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	<title>アラエス &#187; 朝鮮</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>明治初期の国際関係をまとめてみた</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2427</link>
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		<pubDate>Sun, 26 Jan 2014 05:14:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[橋本真夜中]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[明治時代前期]]></category>
		<category><![CDATA[岩倉使節団]]></category>
		<category><![CDATA[征韓論]]></category>
		<category><![CDATA[日朝修好条規]]></category>
		<category><![CDATA[日清修好条規]]></category>
		<category><![CDATA[日清関係]]></category>
		<category><![CDATA[日露関係]]></category>
		<category><![CDATA[朝鮮]]></category>
		<category><![CDATA[樺太・千島交換条約]]></category>
		<category><![CDATA[江華島事件]]></category>
		<category><![CDATA[琉球処分]]></category>

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		<description><![CDATA[国際関係の確立 &#160; 明治初期の国際関係の確立として、岩倉使節団、朝鮮外交、領土問題が挙げられる &#160; &#160; &#160; 岩倉使節団 ・政府は、開国和親の方針をベースに、1871年に岩倉使節団を [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2427">明治初期の国際関係をまとめてみた</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>国際関係の確立</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>明治初期の国際関係の確立として、岩倉使節団、朝鮮外交、領土問題が挙げられる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>岩倉使節団</p>
<p>・政府は、開国和親の方針をベースに、1871年に<strong>岩倉使節団</strong>を欧米に派遣した</p>
<p>→欧米の進んでいる様子を詳しく調査できた</p>
<p>※不平等条約の改正はできなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>朝鮮外交</p>
<p>〇朝鮮外交に対する考え方</p>
<p>・朝鮮は、鎖国政策を採用していて、明治政府との交渉に応じなかった</p>
<p>※日本は強硬的な態度で朝鮮と交渉しようとしたが、朝鮮は拒否した</p>
<p>＝そのため日本国内で、西郷隆盛や板垣退助などを中心に<strong>征韓論</strong>（武力を使ってでも交渉すべきという考え）が出てきた</p>
<p>※岩倉使節団のメンバーは、征韓論よりも国力の充実を優先すべきだと考えて、征韓論に反対した</p>
<p>→だから、<b>西郷隆盛や板垣退助は政府から出て行った</b></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※実際はどうだったのか</p>
<p>・1875年に<strong>江華島事件</strong>（日本の軍艦が朝鮮に砲撃されたために、日本が反撃して砲台を占領した事件）が起きた</p>
<p>→その結果、日本はペリーをマネして1876年に使節を朝鮮に送り、<strong>日朝修好条規</strong>を結ぶことで、開国させた</p>
<p>※日朝修好条規は、朝鮮にとっては不平等条約だった</p>
<p>※条約の内容は、朝鮮は独立国であるという扱いだったが、清は朝鮮を従属国とみなしていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>日清関係</p>
<p>・日本は清と、1871年に<strong>日清修好条規</strong>を結んだ</p>
<p>※日清修好条規は、日本が初めて結んだ対等な条約</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・<strong>琉球</strong>の扱いに変化が起きた</p>
<p>→・江戸時代：薩摩藩と清の両方の支配下にあった</p>
<p>　・明治維新後：琉球王国がどちらか、について紛争が起きた</p>
<p>→琉球の扱いに対する日本の動き</p>
<p>・日本は、琉球を日本の領土にしようとして、琉球に琉球藩を設置した</p>
<p>・琉球の人が台湾で殺されたことを理由に、日本は1874年に台湾出兵を行う</p>
<p>・1879年に、軍隊を送って琉球藩を終了させると同時に、沖縄県を置いた（＝<strong>琉球処分</strong>）</p>
<p>※琉球処分を、清は認めなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>日露関係</p>
<p>・1875年に、<strong>樺太・千島交換条約</strong>を結んだ</p>
<p>→条約の前：樺太（サハリン）と千島（ウルップ島以北）は日本とロシアの両方のモノだった</p>
<p>→条約の後：樺太はロシア領に、千島は日本領にした</p>
<p>※1876年に小笠原諸島は日本領であることが認められた</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2427">明治初期の国際関係をまとめてみた</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>戦後の世界の様子について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1316</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1316#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 09:38:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[さやかとゆい]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦後・占領期]]></category>
		<category><![CDATA[インドネシア]]></category>
		<category><![CDATA[ベトナム]]></category>
		<category><![CDATA[北緯38度線]]></category>
		<category><![CDATA[国際連合]]></category>
		<category><![CDATA[安全保障理事会]]></category>
		<category><![CDATA[常任理事国]]></category>
		<category><![CDATA[戦後]]></category>
		<category><![CDATA[朝鮮]]></category>
		<category><![CDATA[民族解放運動]]></category>
		<category><![CDATA[米ソ対立]]></category>

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		<description><![CDATA[戦後の世界の様子について考えてみます &#160; &#160; ・戦後の世界の様子について &#160; &#160; 　※戦後の世界を作る時に、第一次世界大戦が終わって約２０年で第二次世界大戦が 　　起きたことに対し [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1316">戦後の世界の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>戦後の世界の様子について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・戦後の世界の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※戦後の世界を作る時に、第一次世界大戦が終わって約２０年で第二次世界大戦が</p>
<p>　　起きたことに対して反省することが、大前提となった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカ、イギリス、ソ連の３カ国が、第二次世界大戦の時から、戦争が終わった後の</p>
<p>　　世界をどうしていくかということについて、議論を進めていた</p>
<p>　　→その時に、国際連盟が戦争を防げなかったことを反省して、国際連盟に代わる</p>
<p>　　　新しい組織ということで、国際連合という組織を作ることが決められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９４５年１０月に、連合国５１カ国が参加して、国際連合が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※国際連合について</p>
<p>　　　・アメリカ、イギリス、フランス、ソ連、中国の５つの国を常任理事国とする</p>
<p>　　　　安全保障理事会という組織を国際連合の重要な機関の一つとして作った</p>
<p>　　　　→安全保障理事会は、どこかの国が平和を壊すような行動を取った場合、</p>
<p>　　　　　軍事を使ってでも平和を守るための行動を取って良いということになり、</p>
<p>　　　　　それくらいに大きな権力を安全保障理事会は持った</p>
<p>　</p>
<p>　　※安全保障理事会について</p>
<p>　　　・安全保障理事会は、常任理事国５カ国と、非常任理事国１０カ国の</p>
<p>　　　　１５の理事国が担当している</p>
<p>　　　・話し合われている内容を許可する場合、９カ国以上の賛成が必要</p>
<p>　　　・ただし、常任理事国には拒否権という権利があり、常任理事国のうち</p>
<p>　　　　１カ国でも反対したら、話し合われている内容は却下になる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・連合国は、大きな額の賠償金を負けた国に払わせたベルサイユ条約の反省から、</p>
<p>　　負けた国が復讐という意図で２度と戦争を起こさないようにすることを目標に考えた</p>
<p>　　→そのため、連合国は負けた国を長い間占領し続けて、占領した国と世界を</p>
<p>　　　同時に平和にしていくための仕組みのために改革していく</p>
<p>　　　という方針を取ることを決めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・上のようにして、国際連合と戦争で勝った国の負けた国に対する努力の２つで、</p>
<p>　　国際社会を安定したものに出来ると思われていた</p>
<p>　　→しかし、米ソ対立によって、安定したものにできなくなってしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※どういうことか・・</p>
<p>　　　・２つの世界大戦を終わって、ヨーロッパの国々がものすごく衰えた</p>
<p>　　　　→一方で、アメリカとソ連が優れた軍事力と経済力を背景に、</p>
<p>　　　　　世界で圧倒的な力を持つようになった</p>
<p>　　　・すると、アメリカとソ連との間で、終戦の後からお互いに牽制し合うようになり、</p>
<p>　　　　利害が対立することになった</p>
<p>　　　　＝そのため、アメリカとソ連が対立するという、米ソ対立の状態になってしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※戦後は、米ソ対立を中心に動いていったと言われることもある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、ヨーロッパの国々に支配されていた多くの植民地は、以下のような状況だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→・戦争に協力したことと引き換えに、戦後に独立することが保障された</p>
<p>　　　・世界大戦の時に、生活のインフラ自体が根本的に壊されていた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　　＝このような状況だったので、多くの植民地で民族解放運動が起きるようになった</p>
<p>　　　　　※民族解放運動・・民族の独立のために行う運動のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本が占領していた地域でも、インドネシアとベトナムが独立を宣言した</p>
<p>　　→しかし、元々インドネシアとベトナムを占領していたオランダとフランスが、</p>
<p>　　　独立について武力を使って阻止しようとした</p>
<p>　　　＝そのため、独立を目指す国と、独立を阻止しようとする国との間で激しい戦いが起きた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・朝鮮でも独立に対する動きが起きた</p>
<p>　　→しかし、日本が負けを認めた時に、朝鮮では以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　・米ソ対立が影響したため、北緯３８度線を境にして、北側をソ連が、南側をアメリカが、</p>
<p>　　　　それぞれ分割した状態で占領し、それぞれに軍備を用意した</p>
<p>　　　　＝そのため、朝鮮がそのまま独立を果たすということが出来なかった</p>
<p>　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・戦後の世界の動きを押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1316">戦後の世界の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>江戸時代初期の蝦夷地・朝鮮と琉球について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1207</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1207#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 24 Oct 2013 08:06:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[パワフルくん]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[江戸時代前期]]></category>
		<category><![CDATA[シャクシャインの戦い]]></category>
		<category><![CDATA[商場知行制]]></category>
		<category><![CDATA[場所請負制度]]></category>
		<category><![CDATA[己酉条約]]></category>
		<category><![CDATA[朝鮮]]></category>
		<category><![CDATA[琉球王国]]></category>
		<category><![CDATA[薩摩藩]]></category>
		<category><![CDATA[蝦夷地]]></category>
		<category><![CDATA[謝恩使]]></category>
		<category><![CDATA[通信使]]></category>

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		<description><![CDATA[・蝦夷地・朝鮮と琉球について &#160; 　 　・朝鮮について &#160; &#160; 　・徳川家康は、朝鮮との講和を達成した 　　→そこで、１６０９年に対馬の藩主だった宗氏が、朝鮮との間に 　　　己酉条約という条 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1207">江戸時代初期の蝦夷地・朝鮮と琉球について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>・蝦夷地・朝鮮と琉球について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・朝鮮について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・徳川家康は、朝鮮との講和を達成した</p>
<p>　　→そこで、１６０９年に対馬の藩主だった宗氏が、朝鮮との間に</p>
<p>　　　己酉条約という条約を結んだ</p>
<p>　　　＝この条約によって、釜山という場所に倭館が作られ、</p>
<p>　　　　宗氏が朝鮮との貿易を独占するという特権を得た</p>
<p>　　　　※宗氏は、朝鮮との貿易によって得た利益を家臣に分けあたえることで、</p>
<p>　　　　　家臣と主従関係を結んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>　・朝鮮からは、１２回の使節が来た</p>
<p>　　→４回目からの使節は、通信使と呼ばれた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※１～３回目までの使節の理由</p>
<p>　　　　＝文禄の役と慶長の役の時の朝鮮人の捕虜の返還を目的にした</p>
<p>　　　　　→３回目に使節が来た時に、実際に捕虜を返還した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・琉球王国について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１６０９年に、薩摩の島津家久の軍に琉球王国が征服された</p>
<p>　　→そのため、琉球王国は薩摩の支配下になってしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・薩摩藩は、琉球王国にも検地と刀狩を行って兵農分離政策をすることで、</p>
<p>　　農村を支配した</p>
<p>　　→その時に、琉球王国と貿易する権利も得た</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>　・琉球王国にいた尚氏を王位に持ってきて、琉球王国を独立した王国だとすることで、</p>
<p>　　中国との貿易を続けさせた</p>
<p>　　※薩摩藩は、琉球王国に琉球の黒糖と中国産の商品を納めさせた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・琉球王国は、謝恩使と慶賀使を幕府に派遣した</p>
<p>　　※・謝恩使・・琉球王国の国王が代わった時に、国王に就任出来たことを</p>
<p>　　　　　　　　　感謝する使いのこと</p>
<p>　　　・慶賀使・・将軍の代が代わるごとに、代わったことを祝うための使いのこと</p>
<p>　　　　→謝恩使と慶賀使は、変わった服装にしたり、旗や楽器を持たせたりすることで</p>
<p>　　　　　「異民族」が将軍のところに向かっているように見せかけた</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・蝦夷地について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・蠣崎氏が蝦夷ヶ島の和人地（北海道の南の方の地域）で勢力を奮っていた</p>
<p>　　→蠣崎氏は、近世になった時に松前氏に名前を変えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・松前氏は１６０４年に徳川家康から、アイヌと独占的に貿易出来る権利を保障された</p>
<p>　　→その時、和人地以外でアイヌの人達と貿易する地域が、</p>
<p>　　　商場（場所）と呼ばれるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※松前氏は、アイヌと貿易する権利を家臣に分け与えることで、</p>
<p>　　　　主従関係を結んでいた</p>
<p>　　　　＝このようにして主従関係を結ぶ制度を、商場知行制という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アイヌの集団は、１６６９年にシャクシャインという人を中心にして、</p>
<p>　　松前氏と対立して戦った</p>
<p>　　→結果的に、松前藩が津軽藩の協力を得て勝利した</p>
<p>　　　＝この戦いを、シャクシャインの戦いと言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※シャクシャインの戦いによって、アイヌの人達は松前氏に</p>
<p>　　　　全面的に服従することになった</p>
<p>　　　　→そのため、１８世紀の前半までに、ほとんどの商場を和人の商人が</p>
<p>　　　　　支配するようになった</p>
<p>　　　　　＝この経営スタイルのことを、場所請負制度という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※場所請負制度が出来てからは、アイヌは自立した貿易相手ではなく、</p>
<p>　　　　松前氏の命令に従うというような完全に使われる立場になっていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・朝鮮との関係について押さえる</p>
<p>・琉球王国と薩摩藩との関係について押さえる</p>
<p>・蝦夷地でのアイヌと松前氏との関係について押さえる</p>
<p>　</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1207">江戸時代初期の蝦夷地・朝鮮と琉球について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>明の朝貢体制について①　－朝貢体制の概要－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/882</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/882#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 13 Oct 2013 20:18:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[足利]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代アジア史前期]]></category>
		<category><![CDATA[マラッカ]]></category>
		<category><![CDATA[中山王]]></category>
		<category><![CDATA[勘合貿易]]></category>
		<category><![CDATA[土木の変]]></category>
		<category><![CDATA[明]]></category>
		<category><![CDATA[朝貢体制]]></category>
		<category><![CDATA[朝貢制度]]></category>
		<category><![CDATA[朝鮮]]></category>
		<category><![CDATA[正統帝]]></category>
		<category><![CDATA[黎朝]]></category>

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		<description><![CDATA[明の朝貢体制について、朝貢体制の概要について考えてみます &#160; &#160; ・明の朝貢体制について &#160; &#160; 　・明を中心とする朝貢貿易は、東アジアからインド洋にいたる広い範囲で活発に行われた [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/882">明の朝貢体制について①　－朝貢体制の概要－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>明の朝貢体制について、朝貢体制の概要について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・明の朝貢体制について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・明を中心とする朝貢貿易は、東アジアからインド洋にいたる広い範囲で活発に行われた</p>
<p>　　※特に、１５世紀の初めに中山王という人によって統一された琉球（現在の沖縄）は、</p>
<p>　　　明との朝貢貿易で得た物資を使って東シナ海と南シナ海とを結ぶ</p>
<p>　　　交通の重要な場所でもあった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１４世紀の終わりころに、マレー半島西南部でマラッカというのが成立した</p>
<p>　　→マラッカでは、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　・鄭和の遠征をきっかけに急成長した</p>
<p>　　　・インド洋と東南アジアを中継する位置を利用して、ジャワのマジャパヒト王国にかわって</p>
<p>　　　　東南アジア最大の貿易拠点になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・朝鮮は、明の重要な朝貢国の一つだった</p>
<p>　　→そのため、朝鮮は科挙の整備や朱子学の導入など、明の制度を取り入れた改革を行った</p>
<p>　　→１５世紀前半の世宗という人の時代には、金属活字による出版や</p>
<p>　　　訓民正音（ハングル）の制定など、特徴のある文化の事業が盛んだった</p>
<p>　　</p>
<p>　・日本は、９世紀の終わりの遣唐使の廃止以来途絶えていた中国への朝貢が</p>
<p>　　明の初めの時代に復活した</p>
<p>　　※室町幕府の足利義満は、明から日本国王に封ぜられて、明との勘合貿易を始めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・明軍を撃退して独立したベトナムの黎朝というところも明と朝貢関係を結んだ</p>
<p>　　→黎朝は、明の制度を取り入れ、朱子学を振興することで、支配を固めていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・北方のモンゴルの様々な部族は、明との交易を求めていた</p>
<p>　　→しかし、朝貢制度による回数や規制の制限が不満だったので、</p>
<p>　　　北方のモンゴル民族は何度か中国に侵入した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１５世紀半ばに西北モンゴルのオイラトという勢力がエセン＝ハンという人のもとで</p>
<p>　　強くなっていった</p>
<p>　　→そして、明の正統帝を土木堡というところでとらえ、北京を包囲した</p>
<p>　　　＝明の正統帝をとらえたこの出来事を、土木の変という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※土木の変あたりから、明は海外に対して保守的な体制に転じ、</p>
<p>　　　北方の長城を改修してモンゴルの侵入に備えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・明の朝貢体制の流れと内容、各地域との対応についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/882">明の朝貢体制について①　－朝貢体制の概要－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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