パルティアとササン朝・イラン文明の特徴について

閲覧数:1,126
投稿者:       投稿日時:2013/09/30 03:44      
(まだ評価されていません。)
コメント数: 0       お気に入り登録数:6

LINEで送る
Pocket

パルティアとササン朝・イラン文明の特徴について考えてみます

 

 

・パルティアについて

 

 

 ・紀元前334年に、マケドニアの王様だったアレクサンドロス大王という人は、

  東方の遠征に行き、エジプトを征服した

  →その後、アケメネス朝のペルシアを滅ぼして、

   インドの北西部に進出していった

   =結果的にアレクサンドロス大王は、東西にまたがるほどの大きな帝国を作った

 

 

 ・アレクサンドロス大王が亡くなった後、

  アレクサンドロス大王が征服したアジアの領土については、

  全ての領土をギリシア系のセレコウス朝に受け継がれた

 

 

 ・一方で、紀元前3世紀の半ばころに、アム川上流にいたギリシア人が独立して、

  バクトリアという王国を作った

 

 

 ・さらに、遊牧のイラン人の族長だったアルサケスという人が、

  カスピ海東南部にパルティア(中国名で安息)という国を作った

  →パルティアは、紀元前2世紀の半ばころに、メソポタミアを自分の地域に併合させた

   =その結果、クテシフォンというところに都を設定し、

    東西貿易の利益を独占して、栄えていった

 

 

 

 

 

・ササン朝について

 

 

 ・農業を土台とするイラン人が、パルティアを倒して、ササン朝という王朝を作った

 

 

 ・ササン朝は、アルダシール1世という人が作った

  →アルダシール1世は、クテシフォンを首都にし、

   ゾロアスター教を国の宗教にして、国を統一しようとした

 

 

 ・その後、ササン朝の2代目の皇帝にシャープール1世という人が就いた

  →シャープール1世は以下のようなことを行った

   ・シリアに侵入して、ローマ軍を倒し、

    シリアの皇帝だったウァレリアヌスを捕虜にした

   ・東方で、インダス川の西岸にまで広がるような広い地域を統合して、

    中央集権的な体制を作った

 

 

 ・ササン朝は、5世紀の後半に、中央アジアの遊牧民だったエフタルに侵入された

  →そこで、ホスロー1世という人の時代の時に、

    トルコ系遊牧民だった突厥と手を組んで、エフタルを倒した

  →その後、ビザンツ帝国というところとの戦いも有利に進めていき、和平を結んだ

 

 

 ・しかし、ホスロー1世が亡くなってからは、ササン朝はだんだんと衰えていった

  →そのため、7世紀の半ばに新しく出てきたイスラーム勢力だったアラブ人によって

   征服されて滅んでしまった

   ※滅亡したのは、651年だった

   ※しかし、642年のニハーヴァンドの戦いという出来事の時に

    ササン朝はアラブに負けてしまったので、

    その時にササン朝は、事実上崩壊してしまった

 

 

 

 

・イラン文明について

 

 

 ・パルティアの初期の文化は、ヘレニズムという文化の影響を強く受けていた

  ※そのため、王様は、「ギリシア人を愛するもの」という称号を帯びていた

 

 

 ・しかし、紀元前1世紀ころに、イランの伝統文化が復活し始めた

  =その結果、ギリシアの神々と、イランの神々の両方が、 

   一緒にまつられるようになった

 

 

 ・ササン朝の時に、「アヴェスター」という教典が編集された

  ※アヴェスター・・イランの民族的宗教だったゾロアスター教の教典のこと

 

 

 ・3世紀に、宗教家だったマニという人が、ゾロアスター教、仏教、キリスト教を融合して、

  独自にマニ教という宗教を作った

  

   ※マニ教について

    ・マニ教は、ササン朝の内部では、特殊すぎるということで

     弾圧されて広まらなかった

    ・しかし、北アフリカ、中央アジアなどにマニ教は広まっていった

    ・唐の時代の中国にもマニ教は伝えられた

    ・アウグスティヌスという人は、カルタゴというところに住んでいた時に

     マニ教の影響を受けた

    ・キリスト教の中で異端派だった派閥(アルビジョワ派など)の一部にも、

     マニ教の影響が認められている

 

 

 ・ササン朝時代に、建築、美術、工芸などの分野が発達した

  →精巧につくられた銀器、ガラス器、彩釉陶器の技術や様式は特に素晴らしく、

   様々な場所に受け継がれた

   

   ※当時の技術はどこに受け継がれたのか

    ・ササン朝の次のイスラーム時代に受け継がれた

    ・ビザンツ帝国を通って、地中海世界に受け継がれた

    ・南北朝、隋唐時代の中国を通って、飛鳥・奈良時代の日本に受け継がれた

     ※日本で受け継がれて作られた代表的な作品に、

      法隆寺の獅子狩文錦、正倉院の漆胡瓶などがある

 

 

 

ポイント

・パルティアについておさえる

・ササン朝についておさえる

・イラン文明についておさえる

 

このあたりが今回のポイントです



コメントを残す