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	<title>アラエス &#187; 主権国家</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>19世紀後半の世界の動き①　－欧米での近代国家の成立－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2346</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2346#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 26 Dec 2013 01:02:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[りょうつ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代世界史]]></category>
		<category><![CDATA[ブルジョワ]]></category>
		<category><![CDATA[主権国家]]></category>
		<category><![CDATA[啓蒙思想]]></category>
		<category><![CDATA[国民]]></category>
		<category><![CDATA[国王]]></category>
		<category><![CDATA[教会]]></category>
		<category><![CDATA[欧米]]></category>
		<category><![CDATA[活版印刷術]]></category>
		<category><![CDATA[絶対王政]]></category>
		<category><![CDATA[近代国家]]></category>

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		<description><![CDATA[１９世紀後半の世界の動きについてまとめてみました。 &#160; 大きく「３つの動き」としてまとめてみます。 ①欧米での近代国家の成立 ②産業の近代化＋植民地獲得競争 ③欧米が東アジアの国々へ進出 &#160; ある意味 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2346">19世紀後半の世界の動き①　－欧米での近代国家の成立－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>１９世紀後半の世界の動きについてまとめてみました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>大きく「３つの動き」としてまとめてみます。</p>
<p>①欧米での近代国家の成立</p>
<p>②産業の近代化＋植民地獲得競争</p>
<p>③欧米が東アジアの国々へ進出</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ある意味で全てにつながりがありますが、あえて３つに分けて</p>
<p>それぞれ考えてみます。</p>
<p>（ここでは①について取り上げています）</p>
<p>※②と③については<a href="http://ahlaes.com/post/2354" target="_blank">こちら</a>です</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>①欧米での近代国家の成立</p>
<p>明治以降・・国家を「近代国家」（主権国家）という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※明治以前（中世のヨーロッパ）はどうなっていたか・・</p>
<p>→２つの状況があった</p>
<p>　・国王でも教会に勝てないという状況があった</p>
<p>　　（中世のヨーロッパは教会の力が強かった）</p>
<p>　・中世は地方での癒着が多かった</p>
<p>＝この２つの状況があったため、一人が教会に反抗しても意味が無かった</p>
<p>※ただし、この時に活版印刷術が出てきた</p>
<p>　→活版印刷術によって、一人の意見を広めることが出来るようになった</p>
<p>　→そのため、一人の教会に対する反抗も広まるようになった</p>
<p>＝結果的に、教会への反抗が広まり、教会が無くなった</p>
<p>　→その後は、国王がトップに立ち権力を持つようになった</p>
<p>　→国王は、権力を維持するために、軍隊を作って国をまとめようとした</p>
<p>　　＝これを絶対王政という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>主権国家は中央集権化を生んだ（政教分離、官僚制などを生み出している）</p>
<p>※中央集権化は、ブルジョワ階級（資本家層）が支持をした</p>
<p>→そこで国王は、ブルジョワ階級の支持を逃さないように、</p>
<p>　鉄道など、経済基盤の整備を行った</p>
<p>※ただし、段々とブルジョワ階級が力をつけてきた</p>
<p>　→そのため、ブルジョワ階級は中央集権制と国王に対抗するようになっていった</p>
<p>＝結果的に様々な市民革命が起きた</p>
<p>　例：　イギリス名誉革命（1688年）　フランス革命（1789年）</p>
<p>　　　　アメリカ独立戦争（1775～83）　　など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>革命後は、主権者としての「国民」が誕生した</p>
<p>※この時の「国民」を支えていたのは、啓蒙思想だった（自由や平等など）</p>
<p>→そこで当時は、国民教育（特に国語）、国民軍、議会制などが重視された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※なぜ、国民全体を意識した政策が採用されるようになっていったのか</p>
<p>→今まで（「国民」を意識する前まで）は、国民全員に教育は必要なかった</p>
<p>　（農民はずっと農民である、など職業によって生活が違い、</p>
<p>変化も起きなかったため、教育の必要がなかった）</p>
<p>→しかし、主権者としての「国民」の場合は、全員平等という視点が前提となる</p>
<p>＝だから、国民全体に対して同じような政策を用いる必要があった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※また、当時は知識が無い人たちに選挙権を与える必要はないと考えられていた</p>
<p>＝だから、民衆が怒って労働運動を起こす、ということも行っていた</p>
<p>　→この時の考え方の支えがマルクスだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まとめ</p>
<p>・明治以降・・国家を「近代国家」（主権国家）と呼ぶ</p>
<p>　※明治以前（中世）・・教会中心　→　活版印刷術　→　絶対王政</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・主権国家・・中央集権化を生む</p>
<p>※中央集権化はブルジョワ階級が支持</p>
<p>→国王は、ブルジョワの支持を逃さないように、経済基盤を整備</p>
<p>→ブルジョワは力をつけて、中央集権化と国王に対抗</p>
<p>＝市民革命が起きる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・明治以降・・主権者としての「国民」が誕生</p>
<p>→「全員が平等」という視点から、国民教育、国民軍、議会制を重視</p>
<p>※当時の国民を支えたのが啓蒙思想</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2346">19世紀後半の世界の動き①　－欧米での近代国家の成立－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>国際社会と国際法について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1865</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1865#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 15:28:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際社会・国際政治]]></category>
		<category><![CDATA[ウエストファリア条約]]></category>
		<category><![CDATA[主権]]></category>
		<category><![CDATA[主権国家]]></category>
		<category><![CDATA[国際司法裁判所]]></category>
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		<category><![CDATA[地球社会]]></category>
		<category><![CDATA[市民革命]]></category>
		<category><![CDATA[慣習国際法]]></category>
		<category><![CDATA[近代ヨーロッパ]]></category>

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		<description><![CDATA[国際社会と国際法の概要を考えてみます &#160; &#160; ・国際社会について &#160; 　・今、世界に１９０以上の主権国家（反対は従属国や植民地などと呼んだりする）がある 　　※主権国家・・国家の権力を誰にも [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1865">国際社会と国際法について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>国際社会と国際法の概要を考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際社会について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・今、世界に１９０以上の主権国家（反対は従属国や植民地などと呼んだりする）がある</p>
<p>　　※主権国家・・国家の権力を誰にも邪魔をされず、完璧な状態で使う事が出来る国家のこと</p>
<p>　　　→これらの国が自分達の主権を主張する形で国際社会は作られている</p>
<p>　　※国際社会には、世界の政府のような世界を仕切るための仕組みはない</p>
<p>　　　＝そのため、それぞれの国が自分の主権を主張しつつ、</p>
<p>　　　　相手の主権を尊重することで社会が成り立っている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→上のような国際社会のスタイルができるまでの歴史・・・近世のヨーロッパがスタート</p>
<p>　　・近世のヨーロッパは、ローマ教皇という人がトップに立って様々なことを仕切ることで</p>
<p>　　　社会が成り立っていた</p>
<p>　　　→しかし、ローマ教皇に対して怒った宗教団体が多くあり、それらの宗教団体が</p>
<p>　　　　１６１８年～１６４８年の時に三十年戦争という宗教戦争を起こした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→そして、三十年戦争の終わりを認めたり、戦争をした人達が仲直りするための会議として</p>
<p>　　　　ウエストファリア会議というのが開かれ、そこでウエストファリア条約が結ばれた</p>
<p>　　　　＝この時に、それぞれの国の主権を認めると同時に平等な対応をすることが決まり、</p>
<p>　　　　　今のような国際社会のスタイルが出来た</p>
<p>　　　　※この時に、ローマ教皇がトップに立つ社会の仕組みは終わった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・主権国家の歴史について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・主権国家は、最初は絶対主義国家（国家の権力が強く国家が中心の国家）として生まれた</p>
<p>　　　→しかし、絶対主義に反対する人が多く、ブルジョアジーという階級の人達を中心にして</p>
<p>　　　　市民革命が起こり、様々な変化が起きた</p>
<p>　　　　※市民革命・・絶対主義のスタイルを壊して、近代の資本主義のスタイルへ</p>
<p>　　　　　　　　　　　持って行った革命のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　代表的なものに、イギリス革命やフランス革命などがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→市民革命によって起きた変化</p>
<p>　　　　・国家と国民がまとまることの必要性が考えられるようになり、</p>
<p>　　　　　国民国家（国民を中心とした国家のこと）が生まれた</p>
<p>　　　　・資本主義が生まれた</p>
<p>　　　　・ナショナリズム（自分の国や民族を中心に考えることで、</p>
<p>　　　　　国民や民族をまとめるという考え方）という考えが生まれた</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　※・第一次世界大戦の後には、民族自決の原則が認められるようになっていった</p>
<p>　　　　　　民族自決の原則・・それぞれの民族が自分達の考えで様々なことを</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　決めて良いという原則のこと</p>
<p>　　　　　・第二次世界大戦の後には、植民地がどんどん独立していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→市民革命や世界大戦などが影響して、国際社会の考え方が広がっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・主権と領域について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・国家は、領域、国民、主権という３つの要素がある</p>
<p>　　　→国家の権利が使える領域は、領土、領空、領海がある</p>
<p>　　　※国家の主権が使える範囲として、領土から１２海里（＝領海）と</p>
<p>　　　　領土から２００海里かつ領海を差し引いた場所（＝排他的経済水域）などがある</p>
<p>　　　　→これらは、国連海洋条約という条約で定められている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・２０世紀後半には、大陸棚制度や「人類の共同の財産」などが考えられた</p>
<p>　　　※・大陸棚制度・・大陸や島に隣り合わせにある、棚上の海底に関する制度のこと</p>
<p>　　　　・人類の共同の財産・・深海底（公海の海底）の開発から生まれる利益を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　人々全員に還元する制度の考え方のこと</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際法について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※国際社会には、世界政府のような、世界を仕切る仕組みはないが、</p>
<p>　　ルールは存在している</p>
<p>　　→そこで、主権国家どうしでの紛争を解決するためのルールが生まれた</p>
<p>　　　＝そのルールを国際法と言い、１７世紀の前半にはグロティウスなどの</p>
<p>　　　　自然法学者を中心にして国際法の基礎が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際法の内容の変化と歴史</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・最初の国際法・・慣習国際法（国家の間だけで使われていたルールを、</p>
<p>　　　　　　　　　　　世界全体にもあてはめたもの）を中心にして作られて行った</p>
<p>　　・１９世紀・・はっきりと文章に表されていて、国家の間で認められたものが</p>
<p>　　　　　　　　　条約として結ばれるようになった</p>
<p>　　・１９世紀後半・・慣習国際法が文章として書かれるようになり、</p>
<p>　　　　　　　　　　　多くの国で成文国際法が結ばれるようになった</p>
<p>　　・第二次世界大戦後・・慣習国際法にプラスして、国際法に国連海洋法条約などのような</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　新しいルールが含まれるようになった　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際法をベースにした司法の制度の誕生とその背景について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・司法制度が考えられるようになった背景</p>
<p>　　・・国際法は、国内法（国の中での法律）とは違い、</p>
<p>　　　　国際法を作ったり守らせたりするための機関が無かった</p>
<p>　　　　＝そのため、主権国家への国際法の影響力は弱かった</p>
<p>　　　　　※紛争を止める時も、国際法に頼るのではなく、主権国家が軍事を使って</p>
<p>　　　　　　止めることが多かった</p>
<p>　　　　→そこで１９世紀の終わり以降に、紛争を軍事を使わないで終わらせるための、</p>
<p>　　　　　国際法を土台とした機関が必要になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際法を土台とした司法制度の歴史</p>
<p>　　・１８９９年・・ハーグ平和会議という会議によって、</p>
<p>　　　　　　　　　　常設仲裁裁判所という裁判所が作られた</p>
<p>　　・１９２１年・・国際連盟の支配のもと、常設国際司法裁判所という裁判所が作られた</p>
<p>　　・第二次世界大戦後・・国際連合の支配のもと、国際司法裁判所という裁判所が</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　ハーグというところに作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※国際司法裁判所について</p>
<p>　　　・国際司法裁判所には１５人存在していて、９年の任期がある</p>
<p>　　　・裁判官は、それぞれの国が選んだ候補者の名簿の中から、国連総会と安全保障理事会が</p>
<p>　　　　別々に選挙をして、両方で絶対多数（圧倒的多数）を得た人が選ばれる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際裁判の問題点</p>
<p>　　・国際裁判は、裁判をする国がお互いに裁判をする意思を見せなかったら行われない、</p>
<p>　　　という問題がある</p>
<p>　　　→しかし、国際法の解釈を世界に見せる、という意味で国際裁判は必要だと言われている</p>
<p>　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際と個人との関係について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・２００３年にハーグに作られた、常設の国際刑事裁判所（ＩＣＣ）が注目されるようになった</p>
<p>　　→ＩＣＣは、国際人道法（紛争や戦争の時の負傷した兵士や一般市民への対応などについて</p>
<p>　　　決められたルールのこと）に違反するような個人の大きな犯罪を裁判するために、</p>
<p>　　　国連安全保障理事会という会の話し合いによって作られた</p>
<p>　　　※ただし、国際刑事裁判所に関しては、アメリカが反対していたり、</p>
<p>　　　　設立の条約の批准（賛成か反対かを示すこと）をしていない国（ロシアや中国など）が</p>
<p>　　　　あったりする</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・最近は、ＮＧＯ（非政府組織）などを通して、一般市民が国際政治に</p>
<p>　　影響を与えるようになってきたと言われている</p>
<p>　　→そのため、国際社会は、地球社会（一般市民を国際社会を作る人達だと</p>
<p>　　　考える社会のこと）に変わりつつあると言われている</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1865">国際社会と国際法について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>国際法について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1704</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1704#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 17:33:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ロンリ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際政治]]></category>
		<category><![CDATA[グロティウス]]></category>
		<category><![CDATA[ハーグ]]></category>
		<category><![CDATA[主権国家]]></category>
		<category><![CDATA[国際司法裁判所]]></category>
		<category><![CDATA[国際法]]></category>
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		<category><![CDATA[地球社会]]></category>
		<category><![CDATA[慣習国際法]]></category>
		<category><![CDATA[ＮＧＯ]]></category>

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		<description><![CDATA[国際法について考えてみます &#160; &#160; ・国際法について &#160; 　※国際社会には、世界政府のような、世界を仕切る仕組みはないが、ルールは存在している 　　→そこで、主権国家どうしでの紛争を解決する [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1704">国際法について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>国際法について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際法について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※国際社会には、世界政府のような、世界を仕切る仕組みはないが、ルールは存在している</p>
<p>　　→そこで、主権国家どうしでの紛争を解決するためのルールが生まれた</p>
<p>　　　＝そのルールを国際法と言い、１７世紀の前半にはグロティウスなどの</p>
<p>　　　　自然法学者を中心にして国際法の基礎が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際法の内容の変化と歴史</p>
<p>　　・最初の国際法・・慣習国際法（国家の間だけで使われていたルールを、</p>
<p>　　　　　　　　　　　世界全体にもあてはめたもの）を中心にして作られて行った</p>
<p>　　・１９世紀・・はっきりと文章に表されていて、国家の間で認められたものが</p>
<p>　　　　　　　　　条約として結ばれるようになった</p>
<p>　　・１９世紀後半・・慣習国際法が文章として書かれるようになり、</p>
<p>　　　　　　　　　　　多くの国で成文国際法が結ばれるようになった</p>
<p>　　・第二次世界大戦後・・慣習国際法にプラスして、国際法に国連海洋法条約などのような</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　新しいルールが含まれるようになった　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際法をベースにした司法の制度の誕生とその背景について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・司法制度が考えられるようになった背景</p>
<p>　　・・国際法は、国内法（国の中での法律）とは違い、国際法を作ったり守らせたり</p>
<p>　　　　するための機関が無かった</p>
<p>　　　　＝そのため、主権国家への国際法の影響力は弱かった</p>
<p>　　　　　※紛争を止める時も、国際法に頼るのではなく、主権国家が</p>
<p>　　　　　　軍事を使って止めることが多かった</p>
<p>　　　　→そこで１９世紀の終わり以降に、紛争を軍事を使わないで終わらせるための、</p>
<p>　　　　　国際法を土台とした機関が必要になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際法を土台とした司法制度の歴史</p>
<p>　　・１８９９年・・ハーグ平和会議という会議によって、</p>
<p>　　　　　　　　　　常設仲裁裁判所という裁判所が作られた</p>
<p>　　・１９２１年・・国際連盟の支配のもと、常設国際司法裁判所という裁判所が作られた</p>
<p>　　・第二次世界大戦後・・国際連合の支配のもと、国際司法裁判所という裁判所が</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　ハーグというところに作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※国際司法裁判所について</p>
<p>　　　・国際司法裁判所には１５人存在していて、９年の任期がある</p>
<p>　　　・裁判官は、それぞれの国が選んだ候補者の名簿の中から、</p>
<p>　　　　国連総会と安全保障理事会が別々に選挙をして</p>
<p>　　　　両方で絶対多数（圧倒的多数）を得た人が選ばれる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際裁判の問題点</p>
<p>　　・国際裁判は、裁判をする国がお互いに裁判をする意思を見せなかったら行われない、</p>
<p>　　　という問題がある</p>
<p>　　　→しかし、国際法の解釈を世界に見せる、という意味で</p>
<p>　　　　国際裁判は必要だと言われている</p>
<p>　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際と個人との関係について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・２００３年にハーグに作られた、常設の国際刑事裁判所（ＩＣＣ）が</p>
<p>　　注目されるようになった</p>
<p>　　→ＩＣＣは、国際人道法（紛争や戦争の時の負傷した兵士や一般市民への対応などに</p>
<p>　　　ついて決められたルールのこと）に違反するような個人の大きな犯罪を裁判するために、</p>
<p>　　　国連安全保障理事会という会の話し合いによって作られた</p>
<p>　　　※ただし、国際刑事裁判所に関しては、アメリカが反対していたり、</p>
<p>　　　　設立の条約の批准（賛成か反対かを示すこと）を</p>
<p>　　　　していない国（ロシアや中国など）があったりする</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・最近は、ＮＧＯ（非政府組織）などを通して、一般市民が国際政治に</p>
<p>　　影響を与えるようになってきたと言われている</p>
<p>　　→そのため、国際社会は、地球社会（一般市民を国際社会を作る人達だと考える社会のこと）</p>
<p>　　　に変わりつつあると言われている</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1704">国際法について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>国際社会について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1703</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1703#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 17:29:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ロンリ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際政治]]></category>
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		<category><![CDATA[民族自決の原則]]></category>

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		<description><![CDATA[国際社会について考えてみます &#160; &#160; ・国際社会について &#160; 　・今、世界に１９０以上の主権国家（反対は従属国や植民地などと呼んだりする）がある 　　※主権国家・・国家の権力を誰にも邪魔をさ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1703">国際社会について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>国際社会について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際社会について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・今、世界に１９０以上の主権国家（反対は従属国や植民地などと呼んだりする）がある</p>
<p>　　※主権国家・・国家の権力を誰にも邪魔をされず、完璧な状態で使う事が出来る国家のこと</p>
<p>　　　　　　　　　→これらの国が自分達の主権を主張する形で国際社会は作られている</p>
<p>　　※国際社会には、世界の政府のような世界を仕切るための仕組みはない</p>
<p>　　　＝そのため、それぞれの国が自分の主権を主張しつつ、</p>
<p>　　　　相手の主権を尊重することで社会が成り立っている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→上のような国際社会のスタイルができるまでの歴史・・・近世のヨーロッパがスタート</p>
<p>　　・近世のヨーロッパは、ローマ教皇という人がトップに立って</p>
<p>　　　様々なことを仕切ることで社会が成り立っていた</p>
<p>　　　→しかし、ローマ教皇に対して怒った宗教団体が多くあり、それらの宗教団体が</p>
<p>　　　　１６１８年～１６４８年の時に三十年戦争という宗教戦争を起こした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→そして、三十年戦争の終わりを認めたり、戦争をした人達が</p>
<p>　　　　仲直りするための会議として、ウエストファリア会議というのが開かれ、</p>
<p>　　　　そこでウエストファリア条約が結ばれた</p>
<p>　　　　＝この時に、それぞれの国の主権を認めると同時に平等な対応をすることが決まり、</p>
<p>　　　　　今のような国際社会のスタイルが出来た</p>
<p>　　　　※この時に、ローマ教皇がトップに立つ社会の仕組みは終わった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・主権国家の歴史について</p>
<p>　　・主権国家は、最初は絶対主義国家（国家の権力が強く国家が中心の国家）として生まれた</p>
<p>　　　→しかし、絶対主義に反対する人が多く、ブルジョアジーという階級の人達を中心にして</p>
<p>　　　　市民革命が起こり、様々な変化が起きた</p>
<p>　　　　※市民革命・・絶対主義のスタイルを壊して、近代の資本主義のスタイルへ</p>
<p>　　　　　　　　　　　持って行った革命のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　代表的なものに、イギリス革命やフランス革命などがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→市民革命によって起きた変化</p>
<p>　　　　・国家と国民がまとまることの必要性が考えられるようになり、</p>
<p>　　　　　国民国家（国民を中心とした国家のこと）が生まれた</p>
<p>　　　　・資本主義が生まれた</p>
<p>　　　　・ナショナリズム（自分の国や民族を中心に考えることで、</p>
<p>　　　　　国民や民族をまとめるという考え方）という考えが生まれた</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　※・第一次世界大戦の後には、民族自決の原則が認められるようになっていった</p>
<p>　　　　　　民族自決の原則・・それぞれの民族が自分達の考えで様々なことを</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　決めて良いという原則のこと</p>
<p>　　　　　・第二次世界大戦の後には、植民地がどんどん独立していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→市民革命や世界大戦などが影響して、国際社会の考え方が広がっていった</p></p>
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		<title>イタリア戦争と主権国家体制・絶対王政について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/923</link>
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		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 11:35:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アルコール]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代ヨーロッパ史初期]]></category>
		<category><![CDATA[イタリア戦争]]></category>
		<category><![CDATA[カール5世]]></category>
		<category><![CDATA[フランソワ1世]]></category>
		<category><![CDATA[ブルジョワジー]]></category>
		<category><![CDATA[マニュファクチュア]]></category>
		<category><![CDATA[主権国家]]></category>
		<category><![CDATA[問屋制]]></category>
		<category><![CDATA[絶対王政]]></category>
		<category><![CDATA[軍事革命]]></category>

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		<description><![CDATA[イタリア戦争と主権国家体制・絶対王政について考えてみます &#160; &#160; ・イタリア戦争と主権国家体制・絶対王政について &#160; &#160; 　・１４９４年に、フランスがイタリアに侵入するということが [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/923">イタリア戦争と主権国家体制・絶対王政について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>イタリア戦争と主権国家体制・絶対王政について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イタリア戦争と主権国家体制・絶対王政について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１４９４年に、フランスがイタリアに侵入するということが起きた</p>
<p>　　→すると、神聖ローマ帝国（ハプスブルク家）・スペイン王家などがこれに対抗した</p>
<p>　　　＝その結果、イタリア戦争が起こった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→イタリア戦争は、神聖ローマ皇帝カール５世とフランス王フランソワ１世との間で</p>
<p>　　　ヨーロッパの覇権をめぐる争いに発展していった</p>
<p>　　　＝この戦争は、イギリスなど多くの国を巻き込みながら、１６世紀のなかばまで続いた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※その後も、フランス王家とハプスブルク家の対立は、１８世紀のなかばまで</p>
<p>　　　　ヨーロッパの国家関係の重要な対立の視点になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・また、ヨーロッパの国々はこの時期、東方からオスマン帝国の圧力を受けた</p>
<p>　　→さらに、新大陸やアジアへと海外進出を競い合った</p>
<p>　　→そして、お互いに領土の獲得や宗教の政策をめぐって対立した</p>
<p>　　　＝その結果、戦争と妥協を繰り返す恒常的な緊張状態になった</p>
<p>　　　　※しかも、イタリア戦争以後に、戦争が長期化かつ大規模化して、</p>
<p>　　　　　兵器や防護技術も進歩した</p>
<p>　　　　　→この時に、今までの技術とは違う新しい戦争のスタイルが生み出されたので、</p>
<p>　　　　　　軍事革命とも言われた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→当時は、多くの兵員と莫大な軍事費を調達するために、それぞれの国は</p>
<p>　　　以下のような動きを見せた</p>
<p>　　　・徴税機構を中心に行政組織を整備して、国内の統一的な支配を強めた</p>
<p>　　　・統一的な支配の過程で、多くの国は自己の支配領域を明確な国境で囲い込んだ</p>
<p>　　　・外に対して君主だけが国を代表する国内秩序を築くようになった</p>
<p>　　　　＝このような国家を主権国家という</p>
<p>　　　　　※主権国家は、近代国家の原型になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・スペイン、フランス、イギリスなどでは、主権国家が出来ていた時期に、</p>
<p>　　絶対王政という国王統治体制が出来た</p>
<p>　　→絶対王政のもとでは、社会は今までの身分制度が残っていた</p>
<p>　　　※その中で領主である貴族や聖職者たちは免税などの特権を持つ中間団体を形成した</p>
<p>　　　　→そうすることで、国王による国民の直接支配をさまたげた</p>
<p>　　　＝このような状況のため、国王は以下のようなことを行った</p>
<p>　　　　・商人や金融業者などの有産市民層（ブルジョワジー）を社会的に上昇させた</p>
<p>　　　　・ブルジョワジーに経済上の独占権を与えるなどして、協力関係を強めていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時は、西ヨーロッパで経済活動に対する規制が緩んだ</p>
<p>　　→その結果、問屋制が広まっていった</p>
<p>　　　※問屋制について</p>
<p>　　　　・問屋制・・商人が手工業生産者に道具や原料を前貸しして生産を支配する制度のこと</p>
<p>　　　　・当時の工業は、マニュファクチュア（工場制手工業）という形態も見られた</p>
<p>　　　　　※マニュファクチュア・・資本家が労働者を仕事場に集め、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　分業の方式で生産を行う方式のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→問屋制の動きは、資本家が賃金労働者を雇って、市場向けの生産を行う資本主義的生産の</p>
<p>　　　始まりを示すものだったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→その後、商工業者がさらに発達していった</p>
<p>　　＝すると、商工業を担った市民層のなかには、より自由な経済活動と政治への参加を求めて</p>
<p>　　　王権に批判的になる勢力も出てきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・イタリア戦争についておさえる</p>
<p>・主権国家体制と絶対王政についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/923">イタリア戦争と主権国家体制・絶対王政について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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