北条氏の登場について

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投稿者:       投稿日時:2013/10/22 03:04      
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北条氏の登場について考えてみます

 

 

・北条氏の登場について

 

 ・幕府の政治は、源頼朝が将軍として独裁体制の状態で行っていた

  

  →しかし、頼朝が死んだ後の源頼家と源実朝の時代になった時に、

   御家人中心の政治を目指す動きが強くなった

   ※源頼朝の死後に、大江広元などの貴族出身の頼朝の側近と、

    北条時政や比企能員などの有力御家人などを合わせて、13人からなる

    合議制によって政治が行われた

    ・合議制・・合議によって物事を決める制度のこと     

 

  →その動きと同時に、有力な御家人の間で、政治の主導権を目指して何度も争いが起きた

   

  →政治の主導権を目指す争いの時に、多くの御家人が滅びてしまった

 

   =上のような動きの中で勢力を伸ばしてきたのが、

    伊豆の在庁官人だった北条氏という氏族だった

 

 

 ・1203年に、源頼朝の妻である北条政子の父親だった北条時政は、

  将軍だった源頼家に地位を降ろさせて、弟の源実朝を立てることで、

  北条時政が幕府の権力を握るようになった

  =この時の、北条時政の地位は執権と呼ばれた

   →執権の地位は、北条時政が子どもの北条義時に継承された

 

  ※北条時政は、源頼家の後見だった比企能員を倒して、源頼家を伊豆の修禅寺に閉じ込めて、

   1204年に暗殺した

 

  ※北条義時は、侍所の長官(別当)だった和田義盛を倒して、

   政所と侍所の別当を両方担当し、自分の地位を固めた

   =北条義時が和田義盛を倒した戦いを、和田合戦と言う

 

  →この動きの後から、執権は北条氏一族の間で世襲を繰り返されるようになった

 

 

 

ポイント

・北条氏の登場についておさえる

 

このあたりが今回のポイントです



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