ナチス=ドイツとヴェルサイユ体制の終了について

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投稿者:       投稿日時:2013/10/17 19:28      
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ナチス=ドイツとヴェルサイユ体制の終了について考えてみます

 

 

・ナチス=ドイツとヴェルサイユ体制の終了について

 

 

 ・ドイツは、アメリカに次いで世界恐慌の被害が大きかった

  →さらに、1930年にはナチ党と共産党などの反議会勢力が出てきたため、

   国会は麻痺した

 

   ※ナチ党について

    ・ナチ党は、正式には国民(国家)社会主義ドイツ労働者党という

    ・ナチ党員やナチ関連組織のメンバーをナチスという

    ・ナチ党は大戦後にヒトラーを指導者として発展した政党だった

    ・ナチ党は、イタリアのファシズムなどを参考にした

    ・ナチ党は、以下のような内容を提唱した

     →・ユダヤ人排斥を主張する人種差別主義

      ・ヴェルサイユ条約破棄

      ・民族共同体建設による国民生活の安定

 

 

 ・ナチ党の過激な現状否定と、ナチ党以外の敵に対する暴力が最初は受け入れられなかった

  ※しかし、世界恐慌によって失業者が増え、社会不安が広がって議会政治が混乱する

   ということが起きた

   =すると、農民や都市の中産階級のなかに、ナチ党の大衆宣伝に

    動かされる人が多くなった

 

  ※保守的な産業や軍部の中でも、ヴァイマル民主政治を諦めて、

   ナチ党に期待する人が出てきた

 

  →結果的に、1932年の選挙でナチ党が第一党になり、1933年1月に

   ヒトラーが首相になった

 

 

 

 

 ・ヒトラー政府は、1933年に起きた国会議事堂放火事件というのを利用して、

  以下のようなことを行った

  →・共産党など左翼の勢力を弾圧した

   ・全権委任法によって、国会の立法権を政府に移した

   ・ナチ党以外の政党や労働組合を解散させた

    =結果的に、ヒトラー政府は一党独裁を実現した

 

 ・一方で、ヒトラーは以下のようなことも行った

  →・基本的人権や市民的な自由が無視された

   ・教育や文化を含めた社会の様々な領域が厳しく統制された

   ・政治的反対派やユダヤ人を、秘密警察、親衛隊、突撃隊によって監視した

   ・政治的反対派やユダヤ人を、強制収容所に押し込めた

    =ヒトラーは、このような行動を取ったため、社会主義者、民主主義者、ユダヤ人など

     多くの人が外国に逃げた

     ※この時逃げた人に、ノーベル賞作家のトーマス=マン、ノーベル物理学賞の

      アインシュタインなどがいる

   

  

 

 

 ・1934年に、ヒンデンブルク大統領が死ぬということが起きた

  =すると、ヒトラーは大統領の権限も持って完全なる独裁者になった

 

 ・ナチスは、四カ年計画によって以下のようなことを行った

  →・軍需工業を拡大した

   ・アウトバーン(自動車専用道路)の建設などの大規模な土木工事を行って

    失業者を急速に減らした

   ・イタリア=ファシズムを参考にして、大衆娯楽や福祉に一定の配慮を示した

    =これらの行動は、国民の支持を得た

 

 

 

 

 ・ナチスは、国内の支配を確立した後、以下のような行動をとった

  →・1933年の秋に、軍備平等権が認められないことを理由に国際連盟から脱退した

   ・1935年に、住民投票によって、ザール地方を編入した

   ・1935年に、ナチスが徴兵制の復活と再軍備を宣言した

    ※しかし、徴兵制の復活と再軍備の宣言に対して、

     イギリス、フランス、イタリアが抗議した

     →一方で、抗議の後にイギリスは、ドイツと海軍協定を結んだ

      =海軍協定によって、イギリスの35パーセントの海軍力保有をドイツに認め、

       事実上再軍備を認めた

 

 

 

 

 ・ドイツは、1936年に、仏ソ相互援助条約の調印を理由に、以下のようなことを行った

  →・ロカルノ条約を破棄した

   ・ラインラントに軍を進めた

   ・ヴェルサイユ体制の終了を進めた

 

 

ポイント

・ナチス=ドイツの行動についておさえる

・ヴェルサイユ体制の終了の動きまでのドイツの流れをおさえる

 

このあたりが今回のポイントです



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