プラザ合意について

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投稿者:       投稿日時:2013/11/18 02:27      
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プラザ合意について考えてみます

 

 

・プラザ合意について

 

 

 ・プラザ合意までの流れ

 

 ・1981年に、アメリカの大統領になったレーガンという人が、

  アメリカの経済と軍事の面を強化しようとした

  →そこで、サプライサイド・エコノミクス(供給側に関する経済のこと)や

   マネタリズム(市場に経済を委ねるという考え方のこと)などを行って、

   「小さな政府」を目指した

   =このようなレーガンの政策は、レーガノミックスと呼ばれた

   ※しかし、軍事の面での支出が増えたので、財政の部分の赤字が増え、

    高金利政策を行ったのでドル高になった

 

  →このようなことがあり、1980年代のアメリカは「双子の赤字」になってしまった

   =そこで、アメリカ国内では、保護主義という考え方が出てきた

    ※・双子の赤字・・財政赤字と経常収支の赤字が同時に広がっていくこと

     ・保護主義・・保護貿易を行っていこうとする考え方のこと

     ・保護貿易・・輸入するものに関税をかけることで、

            国内の商品を守ろうとすること

 

 

 ・アメリカの保護主義の動きに不安を感じた先進国が、

  G5(先進5か国財務相・中央銀行総裁会議)が集まった

  →この時に、日本、アメリカ、欧米の先進国が、

   外国為替市場に協調介入(2か国以上が同じ目的で介入すること)を行って、

   ドル高に持って行くことで合意された

   =この合意のことをプラザ合意という

 

  →プラザ合意に合わせて、それぞれの国がドルを売ってドル高に持って行った結果、

   ドルに対して、円やマルク、フランなどのレートが安くなった

 

 

 ・最近では、G5やG7、主要国首脳会議(サミット)などを行うことで、

  それぞれの国の金利や為替相場の調整を行うなどのような、政策の協調を行っている

 

  ※G5・・日本、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランスの5カ国のことで、

       group of 5 の略称

   G7・・G5にイタリアとカナダを加えたもので、

       1986年の東京サミットからイタリアとカナダは参加した 

   G8・・G7にロシアを加えたもの

 

 

  ※サミット:・1975年に、第1回がフランスのランブイエというところで行われ、

         第1回以降、年に1回開かれている

        ・サミットでは、世界の政治や経済のことについて話し合われる

        ・サミットには、G8とEU委員会というところが参加している

 

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