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	<title>アラエス &#187; 農地改革</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>農業について　－現状と歴史－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1855</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1855#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 13:13:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[バーのサトシ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済関連問題]]></category>
		<category><![CDATA[兼業農家]]></category>
		<category><![CDATA[専業農家]]></category>
		<category><![CDATA[技術革新]]></category>
		<category><![CDATA[新農業基本法]]></category>
		<category><![CDATA[自作農]]></category>
		<category><![CDATA[農地改革]]></category>
		<category><![CDATA[農業基本法]]></category>
		<category><![CDATA[農業基本法農政]]></category>
		<category><![CDATA[食糧管理制度]]></category>

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		<description><![CDATA[日本の農業について考えてみます &#160; &#160; ・日本の農業の現状について &#160; 　・高度経済成長が進むにつれて、日本経済の中での農業の比率がどんどん下がっていった　 　　→その結果として、２００５年 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1855">農業について　－現状と歴史－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>日本の農業について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の農業の現状について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・高度経済成長が進むにつれて、日本経済の中での農業の比率がどんどん下がっていった　</p>
<p>　　→その結果として、２００５年の時のデータを見ると・・</p>
<p>　　　・ＧＤＰに占める農業生産額の割合は、１．０％だった</p>
<p>　　　・農業を行っている人は、職業に就いている人全体の中で、４．０％だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・農業の家の数は、専業農家と第１種兼業農家が急激に少なくなり、</p>
<p>　　第２種兼業農家は一次的にちょっと増えたが、１９８０年代以降から、また少なくなっている</p>
<p>　　※・専業農家・・農業だけを行う農家のこと</p>
<p>　　　・兼業農家・・農業と、それ以外で収入を得る農家のこと</p>
<p>　　　・第１種兼業農家・・兼業農家のうち、農業を中心としている農家のこと</p>
<p>　　　・第２種兼業農家・・兼業農家のうち、農業以外を中心としている農家のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・農業の歴史について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・農業の歴史の中で、重要な出来事として、農地改革と食糧管理制度が出来たことが挙げられる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・戦後に農地改革（農地に関して様々なルールを設けた改革のこと）という改革が行われた</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※農地改革について</p>
<p>　　　・農地改革によって、地主が小作に土地を貸して、小作が土地代を地主に払う</p>
<p>　　　　という関係が無くなり、政府が地主から買った土地を小作に安く売ったので、</p>
<p>　　　　小作が自分の土地を持つことができるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→結果的に自作農（自分の土地で農業をする人）を生み出して、</p>
<p>　　　　　農家の所得を平等にすることができた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　　→しかし、小規模農家に頼るという、日本の農業のスタイルを</p>
<p>　　　　　変えることはできなかった</p>
<p>　　　　　※この時に、地主制（地主が小作に土地を貸す制度）が復活することを恐れて、</p>
<p>　　　　　　農地法という法律を作った</p>
<p>　　　　　　＝この法律で、農地に関して様々な規制がかかったため、</p>
<p>　　　　　　　農家はより一層小規模な農家になっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・上のような動きの中で高度経済成長期に突入したため、</p>
<p>　　農業と工業の間の生産性と所得の格差が大きくなってしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→そこで、農業と工業の格差を縮めて、農業を工業に負けないくらい大きくするために、</p>
<p>　　１９６１年に農業基本法という法律が作られた</p>
<p>　　※農業基本法・・農業の経営規模の拡大、機械化による生産性の向上などを</p>
<p>　　　　　　　　　　めざすための法律のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　（日本政府は、農業基本法を土台にして、</p>
<p>　　　　　　　　　　　農業基本法農政ということを展開した）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→農業基本法農政の結果、１９７０年代の半ばごろまでに、農業の生産性が上がり、</p>
<p>　　農業と工業の間の生産性の格差がある程度縮まった</p>
<p>　　</p>
<p>　　※格差の縮小の原因は、農業に機械を取り入れたことと、技術革新だった</p>
<p>　　　→経営規模が大きくなったことが原因ではなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・食糧管理制度について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・食糧管理制度・・需要と供給を安定したものに保つため、主要食糧（コメや麦など）に</p>
<p>　　　　　　　　　　　関しては、国が価格などをコントロールして、</p>
<p>　　　　　　　　　　　自由に市場で売買されることに制限をかけた制度のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　→この制度は１９４２年の食糧管理法という法律で決められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※食糧管理制度は、消費者のためというよりも、生産者を保護するため、</p>
<p>　　　という目的で作られた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　→そのため、生産者米価（政府がコメを作る農家から買う時の金額）が非常に高くなった　</p>
<p>　　　　＝結果的に、コメを作る人達の利益が増え、コメ農業から他の農業へ移ることが</p>
<p>　　　　　難しくなってしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→生産者の保護は、コメ以外の農産物も行うようになった</p>
<p>　　　　＝具体的な行動として、政府は農家に補助金を多く払った</p>
<p>　　　　　※しかし、補助金は農業を活発にすることはできず、</p>
<p>　　　　　　逆に農家の自立の邪魔をする結果となってしまった　</p>
<p>　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・農業基本法農政について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・農業基本法農政は、農業に関する考え方の土台が無く、政策がくるくる変わっていった</p>
<p>　　　＝そのため、このような行政を「猫の目行政」と言われることがあった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→上のような農政の問題点を改善するために、政府は１９９９年に新農業基本法を作った</p>
<p>　　　　※新農業基本法・・食料の安定供給、農業の持続的な開発、農村の振興</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　の３つを目標にする法律のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　（正しくは、「食料・農業・農村基本法」と言う）</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1855">農業について　－現状と歴史－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>日本経済の歴史について①　－経済の民主化と戦後経済－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1847</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1847#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 12:35:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[宮下]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済史]]></category>
		<category><![CDATA[ドッジ・ライン]]></category>
		<category><![CDATA[傾斜生産方式]]></category>
		<category><![CDATA[労働の民主化]]></category>
		<category><![CDATA[安定不況]]></category>
		<category><![CDATA[日本経済史]]></category>
		<category><![CDATA[朝鮮戦争]]></category>
		<category><![CDATA[特需]]></category>
		<category><![CDATA[財閥解体]]></category>
		<category><![CDATA[農地改革]]></category>

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		<description><![CDATA[日本経済の歴史について、経済の民主化と戦後経済について考えてみます &#160; &#160; ・経済の民主化について 　 　※戦後、ＧＨＱが経済の民主化という指令を出して、 　　以下のようなことを行ったという背景がある [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1847">日本経済の歴史について①　－経済の民主化と戦後経済－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>日本経済の歴史について、経済の民主化と戦後経済について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・経済の民主化について</p>
<p>　</p>
<p>　※戦後、ＧＨＱが経済の民主化という指令を出して、</p>
<p>　　以下のようなことを行ったという背景がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・経済の民主化の内容</p>
<p>　　　</p>
<p>　　・財閥解体・・財閥の解体と資産の凍結を行った</p>
<p>　　　　　　　　　→これによって、政府は財閥の家族が行っている持株会社を解散させて、</p>
<p>　　　　　　　　　　企業の分離と独立を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・農地改革・・１９４６年に行った二度の改革のこと</p>
<p>　　　　　　　　　→この改革によって、地主が持っている土地の一部を国が買い上げて、</p>
<p>　　　　　　　　　　小作人（地主にお金を払って、土地を借りて農業をする人のこと）に</p>
<p>　　　　　　　　　　安く売り渡した</p>
<p>　　　　　　　　　　＝これによって地主と小作という上下の関係が無くなり、</p>
<p>　　　　　　　　　　　小作が自分の土地を持てるようになった　　　　　　　　</p>
<p>　　　</p>
<p>　　・労働の民主化・・１９４５～４７年の時に、労働三法という法律を作った</p>
<p>　　　　　　　　　　　→これによって、労働組合を作ったり、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　労働条件の改善を行おうとしたりした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・戦後の日本の歴史について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※前提として、第二次世界大戦後の日本の経済はボロボロだった、という背景がある</p>
<p>　　</p>
<p>　・政府は、戦後の復興のために、傾斜生産方式という方式を採用した</p>
<p>　　※傾斜生産方式・・生産の土台を立て直すために、資金や労働力を鉄鋼や石炭などの</p>
<p>　　　　　　　　　　　基幹産業（その国の生命の源のような、特に重要な土台の産業のこと）に</p>
<p>　　　　　　　　　　　投入する方式のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→政府は、傾斜生産方式の一つとして、復興金融金庫というものを設立して、</p>
<p>　　　　重要な産業にお金を多く投資した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９４９年に、占領軍の経済担当である、ドッジという人を日本に送って、</p>
<p>　　ドッジ・ラインというものを指示した</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　※ドッジ・ライン・・復興金融金庫債の中止、補助金の削減、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　課税の強化などを行ってインフレの抑制をする、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　１ドル＝３６０円の単一為替レートを設定して</p>
<p>　　　　　　　　　　　　貿易をより行うようにする</p>
<p>　　　　　　　　　　　　などを目指すような政策のこと</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　※ドッジ・ラインは、マネーサプライの減少、課税の強化などに影響を与える政策だった</p>
<p>　　　　→そのため、結果的に日本経済がインフレ抑制からデフレに変わっていき、</p>
<p>　　　　　深刻な不況になった</p>
<p>　　　　　＝この時の不況を、安定不況と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５０年に朝鮮戦争という戦争が起きたことによって、</p>
<p>　　アメリカからの軍事に関する特別な需要（特需）が来て、</p>
<p>　　日本経済が不況から抜け出すきっかけの一つになった</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1847">日本経済の歴史について①　－経済の民主化と戦後経済－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>日本の農業について　－歴史・現状と問題点－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1738</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1738#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 21:34:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ロンリ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済の諸問題]]></category>
		<category><![CDATA[専業農家]]></category>
		<category><![CDATA[新農業基本法]]></category>
		<category><![CDATA[生産者米価]]></category>
		<category><![CDATA[第1種兼業農家]]></category>
		<category><![CDATA[自作農]]></category>
		<category><![CDATA[農地改革]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[農業基本法]]></category>
		<category><![CDATA[農業基本法農政]]></category>
		<category><![CDATA[食糧管理制度]]></category>

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		<description><![CDATA[日本の農業について考えてみます &#160; &#160; ・日本の農業の現状について &#160; 　・高度経済成長が進むにつれて、日本経済の中での農業の比率がどんどん下がっていった　 　　→その結果として、２００５年 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1738">日本の農業について　－歴史・現状と問題点－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>日本の農業について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の農業の現状について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・高度経済成長が進むにつれて、日本経済の中での農業の比率がどんどん下がっていった　</p>
<p>　　→その結果として、２００５年の時のデータを見ると・・</p>
<p>　　　・ＧＤＰに占める農業生産額の割合は、１．０％だった</p>
<p>　　　・農業を行っている人は、職業に就いている人全体の中で、４．０％だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・農業の家の数は、専業農家と第１種兼業農家が急激に少なくなり、</p>
<p>　　第２種兼業農家は一次的にちょっと増えたが、１９８０年代以降から、また少なくなっている</p>
<p>　　※・専業農家・・農業だけを行う農家のこと</p>
<p>　　　・兼業農家・・農業と、それ以外で収入を得る農家のこと</p>
<p>　　　・第１種兼業農家・・兼業農家のうち、農業を中心としている農家のこと</p>
<p>　　　・第２種兼業農家・・兼業農家のうち、農業以外を中心としている農家のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・農業の歴史について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・農業の歴史の中で、重要な出来事として、農地改革と食糧管理制度が出来たことが挙げられる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・戦後に農地改革（農地に関して様々なルールを設けた改革のこと）という改革が行われた</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※農地改革について</p>
<p>　　　・農地改革によって、地主が小作に土地を貸して、小作が土地代を地主に払う</p>
<p>　　　　という関係が無くなり、政府が地主から買った土地を小作に安く売ったので、</p>
<p>　　　　小作が自分の土地を持つことができるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→結果的に自作農（自分の土地で農業をする人）を生み出して、</p>
<p>　　　　　農家の所得を平等にすることができた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　　→しかし、小規模農家に頼るという、日本の農業のスタイルを</p>
<p>　　　　　変えることはできなかった</p>
<p>　　　　　※この時に、地主制（地主が小作に土地を貸す制度）が復活することを恐れて、</p>
<p>　　　　　　農地法という法律を作った</p>
<p>　　　　　　＝この法律で、農地に関して様々な規制がかかったため、</p>
<p>　　　　　　　農家はより一層小規模な農家になっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・上のような動きの中で行動経済成長期に突入したため、</p>
<p>　　農業と工業の間の生産性と所得の格差が大きくなってしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→そこで、農業と工業の格差を縮めて、農業を工業に負けないくらい大きくするために、</p>
<p>　　１９６１年に農業基本法という法律が作られた</p>
<p>　　※農業基本法・・農業の経営規模の拡大、機械化による生産性の向上などを</p>
<p>　　　　　　　　　　めざすための法律のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　（日本政府は、農業基本法を土台にして、</p>
<p>　　　　　　　　　　　農業基本法農政ということを展開した）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→農業基本法農政の結果、１９７０年代の半ばごろまでに、農業の生産性が上がり、</p>
<p>　　農業と工業の間の生産性の格差がある程度縮まった</p>
<p>　　</p>
<p>　　※格差の縮小の原因は、農業に機械を取り入れたことと、技術革新だった</p>
<p>　　　→経営規模が大きくなったことが原因ではなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・食糧管理制度について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・食糧管理制度・・需要と供給を安定したものに保つため、主要食糧（コメや麦など）に</p>
<p>　　　　　　　　　　　関しては、国が価格などをコントロールして、</p>
<p>　　　　　　　　　　　自由に市場で売買されることに制限をかけた制度のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　→この制度は１９４２年の食糧管理法という法律で決められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※食糧管理制度は、消費者のためというよりも、生産者を保護するため、</p>
<p>　　　という目的で作られた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　→そのため、生産者米価（政府がコメを作る農家から買う時の金額）が非常に高くなった　</p>
<p>　　　　＝結果的に、コメを作る人達の利益が増え、コメ農業から他の農業へ移ることが</p>
<p>　　　　　難しくなってしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→生産者の保護は、コメ以外の農産物も行うようになった</p>
<p>　　　　＝具体的な行動として、政府は農家に補助金を多く払った</p>
<p>　　　　　※しかし、補助金は農業を活発にすることはできず、</p>
<p>　　　　　　逆に農家の自立の邪魔をする結果となってしまった　</p>
<p>　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・農業基本法農政について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・農業基本法農政は、農業に関する考え方の土台が無く、政策がくるくる変わっていった</p>
<p>　　　＝そのため、このような行政を「猫の目行政」と言われることがあった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→上のような農政の問題点を改善するために、政府は１９９９年に新農業基本法を作った</p>
<p>　　　　※新農業基本法・・食料の安定供給、農業の持続的な開発、農村の振興</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　の３つを目標にする法律のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　（正しくは、「食料・農業・農村基本法」と言う）</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1738">日本の農業について　－歴史・現状と問題点－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>戦後の日本経済の歴史について　－戦後から高度経済成長の手前までと経済の民主化－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1733</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1733#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 21:10:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本経済]]></category>
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		<description><![CDATA[戦後の日本から高度経済成長の手前までの歴史と経済の民主化を考えてみたいと思います &#160; &#160; ・戦後の日本の歴史について &#160; 　※前提として、第二次世界大戦後の日本の経済はボロボロだった、という [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1733">戦後の日本経済の歴史について　－戦後から高度経済成長の手前までと経済の民主化－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>戦後の日本から高度経済成長の手前までの歴史と経済の民主化を考えてみたいと思います</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・戦後の日本の歴史について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※前提として、第二次世界大戦後の日本の経済はボロボロだった、という背景がある</p>
<p>　　</p>
<p>　・政府は、戦後の復興のために、傾斜生産方式という方式を採用した</p>
<p>　　※傾斜生産方式・・生産の土台を立て直すために、資金や労働力を鉄鋼や石炭などの</p>
<p>　　　　　　　　　　　基幹産業（その国の生命の源のような、特に重要な土台の産業のこと）</p>
<p>　　　　　　　　　　　に投入する方式のこと</p>
<p>　　　→政府は、傾斜生産方式の一つとして、復興金融金庫というものを設立して、</p>
<p>　　　　重要な産業にお金を多く投資した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・戦争で勝利したアメリカは、ガリオア・エロアという援助を行った</p>
<p>　　（この時の援助額は約１８億ドルだった）</p>
<p>　　※・ガリオア・・占領地を救済するための資金のことで、食料などのような、</p>
<p>　　　　　　　　　　生活必需品を買うお金として使われた</p>
<p>　　　・エロア・・占領地の経済を復興させるための資金のことで、</p>
<p>　　　　　　　　　工業で使う原料を輸入するためのお金として使われた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→日本は、傾斜生産方式やガリオア・エロアなどの対策があっても、</p>
<p>　　簡単に復興することができなかった</p>
<p>　　※なぜ復興することができなかったのか・・</p>
<p>　　　・復興金融金庫（復金）は、債権を作ることで資金を獲得してきたが、</p>
<p>　　　　この債権のほとんどを日銀が持つことになっていた</p>
<p>　　　　→その結果、マネーサプライ（通貨量）が増えて、経済がインフレに向かって行った</p>
<p>　　　　　＝この時に起きたインフレを、復金インフレと言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・１９４８年からの日本経済の歴史について</p>
<p>　</p>
<p>　※なぜ１９４８年からを注目する必要があるのか</p>
<p>　　・この時から、冷戦が激しくなっていき、アメリカが日本経済の復興と自立を</p>
<p>　　　願うようになったから</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上のような考え方から、占領軍が大きく２つのことを日本に指示した</p>
<p>　　　・日本の経済の安定のために、徴税の強化、インフレの抑制などが含まれた、</p>
<p>　　　　経済安定９原則という原則を出した</p>
<p>　　　・１９４９年に、占領軍の経済担当である、ドッジという人を日本に送って、</p>
<p>　　　　ドッジ・ラインというものを指示した</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　※ドッジ・ライン・・復興金融金庫債の中止、補助金の削減、課税の強化などを行って、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　インフレの抑制をする、１ドル＝３６０円の単一為替レートを</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　設定して、貿易をより行うようにする、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　などを目指すような政策のこと</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　※ドッジ・ラインは、マネーサプライの減少、課税の強化などに影響を与える政策だった</p>
<p>　　　　　→そのため、結果的に日本経済がインフレ抑制からデフレに変わっていき、</p>
<p>　　　　　　深刻な不況になった</p>
<p>　　　　　　＝この時の不況を、安定不況と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・１９５０年からの日本経済について</p>
<p>　</p>
<p>　※なぜ１９５０年からを注目する必要があるのか</p>
<p>　　→１９５０年に、朝鮮戦争という戦争が起きて、日本にも影響を与えていたから</p>
<p>　　　　　</p>
<p>　・１９５０年の朝鮮戦争によって、アメリカ軍が多額の特需を日本にもたらした</p>
<p>　　　※特需・・アメリカ軍が日本で兵器や弾薬などを買うために起きた需要のこと</p>
<p>　　　　→これによって、日本の経済が少しだが復活してきた</p>
<p>　　　　　＝この時の、特需による景気の復活を、特需景気と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→日本は、特需景気によって、下のようなことが起きた</p>
<p>　　　・１９５１年に、鉱工業の生産が戦前の水準を取り戻した</p>
<p>　　　・１９５３年に、実質国民所得、消費水準が戦前の水準を取り戻した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・経済の民主化について</p>
<p>　</p>
<p>　※戦後、ＧＨＱが経済の民主化という指令を出して、</p>
<p>　　以下のようなことを行ったという背景がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・経済の民主化の内容</p>
<p>　　　</p>
<p>　　・財閥解体・・財閥の解体と資産の凍結を行った</p>
<p>　　　　　　　　　　→これによって、政府は財閥の家族が行っている持株会社を解散させて、</p>
<p>　　　　　　　　　　　企業の分離と独立を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・農地改革・・１９４６年に行った二度の改革のこと</p>
<p>　　　　　　　　　→この改革によって、地主が持っている土地の一部を国が買い上げて、</p>
<p>　　　　　　　　　　小作人（地主にお金を払って、土地を借りて農業をする人のこと）に</p>
<p>　　　　　　　　　　安く売り渡した</p>
<p>　　　　　　　　　　　＝これによって地主と小作という上下の関係が無くなり、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　小作が自分の土地を持てるようになった　　　　　　　　</p>
<p>　　　</p>
<p>　　・労働の民主化・・１９４５～４７年の時に、労働三法という法律を作った</p>
<p>　　　　　　　　　　　　→これによって、労働組合を作ったり、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　労働条件の改善を行おうとしたりした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・戦後の日本経済史と、その時の動きを押さえる</p>
<p>・１９４８年からの経済史と、その時の動きを押さえる</p>
<p>・１９５０年からの経済史と、その時の動きを押さえる</p>
<p>・経済の民主化の内容を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1733">戦後の日本経済の歴史について　－戦後から高度経済成長の手前までと経済の民主化－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>ＧＨＱの民主化政策について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1318</link>
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		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 10:42:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[さやかとゆい]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦後・占領期]]></category>
		<category><![CDATA[労働政策]]></category>
		<category><![CDATA[労働組合法]]></category>
		<category><![CDATA[教育基本法]]></category>
		<category><![CDATA[教育委員会]]></category>
		<category><![CDATA[独占禁止法]]></category>
		<category><![CDATA[自作農創設特別措置法]]></category>
		<category><![CDATA[財閥解体]]></category>
		<category><![CDATA[農協]]></category>
		<category><![CDATA[農地改革]]></category>
		<category><![CDATA[過度経済力集中排除法]]></category>

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		<description><![CDATA[ＧＨＱの民主化政策について考えてみます &#160; &#160; ・ＧＨＱの民主化政策について &#160; &#160; 　※ＧＨＱは、財閥と寄生地主制が日本の経済を衰退させたり、軍国主義を展開させたりした 　　と考 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1318">ＧＨＱの民主化政策について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ＧＨＱの民主化政策について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ＧＨＱの民主化政策について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※ＧＨＱは、財閥と寄生地主制が日本の経済を衰退させたり、軍国主義を展開させたりした</p>
<p>　　と考えた</p>
<p>　　＝そのため、ＧＨＱは財閥と寄生地主制の解体と、経済の民主化を中心の課題とした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９４５年１１月に、三井、三菱、住友、安田など１５の財閥の資産の使用を</p>
<p>　　一時的に禁止して、解体することが命じられた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→さらに１９４６年に、持株会社整理委員会という組織が作らた</p>
<p>　　　※持株会社整理委員会は、指定された持株会社と財閥の家族が持っている株式などを</p>
<p>　　　　譲渡されたため、株式を一般の人達に売ることで、株式によって</p>
<p>　　　　財閥に企業が支配されているという仕組みを壊そうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　＝これら一連の財閥に関する改革を、財閥解体という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９４７年に、独占禁止法という法律が作られた</p>
<p>　　→この法律によって、持株会社、カルテル、トラストなどが禁止されるようになった</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※独占禁止法・・個人的な独占の禁止、不公正な取引の禁止、正当ではない取引きの制限</p>
<p>　　　　　　　　　　　などを決めた法律のこと</p>
<p>　　　　持株会社・・他の会社の株式を持つことで、他の会社を支配することを行う会社のこと</p>
<p>　　　　カルテル・・同じか似たような業種の企業が、お互いに競争することを避けるために、</p>
<p>　　　　　　　　　　　企業どうしで協定を結んだり、合意したりすること</p>
<p>　　　　トラスト・・市場を独占するために、同じ業種で、いくつかの企業が</p>
<p>　　　　　　　　　　資本を合わせること</p>
<p>　　</p>
<p>　・過度経済力集中排除法という法律が作られた</p>
<p>　　※過度経済力集中排除法・・大企業の経済力の集中を避けるために、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　巨大独占企業の分割を行う法律のこと</p>
<p>　　　→この法律によって、実際に分割されたのは１１社だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＧＨＱは、農民が貧乏だったことが、日本が外国に侵略を始めた理由だと考えた</p>
<p>　　→そこで、寄生地主制を無くして、自作農を大量に作ることを目標にして、</p>
<p>　　　農地改革ということを始めようとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・農地改革について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９４６年に、日本政府が独断で第一次農地改革案を作ったが、</p>
<p>　　　　地主制解体という部分が弱い内容だった</p>
<p>　　　　→そこで、自作農創設特別措置法という法律によって、第二次農地改革が始まった</p>
<p>　　　　　※第二次農地改革は１９５０年までにほとんど終わっていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・第二次農地改革では、各市町村ごとに、地主３、自作農２、小作農５の割合で</p>
<p>　　　　選ばれた人達によって農地委員会という組織が作られ、</p>
<p>　　　　農地委員会が農地の買収と売り渡しを行った</p>
<p>　　　　※残った小作地についての小作料は、あらかじめ決められた一定の金額を納める</p>
<p>　　　　　というスタイルだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・地主がいない貸付地と、村に住んでいる地主の貸付地のうち一定の面積</p>
<p>　　　　（都道府県では約１町歩、北海道では４町歩）を超えた土地については、</p>
<p>　　　　国が強制的に買い、小作人に安い値段で売った</p>
<p>　　　　→その結果、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　　　・全ての農地の約半分を占めていた小作地が、１割程度に減った</p>
<p>　　　　　・農家の多くが、１町歩未満の土地を持つ小さな自作農となった</p>
<p>　　　　　・一方で、大地主たちは今までの経済力と社会的な権力を</p>
<p>　　　　　　一気に奪われることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９４６年に日本農民組合という団体が再結成され、日本農民組合の運動が</p>
<p>　　　　農地改革を進めたと言われている</p>
<p>　　　　→しかし、農地改革後に日本農民組合は衰えていった</p>
<p>　　　　→そのため、１９４７年１２月以降に、農業の経営を支援するために</p>
<p>　　　　　農業協同組合（農協）という団体が様々な地域で作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＧＨＱは、低賃金によって人々がモノを買う事が出来ないために国内で商品が売れない、</p>
<p>　　という問題を解決して、外国に侵略する理由の一つを潰すということを考えた</p>
<p>　　→そこでＧＨＱは、労働基本権と労働組合を勧めるという労働政策を取ることを考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・労働政策について</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　　・１９４５年１２月に、労働組合法という法律が作られた</p>
<p>　　　　　→この法律によって、労働者の団結権、団体交渉権、争議権が保障されることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　　※労働組合法によって、労働組合の結成が次々と行われた</p>
<p>　　　　　　→１９４６年には、右派の日本労働組合総同盟（総同盟）と</p>
<p>　　　　　　　左派の全日本産業別労働組合会議（産別会議）がそれぞれ</p>
<p>　　　　　　　全国組織として作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　・１９４６年に労働関係調整法が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　・１９４７年に労働基準法が作られた</p>
<p>　　　　　※労働組合法、労働関係調整法、労働基準法の３つをまとめて、労働三法という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　・労働省が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＧＨＱが、民主化政策の一つとして、教育に注目した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→ＧＨＱの教育に関する政策について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９４５年１０月に、教科書の適切でない内容の削除と、</p>
<p>　　　　軍国主義の教員の排除（教職追放）を行った</p>
<p>　</p>
<p>　　　・日本歴史、地理、修身という授業が一時的に禁止された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・文部省は今までの国定教科書の内容を変えた、「くにのあゆみ」</p>
<p>　　　　「あたらしい憲法のはなし」などを作った</p>
<p>　　　　※「くにのあゆみ」は、国定歴史教科書の最後のものだった</p>
<p>　　　　　→１９４７年からは、新しい学制によって社会科となったため、</p>
<p>　　　　　　今までの教科書が使われなくなった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９４７年に教育基本法という法律が出来た</p>
<p>　　　　→この法律によって、義務教育が６年から９年になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・教育基本法と同じ時に、学校教育法という法律が出来た</p>
<p>　　　　→この法律によって、４月から６・３・３・４という新しい学制が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・大学が大量に作られるようになり、大学が大衆化した</p>
<p>　　　　※大学が大衆化した時に、女子の大学生も増えてきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９４８年には、都道府県と市町村ごとに、公選（一般市民の投票）による</p>
<p>　　　　教育委員会が作られた</p>
<p>　　　　＝これによって、教育についての地方分権化を進めようとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ＧＨＱの民主化政策の内容について押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1318">ＧＨＱの民主化政策について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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