土信仰 末法思想 神仏習合－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>古代日本の考え方について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1625</link>
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		<pubDate>Thu, 14 Nov 2013 17:34:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本思想前期　－古代・中世・近世・幕末－]]></category>
		<category><![CDATA[アマテラス大神]]></category>
		<category><![CDATA[八百万の神]]></category>
		<category><![CDATA[和辻哲郎]]></category>
		<category><![CDATA[折口信夫]]></category>
		<category><![CDATA[清明心]]></category>
		<category><![CDATA[祟り神]]></category>
		<category><![CDATA[花鳥風月]]></category>
		<category><![CDATA[葦原中国]]></category>
		<category><![CDATA[貴種流離譚]]></category>
		<category><![CDATA[黄泉国]]></category>

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		<description><![CDATA[古代日本について考えてみます &#160; &#160; ・崇り神について 　・神は、当時外部の世界から突然やってくる存在だと考えられていた 　　→折口信夫という人は、神を「客人（まれびと）」と呼んだ &#160; 　・ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1625">古代日本の考え方について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>古代日本について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・崇り神について</p>
<p>　・神は、当時外部の世界から突然やってくる存在だと考えられていた</p>
<p>　　→折口信夫という人は、神を「客人（まれびと）」と呼んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・崇り神とは・・飢饉や地震などの自然災害を起こす神様のこと</p>
<p>　　※神は、鳥や草木など、様々な形になって人々の前に現れたと考えられた</p>
<p>　　　→人々は、このような神は八百万の神（数多くの神々）として現れたと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・生み出す神と祀る神について</p>
<p>　</p>
<p>　・そもそも神とは・・激しく、荒々しく世界を破壊するが、</p>
<p>　　　　　　　　　　　落ち着くと穀物の豊かな実りと穏やかな暮らしを</p>
<p>　　　　　　　　　　　もたらす存在だと考えられていた</p>
<p>　　→そこで人々は、神を落ち着かせることを目指して、</p>
<p>　　　祭祀（神や先祖を祀ること）を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・神の種類と場所について</p>
<p>　　・アマテラス大神（天照大神）：祭祀を行う神のこと</p>
<p>　　・和辻哲郎は、外部から来る神を祀られる神、祭祀を行う神を祀る神として区別した</p>
<p>　　・高天原：祭祀を行う場所のことで、橋渡しの場所（辺境世界）にあった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・葦原中国について</p>
<p>　・葦原中国とは・・イザナミの命という神が、イザナキの命という神と一緒に</p>
<p>　　　　　　　　　　整えた場所のことで、人々が生活している日常の場を指す</p>
<p>　　※ただし、イザナミの命は火を生み出した時に、病にかかって死んでしまったため、</p>
<p>　　　人々が生活している日常の場は、整えが未完全だと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・黄泉国について</p>
<p>　・黄泉国とは・・死んだ人が住む世界のこと</p>
<p>　　※黄泉国の歴史について</p>
<p>　　　→・黄泉国は、イザナキの命が、死んだイザナミの命を追いかけて</p>
<p>　　　　　たどり着いた場所だと言われている</p>
<p>　　　　・イザナミの命は黄泉国の神となった</p>
<p>　　　　・イザナキの命は、黄泉国の穢れ（汚れ）を洗って清めようとして、</p>
<p>　　　　　禊（穢れのある人が体を洗い清める儀式のこと）を行った</p>
<p>　　　　　※その時に、イザナキの命が左目を洗ったらアマテラス大神が、</p>
<p>　　　　　　鼻を洗ったらスサノヲの命が誕生した</p>
<p>　　　　　→このことから、「死」は「生」の根本である、ということが言える</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・清き明き心（清明心）について</p>
<p>　・清き明き心とは・・神を騙したり、神に嘘をついたりする気持ち（＝濁心）がないこと</p>
<p>　　→清明心は、禊と同じように重要視された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※アマテラス大神は、スサノヲの命が高天原を奪うかもしれないと思い、</p>
<p>　　　スサノヲの命に清明心を聞いたと言われている</p>
<p>　　　→スサノヲの命は、「うけひ」という呪術を行ったことで、</p>
<p>　　　　清明心が証明されたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・罪と祓ひについて</p>
<p>　・ここでいう「罪」とは・・祭祀（神や先祖を祭ること）を妨げることを指す</p>
<p>　　※スサノヲの命は、アマテラス大神の祭祀を妨げたと言われている</p>
<p>　　→スサノヲは、罪をつぐなうために「祓ひ（祓へ）」を行ったが、</p>
<p>　　　結局スサノヲは高天原から追い出され、葦原中国に行った、という流れがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※祓ひとは・・物品を献上（差し上げる）すること。</p>
<p>　　　　　　　　　禊とは異なる。</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※以上のような、スサノヲの命の物語は、後の時代の様々な物語の原型と言われ、</p>
<p>　　「貴種流離譚（きしゅりゅうりたん）」と呼ばれている</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・自然の扱われ方</p>
<p>　→昔は、崇り神として祭られていたが、時代が進むにつれて、</p>
<p>　　花鳥風月（自然の美しい風景）として捉えられた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・崇り神として、折口信夫の客人（まれびと）、八百万の神を抑える</p>
<p>・神を落ち着かせるために祭祀があり、アマテラス大神、祀られる神、祀る神、高天原</p>
<p>　などがある</p>
<p>・葦原中国に、イザナミの命とイザナキの命が関係していて、</p>
<p>　そもそも葦原中国が何かを抑える</p>
<p>・黄泉国とその歴史を抑える</p>
<p>・清明心の意味、アマテラス大神とスサノヲの命の関係などを抑える</p>
<p>・罪と祓ひとは何かを抑える</p>
<p>・「貴種流離譚（きしゅりゅうりたん）」と自然の扱われ方を知っておく</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1625">古代日本の考え方について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>日本の風土と社会について</title>
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		<pubDate>Thu, 14 Nov 2013 17:27:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本思想前期　－古代・中世・近世・幕末－]]></category>
		<category><![CDATA[モンスーン型]]></category>
		<category><![CDATA[和辻哲郎]]></category>
		<category><![CDATA[日本]]></category>
		<category><![CDATA[村落共同体]]></category>
		<category><![CDATA[柳田国男]]></category>
		<category><![CDATA[牧場型]]></category>
		<category><![CDATA[砂漠型]]></category>
		<category><![CDATA[遊行者]]></category>
		<category><![CDATA[非日常]]></category>
		<category><![CDATA[風土]]></category>

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		<description><![CDATA[日本思想のスタートとして、日本の風土と社会について説明します &#160; &#160; ・日本の風土と自然について &#160; 　・日本の風土についての考え方は、和辻哲郎という人が風土を考えたところから始まった 　　 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1624">日本の風土と社会について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>日本思想のスタートとして、日本の風土と社会について説明します</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の風土と自然について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本の風土についての考え方は、和辻哲郎という人が風土を考えたところから始まった</p>
<p>　　※和辻哲郎は、風土を３パターンに分立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・モンスーン型：インド、中国、東南アジアなどが分類される。</p>
<p>　　　　　　　　　　モンスーン型の人は、とりあえず物事を受け入れてたり、</p>
<p>　　　　　　　　　　我慢して従ったりする考え方の人が多い</p>
<p>　　　　　　　　　　（日本もモンスーン型に含まれるが、日本の人は感情豊かであり、</p>
<p>　　　　　　　　　　　さっぱりしていると言われている）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・砂漠型：アラビア、アフリカ、モンゴルなどが分類される。</p>
<p>　　　　　　　自分から他に働きかけようとしたり、他と戦ってでも</p>
<p>　　　　　　　物事を押し通そうとする考え方の人が多い</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・牧場型：ギリシアやヨーロッパなどが分類される。</p>
<p>　　　　　　　物事を自分から進んで行おうとしたり、無駄なく効率良く</p>
<p>　　　　　　　行動しようとしたりする考え方の人が多い</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の人々の生活空間</p>
<p>　→多くの人の生活空間は、平地に存在した村落共同体という場所だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※村落共同体は、様々な景観と解釈があった</p>
<p>　</p>
<p>　・平地は日常生活の場で、平地から遠くの海原や山奥は</p>
<p>　　非日常の場所だと考えられていた</p>
<p>　　→非日常の場所には、神や仏が生活し、普通の人が死んだら行く場所が</p>
<p>　　　非日常の場所だと考えられていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・平地に、海辺や低い山が接していて、平地と山奥に川や道が通っている</p>
<p>　　→このような、海辺や低い山、川や道は日常生活と非日常の場を</p>
<p>　　　橋渡しする場所だと考えられた</p>
<p>　　　※橋渡しをする場所には、神や仏を祭る寺や、葬所、墓地などが設置された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・平地を里と呼んで、里に里人という人が住んでいた。海辺に住んでいる人を海人と呼び、</p>
<p>　　低い山に住んでいる人を山人と呼び、里人は時々海辺や低い山に出かけ、</p>
<p>　　海人や山人に会った</p>
<p>　　→海人や山人は、神や仏と同じように考えられた</p>
<p>　　　※柳田国男という人が「遠野物語」や「山の人生」という本で山人について語った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→ある時、遊行者という人達が現れ、遊行者が里以外の考え方を里に持ち込んで、</p>
<p>　　村落共同体の発展に貢献した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・和辻哲郎が風土を３パターンに分類した</p>
<p>　※各パターンの特徴と分類される国をおさえる</p>
<p>・村落共同体で多くの人々が生活した</p>
<p>　※村落共同体の景観と解釈をおさえる</p>
<p>・遊行者が村落共同体の発展に貢献した</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1624">日本の風土と社会について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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