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	<title>アラエス &#187; ヘレニズム</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>ざっくりとした古代ヨーロッパ史　【地中海とキリスト】</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2464</link>
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		<pubDate>Mon, 03 Feb 2014 21:57:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[コイングラム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[オリエント地中海古代史]]></category>
		<category><![CDATA[アレクサンドロス]]></category>
		<category><![CDATA[オクタウィアヌス]]></category>
		<category><![CDATA[キリスト教]]></category>
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		<category><![CDATA[ヘレニズム]]></category>
		<category><![CDATA[ポリス]]></category>
		<category><![CDATA[ローマ帝国]]></category>
		<category><![CDATA[地中海]]></category>
		<category><![CDATA[奴隷]]></category>
		<category><![CDATA[直接民主制]]></category>

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		<description><![CDATA[ヨーロッパ史のスタート・・南ヨーロッパの地中海を中心とする地域 &#160; ※なぜ地中海から始まったのか ＝地中海が、地中海沿岸にある様々な都市を結ぶ交通路として機能したから →交通路になることで、ヒトやモノの交流を促 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2464">ざっくりとした古代ヨーロッパ史　【地中海とキリスト】</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ヨーロッパ史のスタート・・南ヨーロッパの<strong>地中海</strong>を中心とする地域</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※なぜ地中海から始まったのか</p>
<p>＝地中海が、地中海沿岸にある様々な都市を結ぶ交通路として機能したから</p>
<p>→交通路になることで、ヒトやモノの交流を促し、まとまった古代文明を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・文明は最初、東部の<strong>エーゲ海</strong>から始まった</p>
<p>→その後、文明の中心がギリシア本土に移っていった</p>
<p>＝この時、各地に<strong>ポリス</strong>と呼ばれる<strong>都市国家</strong>が誕生した</p>
<p>※当時、中でも有名だったアテネというところでは、<strong>直接民主制</strong>を使って<strong>民会</strong>が行われた</p>
<p>※民会・・成年男子の市民全体が出席する集まりのこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>→そして、紀元前4世紀に、北方の<strong>マケドニア</strong>というところがギリシア全土を征服した</p>
<p>※マケドニアの王様だった<strong>アレクサンドロス</strong>は、東方に遠征した</p>
<p>→この遠征によって、インダス川流域にまでいたる大帝国を建設した</p>
<p>＝その結果、ギリシア文化と東方文化が融合する<strong>ヘレニズム文化</strong>という文化を成立させた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・一方、イタリア半島では、紀元前8世紀ころに、イタリア人の一派だった<strong>ラテン</strong>がローマという都市国家を作った</p>
<p>＝ローマは、強力な軍事力を使って、<strong>イタリア半島を統一</strong>させた</p>
<p>→そして、紀元前1世紀に<strong>オクタウィアヌス</strong>が地中海沿岸地域を統一した</p>
<p>※この時に、オクタウィアヌスが帝政を作った</p>
<p>→その後約2世紀間は、<strong>ローマ帝国</strong>として繁栄し、「ローマの平和」が維持された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※ギリシアとローマの違い</p>
<p>・ギリシア・・精神文化が栄えた、哲学や自然科学に関する学者が学問の基礎を築いた</p>
<p>・ローマ・・実用的な文化を発展させた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※一方で、ギリシアとローマは、共通点もあった</p>
<p>・両方とも、労働の大半を<strong>奴隷</strong>が担当していた</p>
<p>・キリスト教がギリシアとローマのそれぞれの世界を形作っていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※キリスト教は、イエスの教えから出発していて、キリスト教が各帝国に広がっていった</p>
<p>※ただし、キリスト教の信者は、皇帝を崇拝することを拒否した</p>
<p>→そのため、キリスト教信者は激しい迫害を受けた</p>
<p>→しかし、迫害を受けてもキリスト教の普及は進んだ</p>
<p>＝その結果、ローマ帝国は仕方なくキリスト教を公認した</p>
<p>※4世紀の終わりには、キリスト教を国教とした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・4世紀の後半に、ドナウ川の下流域（ヨーロッパ東部）に<strong>西ゴート人</strong>という人達がいた</p>
<p>→西ゴート人は、内陸アジアから<strong>フン人</strong>という人達が押し寄せてきたことを恐れて、ローマ帝国に入ってきた</p>
<p>※この時に、<strong>ゲルマン人</strong>という人達も一緒に大移動を始めてヨーロッパ内部や北アフリカに進出した</p>
<p>＝この移動の結果、西ローマ帝国が被害を受け、5世紀の後半に西ローマ帝国が滅亡した</p>
<p>※ローマ帝国は、当時戦乱や混乱で東西に分裂していた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>→加えて、イスラームの人達が地中海に進出してきた</p>
<p>＝そのため、ローマ帝国のもとで存在していた地中海沿岸の一体的なまとまりも無くなった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>→これらの動きによって、<strong>西ヨーロッパ</strong>は地中海のまとまりから切り離された</p>
<p>※さらに、<strong>キリスト教</strong>がかなり普及していた</p>
<p>＝そのため、西ヨーロッパはキリストの影響も受けながら、独自の道を進んだ</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2464">ざっくりとした古代ヨーロッパ史　【地中海とキリスト】</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>エピクロス派とストア派の思想の違い</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1607</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1607#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 14 Nov 2013 15:30:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[チューペット]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[古代ギリシア]]></category>
		<category><![CDATA[「自然に従って生きよ」]]></category>
		<category><![CDATA[「隠れて生きよ」]]></category>
		<category><![CDATA[アタラクシア]]></category>
		<category><![CDATA[アパティア]]></category>
		<category><![CDATA[アレクサンドロス大王]]></category>
		<category><![CDATA[エピクロス派]]></category>
		<category><![CDATA[ストア派]]></category>
		<category><![CDATA[ヘレニズム]]></category>
		<category><![CDATA[快楽主義]]></category>
		<category><![CDATA[禁欲主義]]></category>

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		<description><![CDATA[エピクロス派とストア派の考え方の違いについて説明します。 &#160; ※そもそも、なぜエピクロス派とストア派の考え方が重視されるようになったのか &#160; 　→エピクロス派とストア派が重視されるまでの流れ 　　 　 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1607">エピクロス派とストア派の思想の違い</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>エピクロス派とストア派の考え方の違いについて説明します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※そもそも、なぜエピクロス派とストア派の考え方が重視されるようになったのか</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→エピクロス派とストア派が重視されるまでの流れ</p>
<p>　　</p>
<p>　　・スタート・・マケドニア王国というのが、ギリシア全てを支配した</p>
<p>　　　→その後、アレクサンドロス大王が世界国家を作って、</p>
<p>　　　　「ヘレニズム」という時代に持ち込んだ</p>
<p> 　　　→上の動きによって、人々がポリス（市民のグループ）のきずなを失ってしまった</p>
<p> 　　　　＝結果的に、人々は他人に頼ることができなくなって困ったため</p>
<p>　　　　　自分の中に幸せを求め始めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→この要求に答えたのがエピクロス派とストア派だったため、重視されるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・２つの派の考え方</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・エピクロス派</p>
<p>　</p>
<p>　・作った人（祖）－ エピクロス</p>
<p>　　</p>
<p>　・考え方 － 快楽主義</p>
<p>　　</p>
<p>　・内容 － 個人の快楽を追求することが幸福</p>
<p>　</p>
<p>　・エピクロス派の理想 － アタラクシア</p>
<p>　</p>
<p>　・アタラクシアの意味 － 短い時間であったり（刹那的）、快楽を思うがままに</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　楽しむ（享楽的） のではなく、落ち着くことで</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　精神的に心が安らぐのが良い、ということ</p>
<p>　</p>
<p>　・この派が信じている基本的な行動（信条） － 「隠れて生きよ」</p>
<p>　</p>
<p>　・「隠れて生きよ」の意味 － 政治や社会などの面倒さから隠れて、質素な生活を送り、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　 心の静けさと安らぎを守るべき</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ストア派</p>
<p>　</p>
<p>　・作った人（祖）－ ゼノン</p>
<p>　</p>
<p>　・考え方 － 禁欲主義</p>
<p>　</p>
<p>　・内容 － 理性で自分の強い感情（情念）に打ち勝つことが幸福</p>
<p>　　</p>
<p>　・ストア派の理想 － アパティア</p>
<p>　</p>
<p>　・アパティアの意味 － 情念に左右されない努力を徹底する</p>
<p>　</p>
<p>　・この派信じている基本的な行動（信条） － 「自然に従って生きよ」</p>
<p>　</p>
<p>　・「自然に従って生きよ」の意味 － 理性に従って生きることで、世の中の時代の流れとは</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　関係のない独立した自由を得ることができる</p>
<p>　</p>
<p>　・その他</p>
<p>　　→・理性を平等に分け与えれば、人間は全員が平等と考えた</p>
<p>　　　・ポリスに縛られない、世界市民（コスモポリテース）の生き方を生み出した</p>
<p>　　　・万民法（民族の違いを超えて適用する法律）の成立に関係した</p>
<p>　　　・この派から、マルクス＝アウレリウスなどが誕生している</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※この２つの派閥は、理想を個人の自由と幸せに求めた、という点で共通している</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・個人を重視する考え方が生まれたため、エピクロス派とストア派が生まれた</p>
<p>・エピクロス派は、エピクロスが作り、快楽主義で、アタラクシアで、</p>
<p>　「隠れて生きよ」が重要</p>
<p>・ストア派は、ゼノンが作り、禁欲主義で、アパティアで、「自然に従って生きよ」が重要</p>
<p>・ストア派は、世界市民や万民法、マルクス＝アウレリウスの誕生などに関与している</p>
<p>・２つの派閥は、個人が自由と幸せを得ることが理想と考えた</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1607">エピクロス派とストア派の思想の違い</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>クシャーナ朝とサータヴァーハナ朝について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/769</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/769#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 09 Oct 2013 19:09:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マイコ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アジア・アメリカ古代史]]></category>
		<category><![CDATA[カニシカ王]]></category>
		<category><![CDATA[ガンダーラ]]></category>
		<category><![CDATA[クシャーナ朝]]></category>
		<category><![CDATA[サータヴァーハナ朝]]></category>
		<category><![CDATA[バクトリア]]></category>
		<category><![CDATA[ヘレニズム]]></category>
		<category><![CDATA[大乗仏教]]></category>

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		<description><![CDATA[クシャーナ朝とサータヴァーハナ朝について考えてみます &#160; &#160; ・クシャーナ朝とサータヴァーハナ朝について &#160; &#160; 　・マウリヤ朝が衰退した時に、紀元前２世紀にバクトリアから 　　ギ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/769">クシャーナ朝とサータヴァーハナ朝について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>クシャーナ朝とサータヴァーハナ朝について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・クシャーナ朝とサータヴァーハナ朝について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・マウリヤ朝が衰退した時に、紀元前２世紀にバクトリアから</p>
<p>　　ギリシア人の勢力が西北インドに出て来た</p>
<p>　　→ギリシア人勢力は西北インドにヘレニズム文化をもたらした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後、イラン系遊牧民が西北インドに進出してきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１世紀になると、バクトリア地方からクシャーナ族がインダス川流域に入ってきた</p>
<p>　　＝そして、クシャーナ族がクシャーナ朝という王朝を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→クシャーナ朝の最盛期は、２世紀なかばのカニシカ王という王の時だった</p>
<p>　　　※カニシカ王は、中央アジアからガンジス川中流域にいたる地域を支配した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・クシャーナ朝の特徴として、以下のようなことがあげられる</p>
<p>　　→・クシャーナ朝は、中国とローマを結ぶ交通路の重要な位置だった</p>
<p>　　　　→そのため、クシャーナ朝では国際的な経済活動が活発に行われていた</p>
<p>　　　・ローマの貨幣を参考にして大量の金貨が発行された</p>
<p>　　　　※これは、当時ローマとの交易が盛んであり、大量の金が</p>
<p>　　　　　インドにもたらされたことによる影響だと言われている</p>
<p>　　　　※この時の貨幣には、イランやギリシア、インドなどの文字や神々が描かれていた</p>
<p>　　　　　＝これは、東西の交流が発展していたことを示している</p>
<p>　　　・大乗仏教を保護した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※当時の宗教について</p>
<p>　　　・紀元前後に、仏教の中から新しい運動が生まれてきた</p>
<p>　　　・今までの仏教は、出家者が厳しい修行を行って自分自身が</p>
<p>　　　　救われることを求めるものだった</p>
<p>　　　・新しい仏教では、様々な人々を救うことを目指した</p>
<p>　　　　→そのため、新しい仏教のような運動を、様々な人々の大きな乗り物</p>
<p>　　　　　という意味を込めて、大乗と呼んだ</p>
<p>　　　　　※大乗仏教に対し、今までの仏教を小乗仏教と呼ぶことがある</p>
<p>　　　　　※小乗仏教は、多くの部派に分かれたが、その中の上座部というのが、</p>
<p>　　　　　　大きな勢力を持つようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・大乗仏教は、小乗仏教を自分だけの悟りを目的とした自己中心的なものだと批判した</p>
<p>　　　　→そのため、大乗仏教は自分の悟りよりも、人々を救うことのほうが大切だと考えていた</p>
<p>　　　　　＝結果的に、出家しないまま修行を行う意義を説いた菩薩信仰が広がっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・今まではブッダはおそれ多いものとされて、具体的な像が作られることがなかった</p>
<p>　　　　→しかし、ヘレニズム文化の影響を受けて、仏像が生み出されることで</p>
<p>　　　　　信仰されるようになっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・大乗仏教は、クシャーナ朝の保護を受けていることもあり、</p>
<p>　　　　ガンダーラという王国を中心とした仏教美術と一緒に、</p>
<p>　　　　中央アジア、中国、日本などに影響を与えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・クシャーナ朝とおなじように勢力を持っていたのは、西北インドから南インドにかけて</p>
<p>　　勢力を持っていたサータヴァーハナ朝という王朝だった</p>
<p>　　→サータヴァーハナ朝では、仏教やジャイナ教の活動がさかんだった</p>
<p>　　→サータヴァーハナ朝のもとで、北インドから南インドへ多くのバラモンが招かれた</p>
<p>　　　＝その結果、北インドと南インドの文化の交流が進むことになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・クシャーナ朝についておさえる</p>
<p>・大乗仏教を中心とした当時の宗教の様子についておさえる</p>
<p>・サータヴァーハナ朝についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/769">クシャーナ朝とサータヴァーハナ朝について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>ローマの生活と文化について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/693</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/693#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 04 Oct 2013 21:06:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[世界は仲間]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[オリエント地中海古代史]]></category>
		<category><![CDATA[ウェルギリウス]]></category>
		<category><![CDATA[ガリア戦記]]></category>
		<category><![CDATA[グレゴリウス暦]]></category>
		<category><![CDATA[コロッセウム]]></category>
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		<category><![CDATA[ヘレニズム]]></category>
		<category><![CDATA[ローマ法]]></category>
		<category><![CDATA[古典古代]]></category>
		<category><![CDATA[天動説]]></category>
		<category><![CDATA[神学]]></category>

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		<description><![CDATA[ローマの生活と文化について考えてみます &#160; &#160; ・ローマの生活と文化について &#160; &#160; 　・ローマ人は、精神の文化と実用的文化への対応が違った 　　→・精神文化・・ローマ人はギリシア [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/693">ローマの生活と文化について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ローマの生活と文化について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ローマの生活と文化について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ローマ人は、精神の文化と実用的文化への対応が違った</p>
<p>　　→・精神文化・・ローマ人はギリシアのマネで終わってしまった</p>
<p>　　　・実用的文化・・ギリシアから学んだ知識を帝国の支配に応用する文化については</p>
<p>　　　　　　　　　　　　優れた能力を見せた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ローマの素晴らしいところは、帝国の支配を通して、地中海世界の様々なところに</p>
<p>　　　ギリシア・ローマの古典文化を広めたことにある</p>
<p>　　　→ギリシア・ローマ時代は、「古典古代」とも呼ばれる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ギリシア・ローマ文化が広まった具体的な例</p>
<p>　　　・ローマ字がヨーロッパの多くの言語で使われている</p>
<p>　　　・ローマ人が話したラテン語は、近代になるまで</p>
<p>　　　　教会や学術の国際的な公用語だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ローマの実用的な文化は、土木・建築技術の面で典型的に</p>
<p>　　表現されたと言われている</p>
<p>　　→都市には、浴場、闘技場、凱旋門、道路、水道橋などが作られた</p>
<p>　　　※今日まで残る遺物として、コロッセウム（円形闘技場）、パンテオン（万神殿）、</p>
<p>　　　　　アッピア街道などがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・都市のローマには、約１００万人の人々が住んでいた</p>
<p>　　→そのため、ローマでは楽しい、快楽的な都市文化が盛んになっていった</p>
<p>　　　※当時のローマの下層民は、「パンと見世物」を楽しみに生きていた</p>
<p>　　　　＝・パン・・有力な政治家が恩恵として配給する穀物に頼って生活していた</p>
<p>　　　　　・見世物・・闘技場での見世物で歓声を上げていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ローマの実用的文化が後世に最も大きな影響を与えたローマの文化遺産は、</p>
<p>　　ローマ法という法律だった</p>
<p>　　※ローマが様々な習慣を持つ多くの民族を支配するようになると、</p>
<p>　　　全員が納得する普遍的な法律が必要になってきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→ローマ法は、十二表法をベースにして作られ、</p>
<p>　　　　最初はローマ市民だけに適用されていた</p>
<p>　　→その後、ヘレニズム思想の影響を受けて、帝国に住む全ての人々に</p>
<p>　　　　適用される万民法に変わっていった</p>
<p>　　　＝当時の万民法の集大成は、６世紀に東ローマ帝国のユスティニアヌス大帝が</p>
<p>　　　　トリボニアヌスなどの法学者を集めて編纂させた</p>
<p>　　　　「ローマ法大全」というものだと言われている</p>
<p>　　　　※ヘレニズムのストア派哲学では、法律は宇宙の支配原理である</p>
<p>　　　　　自然の法則にもとづくべきだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→ローマ法は中世や近代にも受け継がれ、今日のわれわれの生活にも</p>
<p>　　　深い影響を与えていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・現在使われているグレゴリウス暦は、カエサルが作ったユリウス暦から</p>
<p>　　作られたものであると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ローマ人は、文芸や学問の分野ではギリシア人の独創性を超えられなかったが、</p>
<p>　　以下のようなことがあった　</p>
<p>　　</p>
<p>　　→・アウグストゥスの時代はラテン文学の黄金期だと言われている</p>
<p>　　　　※しかし、アウグストゥスの時代に活躍したウェルギリウスなどの作品は、</p>
<p>　　　　　ギリシア文学の影響が強い</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・散文では、カエサルの「ガリア戦記」という作品が名文だと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・ギリシアで始まった弁論術はローマでも発達し、</p>
<p>　　　　ローマ最大の弁論家と言われるキケロという人を生み出した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・歴史記述の分野では、リウィウスの「ローマ史」やタキトゥスの「年代記」などが有名</p>
<p>　　　　※リウィウスやタキトゥス以外にも、以下のような歴史書や地理誌が有名</p>
<p>　　　　　→・政体循環史観という考え方で有名なポリビオスの「歴史」</p>
<p>　　　　　　・ギリシア・ローマの英雄的な人物の生涯をえがいたプルタルコスの「対比列伝」</p>
<p>　　　　　　・当時の段階で知られていた全世界の地誌を記述したストラボンの「地理誌」　など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・哲学の分野では、当時はストア派哲学の影響が強く、以下の人達が有名</p>
<p>　　　　→・セネカの「幸福論」やエピクテトスが考えた道徳哲学は、上流階層に広がっていった</p>
<p>　　　　　・皇帝のマルクス＝アウレリウス＝アントニヌスはストア派哲学者としても有名だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・自然科学の分野では、以下のような人達が活躍した</p>
<p>　　　　→・プリニウスという人が百科全書的な知識の集大成として「博物誌」を書いた</p>
<p>　　　　　・プトレマイオスという人が「天文学大全」を書き、天動説を提唱した</p>
<p>　　　　　　※天動説・・地球は止まっていて、地球の周りを様々な天体が回っている</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　という説のこと</p>
<p>　　　　　　　→天動説は、イスラーム世界を通って中世ヨーロッパに伝わり、</p>
<p>　　　　　　　　長い間西欧人の宇宙観を支配した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ローマ人の宗教は、ギリシアと同じで多神教だった</p>
<p>　　→帝政期の民衆のあいだではミトラ教やマニ教など</p>
<p>　　　　東方から伝わった神秘的な宗教が流行した</p>
<p>　　　＝そのような状況の中で最終的に勝ち残って国家宗教の地位を獲得したのが</p>
<p>　　　　キリスト教だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・ローマ帝政の末期には、エウセビオスやアウグスティヌスなどの教父と呼ばれる</p>
<p>　　キリスト教の思想家たちが正統教義の確立のために努力していた</p>
<p>　　→この動きは、のちの神学の発展に貢献した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ローマの生活と文化についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/693">ローマの生活と文化について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>ヘレニズムについて　－流れと当時の様子－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/679</link>
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		<pubDate>Fri, 04 Oct 2013 18:45:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[世界は仲間]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[オリエント地中海古代史]]></category>
		<category><![CDATA[アレクサンドリア]]></category>
		<category><![CDATA[アレクサンドロス大王]]></category>
		<category><![CDATA[ディアドゴイ]]></category>
		<category><![CDATA[ヘレニズム]]></category>
		<category><![CDATA[マケドニア]]></category>

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		<description><![CDATA[・ヘレニズムの時代までの流れについて &#160; &#160; 　・フィリッポス２世の子供にアレクサンドロス大王という人がいた 　　→アレクサンドロス大王は、マケドニアとギリシアの連合軍を連れて、 　　　紀元前３３４年 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/679">ヘレニズムについて　－流れと当時の様子－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>・ヘレニズムの時代までの流れについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・フィリッポス２世の子供にアレクサンドロス大王という人がいた</p>
<p>　　→アレクサンドロス大王は、マケドニアとギリシアの連合軍を連れて、</p>
<p>　　　紀元前３３４年に東方遠征をした</p>
<p>　　　※東方遠征には、今までギリシアの国々の争いに時々絡んでいた</p>
<p>　　　　ペルシアを倒すという目的があった</p>
<p>　　　　＝結果的に大王は、エジプトを征服し、ギリシアを倒した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※さらにその後は、連合軍を連れてインドの西北部にまで行き、</p>
<p>　　　　東西にまたがるほどの大きな帝国を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・しかし、アレクサンドロス大王が急死するという出来事が起きた</p>
<p>　　→そのとき、アレクサンドロス大王が持っていた領土はディアドゴイ（後継者）と呼ばれる</p>
<p>　　　部下の将軍たちによって争われた</p>
<p>　　　＝その結果、アンティゴノス朝マケドニア、セレウコス朝シリア、</p>
<p>　　　　プトレマイオス朝エジプトなどの国々に分裂した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　＝以上の流れを踏まえ、大王の東方遠征から</p>
<p>　　一番長く続いたプトレマイオス朝エジプトが滅亡する（紀元前３０年）</p>
<p>　　までの約３００年間をヘレニズム時代という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ヘレニズム時代の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ヘレニズムの時代は、ギリシア風の都市がオリエントやその周辺に多く作られた</p>
<p>　　→これらの都市を中心にギリシアの文化が広がっていった</p>
<p>　　　※中でも、エジプトのアレクサンドリアは、</p>
<p>　　　　　経済や文化の中心の都市として大いに栄えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ポリスはマケドニアに征服されて政治的な独立を弱めたが、</p>
<p>　　ポリスをモデルとした文明生活の基本としての都市は、</p>
<p>　　その後も古代地中海世界に生き残り続けた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ポリスの変質についておさえる</p>
<p>・ペロポネソス戦争とその後の様子についておさえる</p>
<p>・ヘレニズム時代までの流れとその様子についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/679">ヘレニズムについて　－流れと当時の様子－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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