ソ連の崩壊について
ソ連の崩壊について考えてみます
・ソ連の崩壊について
・ソ連の国内外の急激な改革は、バルト3国をはじめとするソ連内の
民族独立運動を呼び起こした
・1991年8月に、連邦体制の維持を目指す保守派のクーデタが
失敗するということが起きた
→すると、ウクライナやアゼルバイジャンなどほとんどの共和国が
連邦からの離脱を宣言した
=その結果、ソ連全体を結んでいたソ連共産党も解散した
・1991年12月に、エリツィンという人を大統領とするロシア連邦を中心にして、
ウクライナやベラルーシなど11の共和国の独立国家共同体(CIS)が結成された
=この動きによって、ソ連は解体され、ゴルバチョフも辞任した
・その後、それぞれの共和国は自立の傾向を強めている
※しかし、エネルギー資源を持つ国以外は、
ロシアの石油や天然ガスに依存する国も多かった
=そのため、独立国家共同体の将来が今でも不透明だと言われている
・ロシアでは、1996年にエリツィンが大統領に再選された
※しかし、ロシアの市場経済への移行が遅れ、政治が不安定だった
→そのため、多くの問題が解決しないまま、1999年の終わりにエリツィンが辞任した
=その結果、2000年の選挙でプーチンという人が後継者になった
ポイント
・ソ連の崩壊についておさえる
このあたりが今回のポイントです