中世の交通ネットワークについて① -オアシスの道-
中世の交通ネットワークについて、オアシスの道について考えてみます
・中世の交通ネットワークについて
・ユーラシア大陸では、古くから以下の三つの道が東西文化の交流とお互いの発展の上で
重要な役割を果たしていた
→・内陸アジア北部を東西に結ぶ草原の道
・草原の道の南にある砂漠地帯に存在するいくつかのオアシス都市を結ぶ
オアシスの道(シルク=ロード)
・南側の海上を船で往来する海の道
・オアシスの道
※オアシスの道は、東西の地域世界を最短距離で結ぶ道だと言われている
・オアシスの道は、以下のような動きの中で拡大していった
→・紀元前6世紀にアケメネス朝が進出した
・紀元前4世紀後半にアレクサンドロス大王が東方遠征をした
・紀元前2世紀後半に前漢武帝が西域に進出した
・7世紀に唐が西域で経営を始める
・タリム盆地の南北に位置するオアシス地帯には、古くから多くの都市国家が栄えた
→その間を、ラクダを連れた隊商が往来して、中継貿易を行っていた
※特にイラン系のソグド商人は、匈奴、突厥、ウイグルなどの遊牧国家内で
交易に従事するとともに、マニ教やソグド文字など東方に伝えた
・オアシスの道を通じて、中国の生糸や絹が西方に、ヘレニズム文化やイラン系の文物が
東方に伝えられた
※生糸が西方に移動したため、絹の道(シルク=ロード)ともいう
→仏教もこの道を通って、インドから中国に伝えられた
・貿易の利益を狙う草原の民の南下も活発で、トルコ系やモンゴル系の民族の侵入が相次いだ
ポイント
・交通ネットワークの概要をおさえる
・オアシスの道についておさえる
このあたりが今回のポイントです