鎌倉時代の仏教の展開について -鎌倉新仏教- 

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投稿者:       投稿日時:2013/10/22 03:59      
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鎌倉時代の仏教に考えてみます

 

 

 

・鎌倉時代の仏教について

 ・鎌倉時代の仏教は、それ以前の仏教を念仏、坐禅、唱題などの簡単な形にして単純化して

  簡単に考えられるように工夫した

  →このような形をとったことによって、多くの人たちに受け入れられていった

  ※単純化の方法が多くの人達によって考え方が違い、様々な形で展開していった

  

 

 

・鎌倉時代の仏教の時に活躍した人達について

 

 ・活躍した人の名前と内容

 

 

 ・法然-・「選択本願念仏集」という本を書いた

     ・浄土宗の生みの親

     ・法然は、「阿弥陀仏は全ての人を平等に救うために極楽浄土を

      作った」と考えた

     ・末法思想の末法に、教(=教説)は残っているから、念仏を唱えれば

      極楽浄土に行けると考えた

 

      →法然は、学問や修行を捨てて、ひたすら念仏を唱えることが重要だと考えた

       =これを専修念仏と言う

      

     ※念仏には、頭で考える観想念仏と、声に出す称名念仏があるが、

      法然は称名念仏が大切だとした

 

 

 

 ・親鸞-・「教行信証」という本を書いた

     ・親鸞は、法然の専修念仏をより深く捉えた

      →それによって、浄土真宗という新しい宗派を生み出した

       =浄土真宗の生みの親

     ・弟子の唯円という人が、「歎異抄」と言う本で、「善人なほもて往生をとぐ、

      いはんや悪人をや」と言った

      →これを見た親鸞が、

       「自力」で修行する人(=善人)が往生(極楽浄土に行くこと)ができるから、

       「他力」(阿弥陀仏の働き)に頼る人も往生できると考えた   

       →このような考え方を悪人正機と言う

        ※ここでの悪人は、煩悩がある人で、悪いことを実際にした人ではない

     ・極楽浄土に行くかどうかは、全て阿弥陀仏にかかっていると考えた

      =これを自然法爾(じねんほうに)と言う

 

     →親鸞は、念仏を唱えることは、阿弥陀仏に自分をゆだねることだと考えた

      =このような考え方を絶対他力と言う

      ※親鸞は、他者が仏の知を体で理解していないと、自分は他者を救えないと考えた

 

 

 

 ・日蓮-・「立正安国論」という本を書いた

     ・法華経が最も良いと主張した

     ・南無妙法蓮華経と題目を唱えること(=唱題)だけ行えば良いと考えた

     ・釈迦が仏になった原因とされている修行とその結果は、妙法蓮華経の5文字に

      全て備わっているからその5文字を信じて忘れなければ、

      いろいろな利益を得られると考えた

     ・法華経の行者(法華経を修行している人)がいる世俗世界が

      そのまま仏の世界になると考えた

      →そこで、法華経以外を厳しく攻撃して排除しようとし、

       「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国家」と考えた

       =この4つをまとめて四箇格言と言う

 

 

 

・禅宗について

 

 ・上の人達以外で活躍した人として、禅宗という宗派を日本に取り入れた人達がいた

  

 ※禅宗-・代表的なのは、臨済宗と曹洞宗という宗派

     ・根本的には、坐禅による自力の修行が大切だと考えられた

 

 

 

 ・禅宗で活躍した人達の名前と内容

  

 

  ・栄西-・「興禅護国論」という本を書いた

      ・臨済宗の生みの親

      ・自分が悟りを開けば、他人も救うことができると考えた

 

 

  

  ・道元-・「正法眼蔵」という本を書いた

      ・曹洞宗の生みの親

      ・仏の知は本来備わっていて、人々が忘れているだけ、と考えた

      ・全てを捨てて、ひたすら坐禅に励むこと(只管打坐)を

       行うことが大切だと考えた

       ※洗面や清掃など、日々の行動全てが坐禅につながると考えていた

       →坐禅をすることで、欲望や執着から解き放たれると考えた

        (=身心脱落)

      ・坐禅などの修行に打ち込んだ分、証(仏の知や悟り)を得られるとした

       (=修証一等)

 

 

 

  ・一遍

   ・時宗という宗派を作り出した

 

   ・時宗の内容

    →「人は孤独である」ということを常に考えていたため、

     自分の衣食住に関わる全てを捨てようとした

     =そのため、別名「捨聖」(すてひじり)と言われる

 

   ・一遍の考え方

    →空也の念仏の考え方が取り入れられていて、念仏をするのが良いと考えた

    →空也は念仏の時に、踊りながらの念仏が良いと考え、

     踊念仏という念仏の方法を生み出した

 

    ※踊念仏は、盆踊りなど、全国各地の民族芸能での踊りの根本となった

     →この踊りは、出雲大社にいた阿国という巫女によって、

      歌舞伎に取り入れられていった

 

 

 

 

・鎌倉以前の仏教の動きについて

 

 ・上のような鎌倉新仏教に影響を受けて、旧仏教側も新しい動きを見せるようになった

 

 ・法相宗の貞慶、華厳宗の明恵

  →戒律を重視して、南都仏教を復活させようとした

 

 ・律宗の叡尊と忍性

  →戒律を重視すると同時に、病人の救済や治療などの社会事業に力を注いだ

   ※忍性は、北山十八間戸という病人のための施設を作った

 

 

ポイント

・鎌倉時代の仏教を押さえる

・禅宗を押さえる

・鎌倉新仏教以前の仏教を押さえる

 

このあたりが今回のポイントです

 

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