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	<title>アラエス &#187; ニューディール政策</title>
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	<item>
		<title>なぜ世界恐慌は起きたのか―世界恐慌から現代日本を捉え直してみる</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2417</link>
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		<pubDate>Tue, 21 Jan 2014 01:45:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ルーブル]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済全般]]></category>
		<category><![CDATA[アベノミクス]]></category>
		<category><![CDATA[キャピタルゲイン]]></category>
		<category><![CDATA[ニューディール政策]]></category>
		<category><![CDATA[ミーンズ]]></category>
		<category><![CDATA[ローズヴェルト]]></category>
		<category><![CDATA[寡占]]></category>
		<category><![CDATA[所有と経営の分離]]></category>
		<category><![CDATA[独占]]></category>
		<category><![CDATA[過少消費説]]></category>

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		<description><![CDATA[今回は世界恐慌の原因についてまとめたいと思います。この議論は現代と重ね合わせて考えることも可能なので、この時代を読み解くことも重要かと思います。 &#160; &#160; ・世界恐慌の発生 この原因として、2つの論点が [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2417">なぜ世界恐慌は起きたのか―世界恐慌から現代日本を捉え直してみる</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p style="text-align: left" align="center">今回は世界恐慌の原因についてまとめたいと思います。この議論は現代と重ね合わせて考えることも可能なので、この時代を読み解くことも重要かと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・世界恐慌の発生</p>
<p>この原因として、2つの論点があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1、 独占・寡占化傾向…ミーンズ</p>
<p>2、 所得分配の不平等…ブルッキングス研究所</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まずは1についてなのですが、ミーンズの主張を見る前に、彼(＋バーリ)の有名な書籍<strong>『近代株式会社と私有財産』</strong>のエッセンスから確認します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・「所有」と「経営」の分離とは何か</p>
<p>『近代株式会社と私有財産』の意義を大まかにみると、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1、 アメリカの産業用財産の大部分が少数の巨大企業の支配下にあること(独占・寡占)</p>
<p>2、 株式会社のあり方の変容</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>の2つが重要なのですが、とりわけ2の株式会社のあり方の変容が有名です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>先に結論から書くと、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>19Cの会社像：所有者＝経営者</p>
<p>20Cの会社像：所有者≠経営者</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>という風に変化しました。これを<strong>「所有」と「経営」の分離</strong>と呼びます。この背景にあるのが、企業の巨大化です。企業が大きくなるということは、経営内容が複雑化・高度化してくるということです。これが経営者委託(経営のプロに任せよう)につながります。また、企業の巨大化によって大量の資金も必要になってくるので、一般大衆にも株式を発行することでお金を集めます。つまり、お金を出す人(所有者)と経営する人(経営者)が分離しているということです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このバーリとミーンズの見解は、これまでの会社に関する経済学者の考え方を覆すものでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・世界恐慌の原因1：独占・寡占化傾向―ミーンズの見解</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>世界恐慌の原因に戻ります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ミーンズの見解(前述共著の3年後、農務長官の経済アドバイザーとしての報告書)では、原因は市場の2極化にあると言います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1、 独占・寡占企業による価格硬直的な市場</p>
<p>2、 農業のような無数の小規模市場参加者による価格柔軟な市場</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1では、恐慌後の需要の急減に直面した独占・寡占企業は、利潤獲得のために生産を減らしつつ、価格は維持しました。この結果、生産を減らしたために失業者が増大したことに加え、原材料などに対する需要も減ったため、他産業の業績悪化にもつながりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>他方の2では、誰も市場支配力を行使できない市場なので、需要の急減に応じて生産量を調整できません。したがって供給過剰に陥り、価格が暴落しました。これは貧しい農民層に大きな打撃を与え、彼らの消費減退につながり、不況につながりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>以上のアンバランスが、世界恐慌の原因だとミーンズは分析しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・世界恐慌の原因2：所得分配の不平等―ブルッキングス研究所</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ブルッキングス研究所とは、今でもアメリカ有数の中道・リベラル系のシンクタンクとして知られています。同研究所の1934年の報告書によれば、世界恐慌の原因は、1920年代後半の好況に生産能力が追い付かなかったから生じたのではなく、むしろ次々と生み出される製品を消費する能力が不足していたことにあると分析しています。いわゆる<strong>「過少消費説」</strong>です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1920年代後半のアメリカは、空前の好景気でした。技術革新や労働生産性の増加を背景として利潤や株価が上昇し、キャピタルゲイン(資産価値上昇による利益)によって、高所得者層の所得はかなり伸びていました。しかしながら、その恩恵が必ずしも中間層以下の人たちには還元されず、所得分配の不平等が拡大していた時代でもあったのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この過少消費という考え方は、ケインズにも見られます。それが有効需要の原理です。ケインズについては以下↓↓↓</p>
<p>&nbsp;</p>
<p> <a href="http://ahlaes.com/post/2176" class="broken_link">ジョン・メイナード・ケインズ</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p> ・ニューディール政策への影響</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>以上のような分析は、ローズヴェルト政権にも大きな影響を与えるようになりました。つまり、<strong>独占・寡占を規制するだけでなく、所得分配の改善によって国民の需要を喚起することが不況の脱却につながると考えたのです。</strong>その象徴がニューディール政策でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・現代日本を捉え直すと？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>さて、ここまでの議論を踏まえて、アベノミクスの経済政策を考えてみましょう。アベノミクスの経済政策は、デフレ脱却を目的としていました。あの金融緩和は、おおざっぱに言ってしまえば、「供給側(企業)にお金を回して、そのお金で投資をしてもらいましょう。企業が投資をして売上が伸びれば労働者の給与も上がりますね。」という議論です。お金が回らないからデフレなのだ、という議論です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかしながら、現代日本を眺めると本当にそうなのでしょうか。<a href="http://ahlaes.com/post/2012">ここ十数年の平均所得を見てみると、年々下がっています(図6-1参照)</a>。つまり、デフレの原因は需要不足(前述の過少消費)だと言うこともできるのです。これが正しいとすれば、いくら企業が投資をしたところで(供給側を強化したところで)、問題は解消しないので、求められる政策としては、需要の喚起のための政策となりそうです。今のところ好調な雰囲気がありますが、最終的には世界恐慌時と同じように、中間層以下には還元しないような気がします。よく言われる「好景気が実感できない」という話ですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>とはいえ、政府は現在、一生懸命賃上げ要請をしているみたいなので、これが実現するか否かがキーポイントになりそうな気がしています。国が賃上げ要請というのも変な話だと思いますが。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>いずれにせよ、世界恐慌期と現代は構造的に似ている部分もありますので、このあたりを再検討することは面白いし、意味のあることだと思います。</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2417">なぜ世界恐慌は起きたのか―世界恐慌から現代日本を捉え直してみる</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>世界の社会保障の歴史について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1861</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1861#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 15:03:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ロンリ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[労働・社会保障]]></category>
		<category><![CDATA[スウェーデン]]></category>
		<category><![CDATA[ニューディール政策]]></category>
		<category><![CDATA[ビスマルク]]></category>
		<category><![CDATA[フィラデルフィア宣言]]></category>
		<category><![CDATA[ベバリッジ報告]]></category>
		<category><![CDATA[労働運動]]></category>
		<category><![CDATA[社会保険制度]]></category>
		<category><![CDATA[社会保障の歴史]]></category>
		<category><![CDATA[ＩＬＯ]]></category>

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		<description><![CDATA[社会保障の歴史について考えてみます &#160; &#160; ・社会保障の歴史について &#160; &#160; 　・社会保障のスタートとは 　　・イギリスでは、１６世紀の半ばに、救貧院という施設を作って、 　　　貧 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1861">世界の社会保障の歴史について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>社会保障の歴史について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・社会保障の歴史について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・社会保障のスタートとは</p>
<p>　　・イギリスでは、１６世紀の半ばに、救貧院という施設を作って、</p>
<p>　　　貧しい人々を助けることを行っていた</p>
<p>　　　→特に１６０１年にイギリスでエリザベス救貧法という法律が作られ、</p>
<p>　　　　この法律が社会保障のスタートだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスの社会保障について</p>
<p>　　・イギリスでは、工業化という現象が起きたので、都市部に人々（労働者）が</p>
<p>　　　集まるようになってきた</p>
<p>　　　→その時労働者は、労働組合、協同組合、友愛組合などと呼ばれる組織を作って、</p>
<p>　　　　労働者がお互いに助け合うような関係を作るということが起きた</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・世界各国の動きについて</p>
<p>　　・世界各国の政府は、各地で起きている労働運動に対して、</p>
<p>　　　労働運動を抑えるということを考えた</p>
<p>　　　→そのための動きとして、労働者の保護を行うことを考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※世界最初の労働者の保護について</p>
<p>　　　→１８８３年にドイツのビスマルクという人が世界で初めて社会保険制度を作った</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・ビスマルクが作った世界最初の社会保険制度について</p>
<p>　　　　・１８８３年に疾病保険、１８８４年に災害保険、１８８９年に老齢疾病保険という</p>
<p>　　　　　３つの保険を作った</p>
<p>　　　　　※しかし、この保険制度は社会主義の立場だったので、</p>
<p>　　　　　　失業保険はまだ作られていなかった</p>
<p>　　　　・この社会保険制度は、社会主義の中で働く人達へのご褒美だという考え方があった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後の社会保障の動きについて</p>
<p>　　・ビスマルクの社会保険制度をスタートに、各国で様々な社会保障制度が生まれた</p>
<p>　　　→その中で、近代的社会保障制度が生まれた</p>
<p>　　　　※ここでの近代的社会保障制度は、国民の立場になって、</p>
<p>　　　　　国民の生存権を保障するという考えが含まれていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→近代保障制度の考え方は、１９４２年のベバリッジ報告というものを</p>
<p>　　　土台にして作られたイギリスの社会保障制度で</p>
<p>　　　初めてはっきりと表されるようになったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※ベバリッジ報告について</p>
<p>　　　　・ベバリッジ報告とは・・保守党の政府からお願いされた、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　ベバリッジという経済学者が発表した</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　「社会保険および関連事業に関する報告書」というもののこと</p>
<p>　　　　・この報告は、現在のイギリスの社会保障の基礎になっていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※ベバリッジ報告を土台にした最初の近代保障制度について</p>
<p>　　　　・この保障制度は、「ゆりかごから墓場まで」ということをスローガンにしている</p>
<p>　　　　・均一給付と均一拠出による均一主義、ナショナル・ミニマムの保障、</p>
<p>　　　　　全国民を対象にする包括給付という３つの原則が土台となっている</p>
<p>　　　　　※・均一主義・・全ての人が同じ金額を出したら、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　全ての人が同じ金額の給付を受け取るという考え方のこと</p>
<p>　　　　　　・ナショナル・ミニマム・・国が人々に保障しなければいけない</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　最低限度の生活レベルのこと</p>
<p>　　　　　　・包括給付・・国民全員に給付する考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカの社会保障について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・アメリカは、１９３５年に、ニューディール政策の一つとして、</p>
<p>　　　社会保障法という法律が作られた</p>
<p>　　　→この法律によって、公的扶助や社会保険などが含まれる社会保障が行われた</p>
<p>　　　　※しかし、国民全員が対象とはならなかった</p>
<p>　　　　※社会保障という言葉は社会保障法で初めて使われたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・スウェーデンの社会保障について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・第二次世界大戦前は、地方自治体がそれぞれの生活保障のための活動を行っていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・第二次世界大戦後は、国民全員が対象の社会保険が作られた</p>
<p>　　　→被雇用者（雇われている人）は、年金保険と医療保険の保険料は、</p>
<p>　　　　全額会社が負担することになっている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・戦後の社会保障の考え方について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・戦後は、社会保障は人間の基本的な権利だという考え方が広がっていった</p>
<p>　　　※それまでは、社会保障は救済や援助、国からの恵みだという発想が強かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このような考え方を浸透させていく時に、</p>
<p>　　　ＩＬＯ（国際労働機関）のフィラデルフィア宣言、</p>
<p>　　　国連の世界人権宣言の影響が大きいと言われている</p>
<p>　　　※フィラデルフィア宣言・・「労働は商品ではない」ということを前提として、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　労働者、雇用者、政府のそれぞれの代表が国レベルで</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　お互いに協力し合っていくことが大切だとした宣言のこと</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1861">世界の社会保障の歴史について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>資本主義と歴史との関係について　－歴史的な流れとケインズ－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1715</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1715#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 19:18:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[宮下]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済の種類と概要]]></category>
		<category><![CDATA[ケインズ]]></category>
		<category><![CDATA[ニューディール政策]]></category>
		<category><![CDATA[修正資本主義]]></category>
		<category><![CDATA[労働運動]]></category>
		<category><![CDATA[帝国主義]]></category>
		<category><![CDATA[技術革新]]></category>
		<category><![CDATA[株式会社制度]]></category>
		<category><![CDATA[産業革命]]></category>
		<category><![CDATA[規模の利益]]></category>
		<category><![CDATA[資本主義]]></category>

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		<description><![CDATA[資本主義について、歴史的な流れとケインズについて考えてみます &#160; &#160; ・資本主義と歴史との関係について &#160; 　・資本主義経済は、世界レベルの規模で広がっていった 　　※多くの国が産業革命を起 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1715">資本主義と歴史との関係について　－歴史的な流れとケインズ－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>資本主義について、歴史的な流れとケインズについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・資本主義と歴史との関係について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・資本主義経済は、世界レベルの規模で広がっていった</p>
<p>　　※多くの国が産業革命を起こしたことが理由として挙げられる</p>
<p>　　　→１８世紀後半・・イギリスで産業革命が起きた</p>
<p>　　　　１９世紀半ば・・フランス</p>
<p>　　　　１９世紀後半・・ドイツやアメリカ</p>
<p>　　　　日清戦争（１８９４年～１８９５年）の後・・日本</p>
<p>　　　</p>
<p>　・資本主義が進んでいくと、イギリスなどで労働条件が厳しくなっていった</p>
<p>　　→そこで、労働条件の改善のために、労働者が資本家と対立することが多くなり、</p>
<p>　　　様々な場所で労働運動が起きた</p>
<p>　　　＝結果的に、政府は労働運動は抑えたが、工場法などの労働立法を行って</p>
<p>　　　　労働者を保護することになった</p>
<p>　　　　※労働運動・・労働者が労働条件の改善などを目指して行う運動のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・資本主義が大きくなっていくにつれて、企業どうしの競争が激しくなり、</p>
<p>　　過剰生産になることが何度かあった</p>
<p>　　※過剰生産・・需要量よりも多く生産すること</p>
<p>　　　　　　　　　→過剰生産が広がっていくと、不況になると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・今までは無かったのに、１９世紀後半から、様々な国で周期的に不況になることがあった</p>
<p>　　→そのため、不況である国内ではモノが売れず、モノを売るために、</p>
<p>　　　市場を海外に狙うようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→企業が過剰生産のモノを売る市場として海外を狙うようになったため、</p>
<p>　　　・・国が軍事を使って、植民地の獲得を目指すようになっていった</p>
<p>　　　　　＝この動きを帝国主義と言う</p>
<p>　　　　　※植民地は、原料を得たり、商品を売るための場所にしたりすることができるので、</p>
<p>　　　　　　貴重だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このように、海外を目指したので、国と国が対立するようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９世紀の後半から、２０世紀の前半くらいまで、技術革新（イノベーション）が起きた</p>
<p>　　※技術革新・・技術が進歩していって、その技術が経済に使われるようになる過程のこと</p>
<p>　　→技術革新の時に、繊維や鉄鋼だけでなく、自動車や原子力の新しい技術などの</p>
<p>　　　産業が生まれたので、企業は、いつも新しいものを追いかける</p>
<p>　　　というスタンスを取るようになった</p>
<p>　　　＝この動きを、シュンペーターという人が、「創造的破壊」と名づけ、推進して、</p>
<p>　　　　技術革新の重要性を主張した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・技術革新によって、モノを大量に作ることができるようになった</p>
<p>　　→そのため、大量生産が規模の利益の視点から、企業が大きくなっていく方向に</p>
<p>　　　なっていくのを促した</p>
<p>　　　※規模の利益・・企業の規模が大きいほど効率が良くなって、モノ１つあたりのコストが</p>
<p>　　　　　　　　　　　　小さくなるという考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※企業の規模を大きくしていくためには、大量の資金が必要だった</p>
<p>　　＝大量の資金を集めるための方法として、株式会社制度が使われるようになった</p>
<p>　　　※株式会社制度・・株式を作って、投資家に株式を買ってもらい、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　その代金で事業を行う制度のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　→株式会社制度は、産業の独占化を引き起こすことになった</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　と言われている</p>
<p>　　　※産業の独占化・・ある産業の分野を、１つの企業が独占すること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・資本主義経済について、アメリカの経済学者のヴェブレンという人が意見を述べた</p>
<p>　　→ヴェブレンは、資本主義では、価値のあるモノを生産する活動（＝産業）は、</p>
<p>　　　利潤を目的とする営業活動（＝ビジネス）のための材料として使われていて、</p>
<p>　　　広告や宣伝などの費用が無駄だと指摘した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・資本主義の変化の流れとケインズについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※第一次世界大戦と第二次世界大戦の戦争の期間中は、</p>
<p>　　資本主義の大きな転換期だったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９２９年について</p>
<p>　　→１９２９年にアメリカで大恐慌（世界恐慌）が起きて、</p>
<p>　　　世界全体で資本主義経済が危機にぶつかったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→そこで、アメリカのルーズベルト大統領という人が、</p>
<p>　　　ニューディール政策という政策で不況を克服しようとした</p>
<p>　　　※ニューディール政策・・公共事業を増やしたり、農業調整法を作ったりするなど、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　景気をよくするために様々な政策を行うこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ケインズについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ケインズという人は、不況の原因は有効需要の不足だと考えた</p>
<p>　　　※有効需要・・実際にお金を使う範囲内での需要のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ケインズは、不況を抜け出して、完全雇用（働く意志のある人が全員働くことが</p>
<p>　　　できる状態のこと）にするために・・</p>
<p>　　　→政府が放任をすることを辞めて、政府が財政政策や金融政策を</p>
<p>　　　　積極的に行う必要があると考えた</p>
<p>　　　　＝このように、政府が自由放任から抜けて、政府が大きな役割を担う資本主義を</p>
<p>　　　　　修正資本主義と言う</p>
<p>　　　　　※ケインズの考え方では、政府は景気の安定を目指すだけでなく、</p>
<p>　　　　　　社会保障や社会福祉の部分も行うべきとしている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・資本主義の歴史的な流れを押さえる</p>
<p>・ケインズの考え方を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1715">資本主義と歴史との関係について　－歴史的な流れとケインズ－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>世界恐慌後の日本と世界の様子について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1302</link>
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		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 07:50:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[昭和時代・第二次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[スターリン]]></category>
		<category><![CDATA[ソーシャル＝ダンピング]]></category>
		<category><![CDATA[ニューディール政策]]></category>
		<category><![CDATA[ブロック経済]]></category>
		<category><![CDATA[一党独裁体制]]></category>
		<category><![CDATA[日本製鉄社]]></category>
		<category><![CDATA[日産]]></category>
		<category><![CDATA[犬養毅]]></category>
		<category><![CDATA[管理通貨制度]]></category>
		<category><![CDATA[農山漁村経済構成運動]]></category>

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		<description><![CDATA[世界恐慌後の日本と世界の様子について考えてみます &#160; &#160; ・世界恐慌後の日本と世界の様子について &#160; &#160; 　・１９３１年１２月に、立憲政友会の犬養毅内閣が誕生した 　　→犬養毅首相 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1302">世界恐慌後の日本と世界の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>世界恐慌後の日本と世界の様子について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・世界恐慌後の日本と世界の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３１年１２月に、立憲政友会の犬養毅内閣が誕生した</p>
<p>　　→犬養毅首相は、大蔵大臣に高橋是清という人を使った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・高橋是清は、すぐに金輸出再禁止を行い、円の金兌換を停止した</p>
<p>　　→日本はこの政策によって、金本位制を終了して管理通貨制度に移った</p>
<p>　　　※管理通貨制度・・金本位制を辞め、通貨（不換紙幣）を、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　金の量に関係なく作ることができる制度のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・金輸出再禁止によって、円の相場が大きく下落した（＝円安）</p>
<p>　　→そのため、様々な産業が大量に輸出をするようになった</p>
<p>　　　※中でも綿織物の輸出の拡大が著しかったため、綿織物が世界第１位の規模にまで成長した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・世界恐慌の後、世界情勢が大きく変わり、多くの国が世界恐慌を抜け出そうとして</p>
<p>　　苦しんでいた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※各国はどのような政策を取ったのか</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・アメリカ</p>
<p>　　　　→１９３３年に就任したフランクリン＝ローズヴェルトという大統領が、</p>
<p>　　　　　ニューディール政策（国のお金を使って景気の回復を目指す政策）をとって、</p>
<p>　　　　　世界恐慌を切り抜けた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・イタリアとドイツ</p>
<p>　　　　→イタリアは、ムッソリーニという人がファシスト党という政党を使って</p>
<p>　　　　　一党独裁体制（ファシズム）を作った</p>
<p>　　　　→ドイツは、ヒトラーという人がナチ党という政党を使って</p>
<p>　　　　　一党独裁体制（ナチズム）を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・ソ連</p>
<p>　　　　→スターリンという人が独裁体制を作り、計画経済を行うことで、</p>
<p>　　　　　ソ連独自の国家を中心とした経済の体制を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・イギリス</p>
<p>　　　　→イギリスと植民地の間でだけ積極的に貿易を行うという</p>
<p>　　　　　ブロック経済（保護貿易）の体制を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・世界の国々は、円安の状況で日本が自分の植民地の国に輸出を拡大することは、</p>
<p>　　ソーシャル＝ダンピングだということで批判した</p>
<p>　　※ソーシャル＝ダンピング・・低賃金や長時間労働などにして、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　低コストで作った商品を海外で売ること</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、綿花、石油、機械などを輸入していたが、</p>
<p>　　輸入はアメリカに頼るようになっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・輸出が増えたこと、赤字国債を出して軍事費や農村救済費などに</p>
<p>　　お金を大量に投資したことなどが影響して産業界が活気づくようになっていった</p>
<p>　　→日本は、１９３３年ころに世界恐慌以前の生産水準を取り戻すまでに復活してきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・世界恐慌からの脱出の時には、様々な産業が以下のように盛り上がりを見せた</p>
<p>　　→・軍事面の需要と保護貿易が影響して、重化学工業が著しく成長した</p>
<p>　　　・金属・機械・化学工業の合計の生産額が１９３３年に繊維工業を超え、</p>
<p>　　　　１９３８年に工業生産額の半分を占めた</p>
<p>　　　・産業の中心が、軽工業から重化学工業にシフトしていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・鉄鋼業の面では、八幡製鉄所を中心にして企業どうしのつながりが出てきた</p>
<p>　　→そのため、国策のための会社として日本製鉄社が誕生して、</p>
<p>　　　鋼材を自給することが出来るようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・自動車工業と化学工業の面で、日産や日窒などの新興財閥と呼ばれる財閥が出てきた</p>
<p>　　→新興財閥は、軍と手を組んで、満州や朝鮮などにも進出するようになった</p>
<p>　　→今まであった財閥は、重化学工業に力を入れるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※日産と日窒について</p>
<p>　　　　・鮎川義介という人が、日産自動車や日立製作所などによって出来ている</p>
<p>　　　　　日産コンツェルンを作った</p>
<p>　　　　　→日産コンツェルンは満州に進出して、満州の重化学工業を独占的に支配した</p>
<p>　　　　・野口遵という人が、日本窒素肥料会社という会社を基盤にして、</p>
<p>　　　　　朝鮮の北部で大水力発電所と化学コンビナートを作ることで、</p>
<p>　　　　　日窒コンツェルンを作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時は農業恐慌だったので、農民の中で、農民の救済をお願いする運動が増えてきた</p>
<p>　　→そこで政府は、時局匡救事業（その時の情勢を良くするための事業）ということで、</p>
<p>　　　公共土木事業を行って、農民が日雇い労働者として働くスタイルで現金収入を得る、</p>
<p>　　　という方法を用意した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・さらに、政府は農山漁村経済構成運動を始めた</p>
<p>　　→この時に、産業組合を増やさせることなどを行って、農民を結束させようとした</p>
<p>　　　※政府は、農民や漁民が自力で活発になることを期待していた</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・世界恐慌の後の日本と世界の様子を押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1302">世界恐慌後の日本と世界の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>ニューディール政策について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1039</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1039#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 09:36:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[パワフルくん]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界恐慌・第二次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[テネシー川流域開発公社]]></category>
		<category><![CDATA[ニューディール政策]]></category>
		<category><![CDATA[フランクリン＝ローズヴェルト]]></category>
		<category><![CDATA[プラット条項]]></category>
		<category><![CDATA[ワグナー法]]></category>
		<category><![CDATA[全国産業復興法]]></category>
		<category><![CDATA[善隣外交政策]]></category>
		<category><![CDATA[産業別労働者組織委員会]]></category>
		<category><![CDATA[農業調整法]]></category>

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		<description><![CDATA[ニューディール政策について考えてみます &#160; &#160; ・ニューディール政策について &#160; &#160; 　・アメリカでは、１９３２年の選挙で、民主党のフランクリン＝ローズヴェルトという人が 　　大統 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1039">ニューディール政策について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ニューディール政策について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ニューディール政策について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカでは、１９３２年の選挙で、民主党のフランクリン＝ローズヴェルトという人が</p>
<p>　　大統領に当選した</p>
<p>　　→ローズヴェルトは、以下のような政策を取り入れた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・農業調整法（ＡＡＡ）という法律で、生産を調整し、生産物価格を引き上げて</p>
<p>　　　　農民の生活を安定させようとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・全国産業復興法（ＮＩＲＡ）という法律で、政府と企業との協力を強め、</p>
<p>　　　　企業間の公正な競争を促した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・金本位制から離脱して、混乱していた国際経済からドル経済圏を守ろうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・公共投資による地域間の開発を行って、失業者を減らそうとした</p>
<p>　　　　※代表的な開発に、テネシー川流域開発公社（ＴＶＡ）の建設などがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９３５年にワグナー法によって、労働者の団結権と団体交渉権を確定し、</p>
<p>　　　　労働者の権利を保護した</p>
<p>　　　　→そのため、労働組合も発展し、同じ１９３５年に</p>
<p>　　　　　産業別労働者組織委員会（ＣＩＯ）が成立した</p>
<p>　　　　　※ＣＩＯは、１９３８年に産業別組織会議になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝上のような一連の政策をニューディール（新規まき直し）という</p>
<p>　　　→ニューディール政策で経済を指導することで、国民を落ち着かせようとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・外交面では、１９３３年にソ連を承認した</p>
<p>　　</p>
<p>　　　・また、ファシズムの国々の攻撃の姿勢には、西欧民主主義国を支援した</p>
<p>　　　　※ただし、公式には中立を維持した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・ラテンアメリカの国々には、キューバのプラット条項を廃止した</p>
<p>　　　　→このような動きによって、他国の政治に関わることを避け、ドル経済圏に組み入れていった</p>
<p>　　　　　＝このような政策を、善隣外交政策という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ニューディール政策についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>　　</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1039">ニューディール政策について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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