プラザ合意について
プラザ合意について考えてみます
・プラザ合意について
・プラザ合意までの流れ
・1981年に、アメリカの大統領になったレーガンという人が、
アメリカの経済と軍事の面を強化しようとした
→そこで、サプライサイド・エコノミクス(供給側に関する経済のこと)や
マネタリズム(市場に経済を委ねるという考え方のこと)などを行って、
「小さな政府」を目指した
=このようなレーガンの政策は、レーガノミックスと呼ばれた
※しかし、軍事の面での支出が増えたので、財政の部分の赤字が増え、
高金利政策を行ったのでドル高になった
→このようなことがあり、1980年代のアメリカは「双子の赤字」になってしまった
=そこで、アメリカ国内では、保護主義という考え方が出てきた
※・双子の赤字・・財政赤字と経常収支の赤字が同時に広がっていくこと
・保護主義・・保護貿易を行っていこうとする考え方のこと
・保護貿易・・輸入するものに関税をかけることで、
国内の商品を守ろうとすること
・アメリカの保護主義の動きに不安を感じた先進国が、
G5(先進5か国財務相・中央銀行総裁会議)が集まった
→この時に、日本、アメリカ、欧米の先進国が、
外国為替市場に協調介入(2か国以上が同じ目的で介入すること)を行って、
ドル高に持って行くことで合意された
=この合意のことをプラザ合意という
→プラザ合意に合わせて、それぞれの国がドルを売ってドル高に持って行った結果、
ドルに対して、円やマルク、フランなどのレートが安くなった
・最近では、G5やG7、主要国首脳会議(サミット)などを行うことで、
それぞれの国の金利や為替相場の調整を行うなどのような、政策の協調を行っている
※G5・・日本、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランスの5カ国のことで、
group of 5 の略称
G7・・G5にイタリアとカナダを加えたもので、
1986年の東京サミットからイタリアとカナダは参加した
G8・・G7にロシアを加えたもの
※サミット:・1975年に、第1回がフランスのランブイエというところで行われ、
第1回以降、年に1回開かれている
・サミットでは、世界の政治や経済のことについて話し合われる
・サミットには、G8とEU委員会というところが参加している