「知らぬが仏」っていう言葉の意味も面白いけど、「知っていても仏」っていうのも面白いんじゃない?

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投稿者:       投稿日時:2013/11/18 20:57      
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「知らぬが仏」という慣用句があります。

 

これは、大まかに言うと、

「知れば腹も立つが、知らないので平気でいられる」

という意味です。

 

みなさんもご存知の通りで、

知らなければ平気でいられる、というわけです。

 

 

しかし、

みなさん、ここで自分の日常を振り返ってみて下さい。

 

知りたくもないのに、知ってしまうことってありませんか。

知らぬが仏という慣用句はあっても、仏になれないこともあります。

 

ボクも、知りたくないことを知ってしまうことはあります。

そして、ボクを含め多くの人は、知りたくないことを知ると、

何かしらの感情が生まれてしまうと思います。

 

 

そこで、

知りたくないのに知ってしまった場合、

こんな慣用句が使えたりするかもしれません。

 

 

「知っていても仏」

 

 

これは、適当にボクが作った慣用句です。

 

知らぬが仏は正しいかもしれないけど、

どうしても知ってしまうことだってあります。

 

自分への悪口とか、他人のドロドロな恋愛話とか。

 

 

これ以外にも例えとしては

いろいろ挙げられると思いますが、

 

要は、知ってしまった後をどうするか。

という問題だと思うのです。

 

多くの人がそうかもしれませんが、

知ってしまった後に、自分の感情を出すと、

知る以前よりもゴタゴタすることがあると思います。

 

 

自分への悪口に対して怒ったら、ケンカに発展したり、

他人の恋愛話にアドバイスをしたら、より泥沼化して、

アドバイスをした自分のせいにされたり。

 

もしかしたら、

ケンカのおかげで、お互いの中が一層親密になったり、

自分のアドバイスのおかげで恋愛が成就したり、

というように、プラスの方向へ行くことがあるかもしれませんが、

何かを知ってしまってから関わると、

結構マイナスにも転がってしまうもので。

 

 

それだったら、

知らないで仏になれるのであれば、

知った後も仏でいられるのが、本当の仏ではないかと。

 

知っていても仏になる方法は人それぞれだと思いますが、

知ってしまったあとも仏になっていれば、

自分の中に、余計な感情は生まれないですし、

揉め事に巻き込まれて、自分が苦労をする必要も無くなります。

 

 

 

 

何か悪口を言われて、怒りがこみ上げるとか、

泥沼の恋愛に巻き込まれて、文句を言うとか、のように、

 

巻き込まれた人がアクションを起こすと、

物事って結構いろいろな方向に転がってしまうものです。

 

「知らぬが仏」は正しいかもしれませんが、

「知っていても仏」でいることが、

平和に生活するポイントの一つかもしれません。

 

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