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	<title>アラエス &#187; 大航海時代</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>スペインとポルトガルから始まった大航海時代の時の動きとその影響</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2507</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2507#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 21 Feb 2014 01:00:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[コイングラム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代ヨーロッパ史初期]]></category>
		<category><![CDATA[オスマン帝国]]></category>
		<category><![CDATA[コロンブス]]></category>
		<category><![CDATA[マゼラン]]></category>
		<category><![CDATA[価格革命]]></category>
		<category><![CDATA[商業革命]]></category>
		<category><![CDATA[大航海時代]]></category>
		<category><![CDATA[生活革命]]></category>
		<category><![CDATA[香辛料]]></category>
		<category><![CDATA[黒人奴隷]]></category>

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		<description><![CDATA[大航海時代の始まり・・スペインとポルトガル &#160; スペインとポルトガルは、航海術、羅針盤、新知識などを使って海外渡航を始めた ※なぜ、海外渡航をする必要があったのか ・ヨーロッパで使われていた香辛料は、長い間地中 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2507">スペインとポルトガルから始まった大航海時代の時の動きとその影響</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p><strong>大航海時代</strong>の始まり・・<strong>スペイン</strong>と<strong>ポルトガル</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>スペインとポルトガルは、航海術、羅針盤、新知識などを使って<strong>海外渡航</strong>を始めた</p>
<p>※なぜ、海外渡航をする必要があったのか</p>
<p>・ヨーロッパで使われていた<strong>香辛料</strong>は、長い間地中海を経由してアジアから輸入されていた</p>
<p>→しかし、15世紀半ばになると、ヨーロッパとアジアとの間に<strong>オスマン帝国</strong>が入って利益を独占するようになってきた</p>
<p>＝そのため、香辛料を輸入するための新しい道が必要になり、海外渡航を始めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※どのような海外渡航が行われたのか</p>
<p>・ポルトガル・・アフリカ南端の喜望峰に到達、1498年に<strong>ヴァスコ＝ダ＝ガマ</strong>がインドに到達した</p>
<p>・スペイン・・スペイン女王イサベルの援助を受けながら<strong>コロンブス</strong>が航海に出て、1492年に西インドのサンサルバドル島に到達、</p>
<p>また、<strong>マゼラン</strong>がインドを目指したがフィリピンで戦死し、残った部下によって世界一周が達成された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※海外渡航の影響</p>
<p>・コロンブスの到達後に、スペイン人が中南米に進出した</p>
<p>→スペイン人は、アステカ王国やインカ帝国を滅ぼし、幅広い文明を消滅させた</p>
<p>→征服したスペイン人は、国王の許可を得てアステカ王国やインカ帝国にいた人達（先住民）に納税や労働を強制した</p>
<p>※ただし、先住民は重労働と疫病が原因で、数が激減してしまった</p>
<p>＝そのため、スペイン人はアフリカから<strong>黒人を奴隷として輸入した</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※奴隷については、ローマ＝カトリック教会も文化を理解できないまま、奴隷の改宗とスペイン文化の浸透を進め、先住民の社会を大きく変えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・新航路が開拓されたことによって、世界の地域間の結びつきが、ヨーロッパ優位のもとで深まった</p>
<p>※この時に、ヨーロッパに以下のような変化が起きた</p>
<p>・商業の中心が地中海から大西洋岸に移り、イタリアが停滞した（＝<strong>商業革命</strong>）</p>
<p>・「新大陸」であるスペインの植民地から銀が大量に流入し、人口増加したため、物価が急速に上がった（＝<strong>価格革命</strong>）</p>
<p>・「新大陸」から様々な栽培作物が伝わった（＝<strong>生活革命</strong>）</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2507">スペインとポルトガルから始まった大航海時代の時の動きとその影響</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>戦国時代のヨーロッパの動き・大航海時代について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1184</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1184#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 23 Oct 2013 18:23:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[世界は仲間]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦国時代・安土桃山時代]]></category>
		<category><![CDATA[イスパニア]]></category>
		<category><![CDATA[コロンブス]]></category>
		<category><![CDATA[ポルトガル]]></category>
		<category><![CDATA[マゼラン]]></category>
		<category><![CDATA[ルネサンス]]></category>
		<category><![CDATA[ヴァスコ＝ダ＝ガマ]]></category>
		<category><![CDATA[中継政策]]></category>
		<category><![CDATA[大航海時代]]></category>
		<category><![CDATA[宗教改革]]></category>
		<category><![CDATA[海禁政策]]></category>

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		<description><![CDATA[戦国時代のヨーロッパの動きと大航海時代について考えてみます &#160; &#160; ヨーロッパの動きとキリスト教と南蛮貿易について考えてみます &#160; &#160; ・日本が戦国時代だった時のヨーロッパの動きに [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1184">戦国時代のヨーロッパの動き・大航海時代について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>戦国時代のヨーロッパの動きと大航海時代について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ヨーロッパの動きとキリスト教と南蛮貿易について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本が戦国時代だった時のヨーロッパの動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本が戦国時代の時（１５世紀後半～１６世紀）のヨーロッパでは、</p>
<p>　　ルネサンスと宗教改革があり、近代に移ろうとしていた</p>
<p>　　→その時に、イスラムがヨーロッパの邪魔をしていて、イスラムに対抗するために、</p>
<p>　　　ヨーロッパがキリスト教を広めること、海外との貿易を広げていくことなどを行った</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※具体的にどのような行動があったのか</p>
<p>　　　　・イタリア人のコロンブス</p>
<p>　　　　　→１４９２年に、スペインの女王だったイサベルという人の援助によって</p>
<p>　　　　　　大西洋を渡って、西インド諸島という場所に到着した</p>
<p>　　　　・ポルトガル人のヴァスコ＝ダ＝ガマ</p>
<p>　　　　　　→１４９８年に、アフリカ大陸の南端を回って、</p>
<p>　　　　　　　インドの西海岸のカリカットという場所に到着した</p>
<p>　　　　・ポルトガル人のマゼラン</p>
<p>　　　　　　→１６世紀の初めに、スペインの船団を連れて、アメリカ大陸の南端を回って</p>
<p>　　　　　　　太平洋に出た後、フィリピン諸島に到着して、船団がさらに西側に進んで</p>
<p>　　　　　　　世界一周を達成した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このような動きの結果、世界の様々な地域がヨーロッパを中心に交流をする</p>
<p>　　　という時代に入った</p>
<p>　　　＝この時代を大航海時代と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・大航海時代の時の流れについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・大航海時代のスタートは、イベリア半島の王国だったスペイン（イスパニア）と</p>
<p>　　　ポルトガルだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・スペイン</p>
<p>　　　→・アメリカ大陸に植民地を広げた</p>
<p>　　　　・１６世紀半ばころに、太平洋を渡って東アジアに出てきた</p>
<p>　　　　・フィリピンを占領して、マニラという場所を拠点にした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ポルトガル</p>
<p>　　　→・インドの西海岸にあるゴアという場所を拠点にして、東アジアに出てきて</p>
<p>　　　　　中国のマカオを拠点にした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>　　・当時の東アジア</p>
<p>　　　→・明が海禁政策を行っていた</p>
<p>　　　　　※海禁政策・・その国への朝貢という形での貿易は良いが、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　普通の貿易は認めないという、鎖国のような政策の一つのこと</p>
<p>　　　　・環シナ海の国々（中国、朝鮮、日本、琉球、安南（ベトナム）など）は</p>
<p>　　　　　中継貿易を行った</p>
<p>　　　　・ヨーロッパの国が、世界での貿易の一つとして、中継貿易に参加してきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・戦国時代のヨーロッパの動きについておさえる</p>
<p>・大航海時代についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1184">戦国時代のヨーロッパの動き・大航海時代について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>対抗宗教改革について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/922</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/922#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 11:28:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アルコール]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代ヨーロッパ史初期]]></category>
		<category><![CDATA[イエズス会]]></category>
		<category><![CDATA[イグナティウス＝ロヨラ]]></category>
		<category><![CDATA[フランシスコ＝ザビエル]]></category>
		<category><![CDATA[大航海時代]]></category>
		<category><![CDATA[宗教改革]]></category>
		<category><![CDATA[宗教裁判所]]></category>
		<category><![CDATA[対抗宗教改革]]></category>
		<category><![CDATA[禁書目録]]></category>
		<category><![CDATA[魔女狩り]]></category>

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		<description><![CDATA[対抗宗教改革について考えてみます &#160; &#160; ・対抗宗教改革について &#160; &#160; 　・宗教改革が進んでいる時に、カトリック教会では、教義を明確にすることと 　　内部の改革を通じて、勢力を建 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/922">対抗宗教改革について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>対抗宗教改革について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・対抗宗教改革について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・宗教改革が進んでいる時に、カトリック教会では、教義を明確にすることと</p>
<p>　　内部の改革を通じて、勢力を建て直そうとした</p>
<p>　　＝この動きのことを対抗宗教改革（反宗教改革）という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・対抗宗教改革として、以下のようなことを行った</p>
<p>　　→・１５４５年からトリエントで開かれた公会議で、教皇の至上権を再確認するとともに、</p>
<p>　　　　腐敗の防止をはかった</p>
<p>　　　・禁書目録を作った</p>
<p>　　　・宗教裁判所を強化して思想の統制を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・また、１５３４年にスペインのイグナティウス＝ロヨラという人が</p>
<p>　　フランシスコ＝ザビエルなどと同志を作った</p>
<p>　　→そこで、教皇の許可を受けたイエズス会（ジェズイット教団）は、厳格な規律と組織のもとに、</p>
<p>　　　ヨーロッパだけでなく、海外でも積極的な宣教・教育活動を繰り広げた</p>
<p>　　　＝この動きは、カトリック教会の勢力の回復に貢献したと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→この結果、以下のようなことも起きた</p>
<p>　　　・南ヨーロッパへの新教の進出は阻まれた</p>
<p>　　　・南ドイツの多くの地域が新教徒から奪回された</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※海外でのカトリックの布教活動は、「大航海時代」の世界的通商・植民活動と</p>
<p>　　密接なつながりを持っていた</p>
<p>　　→ザビエルが１５４９年に日本に来たのも、その一環だと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・対抗宗教改革によって、旧教徒と新教徒の対立がいちだんと激しくなった</p>
<p>　　＝その結果、ヨーロッパの各地で宗教戦争が起こった</p>
<p>　　　→このような社会的な緊張が高まった中で、「魔女狩り」が盛んに行われた地域もあった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※魔女狩りについて</p>
<p>　　　・悪魔の手先として魔術を行うとの疑いをかけられたものに対する激しい迫害のこと</p>
<p>　　　・異端迫害の立場を取った</p>
<p>　　　・ヨーロッパでは、１６世紀から１７世紀が最盛期だった</p>
<p>　　　・魔女狩りによって、１０万人以上と言われる人々が殺された</p>
<p>　　　・犠牲者の大半が女性だったが、なかには男性も含まれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・対抗宗教改革の内容と流れについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/922">対抗宗教改革について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>大航海時代・商業革命・価格革命について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/915</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/915#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 09:19:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アルコール]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代ヨーロッパ史初期]]></category>
		<category><![CDATA[エンリケ]]></category>
		<category><![CDATA[バルトロメウ＝ディアス]]></category>
		<category><![CDATA[ラテンアメリカ]]></category>
		<category><![CDATA[ヴァスコ＝ダ＝ガマ]]></category>
		<category><![CDATA[価格革命]]></category>
		<category><![CDATA[商業革命]]></category>
		<category><![CDATA[国土回復運動]]></category>
		<category><![CDATA[大航海時代]]></category>
		<category><![CDATA[東方見聞録]]></category>
		<category><![CDATA[農場領主制]]></category>

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		<description><![CDATA[大航海時代・商業革命・価格革命について考えてみます &#160; &#160; ・大航海時代について &#160; &#160; 　・ヨーロッパでは十字軍以降、マルコ＝ポーロの「世界の記述」（東方見聞録）などに 　　刺激 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/915">大航海時代・商業革命・価格革命について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>大航海時代・商業革命・価格革命について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・大航海時代について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ヨーロッパでは十字軍以降、マルコ＝ポーロの「世界の記述」（東方見聞録）などに</p>
<p>　　刺激されて、アジアの文化や富に対する関心が高まっていった</p>
<p>　　→一方で、羅針盤の改良、快速帆船の普及などで遠洋航海が可能になった</p>
<p>　　　※莫大な富をもたらす金やアジアの特産品の香辛料は、新しい財源を求める君主など、</p>
<p>　　　　多くの人々をひきつけた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※なぜ香辛料が莫大な富をもたらすのか</p>
<p>　　　　　→西ヨーロッパでは１４世紀以来肉食が普及し、</p>
<p>　　　　　　コショウなどの香辛料の需要が高まったから</p>
<p>　　　　　→ただし、香辛料の貿易はイタリアの商人に独占されていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・また、国土回復運動のなかで異教徒と戦ってきたポルトガルやスペインでは、</p>
<p>　　キリスト教を海外に布教しようとする動きも強かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ポルトガルの商人は、１５世紀の頭からアフリカ西岸の探検に乗り出していた</p>
<p>　　→この探検事業を、「航海王子」のエンリケという人がさらに推進した</p>
<p>　　→その後、ジョアン２世が治めていた１４８８年に、バルトロメウ＝ディアスが</p>
<p>　　　アフリカ南端の希望峰に着いた</p>
<p>　　→１４９８年には、ヴァスコ＝ダ＝ガマという人がインド西岸のカリカットに到達した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・インド航路の開拓は一種の国営事業として行なわれた</p>
<p>　　→この国営事業によって実現した香辛料の直接取引は、ポルトガルの王室に</p>
<p>　　　莫大な利益をもたらした</p>
<p>　　　※ポルトガルの首都のリスボンというところは、一時的に世界商業の中心になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・商業革命と価格革命について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・大航海時代の到来とともに、世界の一体化が始まったと言われている</p>
<p>　　※中でも、ヨーロッパ商業は世界的なひろがりを持つようになり、</p>
<p>　　　商品の種類や取引額が拡大した</p>
<p>　　　→そして、ヨーロッパでの遠隔地貿易の中心は地中海から大西洋にのぞむ国々へ移動した</p>
<p>　　　　＝この動きを商業革命という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→世界商業圏の形成は、広大な海外市場を開くことで、すでに始まりかけていた</p>
<p>　　資本主義経済の発達を促した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・また、１５４５年にポトシ銀山の発見など、ラテンアメリカの銀山から大量の銀が流入した</p>
<p>　　→その結果、ヨーロッパの物価が２～３倍に上昇した</p>
<p>　　　＝この大幅な物価上昇を価格革命という</p>
<p>　　　　※価格革命で、固定地代の収入で生活する領主は大きなダメージを受けたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ラテンアメリカ・・アメリカ大陸で、スペインやポルトガル系の言語や文化が広がった</p>
<p>　　　　　　　　　　　　メキシコ以南の地域のこと</p>
<p>　　</p>
<p>　　※ラテンアメリカの銀はアジアにももたらされ、アジアの経済にも大きな</p>
<p>　　　影響を与えたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・西ヨーロッパの国々では、商工業が活発となった</p>
<p>　　→その一方で、エルベ川以東の東ヨーロッパ地域は西ヨーロッパの国々に穀物を</p>
<p>　　　輸出するために、農場領主制（グーツヘルシャフト）が広まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※農場領主制・・領主が輸出用穀物を生産する直営地経営を行うこと</p>
<p>　　　　→この制度は、農奴に対する支配がかえって強化されて、再販農奴制とも言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　→ヨーロッパの国々での東西の分業体制の確立は、その後の東ヨーロッパの発展に</p>
<p>　　大きな影響を与えたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・大航海時代についておさえる</p>
<p>・商業革命と価格革命についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/915">大航海時代・商業革命・価格革命について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>明の朝貢体制について②　－朝貢体制の動揺－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/883</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/883#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 13 Oct 2013 20:22:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[足利]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代アジア史前期]]></category>
		<category><![CDATA[アルタン＝ハン]]></category>
		<category><![CDATA[インドシナ半島]]></category>
		<category><![CDATA[マラッカ王国]]></category>
		<category><![CDATA[中国人町]]></category>
		<category><![CDATA[北虜南倭]]></category>
		<category><![CDATA[大航海時代]]></category>
		<category><![CDATA[明]]></category>
		<category><![CDATA[朝貢体制]]></category>
		<category><![CDATA[東南アジア]]></category>

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		<description><![CDATA[明の朝貢体制について、朝貢体制の動揺の様子を考えてみます &#160; &#160; ・朝貢体制の動揺について &#160; &#160; 　・１６世紀になると、大航海時代によって世界的な商業の活発化が進んだ 　　→この [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/883">明の朝貢体制について②　－朝貢体制の動揺－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>明の朝貢体制について、朝貢体制の動揺の様子を考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・朝貢体制の動揺について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１６世紀になると、大航海時代によって世界的な商業の活発化が進んだ</p>
<p>　　→この商業の活発化が明を中心とする朝貢体制を動揺させたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・東南アジアでは、コショウなどの香辛料の輸出が大幅に伸びた</p>
<p>　　→そのため、貿易の利益をめぐって、ヨーロッパの勢力や新興の交易国家が</p>
<p>　　　争いを繰り広げ始めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イスラームに改宗していたマラッカ王国が、１６世紀の初めにポルトガルに占領される</p>
<p>　　ということが起きた</p>
<p>　　→すると、スマトラ島のアチェ王国やジャワ島のマタラム王国などのイスラーム国家が</p>
<p>　　　勢力を伸ばして諸島部の新しい貿易の中心地になり、ポルトガルに対抗した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・インドシナ半島では、タイのアユタヤ朝やミャンマーのトゥングー朝などの仏教の国が、</p>
<p>　　米や獣皮などの産物を利用して、貿易の利益を出すことで繁栄した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１６世紀からは、中国の周辺でも国際商業が繁栄した</p>
<p>　　→特に、１６世紀のなかばには、北方のモンゴルや、東南海岸の倭寇の活動が激しくなって、</p>
<p>　　　明を圧迫した</p>
<p>　　　＝この出来事を、北虜南倭という</p>
<p>　　　　※当時のモンゴルを統合していたアルタン＝ハンという人は、何度か長城を超えて侵入し、</p>
<p>　　　　　１５５０年には北京を包囲した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→北虜南倭は、貿易の利益を求める人々が明の統制政策を打破しようとする動きだった</p>
<p>　　　※北虜南倭には、多くの中国人も加わっていた</p>
<p>　　　　＝北虜南倭の結果、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　　　・明は海禁政策を弱めざるを得なくなった</p>
<p>　　　　　・当時急速に生産をのばした日本の銀や、アメリカ大陸のスペイン植民地で</p>
<p>　　　　　　採掘された銀が大量に中国に流入した</p>
<p>　　　　　・中国の貿易商人たちが、東南アジア各地に進出して、中国人町を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・明の朝貢体制の動揺についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/883">明の朝貢体制について②　－朝貢体制の動揺－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>中世ヨーロッパの国々について②　－スペイン・ポルトガル・イタリア・北欧－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/856</link>
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		<pubDate>Sun, 13 Oct 2013 05:41:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[康太]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[中世ヨーロッパ史]]></category>
		<category><![CDATA[イタリア]]></category>
		<category><![CDATA[カスティリヤ]]></category>
		<category><![CDATA[カルマル同盟]]></category>
		<category><![CDATA[スペイン]]></category>
		<category><![CDATA[ポルトガル]]></category>
		<category><![CDATA[レコンキスタの戦い]]></category>
		<category><![CDATA[中世ヨーロッパ]]></category>
		<category><![CDATA[北欧]]></category>
		<category><![CDATA[同君連合]]></category>
		<category><![CDATA[大航海時代]]></category>

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		<description><![CDATA[中世のヨーロッパの国々について、スペイン・ポルトガル・イタリア・北欧をそれぞれ考えてみます &#160; &#160; &#160; ・スペインについて &#160; &#160; 　・イベリア半島では、８世紀の初めにイ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/856">中世ヨーロッパの国々について②　－スペイン・ポルトガル・イタリア・北欧－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>中世のヨーロッパの国々について、スペイン・ポルトガル・イタリア・北欧をそれぞれ考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・スペインについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イベリア半島では、８世紀の初めにイスラーム教徒が西ゴート王国を滅ぼして</p>
<p>　　後ウマイヤ朝を作るということが起きた</p>
<p>　　→その後、北部のキリスト教徒は約８００年の間、</p>
<p>　　　国土回復運動（レコンキスタ）の戦いを続けた</p>
<p>　　　＝その結果、１２世紀までにイベリア半島の北半分がキリスト教圏に入った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※回復された領土には、カスティリヤ、アラゴン、ポルトガルという３王国が建てられた</p>
<p>　　　→その後、カスティリヤの王女であるイサベルという人と、</p>
<p>　　　　アラゴンの王子であるフェルナンドという人が結婚した</p>
<p>　　　　＝その結果、カスティリャとアラゴンが１４７９年に統合され、</p>
<p>　　　　　スペイン（イスパニア）王国が成立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→イサベルとフェルナンドは、共同で統治を行い、</p>
<p>　　　１４９２年にイスラーム勢力の最後の拠点であるグラナダを陥落させて、</p>
<p>　　　国土統一を果たした</p>
<p>　</p>
<p>　　→さらに、国内の貴族の勢いをおさえ、海外にも積極的に出ていくようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ポルトガルについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ポルトガルは、１２世紀にカスティリャから独立した</p>
<p>　　→その後、１５世紀の後半に国王のジョアン２世という人が</p>
<p>　　　貴族の反乱をしずめて王権を強化した</p>
<p>　　　※この時に、インド航路の開拓の援助なども行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝結果的にポルトガルは、スペインと一緒に大航海時代が始まることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イタリアについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イタリアは、ドイツと同様で、中世の末期に多くの国、諸侯、都市に分かれていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・南部では、両方のシチリア王国がシチリア王国とナポリ王国に分裂するということが起きた</p>
<p>　　→中部には、教皇領があった</p>
<p>　・北部では、ヴェネツィア、フィレンツェ、ジェノヴァ、ミラノなどの</p>
<p>　　都市共和国が分立していた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ドイツがイタリア政策によって介入してくるということが起きた</p>
<p>　　→すると、様々な都市の内部では、教皇党（ゲルフ）と皇帝党（ギベリン）がお互いに争った</p>
<p>　　　※この動きは、国内の統一をさらに困難なものにしたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・北欧について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・北ヨーロッパでは、１４世紀の終わりにデンマークの女王のマルグレーテという人が出てきた</p>
<p>　　→マルグレーテは自分が中心になって、デンマーク、ノルウェー、スウェーデンの</p>
<p>　　　北欧３国の間にカルマル同盟という同盟を結んだ</p>
<p>　　　＝結果的に、同君連合の王国が誕生して、一大勢力になった</p>
<p>　　　　※同君連合・・二つ以上の独立した国々が、１人の君主を中心にして連合していること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・バルト海の北東に住むウラル語系のフィン人という人達は、</p>
<p>　　１３世紀にスウェーデンによって征服合併された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・中世のスペインについておさえる</p>
<p>・中世のポルトガルについておさえる</p>
<p>・中世のイタリアについておさえる</p>
<p>・中世の北欧についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/856">中世ヨーロッパの国々について②　－スペイン・ポルトガル・イタリア・北欧－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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