戦国時代の都市と人々について

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投稿者:       投稿日時:2013/10/24 03:15      
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戦国時代の都市と人々について考えてみます

 

 

・戦国時代の都市と人々について

 

 

 ・農村、手工業、商品経済の発達などによって農村での市場や町が大量に増えた

 

 

 

 ・大寺社だけでなく、中小の寺社の前に町が出てきた

  =この町を門前町と言う

   ※門前町の代表的な場所に、伊勢神宮の宇治・山田や、信濃の善光寺などがある

 

 

 

 ・浄土真宗の影響が大きい地域では、浄土真宗の寺院や道場を中心に、

  寺内町という町が作られた

  →寺内町には、門徒の商工業者が集まって住んでいた

   ※寺内町の代表的な場所に、摂津の石山や加賀の金沢、河内の富田林などがある

    =これらは、楽市だったが、段々と戦国大名に支配されるようになり、

     寺内町の特権が無くなっていった

 

 

 

 ・門前町や寺内町の市場や町には、自由な商業の取り引きがあり、販売座席(市座)や

  市場での税を設けない市場が多かった

  =このような市場を楽市という

 

  ※戦国大名は、楽市を活発にさせることを目的として、楽市令という法律を作って

   楽市を保護したり、自分で楽市を作ったりした

 

 

 

 

 ・遠いところとの商業も活発になったため、港町や宿場町などが栄えた

 

  ※港町の代表的な場所としては、堺、博多、平野、大湊などがある

 

  ※港町や宿場町などの都市によっては、お金のある商工業者が自治的な組織を作って

   市政(市の政治)を行った

 

   →中でも、堺は36人の会合衆、博多は12人の年行司という、

    それぞれの豪商が話し合うことで、市政が行われ、自分達で都市を

    コントロールしていた

 

 

 

 

 ・京都を始めとした昔からの政治的な都市には、町が生まれた

  

  ※町・・お金のある商工業者を基本とした町衆(町で生活していた人)を中心に作られた

      都市の市民の自治的な団体のこと

 

  ※町は、惣村と同じように、町ごとに独自の町法という法律を作って、

   町衆の生活や商業活動などを保護した

 

  ※町が集まって、町組という組織が作られた

   →町や町組は、町衆の中から選ばれた月行事という役職の人によって、

    自分達で町を運営していった

 

  →応仁の乱でボロボロになった京都は、京都の町衆が復興させた

   ※祇園祭も町衆達が復活させたと言われている

 

 

ポイント

・戦国時代の都市と人々の動きと流れ、内容などを押さえる

 

このあたりが今回のポイントです

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