帝国主義時代のイギリスについて

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投稿者:       投稿日時:2013/10/16 19:29      
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帝国主義時代のイギリスについて考えてみます

 

 

・帝国主義時代のイギリスについて

 

 

 ※イギリスは、19世紀のなかばに「世界の工場」と言われていた

  

 ・当時のイギリスは、圧倒的な海軍力の優越を背景に、世界各地で自由貿易を推し進めた

  ※そのため国内では、植民地不要論も一部では提唱されていた

   →しかし、結果的にイギリスの植民地は拡大し続けていった

 

   →イギリスは、2つのパターンで植民地の支配を行った

    ・植民地帝国を維持するために、非白人系植民地では直接支配を行った

    ・白人植民地の多い植民地は、カナダのように自治領にして間接的な支配を行った

 

 

 

 

 ・1870年代以降、イギリスは世界的な不況や、他の工業国との競合に直面する

  ということが起きた

  →すると、保守党のディズレーリという首相は、1875年にスエズ運河会社の

   株式を買収して、運河の経営権を握った

   ※同時に、ロシア=トルコ戦争戦争にも関わって、インドへの道を確保した

 

 ・1880年代に、イギリスはエジプトを支配下に置いた

  →すると、1895年に植民相になったジョセフ=チェンバレンのもとで、

   植民地との連携強化を狙った

   =その結果、以下の3つが自治領になった

    ・1901年にオーストラリア連邦が自治領になった

    ・1907年にニュージーランドが自治領になった

    ・1910年に南アフリカ連邦が自治領になった

 

 ・チェンバレンは、国内の社会問題の解決には、植民地が必要だと考えた

  =そのため、セシル=ローズという人を支援して、

   南アフリカ(南ア、ブール)戦争を起こした

 

 

 

 ・イギリス国内では、フェビアン協会や労働組合が労働者独自の政党を求めた

  →その後、1900年に労働代表委員会が結成された

   =労働代表委員会は、1906年に労働党になった

 

  ※フェビアン協会とは

   ・知識人を中心にした社会主義団体のこと

   ・フェビアン協会では、バーナード=ショーやウェッブ夫妻などが活躍した

   ・その社会主義は、フェビアン社会主義と呼ばれた

 

 ・労働党は、最初は社会主義を目標にかかげた

  →結果的には、ゆるやかな改革をつうじてその実現を目指す方針をとった

 

 

 

 ・1905年には、自由党内閣というのが成立した

  →自由党内閣は、労働党の協力を得て社会改革を実行した

   =そして、1911年には国民保険法を作った

 

 ・さらにイギリスは、ドイツに対抗する海軍の拡張費を得るために、

  ロイド=ジョージ大蔵相は、社会の上層の人達の税の負担を増やした

  ※これに対して、保守党が強い上院が抵抗した

   =そこで政府は1911年に議会法という法律を作った

    →この時に、下院の法案決定権が上院に優先するということを決めた

 

 

 

 

 ・自由党内閣は、1914年にアイルランド自治法を成立させた

  →しかし、イギリス人の多い北アイルランドはこれに反対した

   =そのため、アイルランドの独立を主張するシン=フェイン党という政党と対立した

    ※そして、政府は第一次世界大戦の勃発を理由に、自治法の実施を延期した

 

  ※シン=フェイン党などは上の動きに反発した

   =そのため、一部の独立強硬派が1916年に武装蜂起を起こした

    →しかし、鎮圧されてしまった

 

 

ポイント

・帝国主義時代のイギリスの様子についておさえる

 

このあたりが今回のポイントです

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