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	<title>アラエス &#187; 学校</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>ありがとうの価値はどれくらい？　－感謝について考える－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2462</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2462#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 02 Feb 2014 19:07:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[りょうつ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理全般]]></category>
		<category><![CDATA[ありがとう]]></category>
		<category><![CDATA[価値]]></category>
		<category><![CDATA[学校]]></category>
		<category><![CDATA[強制]]></category>
		<category><![CDATA[思いやり]]></category>
		<category><![CDATA[感謝]]></category>
		<category><![CDATA[自発]]></category>
		<category><![CDATA[親]]></category>

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		<description><![CDATA[最近「ありがとう」という言葉を使っていますか？ 「ありがとう」という言葉を聞きましたか？ &#160; 「ありがとう」は場所や相手によって、意味が大きく変わってきます。 時には皮肉のようになってしまうかもしれません。 で [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2462">ありがとうの価値はどれくらい？　－感謝について考える－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>最近「ありがとう」という言葉を使っていますか？</p>
<p>「ありがとう」という言葉を聞きましたか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「ありがとう」は場所や相手によって、意味が大きく変わってきます。</p>
<p>時には皮肉のようになってしまうかもしれません。</p>
<p>でも、言われたほうは気持ちいいのではないでしょうか？</p>
<p>感謝されると気分がいいと感じる人は多いです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「ありがとう」の大きさもいろいろです。</p>
<p>落とし物を届けてあげる、ボランティアで東北に訪問する、溺れている子どもを助けてあげるなど、相手にとってはどれほどの出来事で、</p>
<p>実際にどれだけ感謝されるかわかりません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ところで、この「ありがとう」ですが、</p>
<p>最近形式的だけにしか見えないことが多くなっているような気がしています。</p>
<p>『それ、本当に「ありがとう」って思って言っているの？』という場面をよく見かけます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こういった話にイラッと感じる人も多いと思いますが、実際にそういう場面も多いと思います。</p>
<p>学校や家庭を思い出してみてください。</p>
<p>自分の生活を振り返ってみて、「私は心から感謝している！」と胸を張れる人は本当に幸せだと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして、個人的に心からの感謝かどうかは、「強制」が境目になっていると考えています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>強制の例として比較的簡単に出しやすいのが親や学校です。</p>
<p>よく、「親に感謝しなさい」「先生にお礼を言いなさい」ということを言う人がいるのですが、</p>
<p>なぜ親や教師に絶対的に感謝する必要があるのでしょうか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、感謝をしたければすればいいと思いますが、</p>
<p>絶対に感謝をしなければいけないというように、感謝を強制する必要が全くわかりません。</p>
<p>こういうことを言うとヘリクツに聞こえるかもしれませんが、</p>
<p>強制した感謝に価値はあるのでしょうか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>強制した感謝は、感謝される側のエゴに見えるのはヘンでしょうか？</p>
<p>感謝されるほどのことをしてくれたのか、感謝するレベルを本人が自覚したのか</p>
<p>そういったことを見直すのも大切ではないでしょうか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただし、感謝を教えてあげることまでは否定できません。</p>
<p>バーのサトシさんが指摘してくださっているように、教わっていないだけという問題も含まれているかもしれません。</p>
<p>※リンク：<a href="http://ahlaes.com/post/1962" target="_blank">「思いやり」がない人は本当はいない</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ありがとうの必要性や重要性を考える機会が増えることも大切かもしれませんが、</p>
<p>強制ではなく、自発的な感謝が増えることを期待したいです。</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2462">ありがとうの価値はどれくらい？　－感謝について考える－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>学校に意見する制度を紹介します！・・意味があるかは別として</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2345</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2345#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 25 Dec 2013 21:53:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[りょうつ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[教育法規]]></category>
		<category><![CDATA[保護者]]></category>
		<category><![CDATA[地域住民]]></category>
		<category><![CDATA[学校]]></category>
		<category><![CDATA[学校評議員制度]]></category>
		<category><![CDATA[学校運営協議会]]></category>
		<category><![CDATA[宣伝]]></category>
		<category><![CDATA[教師]]></category>
		<category><![CDATA[教育委員会]]></category>
		<category><![CDATA[閉鎖的]]></category>

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		<description><![CDATA[学校はよく閉鎖的だと言われています。教師は社会をよく知らないなどと言われることもまだまだあります。その土地の住民や環境にもよりますが、基本的には学校は地域や保護者などとの連携が必要だと言われています。 &#160; ただ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2345">学校に意見する制度を紹介します！・・意味があるかは別として</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>学校はよく閉鎖的だと言われています。教師は社会をよく知らないなどと言われることもまだまだあります。その土地の住民や環境にもよりますが、基本的には学校は地域や保護者などとの連携が必要だと言われています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただし、学校側も閉鎖的な状況は解消すべきであろうという視点から、2000年に学校教育法施行規則が改正され、<strong>学校評議員制度</strong>という制度を導入しています。</p>
<p>この制度は、学校を地域に開くという視点から、設置する人を中心に学校や地域の実情に合わせて、学校評議員を置くことができるようにするというものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>学校評議員とは、校長のお願いに応じて、学校の運営について意見を言うことが出来る人のことです。</p>
<p>学校評議員は、その学校の職員以外で、教育に関する理解や見識がある人の中から、校長の推薦によって、設置した人がお願いすることになっています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この制度によって、学校運営について保護者や地域住民の考えを把握し、反映させると同時に協力をもらっていくことで、学校としての説明責任を果たすことを目指しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2006年の段階で、学校評議員制度は増加しています。ただし、設置率は学校によってかなり異なります。また、制度での意見の内容は、地域との連携が最も多いです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>さらに、2004年に地方教育行政の組織及び運営に関する法律というのが改正され、<strong>学校運営協議会</strong>という制度が誕生しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>学校運営協議会は、大きく２つの権限を持っています。１つが、校長が作った学校運営の基本的な方針を承認する権限、もう１つがその学校の教職員の任用に関して意見を言う権限です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>学校運営協議会のメンバー（委員）は、保護者や地域住民の中から、学校運営協議会を設置している地方公共団体の教育委員会が任命しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ちなみに、学校運営協議会は、学校を設置する地方公共団体の教育委員会の判断によって、指定する学校ごとに作ることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>とりあえず、学校が開かれたものにするためにということで、行われている２つの制度を取り上げました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この制度、読んでいただいた方はご存知でしたか？</p>
<p>意外と知らない方が多いのではないかと思っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>２つの制度がどれくらい認知されているか、ということが統計データとして</p>
<p>見つけられなかったので、なんとも言えないですが、</p>
<p>そもそも知りませんでした、っていう保護者が多かったら、それは制度を作って満足しました！という自己満足でしかないような気が・・。</p>
<p>学校側からすれば、制度があるから十分開かれているじゃないか！という意見もあるのでしょうが、今回のような制度は保護者や住民などサービスの恩恵を受ける側と学校というサービスを与える側がつながる制度だと感じられるので、制度を作っただけでは足りないと思ってしまいました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>企業で言う宣伝の部分がないために、学校側の自己満足で終わってしまう懸念は私だけでしょうか・・</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>保護者側のアンテナも重要ですが、学校側のさらなる積極的な発信に期待したいところです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そう考えると、制度を作った学校は本当に開かれていると言えるのでしょうか？</p>
<p>本当に意識して開き続けるのがいいのかはわかりませんが・・</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2345">学校に意見する制度を紹介します！・・意味があるかは別として</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>競争は好きですか？　競争は楽しいですか？　競争に疲れましたか？　競争は怖いですか？</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2232</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2232#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 18 Dec 2013 21:42:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[りょうつ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済全般]]></category>
		<category><![CDATA[アダムスミス]]></category>
		<category><![CDATA[プラトン]]></category>
		<category><![CDATA[井上義朗]]></category>
		<category><![CDATA[人間]]></category>
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		<category><![CDATA[学校]]></category>
		<category><![CDATA[市場]]></category>
		<category><![CDATA[競争]]></category>
		<category><![CDATA[考え方]]></category>
		<category><![CDATA[自由と強制]]></category>

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		<description><![CDATA[みなさんは、競争は好きですか？ 「競争」と聞いて、なにを想像しますか？ &#160; 「競争」は、世の中にたくさんあります。 学校でも競争し、会社の中でも競争するかもしれません。 競争はもちろん人だけでなく、会社同士など [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2232">競争は好きですか？　競争は楽しいですか？　競争に疲れましたか？　競争は怖いですか？</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>みなさんは、競争は好きですか？</p>
<p>「競争」と聞いて、なにを想像しますか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「競争」は、世の中にたくさんあります。</p>
<p>学校でも競争し、会社の中でも競争するかもしれません。</p>
<p>競争はもちろん人だけでなく、会社同士なども競争する可能性があります。</p>
<p>競争が好きな人もいれば、嫌いな人もいます。</p>
<p>競争に参加したくなくても強制的に参加させられてしまうかもしれません。</p>
<p>もしかしたら、この文章を読んでいる今この瞬間にもなにかの競争に巻き込まれているかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そんな競争には、どのような意味があるのでしょうか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>井上義朗さんという方の『二つの「競争」　競争観をめぐる現代経済思想』という本では、競争を２つに分けています。</p>
<p>以下は、井上さんが２つに分けた時の考え方です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・「淘汰性／コンペティション」・・負けないようにする競争</p>
<p>・「模倣性／エミュレーション」・・勝とうとする競争</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この２つには違いが無いように見えますが、井上さんは明確な違いがあることを示しています。</p>
<p>もちろん、著書の中では、２つの競争について、もっと細かく、もっと厳密に、もっと色々な思想（アダム・スミスやプラトンなど）を取り上げて論じていますが、ここでは「競争を大きく２つに分類した」という部分を取り上げてみます。</p>
<p>（２つの違いとその性質をよりはっきり理解することで、見えてくることも多いので、</p>
<p>　詳しく知りたい方は、ぜひ読んでみて下さい。）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そこで、上の競争の２つの分類について、具体的に自分でちょっと考えてみました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ある家族がいました。</p>
<p>家族は4人で、父、母、息子、娘がいます。</p>
<p>父は、地方の中小企業で働いていました。同僚の中には幹部に昇格するなど、エリートコースを進んでいる人も何人かいて、父はその様子を悔しそうに見ながら、「自分も負けないぞ」と思っていました。そう思っていたところ、他の企業が新商品を作って売り上げを伸ばしたこともあり、会社の経営が段々と悪化し、倒産してしまいました。家庭の収入のほとんどは父の労働だったので、家族は困ってしまいました。父は近所の人達と比べて貧乏な様子と、会社が倒産したことの辛さに耐えることが出来ず、自ら命を絶ってしまいました。</p>
<p>　母はパートで働き、少ない収入を得ていたのですが、父が亡くなって以降、一生懸命働くようになりました。その結果、会社に認められ、20人のパートの中からたった1人だけ正社員になれる、という切符を母が手にすることが出来ました。もちろん、正社員に興味が無く、パートをクビにならないことだけを意識している人もちらほらいましたが・・。結局、母のおかげで3人家族はなんとか生活することが出来ました。</p>
<p>　息子は進学校に通い、周囲の生徒の何倍も努力し、テストでは毎回高得点を獲得し、学校でも常に上位に入る生徒でした。さらに、甲子園の出場経験もあり、甲子園での一回戦敗退はとても悔しい思いでした。そんな彼は、元々好きだったこともあり、卒業後に、タンスを作る職人を目指すそうです。本当は東京の大学に進学しようとしたのですが、お金も無く、母も心配だったので、実家で生活しながらできる職業を選びました。「僕は負けず嫌いだから、タンスの世界でトップを目指す。地域で一番になって見せる。相手も少ないからなんとかなるよ！」と意気込んでいました。</p>
<p>　最後に娘ですが、娘は父の死、母のパートとしての懸命な努力などを見てきていたため、とても家庭が心配でした。そのため、勉強も手につかず、成績も下から数えたほうが早く、あまりよくありませんでした。さらに、娘は家庭が貧乏なこともあり、クラスで唯一携帯を持っていませんでした。娘は、携帯を持っていないことが原因で仲間はずれにされ、友達が少しずつ離れていき、いじめられるようになり、クラスの中でケンカをすることが急激に増えていきました。その結果、娘は段々とひきこもるようになりました。この娘は、ある日首をつっていたそうです。部屋にあった手紙には、「争うのと貧乏はもうイヤ。」と残されていました。</p>
<p>　今は、母と息子の2人で、近所の目を気にしながらも、懸命に暮らしています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>みなさんは上の話を読んでどう考えましたか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>上のお話はフィクションですが、いろんなところに２つの「競争」が含まれていることがわかります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「競争」については様々な考え方があるでしょうが、どう考えるかは各人の自由です。</p>
<p>井上さんも著書の中で、「大切なことは、考え方を知ること」(p223)と言っています。</p>
<p>「競争」は世の中にたくさんあり、学校でも会社でも会社同士でも競争し、好き嫌いに関係なく競争に強制参加させられている場合もあります。</p>
<p>２つの競争のうち、どちらが良いのかという判断の前に、それぞれをよく知るという姿勢も、実は大切なのかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただ、最後にもう一度質問させてください。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「競争」は好きですか？</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2232">競争は好きですか？　競争は楽しいですか？　競争に疲れましたか？　競争は怖いですか？</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>学校に登校する意味と大学進学の進路を選ぶ意味</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1963</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1963#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 18 Nov 2013 12:07:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[バーのサトシ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[学習・受験全般]]></category>
		<category><![CDATA[偏差値]]></category>
		<category><![CDATA[友達]]></category>
		<category><![CDATA[大学進学]]></category>
		<category><![CDATA[学校]]></category>
		<category><![CDATA[意味]]></category>
		<category><![CDATA[登校]]></category>
		<category><![CDATA[登校の意味]]></category>
		<category><![CDATA[進路]]></category>

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		<description><![CDATA[最近、小学校や中学校で、登校の意味を失う生徒が増えてきていると言われています。 &#160; 学校に行く意味がわからない 行っても何の得もない 学校が楽しくない &#160; &#160; こんな感じの声が上がってきたら [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1963">学校に登校する意味と大学進学の進路を選ぶ意味</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>最近、小学校や中学校で、登校の意味を失う生徒が増えてきていると言われています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>学校に行く意味がわからない</p>
<p>行っても何の得もない</p>
<p>学校が楽しくない</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こんな感じの声が上がってきたら、確かに登校の意味は失ってしまっているのかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、日本の教育の現状だと、小学校と中学校に行く以外の選択肢はなかなか見つかりません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>学校に行かないだけで、特殊な人、いじめられる対象、なんかになったりする可能性もあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一方で、人間は、行動が変わると考えと気持ちが変わり、考えが変わると気持ちが変わると言われています。</p>
<p>つまり、人のやりたいことというのは、意外と簡単に変わったりします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>じゃあ、自分のやりたいことに影響を与えるのは誰なんでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それは、</p>
<p>「同年代の友達」</p>
<p>だと言われています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なので、今までを踏まえて考えると、</p>
<p>「学校へ行き、友達から様々な刺激を受ける」ことが理想ということになるわけです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>個人的には、大学へ行くことも、同じような理由なんじゃないかと思っています。</p>
<p>つまり、大学へ行き、同年代の友達から刺激を受ける。ということです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>昔、いろいろな大学の知り合いの人と仲良くなったことがありましたが、</p>
<p>レベルの高い、偏差値の高い大学ほど、やっぱり面白い人がそろっている印象があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>はっきり言うと、大学によって勉強の質やレベルなどはあまり変わらないと思っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>勉強の質が変わらないと考えると、大学に通っている人と出会うことが、</p>
<p>ある意味で大学の最大のメリットなんじゃないかと。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>大学生はちょっと違いますが、</p>
<p>小学生も中学生も、学校に行かないことには、何も始まらないのが、</p>
<p>良くも悪くも日本の現状だったりします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>だからこそ、</p>
<p>人間関係の大切さとか、</p>
<p>なんで学校に行く必要があるのか、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>とかを学校の先生が教えてあげるほうが、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>天平文化や三平方の定理を教えることよりも大切なんじゃないですかね。</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1963">学校に登校する意味と大学進学の進路を選ぶ意味</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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