スラヴ人と周辺民族の動きについて② -南スラヴ人・西スラヴ人・スラヴ人の周辺の様子-

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投稿者:       投稿日時:2013/10/12 23:18      
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スラヴ人と周辺民族の動きについて、南スラヴ人、西スラヴ人、スラヴ人の周辺の様子について

考えてみます

 

 

 ・南スラヴ人について

 

  ・南スラヴ人・・バルカン半島に南下した民族のこと

 

  ・南スラヴ人の中で最大の勢力であるセルビア人は、最初はビザンツ帝国に従って

   ギリシア正教に改宗した

   →そして、12世紀に独立し、14世紀の前半にバルカン半島北部を

    支配する国になっていった

 

  ・南スラヴ人のクロアティア人やスロヴェニア人は、西方のフランク王国の影響で

   ローマ=カトリックを受け入れた

 

  ・南スラヴ人の大半は、14世紀以降にオスマン帝国の支配下に置かれるようになっていった

 

 

 

 ・西スラヴ人について

 

  ・西スラヴ人・・ポーランド人、チェック人、スロヴァキア人などを指す

 

  ・西スラヴ人は、西ヨーロッパの影響を受けて、ローマ=カトリックに改宗し、

   西方ラテン文化圏に入った

 

  ・中でもポーランド人は、10世紀ころに建国し、14世紀の前半には

   カジミェシュ(カシミール)大王のもとで繁栄していった

 

  ・ポーランド人の北側にいたバルト語系のリトアニア人は、ドイツ騎士団に対抗するために

   14世紀にポーランドと合体して

   ヤゲウォ(ヤゲロー)朝リトアニア=ポーランド王国を作った

   ※ヤゲウォ朝は、15世紀に最も強くなった

 

  ・チェック人は、10世紀にベーメン(ボヘミア)王国を統一した

   ※しかし、ドイツとの関係が密接で、11世紀には神聖ローマ帝国に編入された

 

 

 

 ・スラヴ人の周辺民族の交流について

 

  ・スラヴの様々な民族と関係を持ちながら、東ヨーロッパの非スラヴ系の様々な民族も

   自立の道を進んだ

 

  ・ブルガール人という人達は、7世紀にバルカン半島北部に第1次ブルガリア帝国を建国した

   →その後、スラヴ化してギリシア正教に改宗した

   →そして、ビザンツ帝国に合併され、12世紀に第2次ブルガリア帝国として再び独立した

    =結果的に14世紀にオスマン帝国に併合された

 

  ・マジャール人という人達は、黒海北岸からドナウ川中流のパンノニア平原に移動した

   →そして、10世紀の末にハンガリー王国を作って、ローマ=カトリックを受け入れた

    ※ハンガリー王国は、15世紀に最も繁栄した

     =しかし、結果的に16世紀にオスマン帝国の支配下に入った

 

 

ポイント

・スラヴ人の概要についておさえる

・それぞれの地方のスラヴ人についておさえる

・スラヴ人の周辺民族の交流についておさえる

 

このあたりが今回のポイントです

 

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