元禄文化の時の様々な学問と美術について

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投稿者:       投稿日時:2013/10/24 19:28      
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元禄文化の時の様々な学問と美術について考えてみます

 

 

・元禄文化の時の様々な学問について

 

 

 ・新井白石という人が、「読史余論」という本を書き、自分なりの歴史の見方を描いた

 

 

 ・自然科学の分野では、本草学、農学、医学などの実用的な学問が発達した

  →その中でも、貝原益軒という人の「大和本草」、

   宮崎安貞という人の「農業全書」などの本が有名になった

 

 

 ・測量や商売の取引などが行われるようになった時に、和算という数学が発達した

  →その中でも、関孝和という人は和算に関して様々な研究をした

  →さらに、吉田光由という人が出てきて、「塵劫記」という本を書いたため、

   民間でも和算が広まった

 

 

 ・天文と暦の学問の分野で、渋川春海(安井算哲)という人が、貞享暦という暦を作った

  →その功績によって、渋川春海は幕府の天文方という役職についた

   ※貞享暦・・暦の誤差を修正した、日本独自の暦のこと

 

 

 ・国文学の分野で、戸田茂睡という人が、和歌で使えない言葉が決められている無意味さと、

  俗語を使うことの正しさを説明した

 

 ・契沖という人が「万葉集」を研究して、「万葉代匠記」という本を書いた

 

 ・北村季吟という人が「源氏物語」や「枕草子」などを研究して、

  作者の意図を知る努力をした

 

  →戸田茂睡、契沖、北村季吟などの古典研究は、後に国学として発展していった

 

 

 

 

 

・元禄美術について

 

 ※元禄時代の美術は、上方の有力な町人を中心に、寛永期の文化を受け継ぎ、

  より良い作品が出てきた

 

 

 ・絵画の分野では、土佐派という画派から土佐光起という人が出てきた

  →土佐派から分かれた住吉如慶、住吉具慶の親子は、幕府に呼ばれて活躍した

   =住吉親子の画派を、住吉派という

 

 

 ・京都では、尾形光琳という人が俵屋宗達の方法を取り入れて、

  琳派という画派を作った

 

 

 ・江戸では、菱川師宣という人が、浮世絵の版画を始めた

 

 

 ・陶器では、京都の野々村仁清という人が、上絵付法という方法をベースに

  色絵というものを完成させた

  →そのため、野々村仁清は京焼というものを誕生させた

 

 

 ・尾形光琳の弟の尾形乾山という人が、高雅な作品を残したと言われている

 

 

 ・染物では、宮崎友禅という人が友禅染という染物を生みだした

 

 

 

ポイント

・元禄文化の時の様々な学問を押さえる

・元禄美術について押さえる

 

このあたりが今回のポイントです



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