文明開化について① -思想・教育・文学-

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投稿者:       投稿日時:2013/10/28 06:11      
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文明開化について考えてみます

 

 

・文明開化について

 

 ※日本は近代化を目指して、西洋の様々なスタイルを取り入れていた

  →この動きと一緒に、明治時代の初期の人々の生活で、

   文明開化と呼ばれる新しい風潮が出てきた

 

 

 

 

・文明開化の時の思想について

 

 

 ・儒教や神道の考え方は古くて時代遅れということで、排除されるようになった

  →その代わりに、自由主義や個人主義などと呼ばれる西洋の近代思想が流行した

   ※当時はミルやスペンサー、ダーウィンなどの人達の本が読まれるようになった

 

  

 ・福沢諭吉という人などが提唱した天賦人権の思想が広まった

  ※天賦人権の思想・・人々は生まれながらに平等で、

            人間としての権利を持っているという考え方のこと

 

 

 ・この当時に、中江兆民という人がフランスに留学して、

  ルソーの社会契約説などを日本に紹介した

 

 

 ・当時は、福沢諭吉の「西洋事情」「学問のすゝめ」「文明論之概略」、

  中村正直という人が訳したスマイルズという人の「西国立志論」、

  ミルの「自由之理」などが読まれた

  →これらの本は、人々の考えを変える上で重要な役割を果たした

 

 

 

 

 

・文明開化の時の教育について

 

 

 ・1871年に文部省を作って、1872年に学制という法律を出した

  →その時に政府は、小学校教育に力を入れて、男女関係なく等しく勉強させるという

   国民皆学教育を目指した

   ※この時の教育は、功利主義という考え方のような教育観を狙っていた

   ※学制は、現実にあまりにも合わなかったために、

    1879年の教育令という法律で改められた

 

 

 ・1877年に、旧幕府の開成所と医学所をスタートとするいくつかの学校を統合して、

  東京大学という大学を作り、多くの外国人教師を連れてきた

 

 

 ・教員を養成するために師範学校、産業教育や女子教育を行うための専門的な学校を作った

  ※1872年、東京に日本で初めての女学校が出来て、その後に女子師範学校も作られた

 

  

 ・教育制度は基本的に政府が積極的に行っていったが、

  個人で学校を作って教育に関わっていった人もいた

  →例:福沢諭吉の慶応義塾、新島襄の同志社 など

 

 

 

 

 

・文明開化の時の文学について

 

 

 ・幕末以降から、幕府が外国新聞の翻訳を行っていた

  →この翻訳は明治になっても旧幕臣を続けていた

  →さらに、本木昌造という人が鉛製活字の量産技術に成功して、

   活字印刷の技術が発達していった

   =そのため、東京を中心に日刊新聞や雑誌がいくつも作られていった

 

 

 ・新聞や雑誌では、報道や政治問題の評論などを行うようになり、

  新しい言論の活動が始まったと言われている

  →そのため、学術書や啓蒙書の出版もさかんになった

 

 

 ・西周、森有礼、福沢諭吉、加藤弘之、西村茂樹などの洋学者が

  1873年に明六社という団体を作ってその次の年に「明六雑誌」を発行したり、

  演説会を開いて近代思想を普及したりした

 

 

ポイント

・文明開化の時の思想を押さえる

・文明開化の時の教育を押さえる

・文明開化の時の文学を押さえる

 

このあたりが今回のポイントです

 

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