ナチス=ドイツとヴェルサイユ体制の終了について
ナチス=ドイツとヴェルサイユ体制の終了について考えてみます
・ナチス=ドイツとヴェルサイユ体制の終了について
・ドイツは、アメリカに次いで世界恐慌の被害が大きかった
→さらに、1930年にはナチ党と共産党などの反議会勢力が出てきたため、
国会は麻痺した
※ナチ党について
・ナチ党は、正式には国民(国家)社会主義ドイツ労働者党という
・ナチ党員やナチ関連組織のメンバーをナチスという
・ナチ党は大戦後にヒトラーを指導者として発展した政党だった
・ナチ党は、イタリアのファシズムなどを参考にした
・ナチ党は、以下のような内容を提唱した
→・ユダヤ人排斥を主張する人種差別主義
・ヴェルサイユ条約破棄
・民族共同体建設による国民生活の安定
・ナチ党の過激な現状否定と、ナチ党以外の敵に対する暴力が最初は受け入れられなかった
※しかし、世界恐慌によって失業者が増え、社会不安が広がって議会政治が混乱する
ということが起きた
=すると、農民や都市の中産階級のなかに、ナチ党の大衆宣伝に
動かされる人が多くなった
※保守的な産業や軍部の中でも、ヴァイマル民主政治を諦めて、
ナチ党に期待する人が出てきた
→結果的に、1932年の選挙でナチ党が第一党になり、1933年1月に
ヒトラーが首相になった
・ヒトラー政府は、1933年に起きた国会議事堂放火事件というのを利用して、
以下のようなことを行った
→・共産党など左翼の勢力を弾圧した
・全権委任法によって、国会の立法権を政府に移した
・ナチ党以外の政党や労働組合を解散させた
=結果的に、ヒトラー政府は一党独裁を実現した
・一方で、ヒトラーは以下のようなことも行った
→・基本的人権や市民的な自由が無視された
・教育や文化を含めた社会の様々な領域が厳しく統制された
・政治的反対派やユダヤ人を、秘密警察、親衛隊、突撃隊によって監視した
・政治的反対派やユダヤ人を、強制収容所に押し込めた
=ヒトラーは、このような行動を取ったため、社会主義者、民主主義者、ユダヤ人など
多くの人が外国に逃げた
※この時逃げた人に、ノーベル賞作家のトーマス=マン、ノーベル物理学賞の
アインシュタインなどがいる
・1934年に、ヒンデンブルク大統領が死ぬということが起きた
=すると、ヒトラーは大統領の権限も持って完全なる独裁者になった
・ナチスは、四カ年計画によって以下のようなことを行った
→・軍需工業を拡大した
・アウトバーン(自動車専用道路)の建設などの大規模な土木工事を行って
失業者を急速に減らした
・イタリア=ファシズムを参考にして、大衆娯楽や福祉に一定の配慮を示した
=これらの行動は、国民の支持を得た
・ナチスは、国内の支配を確立した後、以下のような行動をとった
→・1933年の秋に、軍備平等権が認められないことを理由に国際連盟から脱退した
・1935年に、住民投票によって、ザール地方を編入した
・1935年に、ナチスが徴兵制の復活と再軍備を宣言した
※しかし、徴兵制の復活と再軍備の宣言に対して、
イギリス、フランス、イタリアが抗議した
→一方で、抗議の後にイギリスは、ドイツと海軍協定を結んだ
=海軍協定によって、イギリスの35パーセントの海軍力保有をドイツに認め、
事実上再軍備を認めた
・ドイツは、1936年に、仏ソ相互援助条約の調印を理由に、以下のようなことを行った
→・ロカルノ条約を破棄した
・ラインラントに軍を進めた
・ヴェルサイユ体制の終了を進めた
ポイント
・ナチス=ドイツの行動についておさえる
・ヴェルサイユ体制の終了の動きまでのドイツの流れをおさえる
このあたりが今回のポイントです