近代初期のアジア市場の攻防について① -ポルトガル・オランダ-

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投稿者:       投稿日時:2013/10/15 00:02      
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近代初期のアジア市場の攻防の様子について、ポルトガル、オランダを中心に考えてみます

 

 

 

・アジア市場の攻防の様子について

  

 

 ・ヨーロッパ人がアジアに進出した当初は、既存のアジア内貿易に参加する形が中心だった

  ※領土の支配が重視されるようになったのは、18世紀以降だった

 

 

 

 

 

・ポルトガルについて

 

 

 ・インド航路を開拓したポルトガルは、1510年にインドのゴアを占領した

  ※ポルトガルは、ゴアをアジア貿易の根拠地とした

   →そしてポルトガルは、それまで香辛料貿易を独占していたムスリム商人と競合しつつ、

    スリランカ、マラッカ、モルッカ諸島なども支配下においた

 

 ・1517年に、ポルトガルは広州で明と通商を開いた

  →その後、1557年にはマカオに居住権を得て、

   マカオを拠点に対中国貿易を繰り広げていった

  

 ・1543年にポルトガル人の乗った船が種子島に着いたのをきっかけに、

  ポルトガル人が平戸に来航した

  ※ポルトガル人は、17世紀の初めまで日本と通商関係を持っていた

   →しかし、アジアにおけるポルトガルの勢力は、

    その貿易が王室の独占事業で国内産業の発展につながらなかった

    =そのため、長続きしなかった

 

 ・一方で、スペインは、フェリペ2世の時代にフィリピンを領有した

  →その後、フィリピンをメキシコと結んで、マニラを拠点としたアジアの貿易を行った

 

 

 

 

 

・オランダについて

 

 

 

 ・オランダは、1602年に東インド会社を設立してアジアに進出した

  →その後、ジャワ島のバタヴィア(現在のジャカルタ)を根拠地に、

   ポルトガル人を排除しつつ、香辛料貿易の実験を握っていった

 

 ・また、アンボイナ事件をきっかけに、イギリスの勢力をインドネシアから締め出した

  →さらに、後のオランダ領東インドの基礎を固めた

  →そして、1652年にアジアへの中継地として南アフリカにケープ植民地をきずいた

   ※アンボイナ事件・・1623年に、インドメシア東部のモルッカ諸島のアンボイナ島で、

             オランダ商館襲撃の陰謀を理由にして、雇用日本人を含む

             イギリス商館員の多くをオランダ人が殺害した事件のこと

 

 ・1639年に日本の「鎖国」の体制が完成した後も、日本との貿易を許されたオランダは、

  一時的に台湾も占領した

 

 

ポイント

・アジア市場について、ポルトガルとオランダをおさえる

 

このあたりが今回のポイントです

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