明治時代の法典の編纂について

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投稿者:       投稿日時:2013/10/28 08:25      
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明治時代の法典の編纂について考えてみます

 

 

・法典の編纂について

 

 

 ・法典とは・・日本の六法のような、体系的にまとめられた法律のこと

 

 

 ・法典の編纂は明治初年に始まった

  →その時に、フランスの法学者のボアソナードという人を呼んで、

   フランスの法をモデルとした法典を作った

 

 

 ・憲法に先立って、1880年に刑法と治罪法(刑事訴訟法)を公布した

  ※刑法では、大逆罪(天皇や皇族に対する犯罪のこと)、不敬罪、内乱罪などについて

   決められていた

 

 

 ・1890年に、民法、商法、民事・刑事訴訟法を公布した

  →この公布によって、法治国家としての体制が整いつつあったと言われている

 

 

  ※民法については、1890年に一度公布されたが、民法の内容が決まる前から 

   一部の法学者の間で、民法の内容が、家族の道徳を始めとした日本の伝統的な

   倫理を壊してしまうようなものだという批判が起きた

   →そのため、民法の内容について激しい議論が行われた

   =この議論を、民法典論争という

 

     ※1891年に穂積八束という人は、「民法出デテ忠孝亡ブ」という題の

      論文を書いて、ボアソナードの民法を批判した

 

 

   →民法典論争の結果、商法と民法の施行を延長することになった

    =そして、1896年と1898年に民法の内容を大きく修正して公布された

 

 

 ※新しく出来た民法の特徴として以下のようなことが見られた

  ・戸主権や家督相続制度などが決められたため、家父長制のような家の制度を維持させることになっていた

   ※・戸主権・・戸主(家の支配者、一家の主のこと)が持っている家族に対する絶対的な権利のこと

    ・家督相続制度・・戸主の身分と財産を、基本的に長男が単独で相続する制度のこと

    ・家父長制・・家長が家を支配するという制度のこと

 

 

ポイント

・明治時代の法典の編纂についておさえる

 

このあたりが今回のポイントです

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