自分を貫くか 妥協するか
なにか言い合いをしたときに、妥協する人がいます。
すると、
「妥協するなんて、大人だね。」と
いう人を見かけます。
これを聞くとちょっと待てよ、と思ってしまうことがあります。
妥協することって、本当に大人なのかよ、と。
妥協する=大人、っていう考え方は、
世間一般的に親が子供に様々な物事を譲ることが多いから
その流れで、大人は妥協するという考えが存在しているのだと考えられます。
しかし、妥協する=大人、だと
自分の意見を通すこと=子供、という図式も成り立ってしまうような気がします。
はたして、自分の意見を通すことは、本当に子供なのでしょうか。
そうとは言い切れないこともあると思うんですね。
正直言って、妥協する=大人、というのが完全に合っているというわけではないです。
場合によって、成り立たないことがあります。
裏を返すと、自分の意見を通す=子供、というのも完全に合っているというわけではないです。
これも、場合によって、成り立たないことがあります。
自分の意見を通す=子供というのが成り立たないのは、
例えば、様々な話し合いや議論など。
自分の意見を妥協し続けると、
まず、議論が成り立ちません。
そして、自分の意見をぶつけることが、議論なんかでは重要になってくることもあります。
議論では、全員が自分の意見を押し付け合うから、
全員が子供だ、という考え方があるかもしれませんが、
自分の意見を押し付けるだけの人はそもそも議論に参加していません。
議論は、相手の話を聞いて初めて成り立ちますから。
逆に、日常生活では、
妥協する=大人とか、自分の意見を貫く=子供、っていうのは
結構成り立っているような気がします。
例は数えきれないくらいあると思うので、
ぜび、自分自身を振り返って思い出してみてください。
そして、日常とかで、自分の意見を貫いて子供扱いされる時に限って
周りにバカにされるような感じがします。
どんなときでも、
すぐに妥協してしまう人や、自分の意見を貫き通そうとする人は存在します。
しかし、妥協したから大人とか、自分を貫いているから子供とか、
100%そうだとは言えないと思います。
妥協するのも、自分の意見を貫き通すのも、
時と場合を考えて、使い分けていく必要があるような気がしました。
コメント
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