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	<title>アラエス &#187; フランス革命</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>「自由、権利、責任、義務」のそれぞれの関係について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1832</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1832#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 11:18:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アルコール]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[民主社会倫理]]></category>
		<category><![CDATA[アンガージュマン]]></category>
		<category><![CDATA[サルトル]]></category>
		<category><![CDATA[フランス革命]]></category>
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		<category><![CDATA[ルソー]]></category>
		<category><![CDATA[一般意志]]></category>
		<category><![CDATA[公共の福祉]]></category>
		<category><![CDATA[権利と義務]]></category>
		<category><![CDATA[積極的自由]]></category>
		<category><![CDATA[自由と権利]]></category>

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		<description><![CDATA[自由、権利、責任、義務について考えてみます &#160; &#160; ・自由と権利について 　→自由と権利について考えた人の代表的な人に、ルソー、サルトル、フロムがいる &#160; &#160; 　・ルソーについて  [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1832">「自由、権利、責任、義務」のそれぞれの関係について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>自由、権利、責任、義務について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・自由と権利について</p>
<p>　→自由と権利について考えた人の代表的な人に、ルソー、サルトル、フロムがいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ルソーについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ルソーは、学問や芸術は、誰かが他人を見下すための方法として生まれたものだと</p>
<p>　　　考えていた</p>
<p>　　　→そのため、学問や芸術は人々の自由な気持ちを無くさせてしまってきたと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ルソーは、「人間不平等起源論」と「社会契約論」を書いた</p>
<p>　　</p>
<p>　　　・ルソーは、「人間不平等起源論」の中で、・・</p>
<p>　　　　・昔は、一人一人が自由に独立して生活していて、</p>
<p>　　　　　自己保存の欲望と思いやり（あわれみ）の感情があるだけで</p>
<p>　　　　　それ以外の余計な感情は無かったと考えた</p>
<p>　　　　・今は、私有財産、それを守る法律、財産に対する欲望などがあり、</p>
<p>　　　　　思いやりの感情が弱く、不平等な社会であると考えた</p>
<p>　　　　　→そのため、ルソーは「自然に帰れ」という、昔のように戻るといった考え方が</p>
<p>　　　　　　理想だが、不可能だと考えていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・ルソーは、「社会契約論」の中で・・</p>
<p>　　　　・「自然に帰れ」ができない分、個人の「自然的自由」の代わりとして、</p>
<p>　　　　　人々が結びつくことで可能となる「市民的自由」が必要だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ルソーが考える社会契約とは・・</p>
<p>　　</p>
<p>　　　・一般意志（社会全体に利益がもたらされることを目指す意志）を作って、</p>
<p>　　　　全ての人が一般意志の全てに従うという契約</p>
<p>　　　　※ただし、特殊意志（自分の利益を求める意志）を合計したもの（＝全体意志）とは</p>
<p>　　　　　別物だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→ルソーは、一般意志に従うことで、自分の欲望を捨てて、普段の生活の中で、</p>
<p>　　　　　元々自分に備わっている「道徳的自由」を得られると考えた</p>
<p>　　　　　※この考え方は、カントという人の「自律」の考え方と似ている部分がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→ルソーは、一般意志は全ての人が直接参加することで作られる意志で、</p>
<p>　　　　　国家は、意志を行わせる場所でしかないと考えた</p>
<p>　　　　　※そのため、国家が一般意志を達成させなかったら、</p>
<p>　　　　　　人々は革命権を使ってよいと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→以上のような考え方から、ルソーは、全ての人々の共同の意志を土台にして</p>
<p>　　　　　成り立つ国が理想だと考えた</p>
<p>　　　　　＝これは、直接民主主義の考え方であり、</p>
<p>　　　　　　徹底した人民主権の考え方を主張したと言える</p>
<p>　　　　　※この考え方は、民主国家の理想を表すものであり、</p>
<p>　　　　　　フランス革命にも大きな影響を与えたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・サルトルについて</p>
<p>　　※第二次世界大戦後は、フランスで実存主義が注目され、サルトルが活躍した背景がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・サルトルは「存在と無」という本を書いた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・サルトルの考え方について</p>
<p>　　</p>
<p>　　　・サルトルは、</p>
<p>　　　　もし神がいるならば、人間は神に作られたものだから、</p>
<p>　　　　人間の本来あるべき姿は元々決まっていると考えた</p>
<p>　　　　＝このような考え方を、「本質は実存に先立つ」と表現する</p>
<p>　　　　　しかし、サルトルは、人間は自由であり、神に作られたものではないと考えた</p>
<p>　　　　　＝このような考え方を、「実存は本質に先立つ」と表現する</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→サルトルは、「実存は本質に先立つ」の立場に立った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・サルトルは、人間は生き方を決められていて自由な存在だと考えていた</p>
<p>　　　　しかし、自由だということは、自分のことは自分の責任で決め、</p>
<p>　　　　他人や人類に責任を負うものだと考えた</p>
<p>　　　　→このような考え方から、サルトルはアンガージュマンを提唱した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※アンガージュマン・・自分の世界だけで終わるのではなく、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　社会に参加していこうとする考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・フロムについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・フロムは、「自由からの逃走」という本を書いて、自由に耐えられなくなって、</p>
<p>　　　新しい束縛に自分から服従していく人々の心理を、</p>
<p>　　　ドイツのナチズムを照らして考え、分析をした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・フロムは、消極的自由（～からの自由）ではなく、</p>
<p>　　　積極的自由（～への自由）が大切だと考えた</p>
<p>　　　・消極的自由・・人々を束縛から離して、個人を自立させる、という面での自由のこと</p>
<p>　　　・積極的自由・・人々が自分から社会と関係を持って、</p>
<p>　　　　　　　　　　　社会の中で自分の能力を発揮することを目指す自由のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・権利と義務について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・自由には責任が、権利には義務がついていることを意識する必要があると言われている</p>
<p>　　※このような考え方について、議論すべきものとして、「公共の福祉」などがある</p>
<p>　　　＝自分の利益のために、他の人の利益の邪魔をしてはいけないが、</p>
<p>　　　　「公共の福祉」だから、という理由で、個人の利益を必要以上に邪魔してもいけない</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まとめ</p>
<p>・ルソーの考え方を押さえる</p>
<p>・サルトルの考え方を押さえる</p>
<p>・フロムの考え方を押さえる</p>
<p>・自由、権利、責任、義務について、改めて考えてみる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1832">「自由、権利、責任、義務」のそれぞれの関係について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>フランス啓蒙思想について　－社会契約説とルソーを中心に－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1654</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1654#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 07:17:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[宮下]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[西洋思想]]></category>
		<category><![CDATA[アンシャン＝レジーム]]></category>
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		<description><![CDATA[フランス啓蒙思想とルソーについて考えます &#160; &#160; ・フランス啓蒙思想について 　 　・そもそも啓蒙思想とは・・ 　　→理論的ではない信仰や神に関する学問などを無くしていき、 　　　少しずつ様々な知識を [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1654">フランス啓蒙思想について　－社会契約説とルソーを中心に－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>フランス啓蒙思想とルソーについて考えます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・フランス啓蒙思想について</p>
<p>　</p>
<p>　・そもそも啓蒙思想とは・・</p>
<p>　　→理論的ではない信仰や神に関する学問などを無くしていき、</p>
<p>　　　少しずつ様々な知識を得ながら、人々の生活をよりよくさせていこうとする</p>
<p>　　　考え方のことで、１８世紀のフランスで誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※啓蒙思想は、人々の自由を奪う「旧制度」（アンシャン＝レジーム）も批判した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・この啓蒙思想が生まれた時に活躍した人として、代表的な３人が挙げられる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・モンテスキュー　－　「法の精神」を書き、三権分立を提唱した</p>
<p>　　　・ヴォルテール　　－　宗教や言論の自由のために、文章を書く活動を行った</p>
<p>　　　・ディドロ　　　　－　「百科全書」という本の代表で、新しい思想や学問などを</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　取り入れて、実際に生かそうとする運動をした</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　→この３人は、３人とも、古い習慣や文化よりも理性のほうが圧倒的に重要だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ルソーについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ルソーは、学問や芸術は、誰かが他人を見下すための方法として</p>
<p>　　生まれたものだと考えていた</p>
<p>　　→そのため、学問や芸術は人々の自由な気持ちを無くさせてしまってきたと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ルソーは、「人間不平等起源論」と「社会契約論」を書いた</p>
<p>　　</p>
<p>　　・ルソーは、「人間不平等起源論」の中で、・・</p>
<p>　　　・昔は、一人一人が自由に独立して生活していて、</p>
<p>　　　　自己保存の欲望と思いやり（あわれみ）の感情があるだけで</p>
<p>　　　　それ以外の余計な感情は無かったと考えた</p>
<p>　　　・今は、私有財産、それを守る法律、財産に対する欲望などがあり、</p>
<p>　　　　思いやりの感情が弱く、不平等な社会であると考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→そのため、ルソーは「自然に帰れ」という、昔のように戻る</p>
<p>　　　　　といった考え方が理想だが、不可能だと考えていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ルソーは、「社会契約論」の中で・・</p>
<p>　　　・「自然に帰れ」ができない分、個人の「自然的自由」の代わりとして、</p>
<p>　　　　人々が結びつくことで可能となる「市民的自由」が必要だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ルソーが考える社会契約とは・・</p>
<p>　　</p>
<p>　　・一般意志（社会全体に利益がもたらされることを目指す意志）を作って、</p>
<p>　　　全ての人が一般意志の全てに従うという契約</p>
<p>　　　※ただし、特殊意志（自分の利益を求める意志）を合計したもの＝全体意志とは</p>
<p>　　　　別物だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→ルソーは、一般意志に従うことで、自分の欲望を捨てて、普段の生活の中で、</p>
<p>　　　　元々自分に備わっている「道徳的自由」を得られると考えた</p>
<p>　　　　※この考え方は、カントという人の「自律」の考え方と似ている部分がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→ルソーは、一般意志は全ての人が直接参加することで作られる意志で、</p>
<p>　　　　国家は、意志を行わせる場所でしかないと考えた</p>
<p>　　　　※そのため、国家が一般意志を達成させなかったら、</p>
<p>　　　　　人々は革命権を使ってよいと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→以上のような考え方から、ルソーは、全ての人々の共同の意志を土台にして</p>
<p>　　　　成り立つ国が理想だと考えた</p>
<p>　　　　＝これは、直接民主主義の考え方であり、徹底した人民主権の考え方を主張したと言える</p>
<p>　　　　※この考え方は、民主国家の理想を表すものであり、</p>
<p>　　　　　フランス革命にも大きな影響を与えたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・啓蒙思想の考え方を押さえる</p>
<p>・モンテスキューは、「法の精神」を書き、三権分立を提唱した</p>
<p>・ヴォルテールは、宗教や言論の自由のために、執筆活動を行った</p>
<p>・ディドロは、「百科全書」の代表で、新しい思想や学問を取り入れようとした</p>
<p>　→３人とも理性が勝つと考えられていた</p>
<p>・ルソーは、学問や芸術は、人間のわがままから生まれたものだと考えた</p>
<p>・ルソーは、「人間不平等源論」の中で昔に戻る「自然に帰れ」という理想があったが、不可能だと考えていた</p>
<p>・ルソーは、「社会契約論」の中で、「自然的自由」の代わりに、「市民的自由」を提唱した</p>
<p>・ルソーは、社会契約について、一般意志を提唱し、特殊意志をまとめた全体意志と区別した</p>
<p>・ルソーは、一般意志に従うことで、「道徳的自由」が得られると考えた</p>
<p>・ルソーは、国家は、意志を行わせる場であって、国家がそれを達成しなかったら、人々は革命権を使ってよいと考えた</p>
<p>・ルソーは、直接民主主義と人民主義の考え方で、フランス革命にも大きな影響を与えた</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1654">フランス啓蒙思想について　－社会契約説とルソーを中心に－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>ウィーン会議について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/969</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/969#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 16 Oct 2013 06:12:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[副店長]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史後期・末期]]></category>
		<category><![CDATA[ウィーン会議]]></category>
		<category><![CDATA[ウィーン体制]]></category>
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		<category><![CDATA[ナポレオン戦争]]></category>
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		<description><![CDATA[ウィーン会議について考えてみます &#160; &#160; ・ウィーン会議について &#160; &#160; 　・１８１４年から１８１５年にかけて、フランス革命とナポレオン戦争の戦後の処理のために、 　　オスマン帝国 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/969">ウィーン会議について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ウィーン会議について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ウィーン会議について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１８１４年から１８１５年にかけて、フランス革命とナポレオン戦争の戦後の処理のために、</p>
<p>　　オスマン帝国以外の全てのヨーロッパの支配者が参加する国際会議というのが、</p>
<p>　　ウィーンで開かれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・会議では、オーストリア外相（のちの宰相）であるメッテルニヒという人が議長として、</p>
<p>　　対立する各国の利害を調整していった</p>
<p>　　※しかし、基本的には列強間の合意によって決定されていた</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→ウィーン会議の時には、以下のような動きが見られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・正統主義によって、フランスやスペインでブルボン王家が復活した</p>
<p>　　　※正統主義とは、当時のフランスの外相のタレーランという人提唱した、</p>
<p>　　　　フランス革命前の王朝と旧制度の復活を目指す理念のこと</p>
<p>　　　　→ただし、現実では大国の利害が優先されたため、正統主義が無視されることが多かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・一方で、大国間の勢力の均衡がはかられた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ロシア皇帝が、ポーランドの王を兼ねることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・プロイセンが東西に領土を拡大した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・イギリスが、旧オランダ領のスリランカ（セイロン島）とケープ植民地の領有を認められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・立憲王国になったオランダは、旧オーストラリア領ネーデルラント（ベルギー）を譲られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・オーストリアは、北イタリアを得た</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・スイスは永世中立国になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ドイツでは、神聖ローマ帝国が復活しなかった</p>
<p>　　　→その代わり、オーストリア、プロイセン以下３５の君主国と４つの自由都市からなるドイツ連邦が組織された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝これら一連の動きによる世界の国際秩序を、ウィーン体制という</p>
<p>　　　※ウィーン体制は、現状維持を目指すものだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・１９世紀の世界では、イギリスが自分の国の経済的な繁栄と圧倒的な海軍力を背景に、</p>
<p>　　強力な影響力を持つことで、比較的平和が保たれていた</p>
<p>　　＝このような世界の状況を、パックス＝ブリタニカという</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※当時、イギリスにならんで、ヨーロッパの国際秩序を支えたのが、</p>
<p>　　　大きな陸軍を持つロシアだった</p>
<p>　　　→当時のロシアの皇帝のアレクサンドル１世が提唱した神聖同盟というのには、</p>
<p>　　　　多くの君主が参加した</p>
<p>　　　→さらにロシアは、イギリス、プロイセン、オーストリアと１８１５年に四国同盟を結んだ</p>
<p>　　　　※四国同盟は、１８１８年にフランスも加わって、五国同盟を結んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ウィーン体制の内容についておさえる</p>
<p>・ナポレオン没後の世界の様子についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/969">ウィーン会議について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>フランス革命について　－フランス革命の構造－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/956</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/956#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 19:28:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[チューペット]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史中期]]></category>
		<category><![CDATA[アンシャン＝レジーム]]></category>
		<category><![CDATA[サンキュロット]]></category>
		<category><![CDATA[シェイシス]]></category>
		<category><![CDATA[フランス革命]]></category>
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		<category><![CDATA[農民]]></category>
		<category><![CDATA[都市民衆]]></category>

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		<description><![CDATA[フランス革命の構造について考えてみます &#160; &#160; ・フランス革命の構造について &#160; &#160; 　・アメリカ独立革命に続いて、有力な絶対王政の国であったフランスで、 　　旧制度（アンシャン＝ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/956">フランス革命について　－フランス革命の構造－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>フランス革命の構造について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・フランス革命の構造について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカ独立革命に続いて、有力な絶対王政の国であったフランスで、</p>
<p>　　旧制度（アンシャン＝レジーム）をくつがえす革命が起きた</p>
<p>　　※アンシャン＝レジームという言葉は、革命前のフランスの政治や社会の体制の</p>
<p>　　　総称として使われる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・革命以前の国民は、聖職者が第一身分、貴族が第二身分、平民が第三身分として区別された</p>
<p>　　※ただし、人口の９割以上は第三身分だった</p>
<p>　　※一方で、少数の第一身分と第二身分は、広い土地と全ての重要な官職を握り、</p>
<p>　　　免税などの特権を得ていた</p>
<p>　　　</p>
<p>　・当時は、それぞれの身分のなかにも貧富の差があった</p>
<p>　　→特に、第三身分では、第三身分の大部分を占める農民が領主への地代や税の負担のために</p>
<p>　　　苦しい生活を送っていた</p>
<p>　　→一方で、商工業者などの有産市民層は、しだいに富を蓄えて実力を向上させていった</p>
<p>　　　※そのため、商工業者はその実力にふさわしい待遇を受けないことに不満を感じていた</p>
<p>　　　※さらに、産業革命下でのイギリスの商品が流入し、国内産業の発展が妨げられる</p>
<p>　　　　という問題もあった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第三身分の商工業者の間に、啓蒙思想が広まった</p>
<p>　　※１７８９年の初めには、シェイエスという人が「第三身分とはなにか」という小冊子で、</p>
<p>　　　第三身分の権利を主張した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝フランス革命は、以上のような状況のもとで、王権に対する貴族の反抗をきっかけに始まった</p>
<p>　　　※しかし、結果的には、有産市民層が旧制度を廃棄して、</p>
<p>　　　　その政治的発言力を生み出すことになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・農民や都市の民衆は、旧制度の廃棄に重要な役割を果たしたと言われている</p>
<p>　　→農民や都市の民衆は、同時に有産市民層が推進した資本主義経済にも反対した</p>
<p>　　　※当時、革命派の民衆は、富裕者の服装の半ズボン（キュロット）を</p>
<p>　　　　持っていないという意味で、「サンキュロット」（半ズボンなし）と呼ばれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝フランス革命は以上のように、貴族、ブルジョワ（有産市民）、農民、都市民衆という</p>
<p>　　　四つの社会層による革命が絡み合って進んでいった</p>
<p>　　　→そのため、複雑な経過をたどることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・フランス革命の時の構造についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/956">フランス革命について　－フランス革命の構造－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>世界最初の産業革命とその波及について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/950</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/950#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 19:03:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[チューペット]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史中期]]></category>
		<category><![CDATA[イギリス]]></category>
		<category><![CDATA[フランス革命]]></category>
		<category><![CDATA[世界の工場]]></category>
		<category><![CDATA[産業革命]]></category>
		<category><![CDATA[第2次囲い込み]]></category>
		<category><![CDATA[農業革命]]></category>

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		<description><![CDATA[産業革命と産業革命の波及について考えてみます &#160; &#160; ・世界最初の産業革命について &#160; &#160; &#160; 　・イギリスでは、近代の初期から商工業が発達した 　　→そのため、豊かな国 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/950">世界最初の産業革命とその波及について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>産業革命と産業革命の波及について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・世界最初の産業革命について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスでは、近代の初期から商工業が発達した</p>
<p>　　→そのため、豊かな国内市場と有利な投資先を求めるための資本が</p>
<p>　　　イギリスには用意されていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・また、イギリスでは国家が重商主義政策を取った</p>
<p>　　※その裏で、１７世紀にオランダ、１８世紀にフランスを破って</p>
<p>　　　広大な海外市場を確保していった　　</p>
<p>　　　→一方で、市場向けの生産を目指す農民が発達した</p>
<p>　　</p>
<p>　　＝上のような動きは、産業革命期に急増する都市の人口を支えることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスでは、大地主は中小農民の土地や村の共同地を合わせて大規模な農地を作った</p>
<p>　　※これを第２次囲い込みという</p>
<p>　　　→その後、進んだ技術を持った農業資本家に大規模な農地を貸し出して</p>
<p>　　　　経営させるということを行った</p>
<p>　　　　＝この出来事を、農業革命という</p>
<p>　　　　　※土地を失った農民は、農業労働者や都市の工業労働者となった</p>
<p>　</p>
<p>　　※さらにイギリスは、石炭、鉄などの資源に恵まれた</p>
<p>　　※さらに、１７世紀以来、自然科学と技術の進歩もめざましかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上のような条件が整っていたイギリスでは、新しい生産技術が発明されれば、</p>
<p>　　　この新しい生産技術を応用して工業生産の拡大に役立てることが出来た</p>
<p>　　　＝そのため、イギリスは世界で最初の産業革命を経験することになった</p>
<p>　　　　※ただし、１８世紀末のイギリスの経済成長率は、</p>
<p>　　　　　まだそんなに高いわけではなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・産業革命の波及について　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・産業革命の結果、イギリスは良質で安価な工業製品を大量に</p>
<p>　　ヨーロッパ内外の市場で売りさばいた</p>
<p>　　＝その結果、イギリスは「世界の工場」の地位を獲得した</p>
<p>　　　→世界の工場は、最初ヨーロッパの国々を圧迫した</p>
<p>　　　　※しかし、ナポレオンが死んだ後に、イギリスが機械技術の輸出を解禁する</p>
<p>　　　　　ということが起きた</p>
<p>　　　　　＝その結果、最初にベルギーやフランスに産業革命が波及した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※当時のフランスは、イギリス製品の流入を関税で防ぎつつ工業発展を目指していた</p>
<p>　　　　→しかし、フランス革命で小農民が増え、工業労働力が不足し、資本の蓄積も遅れていた</p>
<p>　　　　　＝そのため、資本主義の発達の速度も遅かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ドイツやアメリカでは、ベルギーやフランスに若干遅れる形で産業革命が始まった</p>
<p>　　→１９世紀の後半には、国家の保護のもとに重工業や化学工業が発展した</p>
<p>　　　※やがて、イギリスを追い越すようになった</p>
<p>　　　　</p>
<p>　・ロシアと日本は、１９世紀の終わりころから産業革命に入っていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスは、ヨーロッパだけでなく、世界の市場形成に主導的な役割を果たした</p>
<p>　　※特に、イギリスの自由貿易によってアジア、アフリカ、ラテンアメリカなどは</p>
<p>　　　従属的地位に置かれた</p>
<p>　　　＝結果的に、これらの様々な地域に民族運動が起こる原因の一つになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・イギリスで産業革命が始まるまでの流れについておさえる</p>
<p>・産業革命の波及の様子についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/950">世界最初の産業革命とその波及について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>財政民主主義</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/847</link>
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		<pubDate>Sun, 13 Oct 2013 01:57:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ルーブル]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済の仕組み]]></category>
		<category><![CDATA[フランス革命]]></category>
		<category><![CDATA[名誉革命]]></category>
		<category><![CDATA[租税民主主義]]></category>
		<category><![CDATA[租税法律主義]]></category>

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		<description><![CDATA[  財政とは、国や地方自治体などの公共部門の経済活動のことであり、民間部門の財政とは区別されます。しかし、近代市民国家が形成される以前の絶対王政国家などでは、公的な財政と民間金融は一体でした。国王は公債を発行して民間金融 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/847">財政民主主義</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p align="center"> </p>
<p>財政とは、国や地方自治体などの公共部門の経済活動のことであり、民間部門の財政とは区別されます。しかし、近代市民国家が形成される以前の絶対王政国家などでは、公的な財政と民間金融は一体でした。国王は公債を発行して民間金融業者から借金をし、政治支配のために資金を調達したが、そのツケは過酷な税金の取り立てというかたちで民衆が担うこととなりました。このように、絶対的な権力を持つ国王の時代には、民間部門と公共部門(財政)は一体で、国王などの特権階級が膨大な富を蓄積する一方で、民衆は重税に悩まされていたのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このような特権階級による富の蓄積や重税という政治的暴力に対する不満の噴出が、イギリスの名誉革命やフランス革命に代表される市民革命です。市民革命の目的は、第一が租税民主主義の確立です。租税民主主義とは、国王や政府が国民の承認なしに勝手に国民に課税できないようにすることです。第二の目的は、軍事費やその他の民生費を国民の承認なしに支出できないようにすることです。この市民革命を通じて近代的租税制度に基礎をおく公的財政が確立し、財政民主主義の枠組みが確立されました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　財政民主主義の原則は、①国民の租税負担は議会が法律を通して確定する(租税法律主義)②議会が歳入・歳出予算を審議し承認する(予算制度)③議会が決算を審議し、政府の予算執行を監督する(決算制度)④議会が二院からなるときは、下院が優先権をもつ(下院優先)の四つに集約されます。このような財政民主主義の枠組みは、財政を国民の意思に基づいてコントロールするという点で非常に重要な意味を持ちます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>参考文献</p>
<p>・貝塚啓明『財政学[第3版]』東京大学出版会、2003年</p>
<p>・重森曉、鶴田廣巳、植田和弘『Basic現代財政学〔第3版〕』有斐閣、2009年</p>
<p>・橋本徹、山本栄一、林宜嗣、中井英雄、高林喜久生『基本財政学〔第4版〕』有斐閣、2002年</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/847">財政民主主義</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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