幸福度の高い社会へ―2、社会保障を通じた経済成長による財政再建2-1労働移動を促す周辺制度の整備
2 社会保障を通じた経済成長による財政再建
前回までは、なぜ福祉国家型財政が必要なのかについて検討しました。本節ではより具体的に、社会保障を充実させながら財政再建も達成するには、どこに重点的に配分すべきかについて検討します。
2-1 労働移動を促す周辺制度の整備
労働市場に関わる話の中でもまず第1に重要なのは、労働市場の流動化とそれを支える仕組みの構築です。財政再建を考える場合、税収を増やすことが必須となります。したがって増税が必要になるのですが、日本の場合、高度成長期にひたすら減税を繰り返し、増税という経験をしてこなかったことがあり、租税抵抗が強いです。しかも増税が社会保障ではなく財政再建のためとなればなおさらです。何より現在の膨大な財政赤字を増税だけで乗り切れるとは到底思えません。そこで税収の自然増のために必要なのが、ある程度の経済成長です。
経済成長を志向する場合、その源泉となるのは労働であり、労働者を需要の大きい産業へと移動させることが重要となります。しかしながら日本の場合、労働移動を促すような施策が十分に行われていない。過去記事でも指摘したように、そもそも失業給付を受給している人が2割しかいないことに加え、受給できたとしても給付内容が貧弱なため、自発的に転職するという選択はしにくいのです。仮に転職するとしても、職業訓練のような積極的労働市場政策に対する支出が著しく低いために、新たな技能を身につけるには自腹を切る必要が出てきます。したがって労働移動は、これまでの蓄積した技能が活かせる企業内もしくは同産業内に留まることが考えられます。つまり、産業を超えた労働移動が起きにくく、労働需要の大きい産業へと労働力が流れない、転職インセンティブの働きづらい仕組みになっているのです。
また、非正規雇用が増えたことで失業リスクは高まっていると同時に、技能蓄積も難しくなっているので、失業給付や職業訓練は純粋なニーズとしても高まっている。更に言えば、失業給付と職業訓練の充実といった労働市場の周辺制度の整備は、労働市場の参入と退出をスムーズにするので、長期失業者(注;近年、長期失業者は若年層を中心に増えています。「若者の失業 長期化」『日本経済新聞』2012年11月26日付け、夕刊)を抑えることにつながります。長期失業者が多いということは、財政的には支出が増大するということですので、職業訓練によってできるだけ早く労働市場へ参入してもらえることが可能になれば、支出の増大を抑えるだけでなく、働くことでの税収増にも寄与します。
このように、転職インセンティブと純粋なニーズという両観点から、失業給付、職業訓練の充実は社会的要請だと言えます。ここを整備することは労働市場の流動化、つまり経済成長のために必要なのです。
第2に、女性が労働市場に参入しやすい環境作りも重要です。図6-2によれば、ノルウェーやデンマーク、スウェーデンは女性の就業率が70%を超えている一方で、日本は60.1%にとどまっています。北欧以外と比較しても、2000年から10年の間で女性の就業率が伸びているとはいえ、日本は全体的に女性の労働力を活用しきれていないことが指摘できます。
その要因として第1に、子育てと仕事を両立できる環境が整っていないことが挙げられます。内閣府「平成18年版 国民生活白書」によれば、結婚や出産を契機に離職する女性が多く、結婚や出産・育児と就業とを両立させるには大きな壁があると指摘されています(注;内閣府『国民生活白書』、64頁)。出産前に仕事を辞める理由としては、「自分の手で子育てしたかった」が53.6%と飛びぬけている一方で、「両立の自信がなかった」が32.8%、「就学・通勤時間の関係で子を持って働けない」が23.3%、「育児制度が使えない・使いづらい」が17.9%などの、やむを得ず離職する場合も多いです(同白書、65-67頁)。
これらを解決するには、国としての施策はもちろん、女性が働くのは基本的に企業なのだから、企業内での取り組みも重要になってくるでしょう。実際に民間企業でも、女性が働きやすい環境を整える動きも出てきています(「育児中女性を積極雇用」『日経MJ』、人を活かす会社 富士フィルム首位に」『日本経済新聞』、下記参考文献)。女性の働きやすい環境作りは、国と企業の双方に求められているのです。
図6-2 女性の就業率(15-64歳) (%)
出所:労働政策研究・研修機構『データブック国際労働比較』第2-12表 就業率(15~64歳)より作成。1)は16~64歳の値。2)はイギリス、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、オーストリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン、ポルトガルの15か国。
http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2012/ch2.html (閲覧日:2013年11月15日)
第2に、税制面でも女性の労働市場への参入を阻害している要因があります。例えば、妻の年収が103万円以下の場合は会社員の夫の税負担が軽くなる配偶者控除(103万円の壁)や、夫が厚生年金に加入している場合には妻の年収が130万円未満なら保険料負担なしで加入できる厚生年金の第3号被保険者の仕組み(130万円の壁)があります。こうした制度は主婦のパートの人がもっと働ける場合でも収入の規定枠を超えないよう就業を調節するようになります。これでは働ける人を労働市場から排除しているのと同じなため、撤廃すべきでしょう。
このように、女性の働きやすい環境を整備することで女性の労働参加を促すという道は、社会保障を充実させると同時に、新たな労働力の参入による税収の拡大につながるので、長期的に見れば財政再建も可能になるのではないでしょうか。
参考文献、資料
・宮本太郎『生活保障』岩波書店、2009年、183-187頁
・内閣府『平成18年版 国民生活白書』65-82頁http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h18/10_pdf/01_honpen/pdf/06ksha0202.pdf (閲覧日:2013年11月20日)