奈良時代の農民について

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投稿者:       投稿日時:2013/10/22 00:06      
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奈良時代の農民について考えてみます

 

 

・当時の農民について

 

 ・農民は、班給された口分田だけでなく、乗田(口分田の振りわけ以外で余った土地)や

  寺社、貴族などの土地を借りて耕作を行った

  =この農業の方法を、賃租と言う

   ※賃租は、原則として一年間土地を借りて、そこでの収穫の5分の1を、

    土地を借りた料金として政府や持ち主に渡した

 

 ・農民には、兵役、雑徭、運脚などの負担があったので、生活に余裕が無かった

 

 ・農業は天候不順や虫による被害などに影響されてしまうので、飢饉が起こりやすかった

  ※国司や郡司が勧農政策(農業を推奨する政策)を行っても

   不安定な生活が続いてしまっていた

 

   ※「万葉集」で山上憶良が歌った貧窮問答歌という歌は、

    農民の貧窮な生活に共感して作られた歌だと言われている

 

 

 

 

・当時の農民の変化について 

 

 ・農民の中で、貧富の差が出てくるようになった

 

  ・貧しい農民の動きについて

   →・口分田を捨てて、戸籍に登録された土地を離れて、他国に浮浪する人が出てきた

    ・都を造る工事現場から逃亡して、地方豪族などのところに移動する人が増えた

 

  ・富裕になり、有力になった農民の動きについて

   →・農業経営を拡大することを目指して浮浪する人が出てきた

    ・私度僧(勝手に僧侶になること)が増えた

    ・自分から貴族に従う立場を取ることで、税の負担から逃れようとする人が出てきた

    

  →このような動きがあったので、8世紀の終わりころに以下のようなことが起きた

   ・調や庸などで送られる物の品質が悪くなったり、滞納が起きたりしたので、

    国家財政に影響を与えた

   ・兵士が弱くなっていったので、軍備に影響を与えることになった

 

 

ポイント

・当時の農民を押さえる

 

このあたりが今回のポイントです

 

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