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	<title>アラエス &#187; 金本位制</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>金本位制とＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1879</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1879#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 17:19:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[赤長のいちご]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界経済・世界の課題]]></category>
		<category><![CDATA[ブレトン・ウッズ協定]]></category>
		<category><![CDATA[ブロック経済]]></category>
		<category><![CDATA[固定相場制]]></category>
		<category><![CDATA[最恵国待遇]]></category>
		<category><![CDATA[第一次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[金本位制]]></category>
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		<category><![CDATA[ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制]]></category>

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		<description><![CDATA[金本位制とIMF－GATT体制について考えてみます &#160; &#160; ・金本位制の時の経済について &#160; 　・第一次世界大戦（１９１４～１９１８）よりも前の時の国際経済は、 　　金本位制という国際通貨制 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1879">金本位制とＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>金本位制とIMF－GATT体制について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・金本位制の時の経済について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第一次世界大戦（１９１４～１９１８）よりも前の時の国際経済は、</p>
<p>　　金本位制という国際通貨制度を使った、自由貿易の経済の体制だった</p>
<p>　　※金本位制の時の国際経済は、国が手を加えなくても、収入と支出が自然と一致したので、</p>
<p>　　　自由貿易が出来ていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→しかし、下の３つの理由が原因で、金本位制が危なくなってきて、</p>
<p>　　結果的に金本位制が完全にダメになってしまったと言われている</p>
<p>　　理由：・第一次世界大戦の後に、国際経済の中心がイギリスからアメリカに</p>
<p>　　　　　　変わっていったので金がアメリカにどんどん集まるようになっていった</p>
<p>　　　　　・貿易量が増えた時に、金は増えなかったので、金が貴重になっていった</p>
<p>　　　　　・１９３０年代に世界恐慌が響いていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→そこで、金本位制が終わった時の世界恐慌を乗り切るために、</p>
<p>　　それぞれの国は主に下の２つのような行動を取った</p>
<p>　　・輸出を増やすことで不況を乗り切ろうとして、</p>
<p>　　　為替の切り下げ（自分の国の通貨の価値を下げる）を行った</p>
<p>　　・輸入する商品に、高い関税をかけることで、</p>
<p>　　　自分の国に入ってくる輸入品を減らそうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝結果的に、世界での貿易が非常に少なくなり、特に大きな国は</p>
<p>　　　ブロック経済を行うところもあった</p>
<p>　　　※ブロック経済・・いくつかの国の経済をまとめて、一つの国の経済として</p>
<p>　　　　　　　　　　　　扱うようになること</p>
<p>　　　　　　　　　　　　（１９３０年代は、イギリス、フランスなどの帝国主義だった国を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　中心に、世界全体がいくつかの経済に分けられることになった）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※上のような経済のスタイルは結果的に崩れたが、崩れたことが</p>
<p>　　　　第二次世界大戦を引き起こす原因の一つだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第二次世界大戦の前の国際経済のスタイルが失敗だということになったので、</p>
<p>　　戦後に新しい経済の制度を使って国際経済を安定させようとする動きが</p>
<p>　　見られるようになった</p>
<p>　　→戦後の国際経済を安定させるための重要な制度として使われたのが、</p>
<p>　　　ＧＡＴＴ（関税と貿易に関する一般協定）とＩＭＦ（国際通貨基金）というものだった</p>
<p>　　　※このように、ＧＡＴＴとＩＭＦが重視されたので、</p>
<p>　　　　ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制とも言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＧＡＴＴについて</p>
<p>　　</p>
<p>　　・ＧＡＴＴは１９４８年に、自由貿易を促すために作られた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　・ＧＡＴＴは、自由貿易、無差別最恵国待遇、多角主義の３つを基本的な原則として、</p>
<p>　　　関税を引き下げる、輸入の制限を無くす、貿易に関する様々な壁を無くす、</p>
<p>　　　などのように、多くの行動を行っている</p>
<p>　　　※最恵国待遇・・２つの国が自分達の間だけで行う貿易に関する</p>
<p>　　　　　　　　　　　独自のルール（関税や航海など）は２つの国とは関係の無い国と</p>
<p>　　　　　　　　　　　行っている貿易に関する独自のルールよりも悪いルールで</p>
<p>　　　　　　　　　　　貿易をしてはいけないということ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＩＭＦについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ＩＭＦは、１９４４年に出来たブレトン・ウッズ協定という協定を土台にして、</p>
<p>　　　１９４７年に作られた国際通貨制度のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ブレトン・ウッズ協定で決められたこと</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・ドルは、金１オンス＝３５ドルというレートで金とドルが交換できることが保障され、</p>
<p>　　　　さらに、他の国々の通貨とドルとの交換の比率も一定の率で固定化され、</p>
<p>　　　　交換できることが保障された</p>
<p>　　　　＝この制度を、固定相場制と言う</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・各国の通貨当局（通貨に関する事務を行う機関）が</p>
<p>　　　　平価維持（ドルとの交換比率を一定の数値で安定させること）を行うことを義務とした</p>
<p>　　　　※ただし、上下１％の変動までは認められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・経常収支が一時的に赤字になってしまった国は、ブレトン・ウッズ協定に</p>
<p>　　　　参加している国が出した出資金から一時的にお金を貸してもらえることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９４４年７月に開かれた連合国国際通貨会議という会議が開かれ、</p>
<p>　　　　下のようなことが決められた</p>
<p>　　　　→・ドルを基軸通貨とすることが決められた</p>
<p>　　　　　・国際復興開発銀行（ＩＢＲＤ）というものを作ることが決められた</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1879">金本位制とＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>信用創造と管理通貨制度について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1841</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1841#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 11:57:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ロンリ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済制度・現代経済]]></category>
		<category><![CDATA[世界恐慌]]></category>
		<category><![CDATA[価値尺度]]></category>
		<category><![CDATA[価値貯蔵手段]]></category>
		<category><![CDATA[信用創造]]></category>
		<category><![CDATA[支払手段]]></category>
		<category><![CDATA[管理通貨制度]]></category>
		<category><![CDATA[貨幣]]></category>
		<category><![CDATA[通貨]]></category>
		<category><![CDATA[金本位制]]></category>

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		<description><![CDATA[信用創造と管理通貨制度について考えてみます &#160; &#160; ・貨幣と信用創造について 　 　・そもそも貨幣とは・・経済での取引を仲介するためのもののこと 　　→貨幣は、上のような交換手段以外に、 　　　価値尺 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1841">信用創造と管理通貨制度について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>信用創造と管理通貨制度について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・貨幣と信用創造について</p>
<p>　</p>
<p>　・そもそも貨幣とは・・経済での取引を仲介するためのもののこと</p>
<p>　　→貨幣は、上のような交換手段以外に、</p>
<p>　　　価値尺度、支払手段、価値貯蔵手段の機能がある</p>
<p>　　※・価値尺度・・モノの価値を貨幣で表現することができる</p>
<p>　　　・支払手段・・モノに対して支払う手段として使える</p>
<p>　　　・価値貯蔵手段・・価値が消滅したり、腐ったりすることが無く、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　一定の価値を保ち続ける手段として使える</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・通貨について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・通貨とは・・貨幣の中でも、幅広く使う事が出来るものを通貨という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・通貨は、現金通貨と預金通貨の２つに大きく分かれる</p>
<p>　　　・現金通貨・・紙幣や硬貨のこと</p>
<p>　　　・預金通貨・・普通預金や定期預金、譲渡性預金（他人に譲ることができる定期預金）</p>
<p>　　　　　　　　　　などの総称</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・信用創造について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・信用創造とは・・簡単に言うと、金融機関がお金を貸すことで、預金通貨を作ること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・信用創造を具体的に考えると</p>
<p>　　　・預金が１００億円、</p>
<p>　　　　支払準備率（預金者が預金を引き出す時のお金を準備するための割合）２０％の場合</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→Ａの銀行が１００億を持っていた場合、支払準備率で２０％はキープするので、</p>
<p>　　　　　８０億をａ社に貸すとする</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→ａ社の８０億は、別の銀行（仮にＢとする）に預けることが多い</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→そこで、８０億を預かったＢの銀行は、支払準備率の分（１６億）を</p>
<p>　　　　　キープして残りの６４億をｂ社に貸す</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→ｂ社の６４億は、別の銀行（仮にＣとする）に預けることが多い</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→そこで、６４億を預かったＣの銀行は、支払準備率の分（１２．８億）を</p>
<p>　　　　　キープして残りの５１．２億をｃ社に貸す</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→上のようなことを繰り返すと、本来は最初持っていた預金（本源的預金と言う）の</p>
<p>　　　　何倍ものお金を貸すことができるようになる</p>
<p>　　　　＝このように、本来のお金の何倍ものお金を貸すことを信用創造と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※上の例の場合だと、１００億＋８０億＋６４億＋５１．２億＋・・・＝５００億</p>
<p>　　　　という計算が出てくる</p>
<p>　　　　＝これは、本源的預金（１００億）を支払準備率（０．２）で割ると、</p>
<p>　　　　　このような結果が出てくる</p>
<p>　　　　　→このことから、支払準備率が低いと、貸し出せるお金が多くなることがわかる</p>
<p>　　　　　　例：１００億で支払準備率が１０％だったら、１００÷０．１＝１０００億</p>
<p>　　　　　　　　ということになる　</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・管理通貨制度について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・管理通貨制度とは・・金本位制に変わって新しく出来た制度のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　１９２９年までは金本位制、１９３０年から管理通貨制度になった</p>
<p>　　　　　　　　　　　　→世界各国は管理通貨制度によって１９２９年の大恐慌を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　乗り切ろうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※・金本位制・・中央銀行が作る紙幣（銀行券）と金の兌換（取りかえ）を</p>
<p>　　　　　　　　　　義務にした制度のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　→この制度によって、中央政府は銀行券（兌換紙幣）を</p>
<p>　　　　　　　　　　　自由に作って増やすことができなかった</p>
<p>　　　　　　　　　　　＝国の紙幣の量は、中央銀行が持っている金の量に影響されるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・管理通貨制度・・金本位制を辞め、通貨（不換紙幣）を、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　金の量に関係なく作ることができる制度のこと</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1841">信用創造と管理通貨制度について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>国際経済を歴史的な視点から見る　―金本位制・IMF－GATT体制―</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1759</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1759#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 02:46:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際経済]]></category>
		<category><![CDATA[ブレトン・ウッズ協定]]></category>
		<category><![CDATA[ブロック経済]]></category>
		<category><![CDATA[世界恐慌]]></category>
		<category><![CDATA[固定相場制]]></category>
		<category><![CDATA[国際経済の歴史]]></category>
		<category><![CDATA[最恵国待遇]]></category>
		<category><![CDATA[自由貿易]]></category>
		<category><![CDATA[金本位制]]></category>
		<category><![CDATA[ＩＢＲＤ]]></category>
		<category><![CDATA[ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制]]></category>

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		<description><![CDATA[国際経済の歴史について、金本位制とIMF－GATT体制を中心に考えてみます &#160; &#160; ・金本位制の時の経済について &#160; 　・第一次世界大戦（１９１４～１９１８）よりも前の時の国際経済は、 　　 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1759">国際経済を歴史的な視点から見る　―金本位制・IMF－GATT体制―</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>国際経済の歴史について、金本位制とIMF－GATT体制を中心に考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・金本位制の時の経済について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第一次世界大戦（１９１４～１９１８）よりも前の時の国際経済は、</p>
<p>　　金本位制という国際通貨制度を使った、自由貿易の経済の体制だった</p>
<p>　　※金本位制の時の国際経済は、国が手を加えなくても、収入と支出が自然と一致したので、</p>
<p>　　　自由貿易が出来ていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→しかし、下の３つの理由が原因で、金本位制が危なくなってきて、</p>
<p>　　結果的に金本位制が完全にダメになってしまったと言われている</p>
<p>　　理由：・第一次世界大戦の後に、国際経済の中心がイギリスからアメリカに</p>
<p>　　　　　　変わっていったので金がアメリカにどんどん集まるようになっていった</p>
<p>　　　　　・貿易量が増えた時に、金は増えなかったので、金が貴重になっていった</p>
<p>　　　　　・１９３０年代に世界恐慌が響いていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→そこで、金本位制が終わった時の世界恐慌を乗り切るために、</p>
<p>　　それぞれの国は主に下の２つのような行動を取った</p>
<p>　　・輸出を増やすことで不況を乗り切ろうとして、</p>
<p>　　　為替の切り下げ（自分の国の通貨の価値を下げる）を行った</p>
<p>　　・輸入する商品に、高い関税をかけることで、</p>
<p>　　　自分の国に入ってくる輸入品を減らそうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝結果的に、世界での貿易が非常に少なくなり、特に大きな国は</p>
<p>　　　ブロック経済を行うところもあった</p>
<p>　　　※ブロック経済・・いくつかの国の経済をまとめて、一つの国の経済として</p>
<p>　　　　　　　　　　　　扱うようになること</p>
<p>　　　　　　　　　　　　（１９３０年代は、イギリス、フランスなどの帝国主義だった国を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　中心に、世界全体がいくつかの経済に分けられることになった）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※上のような経済のスタイルは結果的に崩れたが、崩れたことが</p>
<p>　　　　第二次世界大戦を引き起こす原因の一つだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第二次世界大戦の前の国際経済のスタイルが失敗だということになったので、</p>
<p>　　戦後に新しい経済の制度を使って国際経済を安定させようとする動きが</p>
<p>　　見られるようになった</p>
<p>　　→戦後の国際経済を安定させるための重要な制度として使われたのが、</p>
<p>　　　ＧＡＴＴ（関税と貿易に関する一般協定）とＩＭＦ（国際通貨基金）というものだった</p>
<p>　　　※このように、ＧＡＴＴとＩＭＦが重視されたので、</p>
<p>　　　　ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制とも言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＧＡＴＴについて</p>
<p>　　</p>
<p>　　・ＧＡＴＴは１９４８年に、自由貿易を促すために作られた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　・ＧＡＴＴは、自由貿易、無差別最恵国待遇、多角主義の３つを基本的な原則として、</p>
<p>　　　関税を引き下げる、輸入の制限を無くす、貿易に関する様々な壁を無くす、</p>
<p>　　　などのように、多くの行動を行っている</p>
<p>　　　※最恵国待遇・・２つの国が自分達の間だけで行う貿易に関する</p>
<p>　　　　　　　　　　　独自のルール（関税や航海など）は２つの国とは関係の無い国と</p>
<p>　　　　　　　　　　　行っている貿易に関する独自のルールよりも悪いルールで</p>
<p>　　　　　　　　　　　貿易をしてはいけないということ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＩＭＦについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ＩＭＦは、１９４４年に出来たブレトン・ウッズ協定という協定を土台にして、</p>
<p>　　　１９４７年に作られた国際通貨制度のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ブレトン・ウッズ協定で決められたこと</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・ドルは、金１オンス＝３５ドルというレートで金とドルが交換できることが保障され、</p>
<p>　　　　さらに、他の国々の通貨とドルとの交換の比率も一定の率で固定化され、</p>
<p>　　　　交換できることが保障された</p>
<p>　　　　＝この制度を、固定相場制と言う</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・各国の通貨当局（通貨に関する事務を行う機関）が</p>
<p>　　　　平価維持（ドルとの交換比率を一定の数値で安定させること）を行うことを義務とした</p>
<p>　　　　※ただし、上下１％の変動までは認められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・経常収支が一時的に赤字になってしまった国は、ブレトン・ウッズ協定に</p>
<p>　　　　参加している国が出した出資金から一時的にお金を貸してもらえることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９４４年７月に開かれた連合国国際通貨会議という会議が開かれ、</p>
<p>　　　　下のようなことが決められた</p>
<p>　　　　→・ドルを基軸通貨とすることが決められた</p>
<p>　　　　　・国際復興開発銀行（ＩＢＲＤ）というものを作ることが決められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・金本位制の概要、崩壊まで、崩壊の理由などを押さえる</p>
<p>・ＧＡＴＴの内容を押さえる</p>
<p>・ＩＭＦの内容を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1759">国際経済を歴史的な視点から見る　―金本位制・IMF－GATT体制―</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>貨幣について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1725</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1725#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 20:21:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マグロベース]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済の仕組み]]></category>
		<category><![CDATA[価値尺度]]></category>
		<category><![CDATA[価値貯蔵手段]]></category>
		<category><![CDATA[信用創造]]></category>
		<category><![CDATA[支払手段]]></category>
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		<category><![CDATA[現金通貨]]></category>
		<category><![CDATA[管理通貨制度]]></category>
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		<description><![CDATA[貨幣について考えてみます &#160; &#160; ・貨幣と信用創造について 　 　・そもそも貨幣とは・・経済での取引を仲介するためのもののこと 　　→貨幣は、上のような交換手段以外に、 　　　価値尺度、支払手段、価値 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1725">貨幣について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>貨幣について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・貨幣と信用創造について</p>
<p>　</p>
<p>　・そもそも貨幣とは・・経済での取引を仲介するためのもののこと</p>
<p>　　→貨幣は、上のような交換手段以外に、</p>
<p>　　　価値尺度、支払手段、価値貯蔵手段の機能がある</p>
<p>　　※・価値尺度・・モノの価値を貨幣で表現することができる</p>
<p>　　　・支払手段・・モノに対して支払う手段として使える</p>
<p>　　　・価値貯蔵手段・・価値が消滅したり、腐ったりすることが無く、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　一定の価値を保ち続ける手段として使える</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・通貨について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・通貨とは・・貨幣の中でも、幅広く使う事が出来るものを通貨という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・通貨は、現金通貨と預金通貨の２つに大きく分かれる</p>
<p>　　　・現金通貨・・紙幣や硬貨のこと</p>
<p>　　　・預金通貨・・普通預金や定期預金、譲渡性預金（他人に譲ることができる定期預金）</p>
<p>　　　　　　　　　　などの総称</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・信用創造について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・信用創造とは・・簡単に言うと、金融機関がお金を貸すことで、預金通貨を作ること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・信用創造を具体的に考えると</p>
<p>　　　・預金が１００億円、</p>
<p>　　　　支払準備率（預金者が預金を引き出す時のお金を準備するための割合）２０％の場合</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→Ａの銀行が１００億を持っていた場合、支払準備率で２０％はキープするので、</p>
<p>　　　　　８０億をａ社に貸すとする</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→ａ社の８０億は、別の銀行（仮にＢとする）に預けることが多い</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→そこで、８０億を預かったＢの銀行は、支払準備率の分（１６億）を</p>
<p>　　　　　キープして残りの６４億をｂ社に貸す</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→ｂ社の６４億は、別の銀行（仮にＣとする）に預けることが多い</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→そこで、６４億を預かったＣの銀行は、支払準備率の分（１２．８億）を</p>
<p>　　　　　キープして残りの５１．２億をｃ社に貸す</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→上のようなことを繰り返すと、本来は最初持っていた預金（本源的預金と言う）の</p>
<p>　　　　何倍ものお金を貸すことができるようになる</p>
<p>　　　　＝このように、本来のお金の何倍ものお金を貸すことを信用創造と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※上の例の場合だと、１００億＋８０億＋６４億＋５１．２億＋・・・＝５００億</p>
<p>　　　　という計算が出てくる</p>
<p>　　　　＝これは、本源的預金（１００億）を支払準備率（０．２）で割ると、</p>
<p>　　　　　このような結果が出てくる</p>
<p>　　　　　→このことから、支払準備率が低いと、貸し出せるお金が多くなることがわかる</p>
<p>　　　　　　例：１００億で支払準備率が１０％だったら、１００÷０．１＝１０００億</p>
<p>　　　　　　　　ということになる　</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・管理通貨制度について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・管理通貨制度とは・・金本位制に変わって新しく出来た制度のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　１９２９年までは金本位制、１９３０年から管理通貨制度になった</p>
<p>　　　　　　　　　　　　→世界各国は管理通貨制度によって１９２９年の大恐慌を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　乗り切ろうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※・金本位制・・中央銀行が作る紙幣（銀行券）と金の兌換（取りかえ）を</p>
<p>　　　　　　　　　　義務にした制度のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　→この制度によって、中央政府は銀行券（兌換紙幣）を</p>
<p>　　　　　　　　　　　自由に作って増やすことができなかった</p>
<p>　　　　　　　　　　　＝国の紙幣の量は、中央銀行が持っている金の量に影響されるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・管理通貨制度・・金本位制を辞め、通貨（不換紙幣）を、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　金の量に関係なく作ることができる制度のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1725">貨幣について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>金解禁と世界恐慌について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1298</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1298#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 07:21:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[昭和時代・第二次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[世界恐慌]]></category>
		<category><![CDATA[昭和恐慌]]></category>
		<category><![CDATA[浜口雄幸]]></category>
		<category><![CDATA[貧乏豊作]]></category>
		<category><![CDATA[身売り]]></category>
		<category><![CDATA[農業恐慌]]></category>
		<category><![CDATA[重要産業統制法]]></category>
		<category><![CDATA[金本位制]]></category>
		<category><![CDATA[金解禁]]></category>
		<category><![CDATA[金輸出解禁]]></category>

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		<description><![CDATA[金解禁と世界恐慌について考えてみます &#160; &#160; ・金解禁について &#160; &#160; 　・第一次世界大戦後に欧米が金本位制を復活させる、という動きを見せるようになった 　　→そのため、日本の中で [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1298">金解禁と世界恐慌について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>金解禁と世界恐慌について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・金解禁について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第一次世界大戦後に欧米が金本位制を復活させる、という動きを見せるようになった</p>
<p>　　→そのため、日本の中でも金輸出解禁を行って、為替相場を安定させることで</p>
<p>　　　貿易を推進することを狙う声が出てきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※金輸出と為替相場について</p>
<p>　　　　・金本位制・・金を通貨の価値の基準にする制度のこと</p>
<p>　　　　・金輸出解禁・・輸入品代金を支払うために、金を輸出することを認めること</p>
<p>　　　　・金の輸出を自由に行うと、為替相場を安定させる力があると言われている</p>
<p>　　　　・金輸出解禁は、金兌換を認めて金本位制に戻ることを意味していたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９２９年に、立憲民政党の浜口雄幸内閣が誕生した</p>
<p>　　</p>
<p>　　</p>
<p>　・浜口雄幸内閣は、大蔵大臣に前の日銀総裁だった井上準之助という人を使った</p>
<p>　　→井上準之助は、以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・財政の支出を抑えて、物価を引き下げようとした</p>
<p>　　　・物価を下げることで、産業が合理的にすることを促して、</p>
<p>　　　　産業の国際競争力を高めようとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３０年１月に旧平価という時の価格で金輸出解禁（金解禁）を行って、</p>
<p>　　外国為替相場を安定させることと、経済を根本的に整理することを行おうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※金輸出解禁による影響と、金輸出解禁の理由について</p>
<p>　　　・為替相場は１００円＝４６．５ドル前後だったが、</p>
<p>　　　　日本は旧平価の１００円＝４９．８５ドルで金解禁した</p>
<p>　　　　→そのため、実質的に円高になった</p>
<p>　　　・円高だと輸出が不利になり、日本経済が不況とデフレになるかもしれない</p>
<p>　　　　のにも関わらずわざわざ円高にしたのには、以下のような理由があったと言われている</p>
<p>　　　　→・世界の中で円の信用を落としたくなかった</p>
<p>　　　　　・生産性の低い企業の整理や除外などを行って、日本経済の体質そのものを</p>
<p>　　　　　　変える必要があるという考え方があったから</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・世界恐慌について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９２９年１０月にニューヨークのウォール街というところで株価が暴落して、</p>
<p>　　世界恐慌に発展した</p>
<p>　　</p>
<p>　　→日本は、金解禁によって起きた不況と世界恐慌が組み合わさって、</p>
<p>　　　ダブルでダメージを受けたため、ものすごく深刻な恐慌になっていった</p>
<p>　　　＝この恐慌を昭和恐慌という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・昭和恐慌の時に、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　→・輸出が大きく減った</p>
<p>　　　・金が大量に海外に出て行った</p>
<p>　　　・企業の操業時間の短縮や倒産がどんどん増えた</p>
<p>　　　・産業を引き締めるために、賃金の引き下げや労働者の解雇を行った</p>
<p>　　　・失業者が増えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・政府は１９３１年に重要産業統制法という法律を作った</p>
<p>　　→この法律によって、政府が決めた産業でカルテル（企業どうしの協定や合意）を認めた</p>
<p>　　　※重要産業統制法は、政府が経済を統制する行動のスタートだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・世界恐慌が原因でアメリカはモノの消費量が減ったため、</p>
<p>　　日本のアメリカへの生糸の輸出が急激に減った</p>
<p>　　→その影響で、繭の値段が暴落した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９２０年代から植民地のお米の輸入の影響によって、</p>
<p>　　日本のお米の値段が低下していた</p>
<p>　　※政府が米騒動の後から、朝鮮と台湾でのお米の増産と品種改良を行って、</p>
<p>　　　そのお米の輸入も行っていた</p>
<p>　　※ただし、この時に、化学肥料を本格的に使うようになり、国内でもお米を増産した</p>
<p>　　　→しかし、昭和恐慌が始まるとお米を始めとした様々な農産物の価格が暴落した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３０年にお米の豊作が起きて、さらにお米の値段が下がった</p>
<p>　　＝このように、お米の豊作で値段が下がり、逆に農家が貧乏になることを豊作貧乏という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・逆に、１９３１年に東北と北海道でひどい凶作が起きた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・さらに、不況が原因で仕事が無くなり、農業で稼ぐの難しくなったため、</p>
<p>　　農業と労働者の兼業が難しくなった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・都市で仕事を失った人が農村に帰った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このような影響を受けて、東北地方を中心にものすごく貧乏な農家が増えた</p>
<p>　　　＝このような農業面での恐慌を、農業恐慌という</p>
<p>　</p>
<p>　　※農業恐慌が原因で、食事がまともに食べられない子どもや、</p>
<p>　　　女子の身売りなどが大量に増えた</p>
<p>　　　・身売り・・身代金と引き換えに、一定期間働かせること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→上のような状態だったので、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　・労働争議や小作争議が大量に増えた</p>
<p>　　・政策を何も考えられていない政党が批判されるようになった</p>
<p>　　・金輸出がもう一度禁止することを予想して、円売りとドル買いを進めた財閥が</p>
<p>　　　批判されるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・金解禁について押さえる</p>
<p>・世界恐慌と昭和恐慌について押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1298">金解禁と世界恐慌について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>産業革命の時期の社会について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1272</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1272#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 00:43:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[副店長]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[明治時代後期]]></category>
		<category><![CDATA[1890年恐慌]]></category>
		<category><![CDATA[企業勃興]]></category>
		<category><![CDATA[日本郵船会社]]></category>
		<category><![CDATA[松方正義]]></category>
		<category><![CDATA[横浜正金銀行]]></category>
		<category><![CDATA[産業革命]]></category>
		<category><![CDATA[貨幣法]]></category>
		<category><![CDATA[造船奨励法]]></category>
		<category><![CDATA[金本位制]]></category>
		<category><![CDATA[銀本位制]]></category>

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		<description><![CDATA[産業革命について考えてみます &#160; &#160; ・産業革命について &#160; &#160; 　・１８８０年代の前半に、松方正義という人が財政を担当した（松方財政）が、 　　一時的に深刻な不況とデフレになった [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1272">産業革命の時期の社会について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>産業革命について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・産業革命について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１８８０年代の前半に、松方正義という人が財政を担当した（松方財政）が、</p>
<p>　　一時的に深刻な不況とデフレになった</p>
<p>　　→しかし、その後は貿易が輸出超過になり、銀本位制が誕生したことで</p>
<p>　　　物価が安定してきた</p>
<p>　　　＝さらに、金利が下がったことが後押しして株式の取引が活発になってきたので、</p>
<p>　　　　産業が活発になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・上のような状況があり、１８８６年から１８８９年にかけて、</p>
<p>　　鉄道や紡績などを中心に会社設立のブームが起きた</p>
<p>　　＝この現象を企業勃興といい、日本で最初の企業勃興だった</p>
<p>　　　→企業勃興によって、機械や技術を活用するようになるという</p>
<p>　　　　産業革命が日本で始まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・会社設立ブームの流れの中で、１８９０年に、株式にお金が集まり、</p>
<p>　　金融機関からお金が出ていくということが起きた</p>
<p>　　→この現象に加えて、生糸の輸出の減少と１８８９年にお米の凶作が起きたため、</p>
<p>　　　会社設立ブームが終了した</p>
<p>　　　＝この時の恐慌のことを１８９０年恐慌という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※１８９０年恐慌をきっかけに、日本銀行は普通銀行を通して</p>
<p>　　　　産業にお金を供給する態勢を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日清戦争の勝利によって大量の賠償金を得た日本は、</p>
<p>　　賠償金を使って戦後経営を取り組むようになった</p>
<p>　　</p>
<p>　　→具体的にどのようなことを行ったのか</p>
<p>　　　・軍備の拡張を行った</p>
<p>　　　・金融や貿易などの制度を整備した</p>
<p>　　　・１８９７年に貨幣法という法律を作っった</p>
<p>　　　・特殊銀行（特定の分野にお金を供給する銀行）を作った</p>
<p>　　　　※特殊銀行として、日本勧業銀行、台湾銀行、それぞれの府県の農工銀行</p>
<p>　　　　　などが作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※貨幣法について</p>
<p>　　　・貨幣法とは・・一つの国の貨幣制度について決めた法律のこと</p>
<p>　　　・日本は貨幣法で、賠償金の一部を準備金にして欧米の国々のような</p>
<p>　　　　金本位制を採用することで、貨幣の価値を安定させることと、</p>
<p>　　　　貿易を活発にさせることを進めていこうとした</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　※当時は金に対する銀の価値が下がっていた</p>
<p>　　　　　→そのため、銀本位制を使っていると、欧米の国々への輸出を増やして、</p>
<p>　　　　　　輸入を減らすという効果があった</p>
<p>　　　　　→しかし、金と銀の価値が変わることで貿易が不安定になり、</p>
<p>　　　　　　金本位制の国から輸入をするという面では不利になってしまう</p>
<p>　　　　　　＝そこで、欧米に合わせて金本位制を採用する必要があった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日清戦争が終わってからは、鉄道や紡績などの分野で、また企業勃興が起きた</p>
<p>　　→その結果、繊維産業を中心に、資本主義が誕生した</p>
<p>　　　※資本主義の誕生によって、１９００年に、過剰に生産したことによる</p>
<p>　　　　資本主義的な恐慌が起きた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・産業革命が進むにつれて、貿易も活発に行われるようになった</p>
<p>　　※ただし、原材料や機械などの重工業製品の輸入が増えたため、</p>
<p>　　　大幅な輸入超過になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・貿易の商品の扱いについては、三井物産などのような商社が活躍した</p>
<p>　　※この時に、特殊銀行の横浜正金銀行が積極的に貿易のための金融を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、海運業を推進する政策を取っていた</p>
<p>　　※１８９６年に、政府は造船奨励法と航海奨励法を作って、</p>
<p>　　　鉄鋼船を作る場合と外国の航路に初めて到着した場合は</p>
<p>　　　政府から奨励金を出すことになった</p>
<p>　　→そのため、日本郵船会社などの会社がどんどん遠洋航路を開いていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※日本郵船会社について</p>
<p>　　　　・１８８５年に三菱会社と半官半民の共同運輸会社とを</p>
<p>　　　　　組み合わせて作られたのが、日本郵船会社だった</p>
<p>　　　　・１８９３年にインドへ行くためのボンベイ航路を開いた</p>
<p>　　　　・１８９６年にヨーロッパ、アジア、オーストラリアへ行くための</p>
<p>　　　　　それぞれの航路を開いた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・産業革命とその当時の様子を押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1272">産業革命の時期の社会について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>ブロック経済について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1040</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1040#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 09:42:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[パワフルくん]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界恐慌・第二次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[ヒトラー政権]]></category>
		<category><![CDATA[フラン通貨圏]]></category>
		<category><![CDATA[ブロック経済]]></category>
		<category><![CDATA[ポンド＝ブロック]]></category>
		<category><![CDATA[マクドナルド]]></category>
		<category><![CDATA[人民戦線内閣]]></category>
		<category><![CDATA[仏ソ相互援助条約]]></category>
		<category><![CDATA[保守党]]></category>
		<category><![CDATA[宥和政策]]></category>
		<category><![CDATA[金本位制]]></category>

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		<description><![CDATA[ブロック経済について考えてみます &#160; &#160; &#160; ・ブロック経済について &#160; &#160; &#160; 　・イギリスでは、第２次マクドナルド内閣が失業保険の削減を含む緊縮財政を提案し [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1040">ブロック経済について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ブロック経済について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ブロック経済について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスでは、第２次マクドナルド内閣が失業保険の削減を含む緊縮財政を提案した</p>
<p>　　※しかし、与党の労働党が反対して、マクドナルドを除名した</p>
<p>　　　→すると、マクドナルドは辞職して、改めて挙国一致内閣を組織した</p>
<p>　　　　＝結果的に、財政の削減と金本位制の停止を実施した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３２年のオタワ連邦会議では、スターリング＝ブロック（ポンド＝ブロック）</p>
<p>　　が結成された</p>
<p>　　※ポンド＝ブロック・・イギリス連邦内の関税を下げ、連邦外の国に対する関税を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　上げる政策のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３５年に保守党政府が成立した</p>
<p>　　→そこで、ナチス＝ドイツの反ソ連という態度に期待して、宥和政策をとった</p>
<p>　　　※宥和政策・・ドイツの要求に譲歩して対決を避けようとした政策</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・フランスでは、世界恐慌の影響が１９３２年になって出てきた</p>
<p>　　→そこで政府は、植民地や友好国とフラン通貨圏を作って、経済を安定させようとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・フランス国内の政治は不安定だった</p>
<p>　　※しかし、ドイツのヒトラー政権が誕生するということが起きた</p>
<p>　　　→すると、国内の極右勢力の活動などで、危機感を持った中道や左翼の勢力が</p>
<p>　　　　まとまり始めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３５年に仏ソ相互援助条約が結ばれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３６年に、社会党と急進社会党に共産党が協力する形で、人民戦線内閣が成立した</p>
<p>　　※人民戦線内閣について</p>
<p>　　　・人民戦線内閣・・社会党のブルムという人を首相として、反ファシズムを</p>
<p>　　　　　　　　　　　　かかげる内閣のこと</p>
<p>　　　・人民戦線・・ファシズムに対抗するために、共産党を含む左翼の勢力が連合すること</p>
<p>　　　・人民戦線内閣は、１９３５年のコミンテルン大会で正式に認められた</p>
<p>　　　・人民戦線内閣は、１９３５年にフランスやスペインで、１９３６年にチリで成立した</p>
<p>　　　　※しかし、人民戦線内閣は長続きしなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　＝以上の国々の動きのように、ドル、ポンド、フランなどの通貨を軸に経済圏を作って、</p>
<p>　　他国の商品を排除する経済政策のことを、ブロック経済という</p>
<p>　</p>
<p>　　※ブロック経済は、国際経済を一層衰退させ、力があまりない中小の国々の経済を</p>
<p>　　　圧迫したと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・アメリカ、イギリス、フランスのブロック経済についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1040">ブロック経済について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
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