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	<title>アラエス &#187; 市民革命</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>国際社会と国際法について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1865</link>
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		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 15:28:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際社会・国際政治]]></category>
		<category><![CDATA[ウエストファリア条約]]></category>
		<category><![CDATA[主権]]></category>
		<category><![CDATA[主権国家]]></category>
		<category><![CDATA[国際司法裁判所]]></category>
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		<category><![CDATA[地球社会]]></category>
		<category><![CDATA[市民革命]]></category>
		<category><![CDATA[慣習国際法]]></category>
		<category><![CDATA[近代ヨーロッパ]]></category>

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		<description><![CDATA[国際社会と国際法の概要を考えてみます &#160; &#160; ・国際社会について &#160; 　・今、世界に１９０以上の主権国家（反対は従属国や植民地などと呼んだりする）がある 　　※主権国家・・国家の権力を誰にも [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1865">国際社会と国際法について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>国際社会と国際法の概要を考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際社会について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・今、世界に１９０以上の主権国家（反対は従属国や植民地などと呼んだりする）がある</p>
<p>　　※主権国家・・国家の権力を誰にも邪魔をされず、完璧な状態で使う事が出来る国家のこと</p>
<p>　　　→これらの国が自分達の主権を主張する形で国際社会は作られている</p>
<p>　　※国際社会には、世界の政府のような世界を仕切るための仕組みはない</p>
<p>　　　＝そのため、それぞれの国が自分の主権を主張しつつ、</p>
<p>　　　　相手の主権を尊重することで社会が成り立っている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→上のような国際社会のスタイルができるまでの歴史・・・近世のヨーロッパがスタート</p>
<p>　　・近世のヨーロッパは、ローマ教皇という人がトップに立って様々なことを仕切ることで</p>
<p>　　　社会が成り立っていた</p>
<p>　　　→しかし、ローマ教皇に対して怒った宗教団体が多くあり、それらの宗教団体が</p>
<p>　　　　１６１８年～１６４８年の時に三十年戦争という宗教戦争を起こした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→そして、三十年戦争の終わりを認めたり、戦争をした人達が仲直りするための会議として</p>
<p>　　　　ウエストファリア会議というのが開かれ、そこでウエストファリア条約が結ばれた</p>
<p>　　　　＝この時に、それぞれの国の主権を認めると同時に平等な対応をすることが決まり、</p>
<p>　　　　　今のような国際社会のスタイルが出来た</p>
<p>　　　　※この時に、ローマ教皇がトップに立つ社会の仕組みは終わった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・主権国家の歴史について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・主権国家は、最初は絶対主義国家（国家の権力が強く国家が中心の国家）として生まれた</p>
<p>　　　→しかし、絶対主義に反対する人が多く、ブルジョアジーという階級の人達を中心にして</p>
<p>　　　　市民革命が起こり、様々な変化が起きた</p>
<p>　　　　※市民革命・・絶対主義のスタイルを壊して、近代の資本主義のスタイルへ</p>
<p>　　　　　　　　　　　持って行った革命のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　代表的なものに、イギリス革命やフランス革命などがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→市民革命によって起きた変化</p>
<p>　　　　・国家と国民がまとまることの必要性が考えられるようになり、</p>
<p>　　　　　国民国家（国民を中心とした国家のこと）が生まれた</p>
<p>　　　　・資本主義が生まれた</p>
<p>　　　　・ナショナリズム（自分の国や民族を中心に考えることで、</p>
<p>　　　　　国民や民族をまとめるという考え方）という考えが生まれた</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　※・第一次世界大戦の後には、民族自決の原則が認められるようになっていった</p>
<p>　　　　　　民族自決の原則・・それぞれの民族が自分達の考えで様々なことを</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　決めて良いという原則のこと</p>
<p>　　　　　・第二次世界大戦の後には、植民地がどんどん独立していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→市民革命や世界大戦などが影響して、国際社会の考え方が広がっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・主権と領域について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・国家は、領域、国民、主権という３つの要素がある</p>
<p>　　　→国家の権利が使える領域は、領土、領空、領海がある</p>
<p>　　　※国家の主権が使える範囲として、領土から１２海里（＝領海）と</p>
<p>　　　　領土から２００海里かつ領海を差し引いた場所（＝排他的経済水域）などがある</p>
<p>　　　　→これらは、国連海洋条約という条約で定められている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・２０世紀後半には、大陸棚制度や「人類の共同の財産」などが考えられた</p>
<p>　　　※・大陸棚制度・・大陸や島に隣り合わせにある、棚上の海底に関する制度のこと</p>
<p>　　　　・人類の共同の財産・・深海底（公海の海底）の開発から生まれる利益を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　人々全員に還元する制度の考え方のこと</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際法について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※国際社会には、世界政府のような、世界を仕切る仕組みはないが、</p>
<p>　　ルールは存在している</p>
<p>　　→そこで、主権国家どうしでの紛争を解決するためのルールが生まれた</p>
<p>　　　＝そのルールを国際法と言い、１７世紀の前半にはグロティウスなどの</p>
<p>　　　　自然法学者を中心にして国際法の基礎が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際法の内容の変化と歴史</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・最初の国際法・・慣習国際法（国家の間だけで使われていたルールを、</p>
<p>　　　　　　　　　　　世界全体にもあてはめたもの）を中心にして作られて行った</p>
<p>　　・１９世紀・・はっきりと文章に表されていて、国家の間で認められたものが</p>
<p>　　　　　　　　　条約として結ばれるようになった</p>
<p>　　・１９世紀後半・・慣習国際法が文章として書かれるようになり、</p>
<p>　　　　　　　　　　　多くの国で成文国際法が結ばれるようになった</p>
<p>　　・第二次世界大戦後・・慣習国際法にプラスして、国際法に国連海洋法条約などのような</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　新しいルールが含まれるようになった　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際法をベースにした司法の制度の誕生とその背景について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・司法制度が考えられるようになった背景</p>
<p>　　・・国際法は、国内法（国の中での法律）とは違い、</p>
<p>　　　　国際法を作ったり守らせたりするための機関が無かった</p>
<p>　　　　＝そのため、主権国家への国際法の影響力は弱かった</p>
<p>　　　　　※紛争を止める時も、国際法に頼るのではなく、主権国家が軍事を使って</p>
<p>　　　　　　止めることが多かった</p>
<p>　　　　→そこで１９世紀の終わり以降に、紛争を軍事を使わないで終わらせるための、</p>
<p>　　　　　国際法を土台とした機関が必要になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際法を土台とした司法制度の歴史</p>
<p>　　・１８９９年・・ハーグ平和会議という会議によって、</p>
<p>　　　　　　　　　　常設仲裁裁判所という裁判所が作られた</p>
<p>　　・１９２１年・・国際連盟の支配のもと、常設国際司法裁判所という裁判所が作られた</p>
<p>　　・第二次世界大戦後・・国際連合の支配のもと、国際司法裁判所という裁判所が</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　ハーグというところに作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※国際司法裁判所について</p>
<p>　　　・国際司法裁判所には１５人存在していて、９年の任期がある</p>
<p>　　　・裁判官は、それぞれの国が選んだ候補者の名簿の中から、国連総会と安全保障理事会が</p>
<p>　　　　別々に選挙をして、両方で絶対多数（圧倒的多数）を得た人が選ばれる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際裁判の問題点</p>
<p>　　・国際裁判は、裁判をする国がお互いに裁判をする意思を見せなかったら行われない、</p>
<p>　　　という問題がある</p>
<p>　　　→しかし、国際法の解釈を世界に見せる、という意味で国際裁判は必要だと言われている</p>
<p>　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際と個人との関係について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・２００３年にハーグに作られた、常設の国際刑事裁判所（ＩＣＣ）が注目されるようになった</p>
<p>　　→ＩＣＣは、国際人道法（紛争や戦争の時の負傷した兵士や一般市民への対応などについて</p>
<p>　　　決められたルールのこと）に違反するような個人の大きな犯罪を裁判するために、</p>
<p>　　　国連安全保障理事会という会の話し合いによって作られた</p>
<p>　　　※ただし、国際刑事裁判所に関しては、アメリカが反対していたり、</p>
<p>　　　　設立の条約の批准（賛成か反対かを示すこと）をしていない国（ロシアや中国など）が</p>
<p>　　　　あったりする</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・最近は、ＮＧＯ（非政府組織）などを通して、一般市民が国際政治に</p>
<p>　　影響を与えるようになってきたと言われている</p>
<p>　　→そのため、国際社会は、地球社会（一般市民を国際社会を作る人達だと</p>
<p>　　　考える社会のこと）に変わりつつあると言われている</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1865">国際社会と国際法について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>国際社会について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1703</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1703#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 17:29:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ロンリ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際政治]]></category>
		<category><![CDATA[ウエストファリア条約]]></category>
		<category><![CDATA[ナショナリズム]]></category>
		<category><![CDATA[ローマ教皇]]></category>
		<category><![CDATA[三十年戦争]]></category>
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		<description><![CDATA[国際社会について考えてみます &#160; &#160; ・国際社会について &#160; 　・今、世界に１９０以上の主権国家（反対は従属国や植民地などと呼んだりする）がある 　　※主権国家・・国家の権力を誰にも邪魔をさ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1703">国際社会について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>国際社会について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際社会について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・今、世界に１９０以上の主権国家（反対は従属国や植民地などと呼んだりする）がある</p>
<p>　　※主権国家・・国家の権力を誰にも邪魔をされず、完璧な状態で使う事が出来る国家のこと</p>
<p>　　　　　　　　　→これらの国が自分達の主権を主張する形で国際社会は作られている</p>
<p>　　※国際社会には、世界の政府のような世界を仕切るための仕組みはない</p>
<p>　　　＝そのため、それぞれの国が自分の主権を主張しつつ、</p>
<p>　　　　相手の主権を尊重することで社会が成り立っている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→上のような国際社会のスタイルができるまでの歴史・・・近世のヨーロッパがスタート</p>
<p>　　・近世のヨーロッパは、ローマ教皇という人がトップに立って</p>
<p>　　　様々なことを仕切ることで社会が成り立っていた</p>
<p>　　　→しかし、ローマ教皇に対して怒った宗教団体が多くあり、それらの宗教団体が</p>
<p>　　　　１６１８年～１６４８年の時に三十年戦争という宗教戦争を起こした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→そして、三十年戦争の終わりを認めたり、戦争をした人達が</p>
<p>　　　　仲直りするための会議として、ウエストファリア会議というのが開かれ、</p>
<p>　　　　そこでウエストファリア条約が結ばれた</p>
<p>　　　　＝この時に、それぞれの国の主権を認めると同時に平等な対応をすることが決まり、</p>
<p>　　　　　今のような国際社会のスタイルが出来た</p>
<p>　　　　※この時に、ローマ教皇がトップに立つ社会の仕組みは終わった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・主権国家の歴史について</p>
<p>　　・主権国家は、最初は絶対主義国家（国家の権力が強く国家が中心の国家）として生まれた</p>
<p>　　　→しかし、絶対主義に反対する人が多く、ブルジョアジーという階級の人達を中心にして</p>
<p>　　　　市民革命が起こり、様々な変化が起きた</p>
<p>　　　　※市民革命・・絶対主義のスタイルを壊して、近代の資本主義のスタイルへ</p>
<p>　　　　　　　　　　　持って行った革命のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　代表的なものに、イギリス革命やフランス革命などがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→市民革命によって起きた変化</p>
<p>　　　　・国家と国民がまとまることの必要性が考えられるようになり、</p>
<p>　　　　　国民国家（国民を中心とした国家のこと）が生まれた</p>
<p>　　　　・資本主義が生まれた</p>
<p>　　　　・ナショナリズム（自分の国や民族を中心に考えることで、</p>
<p>　　　　　国民や民族をまとめるという考え方）という考えが生まれた</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　※・第一次世界大戦の後には、民族自決の原則が認められるようになっていった</p>
<p>　　　　　　民族自決の原則・・それぞれの民族が自分達の考えで様々なことを</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　決めて良いという原則のこと</p>
<p>　　　　　・第二次世界大戦の後には、植民地がどんどん独立していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→市民革命や世界大戦などが影響して、国際社会の考え方が広がっていった</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1703">国際社会について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>社会契約説・自然法と自然権について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1651</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1651#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 07:04:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[宮下]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[西洋思想]]></category>
		<category><![CDATA[グロティウス]]></category>
		<category><![CDATA[ホッブズ]]></category>
		<category><![CDATA[実定法]]></category>
		<category><![CDATA[封建社会]]></category>
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		<category><![CDATA[王権神授説]]></category>
		<category><![CDATA[社会契約説]]></category>
		<category><![CDATA[自然権]]></category>
		<category><![CDATA[自然法]]></category>
		<category><![CDATA[自然状態]]></category>

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		<description><![CDATA[社会契約説と自然法、自然権について考えてみます &#160; &#160; ・社会契約説について 　 &#160; 　・社会契約説が誕生するまでの背景 &#160; 　　→・１６世紀以前のヨーロッパ・・分権的な封建社会だ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1651">社会契約説・自然法と自然権について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>社会契約説と自然法、自然権について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・社会契約説について</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・社会契約説が誕生するまでの背景</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→・１６世紀以前のヨーロッパ・・分権的な封建社会だった</p>
<p>　　　・１６世紀以降のヨーロッパ・・中央集権的な君主制（絶対主義）だった</p>
<p>　　　・１７、１８世紀のヨーロッパ・・市民革命によって、中央集権的な君主制が崩れた</p>
<p>　　　　→この時に、社会契約説という考え方が生まれた</p>
<p>　　　　　※社会契約説が生まれた時と一緒に、王権神授説という考え方が現れ、対抗した</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・社会契約説と王権神授説の具体的な内容について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→・王権神授説－・元々のヨーロッパの考え方で、君主制を正当化した考え方</p>
<p>　　　　　　　　　　・代表的な人にジェームズ１世やボシュエという人達などがいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・具体的な内容・・王様の権力は神から与えられたものだから、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　人々が王様に逆らうことは神に逆らうことになるので、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　許されないという考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・社会契約説－・当時は新しい考え方で、代表的な人にホッブズ、ロック、ルソーなど</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・具体的な内容・・政治が存在する社会以前の状態（自然状態）や、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　人間が生まれた時から持っている権利（自然権）とは</p>
<p>　　　　　　　　　　　　どのようなものかを考え、自然状態の良くない部分を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　修正するために人々が契約（社会契約）をすることで</p>
<p>　　　　　　　　　　　　国家の権力を作ったとする考え方のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　</p>
<p>　　※社会契約説は、人によって考え方が違ったが、自然権を軸にして</p>
<p>　　　国家の成り立ちを考える、という点は同じだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・自然法と自然権について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※社会契約説は自然状態を考えるが、その背景に自然法の考え方があったと言われている</p>
<p>　</p>
<p>　・自然法とは・・</p>
<p>　　→全ての人が従う基本的な法律のことで、自然の中にあると言われている</p>
<p>　　　※人間が作り、一部の地域だけに使われる法律を実定法と言うが、</p>
<p>　　　　この実定法と自然法は別物だと考えられた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・近代の自然法について</p>
<p>　　→近代の自然法は、神の考えによるのではなく、</p>
<p>　　　人間の本来あるべき姿を考えながら作られたと言われている</p>
<p>　　　＝近代の自然法は、「人間の権利の実現」を目指そうとしたものとなったと言われている</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※中世は、神が定めた法律の中で、人間の理性によって理解できるものが</p>
<p>　　　　自然法だったと言われる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・自然法を考えた人達について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・グロティウス－・「戦争と平和の法」という本を書いた</p>
<p>　　　　　　　　　　・もし、神がいないとしても、すでに自然法は</p>
<p>　　　　　　　　　　　存在しているであろうと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ホッブズ－・自然法以前に自然権が考えられ、</p>
<p>　　　　　　　　　自然法は自然権をよりよくするためのものであると考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・社会契約説と王権神授説の違いを押さえる</p>
<p>・自然法、実定法、近代の自然法を押さえる</p>
<p>・グロティウスとホッブズの考え方を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1651">社会契約説・自然法と自然権について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>イギリス革命について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/932</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/932#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 13:00:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[赤長のいちご]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史前期]]></category>
		<category><![CDATA[イギリス革命]]></category>
		<category><![CDATA[カルヴァン派]]></category>
		<category><![CDATA[クロムウェル]]></category>
		<category><![CDATA[チャールズ1世]]></category>
		<category><![CDATA[ピューリタン革命]]></category>
		<category><![CDATA[市民革命]]></category>
		<category><![CDATA[毛織物マニュファクチュア]]></category>
		<category><![CDATA[王権神授説]]></category>
		<category><![CDATA[短期議会]]></category>
		<category><![CDATA[英蘭戦争]]></category>

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		<description><![CDATA[イギリス革命について考えてみます &#160; &#160; ・イギリス革命について &#160; &#160; 　 　・イギリスでは、１６０３年にスコットランド出身のステュアート家が 　　王位を継ぐということが起きた  [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/932">イギリス革命について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>イギリス革命について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イギリス革命について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・イギリスでは、１６０３年にスコットランド出身のステュアート家が</p>
<p>　　王位を継ぐということが起きた</p>
<p>　　</p>
<p>　　※当時は、大地主の貴族やジェントリが地方の行政や議会で重要な役割を演じていた</p>
<p>　　　→その背後では、商工業の発達で市民層が力を伸ばしていた</p>
<p>　　　→一方で農村では、今までの領主層が力を失い、独立自営農民（ヨーマン）が活躍した</p>
<p>　　　→富農の一部は、副業として毛織物マニュファクチュアを営んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝しかし、結果的に国王のジェームズ１世という人は、</p>
<p>　　　王権神授説を提唱して専制政治を行った</p>
<p>　　　※王権神授説・・神から授かった王権は人民にコントロールされないという考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→国民のあいだでは、以下のような動きに対して批判が起きた</p>
<p>　　　　　・国王が議会を無視して新しい税を取り立てた</p>
<p>　　　　　・少数の大商人に独占権を与えた</p>
<p>　　　　　※このような批判があったため、国教会に対する</p>
<p>　　　　　　カルヴァン派（ピューリタン、清教徒）の不満も強くなった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１６２８年に、国王の専制政治を国民の歴史的な権利にもとづいて批判した権利の</p>
<p>　　請願が可決された</p>
<p>　　※しかし、１６２９年に議会を解散したチャールズ１世という人は、</p>
<p>　　　その後１１年間は議会を開かなかった</p>
<p>　　　→その後、同君連合の関係にあったスコットランドで１６３０年代の終わりに反乱が起きた</p>
<p>　　　→そこで、国王は、１６４０年の春に１１年間の沈黙を破って議会を開いた</p>
<p>　　　　＝これが、イギリス革命（ピューリタン革命）の発端になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国王は、１６４０年の春に議会と対立するとすぐに議会を解散した</p>
<p>　　※この議会を短期議会という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後、同じ年の秋に再び議会を招集した</p>
<p>　　※この議会を長期議会という</p>
<p>　　　→長期議会でも国王は激しく批判された</p>
<p>　　　　＝結果的に、１６４２年には王党派と議会派との間で</p>
<p>　　　　　内戦が起こるようになった</p>
<p>　　　　　</p>
<p>　　　　※議会派は、独立派と長老派に分かれた（この２つは、</p>
<p>　　　　　教会制度についても考え方が違っていた）　</p>
<p>　　　　　・独立派・・国王との戦いを徹底しようとする派閥</p>
<p>　　　　　・長老派・・より穏健的で、立憲王政をめざす派閥</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→独立派のクロムウェルという人は、ピューリタンを中心によく統率された鉄騎隊を編制し、</p>
<p>　　　議会派を勝利させた</p>
<p>　　　＝その後、クロムウェルは以下のようなことを行った</p>
<p>　　　　・議会から長老派を追放した</p>
<p>　　　　・１６４９年にチャールズ１世を処刑して、共和政を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・ジェントリ出身のクロムウェルは、共和政を作った後に以下のようなことを行った</p>
<p>　　→・財産と参政権の平等を求めて、議会派の軍隊内で支持を広めていた水平派を弾圧した</p>
<p>　　　・一方で、王党派の拠点となったという理由でアイルランドやスコットランドを征服した</p>
<p>　　　　※特に、大規模な土地の没収が強行されたアイルランドは、事実上植民地化された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上のような動きがあった時でも、イギリスの重商主義政策は推進された</p>
<p>　　　※中でも１６５１年に制定された航海法は、イギリスとその植民地への輸入品を</p>
<p>　　　　イギリスか原産国の船で輸送することを定めた</p>
<p>　　　　→航海法は、中継貿易を中心とするオランダに打撃を与えた</p>
<p>　　　　　＝そのため、イギリスとオランダとの間で、</p>
<p>　　　　　　第１次のイギリス＝オランダ（英蘭）戦争が起きた</p>
<p>　　　　　　※イギリスとオランダとの戦いは、その後１６６０年代と１６７０年代にもあったが、</p>
<p>　　　　　　　イギリスが優勢のうちに終わった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　＝結果的にイギリス革命は、資本主義経済の自由な発展を妨げる特権商人の</p>
<p>　　独占権を廃止するなど、市民層の立場を強めていった</p>
<p>　　※このような変革を「市民革命」という</p>
<p>　　　→市民革命は、アメリカ独立戦争やフランス革命とも共通する面があったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・イギリス革命までの流れと背景についておさえる</p>
<p>・イギリス革命の内容とその後、英蘭戦争についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/932">イギリス革命について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>日本ではデモが大規模化しづらい？</title>
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		<pubDate>Sun, 18 Aug 2013 20:40:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[パワフルくん]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[現代政治]]></category>
		<category><![CDATA[twitter]]></category>
		<category><![CDATA[アラブの春]]></category>
		<category><![CDATA[デモ]]></category>
		<category><![CDATA[市民革命]]></category>
		<category><![CDATA[日本]]></category>

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		<description><![CDATA[下記資料を見て思ったのは、「反韓デモ」に対する批判というよりは「デモそのもの」を批判している(嫌悪感を抱いている)ように見えるということです。まとめサイトですのでターゲットが限定されすぎて(まず女子に絞っている点と、文面 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/243">日本ではデモが大規模化しづらい？</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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<p>下記資料を見て思ったのは、「反韓デモ」に対する批判というよりは「デモそのもの」を批判している(嫌悪感を抱いている)ように見えるということです。まとめサイトですのでターゲットが限定されすぎて(まず女子に絞っている点と、文面から若い感じがするので10代が中心かな？)一般化することには無理があるかもしれませんが、「デモとかレベル低い」「デモなんかやって何か変わるの？」的なツイートを見ていると、デモそのものに対する嫌悪感、一人では何もできないような寂しい人、暇人、みたいな考え方が見えてきます。若い女性に限らず、日本人って割とこういう考え方の人(特に若者)は多いような気がします。</p>
<p>ただ、個人的にはデモって重要な活動だと思うのです。デモの中身はひとまず置いておいて、何かを変えてほしい、変えたいと思った時に、一人ではできないことは多い(特に政治経済、社会制度など)と思います。例えば原発のデモをみるとわかるように、恐らく一人で原発反対を主張しても誰も相手にしてくれませんが、同じ考えの人が集まって主張することによって「結構な人が反対しているんだな」と原発を推し進めようとしている人に自覚させることができます。集まった数によっては主張を受け入れざるを得ない事態も考えられます。アラブの春においては、実際にいくつもの政権が転覆しました。これは現代における話だけではなくて、フランス革命や名誉革命のような市民革命も基本的にはデモと同じだと思います。</p>
<p>このように、何かを変えたい、変えてほしいと思った時に、デモは重要な役割を果たします。ただ、日本においては歴史的に見てデモで何かを変えたという経験を持たないために(明治維新も戦後改革も結局は上からの指導で出来上がったもの)、デモそのものに「無意味さ」を感じてしまうのではないでしょうか。結局のところ、自分も含め、誰かが変えてくれるとどこかで思っているのかもしれません。もしくは現状に満足しているか。割と現状に満足している感はありますね。日本にいれば特に不自由ないですし。こうした点から、日本ではアラブの春のようにデモを大規模化することは難しいのかなと思った次第です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>参考資料</p>
<p>・NAVERまとめ　http://matome.naver.jp/odai/2137166869971422701　（閲覧日：2013年6月24日）</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/243">日本ではデモが大規模化しづらい？</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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