平安時代初期の政治制度について

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投稿者:       投稿日時:2013/10/22 00:33      
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平安時代の初めの政治の仕組みと、地方や貴族の変化について考えてみます

 

 

・平安時代初期の政治制度について

 

 ・桓武天皇という人が以下のようなことを行った

  →・定員を超えていた国司や郡司を無くした

   ・勘解由使という役職を作り、国司の交代の時の事務的な手続きに

    ミスが無いかを厳しく確認した

     ※・勘解由使は基本的に解由状(前の国司から次の国司に移る時に

       渡す文書)を監視した

      ・勘解由使は令外官だった

        ※令外官・・令に決められていない新しい官職のこと

 

   ・兵士の質が低下したので、東北や九州以外の地域の軍団と兵士を無くした

    →その代わり、健児(郡司の子弟や有力農民の志願によって作られた

     少数精鋭の軍人)を採用した

     ※健児には、60日交代で国府の警備や国内の治安維持を行わせていた

 

  ※しかし、桓武天皇の改革は、十分な成果が出なかったと言われている

 

 

 ・桓武天皇の改革が、平城天皇、嵯峨天皇に引き継がれた

 

 ・嵯峨天皇という人が以下のようなことを行った

  →・都を平城京に移そうとする平常天皇と対立し、「二所朝廷」と呼ばれる混乱が起きた

    →結局嵯峨天皇が兵を出して平城天皇に勝った

     ※この時、平城天皇は出家し、平城天皇に愛されていた藤原薬子という人が自殺、

      薬子の兄の藤原仲成という人が射殺、という事件が起きた

      =この事件のことを、薬子の変(平城太政天皇の変)と言う

 

    ※薬子の変の時に、天皇の命令を迅速に官の組織に伝えることを目的として、

     蔵人頭という役職を作った

     →蔵人頭のための役所を蔵人所と言い、蔵人所に所属する蔵人は、

      結果的に天皇の側近として重要な役割を果たすようになった

      ※蔵人頭を作った時は、藤原冬嗣という人を任命していた

 

   ・検非違使を作った

     ※検非違使・・平安京の中での警察のこと

 

   ・法律の制度について、律令が作られた後の法律を格と式に分けて整理した

     ※・格・・律令のルールを補足したり、修正したりすること

      ・式・・施行細則のこと

       →当時は、格と式を編集することで、弘仁格式というものが作られた

       →弘仁格式の後に、貞観格式、延喜格式が作られた

        =この3つの格式をまとめて、三代格式と言う

 

    ※三代格式について

     ・格は、三代の格を集めた「類聚三代格」というものが伝わっている

     ・式は、「延喜式」が伝わっている

     ・833年に、「令義解」という、令の解釈を公式に統一したものが、

      清原夏野によって作られた

     ・9世紀後半に、「令集解」という、令の注釈を集めたものが、

      惟宗直本という人によって作られた

 

 

ポイント

・平安時代初期の政治制度についてを押さえる

 

このあたりが今回のポイントです

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