中世の世界の交流と銀について

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投稿者:       投稿日時:2013/10/14 04:11      
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中世の世界の交流と銀について考えてみます

 

 

・中世の世界の交流と銀について

 

 

 ・16世紀に入ると、様々な大陸を結ぶ海上交易が発展した

  →その結果、各地の海域の世界がお互いに密接に結び付くようになった

   =このように遠距離商業が活発になったのは、銀の増産が影響していると言われている

 

  ※実際に、銀については以下のような動きがあった

   ・アメリカ大陸の征服を進めたスペインによって、ラテンアメリカの銀山が開発された

    →この動きによって、大量の銀がアジアやヨーロッパに流れ込んだ

   ・日本でも銀山の開発が進んだ

 

 

 

 ・また、東南アジアのコショウや香料、中国の生糸、インドの綿花など、アジアの特産品が

  銀によって買い付けられるということが起きていた

  →そのため、特産品の販路が急速に拡大していった

 

 

 

 ・アジアに進出したヨーロッパ商人と現地の政権や商人とは、貿易の利益のために協力したり、

  場合によっては対立したりするという複雑な関係を結んでいた

 

  ※東アジアの海域でも、日本人や中国人の密貿易集団(倭寇)やポルトガルやオランダなどの

   ヨーロッパの勢力の活動が活発化していった

   →そのため、明の海禁政策が崩れるということも起きた

 

 

 

 ・国際商業が発展したことで、火縄銃や大砲などのヨーロッパの新式火器が

  アジア各地に広まった

  ※新式火器は、新しく出てきた政権を支えたと言われている

 

  →さらに、トウモロコシ、サツマイモ、ジャガイモ、トマトなどの

   アメリカ大陸の作物も世界に広まった

   ※作物の世界への広まりは、人々の生活に大きな影響を与えたと言われている

 

 

 

ポイント

・中世の世界の交流の様子を、銀を中心におさえる

 

このあたりが今回のポイントです

 



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