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	<title>アラエス &#187; 啓蒙思想</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>19世紀後半の世界の動き①　－欧米での近代国家の成立－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2346</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2346#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 26 Dec 2013 01:02:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[りょうつ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代世界史]]></category>
		<category><![CDATA[ブルジョワ]]></category>
		<category><![CDATA[主権国家]]></category>
		<category><![CDATA[啓蒙思想]]></category>
		<category><![CDATA[国民]]></category>
		<category><![CDATA[国王]]></category>
		<category><![CDATA[教会]]></category>
		<category><![CDATA[欧米]]></category>
		<category><![CDATA[活版印刷術]]></category>
		<category><![CDATA[絶対王政]]></category>
		<category><![CDATA[近代国家]]></category>

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		<description><![CDATA[１９世紀後半の世界の動きについてまとめてみました。 &#160; 大きく「３つの動き」としてまとめてみます。 ①欧米での近代国家の成立 ②産業の近代化＋植民地獲得競争 ③欧米が東アジアの国々へ進出 &#160; ある意味 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2346">19世紀後半の世界の動き①　－欧米での近代国家の成立－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>１９世紀後半の世界の動きについてまとめてみました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>大きく「３つの動き」としてまとめてみます。</p>
<p>①欧米での近代国家の成立</p>
<p>②産業の近代化＋植民地獲得競争</p>
<p>③欧米が東アジアの国々へ進出</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ある意味で全てにつながりがありますが、あえて３つに分けて</p>
<p>それぞれ考えてみます。</p>
<p>（ここでは①について取り上げています）</p>
<p>※②と③については<a href="http://ahlaes.com/post/2354" target="_blank">こちら</a>です</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>①欧米での近代国家の成立</p>
<p>明治以降・・国家を「近代国家」（主権国家）という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※明治以前（中世のヨーロッパ）はどうなっていたか・・</p>
<p>→２つの状況があった</p>
<p>　・国王でも教会に勝てないという状況があった</p>
<p>　　（中世のヨーロッパは教会の力が強かった）</p>
<p>　・中世は地方での癒着が多かった</p>
<p>＝この２つの状況があったため、一人が教会に反抗しても意味が無かった</p>
<p>※ただし、この時に活版印刷術が出てきた</p>
<p>　→活版印刷術によって、一人の意見を広めることが出来るようになった</p>
<p>　→そのため、一人の教会に対する反抗も広まるようになった</p>
<p>＝結果的に、教会への反抗が広まり、教会が無くなった</p>
<p>　→その後は、国王がトップに立ち権力を持つようになった</p>
<p>　→国王は、権力を維持するために、軍隊を作って国をまとめようとした</p>
<p>　　＝これを絶対王政という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>主権国家は中央集権化を生んだ（政教分離、官僚制などを生み出している）</p>
<p>※中央集権化は、ブルジョワ階級（資本家層）が支持をした</p>
<p>→そこで国王は、ブルジョワ階級の支持を逃さないように、</p>
<p>　鉄道など、経済基盤の整備を行った</p>
<p>※ただし、段々とブルジョワ階級が力をつけてきた</p>
<p>　→そのため、ブルジョワ階級は中央集権制と国王に対抗するようになっていった</p>
<p>＝結果的に様々な市民革命が起きた</p>
<p>　例：　イギリス名誉革命（1688年）　フランス革命（1789年）</p>
<p>　　　　アメリカ独立戦争（1775～83）　　など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>革命後は、主権者としての「国民」が誕生した</p>
<p>※この時の「国民」を支えていたのは、啓蒙思想だった（自由や平等など）</p>
<p>→そこで当時は、国民教育（特に国語）、国民軍、議会制などが重視された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※なぜ、国民全体を意識した政策が採用されるようになっていったのか</p>
<p>→今まで（「国民」を意識する前まで）は、国民全員に教育は必要なかった</p>
<p>　（農民はずっと農民である、など職業によって生活が違い、</p>
<p>変化も起きなかったため、教育の必要がなかった）</p>
<p>→しかし、主権者としての「国民」の場合は、全員平等という視点が前提となる</p>
<p>＝だから、国民全体に対して同じような政策を用いる必要があった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※また、当時は知識が無い人たちに選挙権を与える必要はないと考えられていた</p>
<p>＝だから、民衆が怒って労働運動を起こす、ということも行っていた</p>
<p>　→この時の考え方の支えがマルクスだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まとめ</p>
<p>・明治以降・・国家を「近代国家」（主権国家）と呼ぶ</p>
<p>　※明治以前（中世）・・教会中心　→　活版印刷術　→　絶対王政</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・主権国家・・中央集権化を生む</p>
<p>※中央集権化はブルジョワ階級が支持</p>
<p>→国王は、ブルジョワの支持を逃さないように、経済基盤を整備</p>
<p>→ブルジョワは力をつけて、中央集権化と国王に対抗</p>
<p>＝市民革命が起きる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・明治以降・・主権者としての「国民」が誕生</p>
<p>→「全員が平等」という視点から、国民教育、国民軍、議会制を重視</p>
<p>※当時の国民を支えたのが啓蒙思想</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2346">19世紀後半の世界の動き①　－欧米での近代国家の成立－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>フランス啓蒙思想について　－社会契約説とルソーを中心に－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1654</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1654#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 07:17:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[宮下]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[西洋思想]]></category>
		<category><![CDATA[アンシャン＝レジーム]]></category>
		<category><![CDATA[ディドロ]]></category>
		<category><![CDATA[フランス革命]]></category>
		<category><![CDATA[モンテスキュー]]></category>
		<category><![CDATA[ルソー]]></category>
		<category><![CDATA[ヴォルテール]]></category>
		<category><![CDATA[一般意志]]></category>
		<category><![CDATA[啓蒙思想]]></category>
		<category><![CDATA[自然に帰れ]]></category>
		<category><![CDATA[革命権]]></category>

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		<description><![CDATA[フランス啓蒙思想とルソーについて考えます &#160; &#160; ・フランス啓蒙思想について 　 　・そもそも啓蒙思想とは・・ 　　→理論的ではない信仰や神に関する学問などを無くしていき、 　　　少しずつ様々な知識を [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1654">フランス啓蒙思想について　－社会契約説とルソーを中心に－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>フランス啓蒙思想とルソーについて考えます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・フランス啓蒙思想について</p>
<p>　</p>
<p>　・そもそも啓蒙思想とは・・</p>
<p>　　→理論的ではない信仰や神に関する学問などを無くしていき、</p>
<p>　　　少しずつ様々な知識を得ながら、人々の生活をよりよくさせていこうとする</p>
<p>　　　考え方のことで、１８世紀のフランスで誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※啓蒙思想は、人々の自由を奪う「旧制度」（アンシャン＝レジーム）も批判した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・この啓蒙思想が生まれた時に活躍した人として、代表的な３人が挙げられる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・モンテスキュー　－　「法の精神」を書き、三権分立を提唱した</p>
<p>　　　・ヴォルテール　　－　宗教や言論の自由のために、文章を書く活動を行った</p>
<p>　　　・ディドロ　　　　－　「百科全書」という本の代表で、新しい思想や学問などを</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　取り入れて、実際に生かそうとする運動をした</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　→この３人は、３人とも、古い習慣や文化よりも理性のほうが圧倒的に重要だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ルソーについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ルソーは、学問や芸術は、誰かが他人を見下すための方法として</p>
<p>　　生まれたものだと考えていた</p>
<p>　　→そのため、学問や芸術は人々の自由な気持ちを無くさせてしまってきたと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ルソーは、「人間不平等起源論」と「社会契約論」を書いた</p>
<p>　　</p>
<p>　　・ルソーは、「人間不平等起源論」の中で、・・</p>
<p>　　　・昔は、一人一人が自由に独立して生活していて、</p>
<p>　　　　自己保存の欲望と思いやり（あわれみ）の感情があるだけで</p>
<p>　　　　それ以外の余計な感情は無かったと考えた</p>
<p>　　　・今は、私有財産、それを守る法律、財産に対する欲望などがあり、</p>
<p>　　　　思いやりの感情が弱く、不平等な社会であると考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→そのため、ルソーは「自然に帰れ」という、昔のように戻る</p>
<p>　　　　　といった考え方が理想だが、不可能だと考えていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ルソーは、「社会契約論」の中で・・</p>
<p>　　　・「自然に帰れ」ができない分、個人の「自然的自由」の代わりとして、</p>
<p>　　　　人々が結びつくことで可能となる「市民的自由」が必要だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ルソーが考える社会契約とは・・</p>
<p>　　</p>
<p>　　・一般意志（社会全体に利益がもたらされることを目指す意志）を作って、</p>
<p>　　　全ての人が一般意志の全てに従うという契約</p>
<p>　　　※ただし、特殊意志（自分の利益を求める意志）を合計したもの＝全体意志とは</p>
<p>　　　　別物だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→ルソーは、一般意志に従うことで、自分の欲望を捨てて、普段の生活の中で、</p>
<p>　　　　元々自分に備わっている「道徳的自由」を得られると考えた</p>
<p>　　　　※この考え方は、カントという人の「自律」の考え方と似ている部分がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→ルソーは、一般意志は全ての人が直接参加することで作られる意志で、</p>
<p>　　　　国家は、意志を行わせる場所でしかないと考えた</p>
<p>　　　　※そのため、国家が一般意志を達成させなかったら、</p>
<p>　　　　　人々は革命権を使ってよいと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→以上のような考え方から、ルソーは、全ての人々の共同の意志を土台にして</p>
<p>　　　　成り立つ国が理想だと考えた</p>
<p>　　　　＝これは、直接民主主義の考え方であり、徹底した人民主権の考え方を主張したと言える</p>
<p>　　　　※この考え方は、民主国家の理想を表すものであり、</p>
<p>　　　　　フランス革命にも大きな影響を与えたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・啓蒙思想の考え方を押さえる</p>
<p>・モンテスキューは、「法の精神」を書き、三権分立を提唱した</p>
<p>・ヴォルテールは、宗教や言論の自由のために、執筆活動を行った</p>
<p>・ディドロは、「百科全書」の代表で、新しい思想や学問を取り入れようとした</p>
<p>　→３人とも理性が勝つと考えられていた</p>
<p>・ルソーは、学問や芸術は、人間のわがままから生まれたものだと考えた</p>
<p>・ルソーは、「人間不平等源論」の中で昔に戻る「自然に帰れ」という理想があったが、不可能だと考えていた</p>
<p>・ルソーは、「社会契約論」の中で、「自然的自由」の代わりに、「市民的自由」を提唱した</p>
<p>・ルソーは、社会契約について、一般意志を提唱し、特殊意志をまとめた全体意志と区別した</p>
<p>・ルソーは、一般意志に従うことで、「道徳的自由」が得られると考えた</p>
<p>・ルソーは、国家は、意志を行わせる場であって、国家がそれを達成しなかったら、人々は革命権を使ってよいと考えた</p>
<p>・ルソーは、直接民主主義と人民主義の考え方で、フランス革命にも大きな影響を与えた</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1654">フランス啓蒙思想について　－社会契約説とルソーを中心に－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>近現代の日本の思想のスタート　－文明開化と啓蒙思想と自由民権運動－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1635</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1635#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 14 Nov 2013 20:10:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マイコ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本思想後期　－近現代－]]></category>
		<category><![CDATA[中江兆民]]></category>
		<category><![CDATA[啓蒙思想]]></category>
		<category><![CDATA[天賦人権説]]></category>
		<category><![CDATA[文明開化]]></category>
		<category><![CDATA[明六社]]></category>
		<category><![CDATA[神仏分離令]]></category>
		<category><![CDATA[祭政一致]]></category>
		<category><![CDATA[福沢諭吉]]></category>
		<category><![CDATA[脱亜論]]></category>
		<category><![CDATA[自由民権運動]]></category>

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		<description><![CDATA[近現代の思想のスタートである、文明開化、啓蒙思想、福沢諭吉、自由民権運動の部分を考えます &#160; &#160; ・文明開化について 　・文明開化の時の明治政府の動き 　　→・明治政府は、富国強兵を目指して、近代の西 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1635">近現代の日本の思想のスタート　－文明開化と啓蒙思想と自由民権運動－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>近現代の思想のスタートである、文明開化、啓蒙思想、福沢諭吉、自由民権運動の部分を考えます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・文明開化について</p>
<p>　・文明開化の時の明治政府の動き</p>
<p>　　→・明治政府は、富国強兵を目指して、近代の西洋の技術や社会制度、</p>
<p>　　　　生活様式などを取り入れていこうとした</p>
<p>　　　・祭政一致を提唱し、神仏分離令を出し、神仏習合を廃止した</p>
<p>　　　　→それによって、仏教から分離させた神道を新しく国教（国家神道）だとした</p>
<p>　　　・廃仏毀釈によって、神社の仏像や寺の神殿などが取り壊され、</p>
<p>　　　　人々の文化に大きな変化を与えた</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　※・祭政一致・・祭祀と政治は一致しているべきである、という考え方のこと</p>
<p>　　　　・神仏分離令・・神仏習合を禁止し、神道と仏教をはっきり区別すること</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・啓蒙思想について</p>
<p>　・啓蒙思想（理性を使って、人々の思考を共通に進歩させるための考え方のこと）の</p>
<p>　　日本の普及ために、多くの人が考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・福沢諭吉（後でも登場）・・「学問のすゝめ」「文明論之概略」を書いた</p>
<p>　・中村正直・・「西国立志論」「自由之理」を書き、功利主義、自由主義を紹介した</p>
<p>　・森有礼・・一夫一妻制を提唱した</p>
<p>　・西周・・西洋哲学の移入のために努力し、多くの訳語を作った</p>
<p>　・加藤弘之・・立憲政治の制度を紹介した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→この人達は、他に何人かを加え、明六社を作った</p>
<p>　　その時に、「明六雑誌」を作って、幕藩体制やその当時の道徳を批判した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・福沢諭吉について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・福沢諭吉は、近代の西洋にあった自然権の考え方にもとづいて、</p>
<p>　　「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云へり」と考えた</p>
<p>　　→人々は生まれながらに平等で、他者の邪魔をしなければ、</p>
<p>　　　自分の力で自由に安定した人生を送る権利を</p>
<p>　　　天から賦与されている（与えられている）と考えた</p>
<p>　　　＝このような考え方を天賦人権説と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・福沢諭吉は、文明の重要な部分は、外から目で見える形にして表現したものではなく</p>
<p>　　独立自尊の精神だと考えた</p>
<p>　　→福沢諭吉は、東洋の儒教に無くて、西洋の文明にあるものは、</p>
<p>　　　数理学と独立心だと考えた</p>
<p>　　　※数理学・・実証的、合理的かつ、実用的、実利的な学問のこと</p>
<p>　　　→そこで福沢諭吉は、独立自尊の生活のためには、</p>
<p>　　　　「日常に役立つ実学」が必要だと考えた</p>
<p>　　　　※だから、数理学を提唱した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・福沢諭吉は、人々に独立自尊の精神が生まれないと、日本の独立は無いと考えた</p>
<p>　　＝「一身独立して一国独立す」と考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時は、政府が尊重され、人々が見下されている風潮があった</p>
<p>　　そこで福沢諭吉は、このような空気を変えるために、脱亜論を提唱した</p>
<p>　　※脱亜論・・野蛮なアジアを抜け出して、</p>
<p>　　　　　　　　西洋諸国の仲間入りをするべきだという考え方</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・自由民権運動について</p>
<p>　</p>
<p>　・自由民権運動に関係した人達として、中江兆民と植木枝盛がいる</p>
<p>　　※福沢諭吉を中心とした啓蒙思想家は、イギリスの功利主義、経験論の影響を</p>
<p>　　　受けているという前提がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中江兆民－・「民約訳解」（ルソーの「社会契約論」という本の翻訳したもの）と</p>
<p>　　　　　　　　「三酔人経綸問答」などを書いた</p>
<p>　　　　　　　・民権（人民の権利、人民が政治に参加する権利のこと）は</p>
<p>　　　　　　　　「恩賜的民権」と「恢復的民権」の２種類があると考えた</p>
<p>　　　　　　　　※・「恩賜的民権」・・政治を行う人が人々に与える民権のこと</p>
<p>　　　　　　　　　・「恢復的民権」・・人々が自ら獲得する民権のこと</p>
<p>　　　　　　　　→中江兆民は、日本は「恩賜的民権」を育てて、</p>
<p>　　　　　　　　　「恢復的民権」を目指すべきだと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・植木枝盛－・どんな政府であろうと、政府が民権を妨げる時は、</p>
<p>　　　　　　　　人々は政府に対抗する権利を持っていると考えた</p>
<p>　　　　　　　　→そのため、民権は国権とは反対の立場にあると考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中江兆民らの考え方を自由民権論と言い、この自由民権論は、</p>
<p>　　啓蒙思想と一緒に自由民権運動に影響を与えた</p>
<p>　　※自由民権運動では、藩閥打破や国会開設の要求などをしていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・文明開化の時の明治政府の動きをおさえる</p>
<p>・啓蒙思想については、福沢諭吉、中村正直、森有礼、西周、加藤弘之らが考えた</p>
<p>・福沢を中心に明六社を作って、明六雑誌を発刊した</p>
<p>・福沢諭吉は、天賦人権説、独立自尊の精神、脱亜論などを考えた</p>
<p>・中江兆民は、恩賜的民権と恢復的民権を提唱した</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1635">近現代の日本の思想のスタート　－文明開化と啓蒙思想と自由民権運動－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>近代ヨーロッパの啓蒙思想について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/943</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/943#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 18:38:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[赤長のいちご]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史前期]]></category>
		<category><![CDATA[啓蒙思想]]></category>

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		<description><![CDATA[啓蒙思想について考えてみます &#160; &#160; ・啓蒙思想について &#160; 　 　※啓蒙思想とは 　　・合理的な知を重視して、偏見を批判する立場がルネサンスの時期に見られた 　　・上の考え方が、科学革命を [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/943">近代ヨーロッパの啓蒙思想について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>啓蒙思想について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・啓蒙思想について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　※啓蒙思想とは</p>
<p>　　・合理的な知を重視して、偏見を批判する立場がルネサンスの時期に見られた</p>
<p>　　・上の考え方が、科学革命を通じて、１８世紀に入った後に一層大きな流れになった</p>
<p>　　　＝この考え方を啓蒙思想という</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　※啓蒙思想は、特にフランスで有力だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・啓蒙思想の流れの中で、以下のような人達が出てきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→・モンテスキュー・・「法の精神」という本で、イギリスの憲政をほめた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・ヴォルテール・・カトリック教会を批判し、「哲学書簡」という本で</p>
<p>　　　　　　　　　　　　イギリスをほめた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・ルソー・・「人間不平等起源論」「社会契約論」で、万人の平等にもとづく</p>
<p>　　　　　　　　　　人民主権論を提唱した</p>
<p>　　　　　　　　　　→ルソーの考え方は、フランス革命に大きな影響を及ぼしたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※一般的に、啓蒙思想家が文明の進歩をたたえたのに対し、</p>
<p>　　　　　ルソーは、人間の自然的な善を信じて、文明化に向かうことの悪を指摘している</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・ディドロとダランベール・・フランスの思想家たちの考え方を「百科全書」というもの</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　にして編集し、フランス内外に大きな社会的反響を呼んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝ドイツや東欧では、上のような啓蒙思想が絶対王政と結びついて、</p>
<p>　　　啓蒙専制主義というのを生み出した</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・啓蒙思想は、経済の面でも適用された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※当時のフランスは、重商主義による国家規制が強かった</p>
<p>　　　→そのような状況の中で、ケネーという人が「経済表」を書いたり、</p>
<p>　　　　財務総監のテュルゴーという人が重農主義という理論を生み出したりした</p>
<p>　　　　※重農主義・・富の基本を土地だと考え、経済活動の自由放任を主張する考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→いち早く産業革命が始まったイギリスでは、アダム＝スミスという人が出てきた</p>
<p>　　　　※アダム＝スミスについて</p>
<p>　　　　　・アダム＝スミスは、「諸国民の富」（「国富論」）という本を書いた</p>
<p>　　　　　・国富論の中で、国民の生産活動の全体を富の基本と考え、</p>
<p>　　　　　　分業と市場経済の基礎理論を展開した</p>
<p>　　　　　・アダム＝スミスは、自由主義的な古典派経済学を誕生させた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・啓蒙思想とその流れについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/943">近代ヨーロッパの啓蒙思想について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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