儒学の受容と展開について

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投稿者:       投稿日時:2013/11/15 04:25      
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儒学について考えます

 

 

 

・儒学の受容(儒学は、日本にどのように取り入れられたのか)

 

 ・儒学は、7世紀頃に朝廷が遣隋使(のちに遣唐使)を中国に派遣したことで、

  日本に入ってきた

  →これにより、官人(現在で言う役人)によって政治が行われるようになったり、

   律令が制定されたりした

 

 ・官人の育成には明教道が重要とされ、明教道以外には明法道や紀伝道などがあった

  ※明教道:「礼記」や「易経」などの儒学の経典を学ぶ学問のこと

   明法道:律令(法律や政治経済についての規定のこと)や

       格式(礼儀や作法のこと)を学ぶ学問のこと

   紀伝道:「史記」や「文選」を学ぶ学問のこと

 

 →儒学は、政治に関係する規定の手本として理解され、受け入れられていった

 

 

 

・朱子学の思想、考え方について

 

 ・朱子学は儒学の一部で、日本では特に江戸時代に朱子学が盛んになった

 

 ・当時は、朱子学が考える理(物事の根本の正しい考え)は天という場所にあると

  考えられており、天にある理が理想だから求めていこうと考えていた

 

 

 ・当時の朱子学に関連した人

  ・藤原惺窩:元々は禅宗の僧だったが、一般の人に戻り、儒学者となった。

        江戸時代の儒学の生みの親

  ・林羅山:禅宗の僧となることを拒んで、朱子学者として、幕府に仕えた

  ・山崎闇斎:塾を開いて、朱子学を説明し、教えていった

 

 

 ・林羅山や山崎闇斎の朱子学の考え方

  

  ・政治を行う人や君子は、自分が控え目な行動をすること、

   自分の行動を慎むこと(=敬)によって、欲望や情念(抑えがたい感情)を捨てて、

   人間に元々ある本来の心を維持するべきだと考えた

   =これを存心持敬と言う

 

  ・本来の心を維持することで、天と通い合うから、

   天と通い合い、天と自分の本来の心を合一しなければいけないと考えた

   =この考え方を天人合一と言う

 

   ※天人合一とは・・

    →天より下の世界(=世俗世界、人々が生活している世界)にある道理(=天理)を

     理解して、実際に自分自身で理を表現すること

 

   ※天理は、四季や時間の経過など、自然現象などの道理だけでなく、

    上下定分の理も含まれると考えた

    

   ※上下定分の理とは・・

    →王様と家来のような上下の関係や身分秩序などは、

     道理が表現されているという考え方のこと

 

  ・政治を行う人(為政者)は、全ての道理を明らかにして、

   物事を全て知り尽くしていないといけないと考えた

   =このような考え方を格物致知と言う

 

 

 

 

 ※儒学や朱子学を勉強した人の中で活躍した人達について

  ・貝原益軒-薬草を中心に植物の観察と分類を行って、

        「大和本草」という本を書いた

  ・新井白石-朱子学の立場からキリスト教の教説に対する批判を書いた

        「西洋紀聞」という本を書いた

  ・雨森芳洲-「交鱗提醒」というものを書いて、朝鮮との外交を

        どうするべきかを考えた

 

 

ポイント

・儒学は、遣隋使(後の遣唐使)によって入ってきた

・明教道が重要とされ、明教道以外には明法道や紀伝道などがあった

・儒学は、政治に関係する規定の手本として理解され、受け入れられていった

・当時の朱子学は天にある理を理想とした

・当時の朱子学に関連する人に藤原惺窩、林羅山、山崎闇斎などがいる

・羅山や闇斎は、存心持敬を維持した上での天人合一を重視した

・天理の中には、上下定分の理も含まれていると考えた

・格物致知が大切だとした

・その他に、貝原益軒、新井白石、雨森芳洲がいる

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