江戸時代の三都について

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投稿者:       投稿日時:2013/10/24 18:50      
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江戸時代の三都について考えてみます

 

 

・三都について

 

 ※当時は、農業を始めとした様々な産業が発達したことによって、都市を中心に

  全国レベルでの商品の流通の市場が作られた

  =この市場を全国市場という

 

  →全国市場の中でも、重要な地域だった三都(江戸、大坂、京都)は、

   17世紀の中ごろまでに、特に有名な大都市になった

 

 

 

 

・江戸について

 

 ・江戸は、将軍がいたこともあり、「将軍のお膝元」と呼ばれた

 

 ・幕府に関する様々な施設や、全国の大名の屋敷(藩邸と言う)が置かれた

 

 ・旗本と御家人の屋敷が江戸に集まり、旗本と御家人の家臣や武士に奉公する人達など、

  様々な武家が住んでいた

 

 ・町人地に、約1700の町が集まり、様々な種類の商人や職人、日用(日雇)なども

  集まった

 

  →上のような動きによって、江戸が日本最大の消費都市になったと言われている

 

 

 

 

・大坂について

 

 ・大坂は、西日本を中心に全国の物資が集まり、消費地へ送り出す地域だったので、

  「天下の台所」と呼ばれた

 

 ・多くの藩は、蔵屋敷を大坂に置いた

  ※蔵屋敷・・年貢や特産物(=蔵物という)などを保管する建物のこと

   →蔵屋敷は、大坂を始め、江戸、長崎、大津などの、幕府の直轄領に置かれた

 

 ・大名は、年貢や特産物などの蔵物を、蔵元や掛屋と呼ばれる商人を使って

  売ることで、貨幣を得ようとした

  ※蔵元・・蔵物の取引を担当した人のこと

   掛屋・・代金などの出納を担当した人のこと

   

 ・全国の商人が大坂などに送る商品が、活発に取引されるようになり、

  江戸を始めとして全国に出荷された

  =この時、全国の商人が大坂などに送る商品を、納屋物という

 

 ・幕府は、大坂城代や大坂町奉行という役職を置くことで、大坂を始めとして

  西日本をコントロールするための役職にした

 

 

 

 

・京都について

 

 ・京都には、昔から天皇家や公家があり、寺院の本寺や本山、神社などが

  多く存在していた

 

 ・幕府は、朝廷の権力を使って全国の寺社や宗教をコントロールするために、

  京都を重視した

 

 ・京都に呉服屋や両替商などの、大商人の本拠地が大量に設置された

 

 ・西陣織、京染、京焼など、高い技術を使った手工業が京都で発達していった

 

 ・幕府は、京都所司代や京都町奉行という役職を置いて、朝廷、公家、寺社との

  関係を調節したり、畿内とその周りの支配を担当させたりした

 

 

 

ポイント

・三都の概要を押さえる

・江戸について押さえる

・大坂について押さえる

・京都について押さえる

 

このあたりが今回のポイントです

 

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