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	<title>アラエス &#187; 公共事業</title>
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	<item>
		<title>財政の役割と財政政策について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1846</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1846#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 12:25:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ロンリ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済制度・現代経済]]></category>
		<category><![CDATA[ナショナル・ミニマム]]></category>
		<category><![CDATA[ビルド・イン・スタビライザー]]></category>
		<category><![CDATA[フィスカル・ポリシー]]></category>
		<category><![CDATA[ポリシー・ミックス]]></category>
		<category><![CDATA[公共事業]]></category>
		<category><![CDATA[有効需要政策]]></category>
		<category><![CDATA[混合経済]]></category>
		<category><![CDATA[累進課税]]></category>
		<category><![CDATA[経済主体]]></category>
		<category><![CDATA[財政政策]]></category>

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		<description><![CDATA[財政の役割と財政政策について考えてみます &#160; &#160; ・財政の役割と財政政策について &#160; 　・財政政策とは・・政府が社会的な目標を達成するために、 　　　　　　　　　　財政をその手段として使うと [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1846">財政の役割と財政政策について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>財政の役割と財政政策について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・財政の役割と財政政策について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・財政政策とは・・政府が社会的な目標を達成するために、</p>
<p>　　　　　　　　　　財政をその手段として使うという政策のこと</p>
<p>　　→財政政策は、大きく３つに分けることができる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　①資源配分の調整</p>
<p>　　・社会的共通資本（道路や病院、学校など）は、全員が平等に受けることが</p>
<p>　　　できる必要があるが、社会的共通資本を市場にゆだねると、</p>
<p>　　　社会的共通資本を受けることができない人が出てくる必要がある</p>
<p>　　　→そこで、政府が公共のサービスとして提供することで、私的な財と公的な財のバランスを</p>
<p>　　　　コントロールする必要がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　②所得の再分配</p>
<p>　　・所得分配の不平等を直すために、政府が所得税を累進税率（累進課税）にする</p>
<p>　　　※累進課税・・課税の対象（ここでは給料）の額が大きくなるほど、</p>
<p>　　　　　　　　　　税率が高くなる仕組みのこと</p>
<p>　　　　　　　　　　→逆の場合として、誰でも同じように取る税金の仕組みを逆進課税という</p>
<p>　　　　　　　　　　　（例：消費税など）</p>
<p>　　</p>
<p>　　・ナショナル・ミニマム（国家が国民の最低限度の生活水準を保障すること）の</p>
<p>　　　保障のために財政の支出を行う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→このようなことをやって、多くのお金を持っている人からは徴収して、</p>
<p>　　　　少ないお金しかない人にはお金を渡すようにして、所得の再分配をすることで、</p>
<p>　　　　格差を直していく</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　③景気の安定化</p>
<p>　　・景気を安定させるために、政府が収入と支出という動きを手段にとして使う</p>
<p>　　　→代表的なものにフィスカル・ポリシーがある</p>
<p>　　　※フィスカル・ポリシー・・総需要を大きくして、景気の回復、完全雇用、安定成長を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　達成しようとする政策のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　→そのために、不景気の時に減税をしたり、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　公共事業を増やしたりするということなどが考えられる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・財政制度の中に存在している景気の自動安定装置（ビルド・イン・スタビライザー）が</p>
<p>　　　景気を安定させる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→・景気が悪い時</p>
<p>　　　　　・所得が減って、消費支出も減るが、累進課税や失業保険などがあるので、</p>
<p>　　　　　　消費支出が少なすぎるという現象を押さえられる可能性がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　・景気が良い時</p>
<p>　　　　　・所得が増えて行く分、税金の負担も増えていくので、</p>
<p>　　　　　　景気が良すぎるのを押さえられる可能性がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※政府には、経済に関する様々な目標があるが、</p>
<p>　現在の財政政策は、景気、物価、国際収支を同時に安定させることを目指している</p>
<p>　＝このように、金融政策や為替政策などと組み合わせて目標の達成を目指すことを、</p>
<p>　　ポリシー・ミックスという</p>
<p>　　→現在では、ポリシー・ミックスという考え方が重視されている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・最近注目されている財政の動きと考え方について</p>
<p>　→最近では、混合経済、有効需要政策、公共事業などを見直すことが良いのではないか</p>
<p>　　と言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・混合経済について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・経済は基本的に経済主体が生産と消費をすることで成り立つ</p>
<p>　　</p>
<p>　　・そもそも経済主体とは・・収入と支出という経済活動を行う主体のことで、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　経済主体には、家計、企業、政府の３つがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→家計、企業、政府は、それぞれの目的や行動が違うが、</p>
<p>　　　収入を得て目的のために支出をする、という点は同じ</p>
<p>　　　※家計や企業は民間部門と呼ばれ、政府は公的部門と呼ばれる</p>
<p>　　　　→最近では、民間部門と公的部門に加えて、非営利組織や非政府組織も</p>
<p>　　　　　経済主体になりつつあると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝企業などの民間の部門だけではなく、政府の部門が重要な役割を果たす経済を、</p>
<p>　　　混合経済という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・有効需要政策について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ケインズという人が、有効需要の理論というものを提唱した</p>
<p>　　※有効需要の理論・・不況の原因などは、社会の供給に対して需要が足りていない</p>
<p>　　　　　　　　　　　　（有効需要が足りていない）からだと考えて、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　有効需要（実際にお金を使う範囲内での需要）を増やすべき</p>
<p>　　　　　　　　　　　　という理論のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ケインズは、不況を抜け出して、</p>
<p>　　　完全雇用（働く意志のある人が全員働くことができる状態のこと）にするために・・</p>
<p>　　　→政府が放任をすることを辞めて、政府が財政政策や金融政策を</p>
<p>　　　　積極的に行う必要があると考えた</p>
<p>　　　　＝このように、政府が自由放任から抜けて、政府が大きな役割を担う資本主義を</p>
<p>　　　　　修正資本主義と言う</p>
<p>　　　　※ケインズの考え方では、政府は景気の安定を目指すだけでなく、</p>
<p>　　　　　社会保障や社会福祉の部分も行うべきとしている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※ケインズの理論は、</p>
<p>　　　　アメリカでローズベルト大統領が行ったニューディール政策で使われた</p>
<p>　　　　＝自由放任（レッセフェール）の経済から、政府が介入する経済に変えていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・公共事業について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・昔の財政制度は、無駄な公共事業が多く、それをどのようにして無くしていくかが</p>
<p>　　問題だと考えられた</p>
<p>　　※無駄な例－・全然使われない施設が作られる　　</p>
<p>　　　　　　　　・目的が良く分からない公共事業をする　　など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このような無駄を無くす、という目的で行財政改革というのが行われ、</p>
<p>　　　特別会計を見直した、財政投融資計画というのが作られるようになってきている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※しかし、行財政改革によって、特殊法人という法人が、</p>
<p>　　　以前は財政投融資の資金で行っていたにも関わらず、</p>
<p>　　　金融市場を使って自分で資金を稼がなければいけないことになった</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1846">財政の役割と財政政策について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>財政再建の歴史・税負担の公平化と公共事業について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1730</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1730#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 20:46:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マグロベース]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済の仕組み]]></category>
		<category><![CDATA[アジア通貨危機]]></category>
		<category><![CDATA[クロヨン]]></category>
		<category><![CDATA[プライマリーバランス]]></category>
		<category><![CDATA[公共事業]]></category>
		<category><![CDATA[垂直的公平]]></category>
		<category><![CDATA[行財政改革]]></category>
		<category><![CDATA[財政再建]]></category>
		<category><![CDATA[財政危機]]></category>
		<category><![CDATA[財政投融資計画]]></category>
		<category><![CDATA[財政構造改革法]]></category>

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		<description><![CDATA[財政について、歴史などを中心に考えてみます &#160; &#160; ・財政再建という考え方について 　→１９８０年代の日本の財政の最大のポイントは財政再建だと言われていた &#160; &#160; &#160; ・ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1730">財政再建の歴史・税負担の公平化と公共事業について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>財政について、歴史などを中心に考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・財政再建という考え方について</p>
<p>　→１９８０年代の日本の財政の最大のポイントは財政再建だと言われていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・財政再建の流れと経緯について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９７３年の石油危機の後に、政府は赤字国債を発行しないとやっていけない状況になった</p>
<p>　　→そのため、国債がどんどん増えて行って、財政危機（財政が危険な状態）</p>
<p>　　　という事態になった</p>
<p>　</p>
<p>　・財政危機に対して、政府が一般消費税（消費財にかかる税金）をかけようとしたが、</p>
<p>　　国民に反対されたのであきらめた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・そこで、政府は財政改革というものを行い、同時に行政改革というものも行っていった</p>
<p>　</p>
<p>　・上の結果、財政収支が回復し始めた</p>
<p>　　※１９９０年の時の予算の中身は、赤字国債の発行がゼロで、国債依存度というのが</p>
<p>　　　１０％以下になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・しかし、バブル崩壊後の不況の状況だったので、また国債が増え、赤字額も増えていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・そこで、政府は１９９７年に財政構造改革法という法律を出して、</p>
<p>　　財政の立て直しを目指したが、アジア通貨危機という問題が発生して、</p>
<p>　　日本にも影響して、ダメージを与えてしまったので、改革が中止になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※結果的にプライマリーバランスがどんどん赤字になっていった</p>
<p>　　・プライマリーバランス・・財政収支から、国債の費用と国債による収入を除いた、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　基礎的財政収支のこと</p>
<p>　　</p>
<p>　→このような状況だったので、ちょっとした改革だけでは対応しきれなくなり、</p>
<p>　　根本的な改革というものが必要になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※ただし、現在の日本は、少子高齢化があったり、海外との交流が増えていたりと、</p>
<p>　　支出が増える傾向にある</p>
<p>　　→そこで、収入をどのようにして獲得していくかが問題として見られるようになった</p>
<p>　　　＝そのため、収入の仕組みと支出の仕組みを考え直していくことが必要だと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・最近注目されている財政の動きと考え方について</p>
<p>　→代表的なものに、税負担の公平化、公共事業の見直しなどが挙げられる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・税負担の公平化について</p>
<p>　</p>
<p>　・基本的に税金の負担は公平になっていることが原則だと言われている</p>
<p>　　→そこで、公平について、垂直的公平と水平的公平という２つの見方がある</p>
<p>　　　</p>
<p>　　・垂直的公平・・所得や資産などの格差を修正する、という見方</p>
<p>　　・水平的公平・・どのような職業であろうと、同じくらいの収入がある人からは、</p>
<p>　　　　　　　　　　同じように税金を取る、という見方</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※そもそも、なぜ「公平化」ということを考える必要があるのか</p>
<p>　　　→日本は、職業によって、国税庁が所得をどれくらい把握しているかが違う</p>
<p>　　　　例・・源泉徴収（サラリーマンなど）・・１０割</p>
<p>　　　　　　　自己申告（自営業など）・・５割</p>
<p>　　　　　　　農業の人達・・３割</p>
<p>　</p>
<p>　　　　　　　→このような現状から、トーゴーサン（１０・５・３）と言われて、</p>
<p>　　　　　　　　不公平感を表す言葉になっている</p>
<p>　　　　　　　　※この言葉は、クロヨン（９・６・４）と言われることもある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・公共事業について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・昔の財政制度は、無駄な公共事業が多く、それをどのようにして無くしていくか</p>
<p>　　が問題だと考えられた</p>
<p>　　※無駄な例－・全然使われない施設が作られる　　・目的が良く分からない公共事業をする　　</p>
<p>　　　など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このような無駄を無くす、という目的で行財政改革というのが行われ、</p>
<p>　　　特別会計を見直した、財政投融資計画というのが作られるようになってきている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※しかし、行財政改革によって、特殊法人という法人が、以前は財政投融資の資金で</p>
<p>　　　行っていたにも関わらず、金融市場を使って、</p>
<p>　　　自分で資金を稼がなければいけないことになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・財政再建の流れを押さえる</p>
<p>・税負担の公平化の見方を押さえる</p>
<p>・公共事業の無駄を省く考え方を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1730">財政再建の歴史・税負担の公平化と公共事業について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>日本財政の類型化―2、開発主義国家型財政（2-1公共事業）</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/744</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/744#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 09 Oct 2013 01:54:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ルーブル]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦後・占領期]]></category>
		<category><![CDATA[もはや戦後ではない]]></category>
		<category><![CDATA[全国総合開発計画]]></category>
		<category><![CDATA[公共事業]]></category>
		<category><![CDATA[所得倍増計画]]></category>
		<category><![CDATA[開発主義]]></category>

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		<description><![CDATA[2､開発主義国家型財政 1950年代中頃に入ると戦後復興も一段落しました。1956年、経済企画庁が『経済白書』の中で述べた「もはや戦後ではない」という文言にも表れているように、本格的な経済成長の局面を迎えることとなりまし [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/744">日本財政の類型化―2、開発主義国家型財政（2-1公共事業）</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>2､開発主義国家型財政</p>
<p>1950年代中頃に入ると戦後復興も一段落しました。1956年、経済企画庁が『経済白書』の中で述べた「もはや戦後ではない」という文言にも表れているように、本格的な経済成長の局面を迎えることとなりました。これに伴って、政府の財政運営のあり方は、戦後復興のための財政から、経済成長のための財政へとシフトしていきました。後藤が指摘するように、「経済成長」を第一の目的とする長期的・系統的な国家介入のことを「開発主義」と呼びます(後藤下記参考文献、130頁)。時期区分的には、1950年代半ばから60年代半ばに相当します。以下では、前述の開発主義の定義を受け入れた上で、その中身を見ていきましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2-1　公共事業</p>
<p>　開発主義について考える上では、まず公共事業が重要です。戦後直後の日本においての公共事業は、戦災からの復興、自然災害への対処、軍需産業から民需産業への転換など、重要な役割を担っていました。政治的にも、1946年に制定された日本国憲法では、軍事力の放棄が明記され、60年には日米安全保障条約も成立し、防衛関係費の重要性は急激に低下したため、その財源を公共事業に振り向けられるようになりました。</p>
<p>　高度成長期に入ると公共事業は、前節で触れたような戦後復興から企業の経済活動の基盤整備へと重点を移していきました。そのきっかけとなったのが1960年の所得倍増計画や62年の全国総合開発計画です。こうした国の経済計画の策定によって道路や港湾、鉄道、工業用地など、産業基盤への投資が拡大していきました。こうした政策が製造業や建設業の競争力強化につながりました。</p>
<p>この時期で重要なのは、第1に、民間の旺盛な需要に応じるための公共事業だったという点です。この時期はいわゆる「投資が投資を呼ぶ」状態で、公共事業による産業基盤整備が民間設備投資をいっそう有利にさせ、これが更なる公共事業を要請するという循環を作りました。つまり、民間設備投資を下支えする役割の公共事業だったのです。</p>
<p>　第2に重要なのは、公共事業を地域別にみると、関東、東海、近畿といった大都市に集中しているという点です(藤田下記参考文献、172-173頁、第14表を参照)。これは50年代半ばから60年代半ばの公共事業が、民間設備投資や人口の大都市集中、つまり大都市の大きな需要に対応して行われたことを反映しています。図3-1が示すように、高度成長による大規模な地域開発によって、労働力が第1次産業から第2・3次産業へと移動しています。これは言い換えれば、地方から大都市へと人口移動が起きたことを示します。地方から大都市へと人口移動が起きたということは、総務省統計局の『都道府県別人口増減率』をみても明らかです。</p>
<p>このような大都市集中配分は、1965年前後まで続くことになります。現在は公共事業と聞けば無駄であるという話になりがちですが、60年代中頃までは、旺盛な民間設備投資に応えるための重要な役割を果たしていたのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>以上をまとめると、50年代中頃から60年代中頃の公共事業の役割は、企業の旺盛な需要に応えるための、純粋に必要とされた公共事業でした。こうした公共事業の役割は、都市部への労働移動に伴う地方の過疎化の進行や高度成長の終焉、世界経済の不況などを背景に次第に変質していきます。これについてはケインズ主義型財政として別途詳述します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>図3-1</p>
<p> <br /><img src="http://ahlaes.com/wp-content/uploads/2013/11/image0011.png" alt="Image" width="599" height="378" /></p>
<p>出所：総務省統計局『産業,従業上の地位,男女別就業者数19-8-a』より作成</p>
<p>　<a href="http://www.stat.go.jp/data/chouki/19.htm" class="broken_link">http://www.stat.go.jp/data/chouki/19.htm</a>（閲覧日：2013年11月1日）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>参考文献、資料</p>
<p>・石弘光『現代税制改革史』東洋経済新報社、2008年、169-183、229-232、243-248頁</p>
<p>・井手英策『財政赤字の淵源―寛容な社会の条件を考える』有斐閣、2012年、122-157頁</p>
<p>・同上『日本財政　転換の指針』岩波書店、2013年、36-66頁</p>
<p>・後藤道夫『反「構造改革」』青木書店、2002年、130頁</p>
<p>・藤田武夫『現代日本地方財政史(中巻)』日本評論社、1978年、170-176頁</p>
<p>・藤田武夫『現代日本地方財政史(下巻)』日本評論社、1984年、頁</p>
<p>・宮本憲一『現代資本主義と国家』岩波書店、1981年、209頁</p>
<p>・総務省統計局『労働力調査年報』「19-8-a  産業，従業上の地位，男女別就業者数」<a href="http://www.stat.go.jp/data/chouki/19.htm" class="broken_link">http://www.stat.go.jp/data/chouki/19.htm</a>（閲覧日：2013年9月20日）</p>
<p>・『都道府県別人口増減率―総人口(大正9年～平成12年)』</p>
<p><a href="http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000000090004&amp;cycode=0">http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000000090004&amp;cycode=0</a> (閲覧日：2013年11月1日)</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/744">日本財政の類型化―2、開発主義国家型財政（2-1公共事業）</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>戦後から現在までの概観と時期区分―高度成長期（1955-1975）</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/670</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/670#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 04 Oct 2013 06:29:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ルーブル]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦後・占領期]]></category>
		<category><![CDATA[スタグフレーション]]></category>
		<category><![CDATA[ニクソンショック]]></category>
		<category><![CDATA[ベビーブーム]]></category>
		<category><![CDATA[公債不発行主義]]></category>
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		<category><![CDATA[成長、投資、輸出]]></category>
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		<category><![CDATA[社会保障]]></category>
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		<description><![CDATA[  &#160; 2-1均衡財政期 　50年代中頃に入ると、本格的な経済成長の局面を迎えることとなりました。この経済成長は他の先進諸国に類をみないほどの成長率だったため、一般に「高度成長」と呼ばれています。高度成長がもた [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/670">戦後から現在までの概観と時期区分―高度成長期（1955-1975）</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p align="center"> </p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2-1均衡財政期</p>
<p>　50年代中頃に入ると、本格的な経済成長の局面を迎えることとなりました。この経済成長は他の先進諸国に類をみないほどの成長率だったため、一般に「高度成長」と呼ばれています。高度成長がもたらされた要因としては、第1に日本経済の供給・需要の両サイドに源泉がありました。供給サイドでは、終戦後の海外からの帰国者とベビーブームを背景に、豊富な人口と高い教育水準が合わさって質の高い労働力が供給されました。また、家計の旺盛な貯蓄を背景に、設備投資が活発化することで生産能力を拡大しました。第2に、需要サイドの拡大も経済成長に重要な役割を果たしました。経済成長とともに賃金も順調に上昇したため、需要が急速に拡大した生産能力を十分に吸収し、高度成長の原動力となっていたのです。</p>
<p>　第3に、政府主導の成長政策も重要です。50年代中頃以降、政府は経済成長を最大の目的とし、それを推進する立場を明確にしました。具体的には、「経済自立5ヵ年計画」を作成し、重要な政策目標として「成長、投資、輸出」の3つを結び付け、それを支援することを打ち出しました。これを達成するための手段として、石は①租税および政府支出政策②金融政策③財政投融資の活用④総需要拡大政策の堅持⑤経済安定より成長を志向の5つにまとめています(下記参考文献、172頁)。これは、後藤の言うところの「開発主義」（下記参考文献、130頁）と呼ぶことができます。</p>
<p>　50年代中頃から60年代における高度成長と税・財政の関係については、詳細は改めて書くことにしますが、簡単にまとめると、財政は公共事業費や社会保障関係費などの増加によってそれなりに拡大を続けました。しかし、高度成長に支えられた自然増収によって財源は十分に賄われ、一般会計の均衡財政原則は堅持されました。他方の税制は、高度成長期の租税政策として、①一貫した減税政策②強力な租税誘因政策(優遇措置)が行われました。急速な成長に伴う国民の税負担の増大を背景に、政府は経済成長で年々増大するこの財源を、西欧諸国のように政府支出の拡大には用いず、減税に充当する政策を採用したのです。</p>
<p>60年代前半に入ると、景気の後退局面を迎えることで自然増収にもかげりが見られ、その後は高度成長を支えるための財源として、いよいよ公債発行の必要性が議論されるようになりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2-2財政運営の転換期</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>図2-1<br /><img alt="Image" src="http://ahlaes.com/wp-content/uploads/2013/10/image001.gif" /></p>
<p>注：普通国債の残高。18年度までは実績額。19、20年度は見込み額。</p>
<p>(出所：第59回『日本統計年鑑　平成22年』</p>
<p><a href="http://www.stat.go.jp/naruhodo/c1data/13_03_stt.htm" class="broken_link">http://www.stat.go.jp/naruhodo/c1data/13_03_stt.htm</a>)</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　65年は日本の財政にとって極めて重要な年でした。1947年の財政法制定以来、長期にわたって維持されてきた「公債不発行主義」からの転換、つまり初めて特例公債(赤字公債)が発行されたのです。図2-1が昭和41年（1966年）からのデータになっているのもそのためです。ここでの「公債不発行主義」は、一般会計における長期普通内国債に限定した狭義のものでしたが、それでも20年近くもそれを維持したことは注目に値します。</p>
<p>　公債発行の背景としては、景気過熱による国際収支の悪化から、金融の引き締めに転じたので不況期に入っており、法人税収が伸び悩んでいたことがあります。加えて、所得税を中心に減税も実施されていたために税収が明らかに不足していたのです。こうして65年度予算は当初は均衡予算でしたが、公債発行を盛り込んだ補正予算を組むことで歳入補填をし、更には財政による景気の下支えという政策手段としての役割も担うようになりました。翌年には当初予算から建設国債を発行し、有効需要の拡大を図るとされました。要するに、65年以降の日本の財政は、「国債を抱いた財政」という、新たな局面に入ったのです。</p>
<p>　とはいえ、政府は公債政策によるインフレや安易な公債依存に対する問題意識もあったため、建設公債の原則や市中消化の原則を堅持し、69年には「減債制度」も確立しました。更に翌年には「財政硬直化」打開のキャンペーンが打ち出され、66年後半から70年までの「いざなぎ」景気も相まって、公債依存度は急速に低下していきました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2-3経済構造の転換期</p>
<p>70年代に入ると「いざなぎ景気」も終わりを迎え、景気後退局面に入りました。この時期は国際社会においても大きな変化が生じており、日本もその影響を大きく受けました。例えば、日本経済の最初の混乱は71年のニクソンショックです。これによって戦後一貫して採用してきた1ドル＝360円の固定為替レートは308円に切り上げられた。この円切り上げは日本の輸出産業に少なからず影響を与え、実質成長率を低下させました。また、73年には第1次石油ショックが勃発し、スタグフレーションの局面を迎えました。更に74年には戦後初の実質成長率ゼロを記録しました。その後の回復力も弱く、以前のような力強い経済成長に戻ることはありませんでした。ここで高度成長の終焉を迎え、いわゆる「安定成長」へと移行していったのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>参考文献</p>
<p>・石弘光『現代税制改革史』東洋経済新報社、2008年、167-176、327-330頁</p>
<p>・後藤道夫『反「構造改革」』青木書店、2002年、130頁</p>
<p>・納富一郎、岩元和秋、中村良広、古川卓萬『戦後財政史』税務経理協会、1988年、109-111、204-209頁</p>
<p>・山口公生『図説　日本の財政』東洋経済新報社、2011年、354-356頁</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/670">戦後から現在までの概観と時期区分―高度成長期（1955-1975）</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>「財政赤字の淵源」を読んでみた</title>
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		<pubDate>Mon, 02 Sep 2013 04:50:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[大きな魚]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[社会科コラム全般]]></category>
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		<category><![CDATA[公共事業]]></category>
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<p>日本における膨大な財政赤字の原因を歴史的アプローチから解明した上で、今後の人々の生活を支える財政制度をどのように設計していくかを提言した書。第Ⅰ部では戦時期の高橋財政や大蔵省統制、占領期の財政運営などを切り口に、日本の財政の原型がどのように作られたかを検討している。第Ⅱ部では高度成長期における公共事業と減税による利益分配メカニズムについて検討している。第Ⅲ部では各部を踏まえた上で、近年では財政ニーズが変化しているにもかかわらずそれに対応した政策運営ができなかったことを指摘しつつ、今後のあるべき財政システムを提言している。</p>
<p>第Ⅰ部の大蔵省統制のあたりは自分の勉強不足でイマイチぴんとこず、そういうものかなあくらいにしか思えなかった。しかし、第Ⅱ部からは重要な指摘に富んでいたように思う。今日において公共事業といえば諸悪の根源（ちょっと言い過ぎ？）的な扱いがなされ、常に批判の的となっている印象を受ける。しかしながら、1950年代から70年代あたりの高度成長期までは、公共事業を所得再分配と結びつけて、社会保障による救済の代わりに、公共事業によって就労機会を提供することで低所得者を救済するという利益分配システムが合理的に機能していたことを指摘している。これが土建国家と言われる所以だと思われる。</p>
<p>このように高度成長期当時はいわゆる土建国家という社会システムが機能していたが、1990年代以降の様々な社会変化（金融自由化、労働法制の規制緩和、女性の社会進出など）によって社会的な要請も変化し、土建国家の限界が見えてきたと言える。こうしたことを考えると日本政府はニーズの変化に対応できていないように感じる。今後の日本がどうすべきかは、北欧諸国の政策が示唆しているように思う。もちろん北欧の政策をそっくりそのまま取り入れられるほど事は単純ではないだろうから、一つの参考として、日本的にカスタムできればと思う。</p>
<p>近年の膨大な財政赤字の累積を背景に、財政再建のための歳出削減や増税の必要性が喧伝されるが、本来の目的はそこではないということを知ることができるので、一読の価値はあると思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>〈参考文献〉</p>
<p>・井手英策『財政赤字の淵源―寛容な社会の条件を考える』有斐閣、2012年</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/545">「財政赤字の淵源」を読んでみた</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>土建国家の合理性</title>
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		<pubDate>Wed, 21 Aug 2013 18:17:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マミ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本経済]]></category>
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<p>土建国家とは、経済成長を前提としつつ、減税によって中間層を宥和するとともに貯蓄を増大させ、その貯蓄を財源にした財政投融資を活用して公共事業を行うことで地方への利益分配も可能にしたシステムと言えます。土建国家を考える上でのキーワードは、①公共事業②減税③財政投融資の三つです。まず①から検討します。</p>
<p>　高度成長期における公共事業の目的は、企業の経済活動の基盤を整えることにありました。そのきっかけとなったのが所得倍増計画や全国総合開発計画などです。こうした国の経済計画の策定によって道路や港湾、鉄道、工業用地など、産業基盤への投資が拡大していきました。他方で地方自治体もこの動きに連動して総合開発計画を次々に策定し、国からの補助金を元手に産業基盤の強化を図りました。こうした政策は製造業や建設業の競争力強化につながりました。これに伴い、就業構造も変化しました。農家の機械化によって余剰人員が生まれ、彼らが建設業や製造業へと就業し、農家は兼業化していきました。農家の兼業化は所得の増大を促し、所得格差を小さくしました。このように、公共事業によって就労機会を提供し、所得を増大させながら農業と建設業、製造業との所得格差を小さくすることで合意形成を図っていました。</p>
<p>　次に減税について検討します。土建国家という視点は公共事業だけでは語れません。公共事業には前述のように地方への資源配分や低所得層への雇用保障という側面がありました。しかし、この政策だけで統治を図ろうとするならば、中間層の政治抵抗を強めることになっていたと思われます。「地方や低所得者ばかり支援しやがって！」となるわけです。そこで中間層を宥和する役割を担ったのが減税です。井手氏が指摘するように、「減税による中間層への利益分配、これこそが土建国家を支えるもうひとつの重要な原動力（井手、2013）」だったのです。</p>
<p>　減税は高度成長期において、公共事業と同じように重要視されました。高度成長期の各年度税制改正を見ると、1972年度予算以外は1961年度から1975年度まで、すべての年で減税が行われました。中低所得者対しては基礎控除や扶養控除、配偶者控除というかたちで所得税を減税しました。中小企業に対しては税率の軽減や租税特別措置の拡大によって対応しました。このような減税政策は、「高度成長が税収を生み、減税が高度成長を生むという好循環を作り出した。（井手、2012）」のです。また、減税によって還付された資金は貯蓄に向けられました。日本は明らかに小さな政府であったため、西欧では政府が提供するようなサービス、例えば教育、育児、介護、住宅などを購入するための資金として減税分を貯蓄したのです。このように、減税が人々の生活設計に組み込まれていったために、減税という政策から脱却しづらくした側面があるのです。</p>
<p>　土建国家を考える上でもう一つ重要な論点は、財政投融資です。財政投融資とは、郵便貯金や簡易保険などの国民の貯蓄を活用し、政府が行う投融資活動のことです。減税政策によって還付された資金が貯蓄に向けられたことは前述しましたが、その貯蓄先は金利的に優遇されていた郵便貯金に集中しました。この貯金を活用して実施されたのが財政投融資です。財政投融資は厳密に言えば公共事業関係費とは区別されなければなりません。しかし、その内訳をみると、住宅建設、道路・港湾・橋梁の整備、生活環境の改善など、実質的には公共事業と言えるもので、財政投融資＝公共事業と言っても問題はないものと思われます。要するに、貯蓄が公共事業の財源となっていたのです。</p>
<p>　以上をまとめると、土建国家とは、経済成長を前提としつつ、減税によって中間層を宥和するとともに貯蓄を増大させ、それを財源にした財政投融資を活用して公共事業を行うことで地方への利益分配も可能にしたシステムでした。このシステムは経済成長を前提とした社会においてはそれなりに合理的に機能したのです。しかし、1970年代に入り、ニクソンショックやオイルショックなどに伴う経済の低成長化によって減税と公共事業による利益分配には限界が見えてきました。経済危機などを背景に国債の発行が増大していく一方で、人々の生活設計には度重なる減税が根付いていたために増税への転換を難しくしたのです。このような「減税グセ」が示す歳入不足が赤字国債の発行を不可避にし、今日の膨大な財政赤字の基礎を作ったと言えるかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>〈参考文献〉</p>
<p>・井手英策『財政赤字の淵源―寛容な社会の条件を考える』有斐閣、2012年</p>
<p>・同上『日本財政―転換の指針』岩波書店、2013年</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/280">土建国家の合理性</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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