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	<title>アラエス &#187; 世界史</title>
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		<title>VALENTINOブランドコピー vogvip.com/brand-17-c0.html ヴァレンティノバッグブランド 偽物 通販</title>
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		<pubDate>Tue, 12 Dec 2023 08:46:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[vogvipcom]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界史全般]]></category>
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		<pubDate>Thu, 24 Nov 2022 03:38:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[vog.agvol.com偽物]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界の先史]]></category>

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		<item>
		<title>ナポレオンによるヨーロッパへの影響とウィーン体制の誕生の理由と流れ</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2538</link>
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		<pubDate>Tue, 06 May 2014 16:53:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[コイングラム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史中期]]></category>
		<category><![CDATA[ウィーン会議]]></category>
		<category><![CDATA[ウィーン体制]]></category>
		<category><![CDATA[ナポレオン]]></category>
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		<category><![CDATA[七月革命]]></category>
		<category><![CDATA[大陸封鎖令]]></category>
		<category><![CDATA[百日天下]]></category>
		<category><![CDATA[第2回対仏大同盟]]></category>
		<category><![CDATA[第一帝政]]></category>
		<category><![CDATA[統領政府]]></category>

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		<description><![CDATA[フランス革命を終わらせたのは、ナポレオン＝ボナパルトという人だった &#160; ※どうやってナポレオンはフランス革命を終わらせたのか ・1799年に、第2回対仏大同盟によって、フランスが危機におちいっていた →そこで、 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2538">ナポレオンによるヨーロッパへの影響とウィーン体制の誕生の理由と流れ</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>フランス革命を終わらせたのは、<strong>ナポレオン＝ボナパルト</strong>という人だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※どうやってナポレオンはフランス革命を終わらせたのか</p>
<p>・1799年に、<strong>第2回対仏大同盟</strong>によって、フランスが危機におちいっていた</p>
<p>→そこで、ナポレオンはエジプトから帰国して、<strong>総裁政府</strong>を倒した</p>
<p>＝この総裁政府を倒した動きを、<strong>ブリュメール18日のクーデター</strong>という</p>
<p>→ナポレオンは、ブリュメール18日のクーデターによって、「革命は終わった」と宣言した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ナポレオンは、フランス革命を終わらせた後、様々なことを行った</p>
<p>・自ら第一統領となって<strong>統領政府</strong>を作った</p>
<p>・フランス銀行を作った</p>
<p>・徴兵制による国民軍を作った</p>
<p>・ナポレオン法典を作って、所有権の確定などを行った</p>
<p>＝このような革命の成功を背景に、1804年にナポレオンが国民投票によって皇帝になった</p>
<p>（＝これを<strong>第一帝政</strong>という）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>第一帝政の後、ナポレオンは以下のようなことを進めた</p>
<p>・1806年に神聖ローマ帝国を消滅させた</p>
<p>・ロシア以外の大陸全体を支配した</p>
<p>・イギリスを経済封鎖によって服従させた</p>
<p>・フランスの産業を保護するために<strong>大陸封鎖令</strong>を出した</p>
<p>・新たな支配地でナポレオン法典を施行した</p>
<p>＝これらの結果、市民革命の考え方がヨーロッパの国々に広まっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※ただし、途中でロシアが大陸封鎖令を破るということが起きた</p>
<p>→そのため、ナポレオンはロシアを倒そうとして、1812年に<strong>ロシア遠征</strong>を行った</p>
<p>※しかし、ナポレオンはロシア遠征でロシアに負ける、ということが起きた</p>
<p>→この出来事によって、ナポレオンの支配に不満を持っていた人たちがナポレオンに対して戦争を起こした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＝結果的に、1813年の<strong>ライプツィヒの戦い</strong>でナポレオンは負けてエルバ島に流された</p>
<p>※一時は脱出して政権を握ったものの、再び敗れ、セントヘレナ島に流された</p>
<p>＝これを<strong>百日天下</strong>という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ナポレオンの没落後は、フランス革命後の変化に対処するため、<strong>ウィーン会議</strong>が開かれた</p>
<p>※ウィーン会議は、オーストリア外相の<strong>メッテルニヒ</strong>という人を中心に、ヨーロッパ諸国の代表が集まって行われた</p>
<p>＝会議によって、<strong>正統主義</strong>にもとづき、各国を革命以前の状態に戻すことを決めた</p>
<p>※正統主義・・革命前の君主に支配権を認める考え方のこと</p>
<p>＝さらに、秩序維持のために<strong>神聖同盟</strong>と<strong>四国同盟</strong>が結ばれた</p>
<p>→この結果成立した国際秩序を<strong>ウィーン体制</strong>という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※ただし、ウィーン体制による、王政を中心としたフランスで、1830年に再び国民が立ち上がった</p>
<p>→その結果、王族で自由主義的な<strong>ルイ＝フィリップ</strong>という人を王位にした</p>
<p>＝この革命を、<strong>七月革命</strong>という</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2538">ナポレオンによるヨーロッパへの影響とウィーン体制の誕生の理由と流れ</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>なぜフランス革命が起きたのか／フランス革命によってどのような動きが出てきたのか</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2533</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2533#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 26 Mar 2014 18:57:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[コイングラム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史中期]]></category>
		<category><![CDATA[アンシャン＝レジーム]]></category>
		<category><![CDATA[ルイ16世]]></category>
		<category><![CDATA[ロベスピエール]]></category>
		<category><![CDATA[三部会]]></category>
		<category><![CDATA[対仏大同盟]]></category>
		<category><![CDATA[市民の革命]]></category>
		<category><![CDATA[民衆の革命]]></category>
		<category><![CDATA[第一共和政]]></category>
		<category><![CDATA[貴族の革命]]></category>
		<category><![CDATA[農民の革命]]></category>

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		<description><![CDATA[フランスの旧体制（アンシャン＝レジーム）は、大きく3つの身分があった ・第一身分・・聖職者 ・第二身分・・貴族 ・第三身分・・平民 ※第一身分と第二身分は、免税などの特権があり、第三身分に対しては領主だった ※第三身分は [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2533">なぜフランス革命が起きたのか／フランス革命によってどのような動きが出てきたのか</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>フランスの旧体制（<strong>アンシャン＝レジーム</strong>）は、大きく3つの身分があった</p>
<p>・第一身分・・聖職者</p>
<p>・第二身分・・貴族</p>
<p>・第三身分・・平民</p>
<p>※第一身分と第二身分は、免税などの特権があり、第三身分に対しては領主だった</p>
<p>※第三身分は、政治的発言が無く、農民と都市の人々が租税や営業活動の制限などでそれぞれ苦しんでいた</p>
<p>→このような状況だったため、第三身分の人達は、不満が限界に達していた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一方、当時のフランスは、軍事費と<strong>マリ＝アントワネット</strong>を中心とした宮廷の浪費が原因で、国家は破産状態だった</p>
<p>→そこで、当時の国王<strong>ルイ16世</strong>が特権身分（第一身分と第二身分）に課税することで問題を解決させようとした</p>
<p>→課税に特権身分は反対し、王に<strong>三部会</strong>の開催を約束させた（＝<strong>貴族の革命</strong>）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※なぜ三部会を開かせようとしたのか</p>
<p>・そもそも三部会とは・・なにかを決める時、第一身分と第二身分と第三身分全てを含んだ多数決で何かを決めるという集まりのこと</p>
<p>→この仕組みだと、第一身分と第二身分が結束すると、必然的に特権身分が物事を決めることが出来るようになる</p>
<p>＝そのため、三部会を開くことで、特権身分の課税を撤廃しようとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、1789年に実際に三部会が開かれると、第三身分とそれに同調する貴族や聖職者が、三部会に反対するようになった</p>
<p>→そこで、国民議会を作り、憲法制定に向かうようになっていった</p>
<p>＝これを、<strong>球戯場の誓い</strong>という</p>
<p>※国民議会に対して、軍が用意され、弾圧しようとする動きが見られた</p>
<p>→この動きに対してパリの人々は、バスティーユ襲撃をして、革命が始まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>パリの様子を聞いて、農民も立ち上がった</p>
<p>→そのため、革命がフランス全土に広がっていった（＝<strong>農民の革命</strong>）</p>
<p>→国民会議では、以下のような動きが見られた</p>
<p>・封建的特権の廃止</p>
<p>・人権宣言の発布</p>
<p>・立憲君主制と制限選挙を柱とする憲法を制定</p>
<p>＝これら一連の流れを、<strong>市民の革命</strong>という</p>
<p>→そして、憲法による選挙で立法議会が成立した</p>
<p>＝立法議会は、ジロンド派の主導によって、1792年に干渉を宣言したオーストリアに宣戦し、立法議会とオーストリアとの間で戦争が始まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※ただし、戦争によって、革命が失敗する可能性が出てきた</p>
<p>→その時に、サン＝キュロットと呼ばれるパリの民衆が、議会に関わって革命を急激に進めた（＝<strong>民衆の革命</strong>）</p>
<p>＝この動きの結果、普通選挙で国民公会が成立した（＝これを<strong>第一共和政</strong>という）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>国民公会では、民主主義の実現を目指す急進派のジャコバン派が主導権を握った</p>
<p>＝そして、ジャコバン派は1793年にルイ16世を処刑した</p>
<p>※ただし、ルイ16世の処刑を見て、ヨーロッパの君主国は革命が自分の国でも起きることを恐れた</p>
<p>＝そのため、ヨーロッパ君主国は、イギリスの呼びかけで、<strong>第1回対仏大同盟</strong>を結成した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、戦争が拡大することで、国内でも革命反対派という人達の勢力が強まっていった</p>
<p>→そこで、ジャコバン派の指導者だった<strong>ロベスピエール</strong>という人は、革命反対派を次々に処刑していった</p>
<p>＝このように、人々の恐怖心でコントロールする政治を恐怖政治といい、ロベスピエールは恐怖政治で危機を乗り切ろうとした</p>
<p>※ロベスピエールは、物価の統制や地代の無償の廃止などを行う形で、人々の要求にこたえた</p>
<p>→結果的に、戦争で入ってきた外国の軍を国外に追い出すことに成功した</p>
<p>※国外に追い出したあと、当時の統制や独裁への不満が表面化してきた</p>
<p>＝そのため、1794年に恐怖政治が倒され、ロベスピエールが処刑されて、総裁政府が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>フランス革命によって、いくつかの動きが見られるようになった</p>
<p>・イギリスやアメリカでの革命の流れを受け継いだことで、身分制の枠組みを徹底的に壊した</p>
<p>・封建制度を廃止し、市民社会を理想とした</p>
<p>・一国の政治が人々の生活全体を決めていくようになった</p>
<p>※封建社会の時は、地域ごとに法も習慣も違った</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2533">なぜフランス革命が起きたのか／フランス革命によってどのような動きが出てきたのか</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>アメリカが独立する時の動きと流れ</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2531</link>
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		<pubDate>Sat, 15 Mar 2014 20:50:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[コイングラム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史前期]]></category>
		<category><![CDATA[13植民地]]></category>
		<category><![CDATA[アメリカ合衆国]]></category>
		<category><![CDATA[イギリスとアメリカ]]></category>
		<category><![CDATA[パリ条約]]></category>
		<category><![CDATA[ボストン茶会事件]]></category>
		<category><![CDATA[ワシントン]]></category>
		<category><![CDATA[七年戦争]]></category>
		<category><![CDATA[先住民]]></category>
		<category><![CDATA[茶法]]></category>
		<category><![CDATA[黒人奴隷]]></category>

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		<description><![CDATA[北アメリカの東海岸に、18世紀半ばまでに、イギリス人による13植民地が成立していた ※その時に、人々が植民地ごとに議会を作って自治を行い、様々な産業を発展させた →イギリスは、自国に必要な原料などの生産を植民地に求め、自 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2531">アメリカが独立する時の動きと流れ</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>北アメリカの東海岸に、18世紀半ばまでに、イギリス人による<strong>13植民地</strong>が成立していた</p>
<p>※その時に、人々が植民地ごとに議会を作って自治を行い、様々な産業を発展させた</p>
<p>→イギリスは、自国に必要な原料などの生産を植民地に求め、自国の利益を損なう産業を禁止した</p>
<p>※ただし、取り締まりは緩く、植民地の人達はイギリスとの通商の間で利益を得ていたために、対立は少なかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、1756年にオーストリアとプロイセンとの間で<strong>七年戦争</strong>が発生した</p>
<p>※この時にイギリスは莫大な戦費に苦しんだ</p>
<p>→そのためイギリスは、植民地の人々にも戦費を負担させようとして、植民地の課税を強化した</p>
<p>＝この課税に対して反対運動が起き、独立運動の起点になっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>課税については、植民地の人達がいない状況でイギリスの人達だけで、<strong>印紙法</strong>や<strong>茶法</strong>などを決めた</p>
<p>→この課税に対して、植民地の人々は反対した</p>
<p>※代表的な例として、<strong>ボストン茶会事件</strong>がある</p>
<p>※ボストン茶会事件・・茶法に反対する植民地の人達が、紅茶を港に投げ込んだ事件のこと</p>
<p>→ボストン茶会事件に対して、イギリスが武力で解決しようとした</p>
<p>＝そのため、1774年に13植民地が大陸会議を開いて強く抗議した</p>
<p>※1775年には、独立戦争が始まった</p>
<p>→そして、1776年にジェファソンという人が作った独立宣言で自由と平等の戦いを宣言した</p>
<p>※植民地軍の総司令官は、七年戦争で活躍した<strong>ワシントン</strong>という人が担当した</p>
<p>→ワシントンは、フランクリンという人の協力も得て、独立戦争を勝利させた</p>
<p>＝この結果、1783年の<strong>パリ条約</strong>で独立が認められ、<strong>アメリカ合衆国</strong>が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※アメリカでは、以下のような動きが起きた</p>
<p>・1787年に合衆国憲法が作られた</p>
<p>・1789年に初代大統領としてワシントンが就任した</p>
<p>※合衆国憲法によって、アメリカは共和政、連邦国家、三権分立を採用した</p>
<p>→独立宣言や憲法は、フランス革命などにも影響を与えている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※ただし、独立宣言や憲法で示されている「自由・平等」を実現できたのは白人だけだった</p>
<p>＝<strong>先住民</strong>や<strong>黒人奴隷</strong>は、<span style="text-decoration: underline">独立後も抑圧的</span>だった</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2531">アメリカが独立する時の動きと流れ</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>近代ヨーロッパの国際秩序と国際関係と革命</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2520</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2520#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 04 Mar 2014 19:15:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[コイングラム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[中世ヨーロッパ史]]></category>
		<category><![CDATA[ウエストファリア条約]]></category>
		<category><![CDATA[エリザベス1世]]></category>
		<category><![CDATA[ルイ14世]]></category>
		<category><![CDATA[三十年戦争]]></category>
		<category><![CDATA[主権国家体制]]></category>
		<category><![CDATA[名誉革命]]></category>
		<category><![CDATA[権利章典]]></category>
		<category><![CDATA[清教徒革命]]></category>
		<category><![CDATA[科学の世紀]]></category>
		<category><![CDATA[近代国家]]></category>

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		<description><![CDATA[16世紀頃に、イギリス、フランス、オランダを中心に、ヨーロッパが近代国家へ向かい始めた &#160; &#160; 〇近代国家への歴史的流れ ・宗教対立をきっかけに、1618年から三十年戦争が起きた ※三十年戦争は、宗教 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2520">近代ヨーロッパの国際秩序と国際関係と革命</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>16世紀頃に、イギリス、フランス、オランダを中心に、ヨーロッパが<strong>近代国家</strong>へ向かい始めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>〇近代国家への歴史的流れ</p>
<p>・宗教対立をきっかけに、1618年から<strong>三十年戦争</strong>が起きた</p>
<p>※三十年戦争は、宗教対立であったが途中から国家間の利害対立が争いの中心になった</p>
<p>＝その結果、1648年に<strong>ウェストファリア条約</strong>という、史上初の国際条約が出来た</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※中世では、教皇と皇帝の権力はヨーロッパの全てを支配する秩序だったが、ウェストファリア条約によって、中世での国際秩序が崩れた</p>
<p>＝代わりに、<strong>主権国家体制</strong>が作られ、新しい枠組みとなった</p>
<p>※主権国家体制・・一定の領域と独立した主権を持った国々が、対等な外交関係で結びつくという国際的秩序のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※国家間の対立は、戦争を避けるために、外交や条約、国際会議などで調整されるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>フランスの<strong>ルイ14世</strong>は、絶対君主（王を絶対的な主権者とするというスタイル）の典型となった</p>
<p>→この時にフランスは、以下のようなことを行った</p>
<p>・官僚制や常備軍を用意した</p>
<p>・重商主義政策を進めた</p>
<p>・君主を中心に、君主が前面にたって自国内の政治や経済の一体化を目指した</p>
<p>※他のヨーロッパの国々も、フランスと同様の政策を進め、対外進出を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>イギリスは、<strong>エリザベス1世</strong>の時に、以下のようなことを行い、イギリスの発展の基礎を作った</p>
<p>・国教会を確立した</p>
<p>・東インド会社を作った</p>
<p>・北アメリカ植民地の開拓など、対外進出を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>エリザベス1世の後、イギリスで<strong>専制政治</strong>（国王が意図的に統治する政治）が強まった</p>
<p>→専制政治によって、議会との対立が強まった</p>
<p>※1649年には、清教徒のクロムウェルが当時の国王チャールズ1世を処刑し、共和制を実現した</p>
<p>＝この動きを<strong>清教徒革命</strong>という</p>
<p>→クロムウェルは、アイルランドを征服し、独裁政治を行った</p>
<p>※ただし、クロムウェルの死で復活した王政（復古王政）も専制的だった</p>
<p>＝そのため1688年に、議会はオランダから新しい王様を迎えた</p>
<p>※この新しい王様を受け入れる動きは、無血で成功したため、<strong>名誉革命</strong>という</p>
<p>→名誉革命の時に、権利章典が定められ、王権に対して議会が優位になった</p>
<p>※<strong>権利章典</strong>・・王が議会に従うことを明らかにしたもの</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※名誉革命によって、王家が断絶した</p>
<p>→その後、18世紀に責任内閣制、その後に憲法と立憲君主制が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※17世紀は、「<strong>科学の世紀</strong>」と呼ばれた</p>
<p>→当時は、ガリレオやニュートンなどによって、自然科学が急激に進歩した</p>
<p>※この進歩の中で、理論（法則）を数学によって正確に表現し、業績を競い合う自然科学のスタイルが生まれた</p>
<p>→理論は、実用的な技術にも応用された</p>
<p>＝そのため、航海術や軍事技術も発展し、ヨーロッパの世界進出に大きな役割を果たした</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2520">近代ヨーロッパの国際秩序と国際関係と革命</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>スペインとポルトガルから始まった大航海時代の時の動きとその影響</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2507</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2507#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 21 Feb 2014 01:00:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[コイングラム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代ヨーロッパ史初期]]></category>
		<category><![CDATA[オスマン帝国]]></category>
		<category><![CDATA[コロンブス]]></category>
		<category><![CDATA[マゼラン]]></category>
		<category><![CDATA[価格革命]]></category>
		<category><![CDATA[商業革命]]></category>
		<category><![CDATA[大航海時代]]></category>
		<category><![CDATA[生活革命]]></category>
		<category><![CDATA[香辛料]]></category>
		<category><![CDATA[黒人奴隷]]></category>

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		<description><![CDATA[大航海時代の始まり・・スペインとポルトガル &#160; スペインとポルトガルは、航海術、羅針盤、新知識などを使って海外渡航を始めた ※なぜ、海外渡航をする必要があったのか ・ヨーロッパで使われていた香辛料は、長い間地中 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2507">スペインとポルトガルから始まった大航海時代の時の動きとその影響</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p><strong>大航海時代</strong>の始まり・・<strong>スペイン</strong>と<strong>ポルトガル</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>スペインとポルトガルは、航海術、羅針盤、新知識などを使って<strong>海外渡航</strong>を始めた</p>
<p>※なぜ、海外渡航をする必要があったのか</p>
<p>・ヨーロッパで使われていた<strong>香辛料</strong>は、長い間地中海を経由してアジアから輸入されていた</p>
<p>→しかし、15世紀半ばになると、ヨーロッパとアジアとの間に<strong>オスマン帝国</strong>が入って利益を独占するようになってきた</p>
<p>＝そのため、香辛料を輸入するための新しい道が必要になり、海外渡航を始めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※どのような海外渡航が行われたのか</p>
<p>・ポルトガル・・アフリカ南端の喜望峰に到達、1498年に<strong>ヴァスコ＝ダ＝ガマ</strong>がインドに到達した</p>
<p>・スペイン・・スペイン女王イサベルの援助を受けながら<strong>コロンブス</strong>が航海に出て、1492年に西インドのサンサルバドル島に到達、</p>
<p>また、<strong>マゼラン</strong>がインドを目指したがフィリピンで戦死し、残った部下によって世界一周が達成された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※海外渡航の影響</p>
<p>・コロンブスの到達後に、スペイン人が中南米に進出した</p>
<p>→スペイン人は、アステカ王国やインカ帝国を滅ぼし、幅広い文明を消滅させた</p>
<p>→征服したスペイン人は、国王の許可を得てアステカ王国やインカ帝国にいた人達（先住民）に納税や労働を強制した</p>
<p>※ただし、先住民は重労働と疫病が原因で、数が激減してしまった</p>
<p>＝そのため、スペイン人はアフリカから<strong>黒人を奴隷として輸入した</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※奴隷については、ローマ＝カトリック教会も文化を理解できないまま、奴隷の改宗とスペイン文化の浸透を進め、先住民の社会を大きく変えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・新航路が開拓されたことによって、世界の地域間の結びつきが、ヨーロッパ優位のもとで深まった</p>
<p>※この時に、ヨーロッパに以下のような変化が起きた</p>
<p>・商業の中心が地中海から大西洋岸に移り、イタリアが停滞した（＝<strong>商業革命</strong>）</p>
<p>・「新大陸」であるスペインの植民地から銀が大量に流入し、人口増加したため、物価が急速に上がった（＝<strong>価格革命</strong>）</p>
<p>・「新大陸」から様々な栽培作物が伝わった（＝<strong>生活革命</strong>）</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2507">スペインとポルトガルから始まった大航海時代の時の動きとその影響</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>中世からのルネサンスと宗教改革の流れと動き</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2488</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2488#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 11 Feb 2014 05:03:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[コイングラム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代ヨーロッパ史初期]]></category>
		<category><![CDATA[イエズス会]]></category>
		<category><![CDATA[カトリック]]></category>
		<category><![CDATA[カルヴァン]]></category>
		<category><![CDATA[プロテスタント]]></category>
		<category><![CDATA[ルター]]></category>
		<category><![CDATA[ルネサンス]]></category>
		<category><![CDATA[ローマ＝カトリック]]></category>
		<category><![CDATA[三大発明]]></category>
		<category><![CDATA[宗教改革]]></category>
		<category><![CDATA[対抗宗教改革]]></category>

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		<description><![CDATA[※中世までのヨーロッパ文化・・ローマ＝カトリック教会の影響が強かった →しかし、中世末期に教会の権威が衰えた ＝その結果、神に仕える生き方から、人間の個性や自由を求める考え方が生まれた ※個性や自由を求める考えのベースは [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2488">中世からのルネサンスと宗教改革の流れと動き</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>※中世までのヨーロッパ文化・・<strong>ローマ＝カトリック教会</strong>の影響が強かった</p>
<p>→しかし、中世末期に<strong>教会の権威が衰えた</strong></p>
<p>＝その結果、神に仕える生き方から、<strong>人間の個性や自由を求める考え方</strong>が生まれた</p>
<p>※個性や自由を求める考えのベースは、<strong>古代ギリシア・ローマ文化</strong>だった</p>
<p>→このように、古代文化を復興させ、自分たちの生き方に役立てようとした運動を<strong>ルネサンス</strong>という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ルネサンスによって、以下のようなことが起きた</p>
<p>・<strong>レオナルド＝ダ＝ヴィンチ</strong>や<strong>ミケランジェロ</strong>などの芸術家が出てきた</p>
<p>・<strong>三大発明</strong>（火薬、羅針盤、活版印刷）が誕生した</p>
<p>※火薬（火砲）・・剣で戦う騎士の没落をはやめた</p>
<p>※羅針盤・・海外への進出を容易にした</p>
<p>※活版印刷術・・聖書の普及をはやめ、宗教改革に貢献した（<strong>グーテンベルク</strong>）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ルネサンスが最盛期を迎えた時に、ドイツで<strong>ルター</strong>の<strong>宗教改革</strong>が始まった</p>
<p>※ルターは、<span style="text-decoration: underline">贖宥状（信者の罪を免除する証書）と教皇の権威を否定</span>して、<strong>聖書だけ信仰すること</strong>を求めた</p>
<p>→ルターの動きに対して、教会の権力に不満を持っていた諸侯や民衆も、聖書で社会を変えようとした（<strong>プロテスタント</strong>）</p>
<p>※ただしルターは、人々の急激な運動を否定したため、民衆の急激な運動を武力でおさえつけた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、<strong>カルヴァン</strong>という人が、スイスで宗教改革を始めた</p>
<p>→カルヴァンは<strong>予定説</strong>を提唱し、富を蓄積することを肯定した</p>
<p>※予定説・・魂が救われるかどうかは、前もって定められているという考え方のこと</p>
<p>＝この予定説をもとに、禁欲的に労働を行うことが神の意志にかなうと考えた</p>
<p>※予定説は、西欧の商工業者に受け入れられた</p>
<p>※西欧の商工業者は、富を蓄えることを教会から非難されていたために、蓄財を認める予定説を支持した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>宗教改革に対して、ローマ＝カトリック教会は自分たちの動きを反省した</p>
<p>→その後、教会が教皇の権威を再確認した</p>
<p>＝その結果、聖職者の規律を正して、宗教改革の普及を食い止めようとした（＝<strong>対抗宗教改革</strong>）</p>
<p>※対抗宗教改革のために、<strong>イエズス会</strong>という組織が作られた</p>
<p>→イエズス会は、世界各地で布教活動を行って、カトリックの信仰を普及させた</p>
<p>※この布教活動はアジアにも広がった</p>
<p>→そのため、1549年には<strong>フランシスコ＝ザビエル</strong>が日本で布教を始めた</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2488">中世からのルネサンスと宗教改革の流れと動き</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>日本と世界の時代区分ってこれでいいのでしょうか？</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2477</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2477#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 07 Feb 2014 18:51:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マミ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界史全般]]></category>
		<category><![CDATA[中世]]></category>
		<category><![CDATA[古代]]></category>
		<category><![CDATA[時代区分]]></category>
		<category><![CDATA[現代]]></category>
		<category><![CDATA[近世]]></category>
		<category><![CDATA[近代]]></category>

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		<description><![CDATA[時代区分はいろいろ議論があるみたいなので、ちょっとだけ調べて書いてみました。 コメントなんかを参考に、どんどん修正していくことにします。 あと、他にどのような時代区分が必要か教えていただきたいです。 （もしかしたら、時代 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2477">日本と世界の時代区分ってこれでいいのでしょうか？</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>時代区分はいろいろ議論があるみたいなので、ちょっとだけ調べて書いてみました。</p>
<p>コメントなんかを参考に、どんどん修正していくことにします。</p>
<p>あと、他にどのような時代区分が必要か教えていただきたいです。</p>
<p>（もしかしたら、時代区分自体が必要ないかもしれませんが、そのあたりも教えていただきたいです。）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>日本</p>
<p>・古代　：　古墳時代～平安時代</p>
<p>・中世　：　鎌倉時代～戦国時代</p>
<p>・近世　：　安土桃山時代～江戸時代</p>
<p>・近代　：　明治時代～第二次世界大戦前</p>
<p>・現代　：　第二次世界大戦後</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ヨーロッパ</p>
<p>・古代　：　～西ローマ帝国の滅亡</p>
<p>・中世　：　西ローマ帝国（古代ローマ帝国）の滅亡～東ローマ帝国（ビザンツ帝国）の滅亡</p>
<p>・近世　：　ルネサンス、宗教改革、大航海時代</p>
<p>・近代　：　～第一次世界大戦</p>
<p>・現代　：　第一次世界大戦後～</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>イスラム</p>
<p>・古代　：　～アッバース朝の衰退</p>
<p>・中世　：　ファーティマ朝・ブワイフ朝～イスラム帝国の誕生</p>
<p>・近世　：　オスマン朝・サファヴィー朝・ムガル帝国</p>
<p>・近代　：　</p>
<p>・現代</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>アジア</p>
<p>・古代　：　～後漢中期</p>
<p>・中世　：　魏晋南北朝時代～唐中期</p>
<p>・近世　：　宋～清</p>
<p>・近代</p>
<p>・現代</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2477">日本と世界の時代区分ってこれでいいのでしょうか？</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>あっさりとした中世ヨーロッパ史　【封建社会と教会】</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2465</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2465#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 03 Feb 2014 22:06:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[コイングラム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[中世ヨーロッパ史]]></category>
		<category><![CDATA[ギリシア正教会]]></category>
		<category><![CDATA[ビザンツ帝国]]></category>
		<category><![CDATA[フランク王国]]></category>
		<category><![CDATA[マグナ＝カルタ]]></category>
		<category><![CDATA[ユスティニアヌス帝]]></category>
		<category><![CDATA[レコンキスタ]]></category>
		<category><![CDATA[ローマ＝カトリック教会]]></category>
		<category><![CDATA[十字軍]]></category>
		<category><![CDATA[封建社会]]></category>
		<category><![CDATA[聖職者]]></category>

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		<description><![CDATA[ゲルマン人の一部は、フランク人として大陸西北部に王国を形成した →フランク人は、西ヨーロッパ全体に支配を広げ、フランク王国を作った ＝その結果、800年にカール大帝という人がローマ教皇からローマ皇帝という位を授かった &#038; [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2465">あっさりとした中世ヨーロッパ史　【封建社会と教会】</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ゲルマン人の一部は、<strong>フランク人</strong>として大陸西北部に王国を形成した</p>
<p>→フランク人は、西ヨーロッパ全体に支配を広げ、<strong>フランク王国</strong>を作った</p>
<p>＝その結果、800年に<strong>カール大帝</strong>という人がローマ教皇からローマ皇帝という位を授かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>カール大帝は、<strong>ローマ＝カトリック教会</strong>の守護者になった</p>
<p>→カール大帝は守護者として西ヨーロッパを、東ローマ帝国に対抗するための統一した地域としてまとめた</p>
<p>※東ローマ帝国は、後に<strong>ビザンツ帝国</strong>になる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>→その後、フランク王国は分裂し、別々の国として発展した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>時代が進むにつれ、西ヨーロッパでは社会での役割に応じた、以下のような身分制度が確立し、はっきり区別された</p>
<p>・神へ奉仕する<strong>聖職者</strong></p>
<p>・土地を支配して、武力を独占する<strong>戦士</strong></p>
<p>・土地の支配者の所有地で働く生産者（領主の荘園で労働する<strong>農奴</strong>）</p>
<p>※戦士は、国王などから土地を授かって騎馬戦士として仕える騎士（<strong>騎馬戦士</strong>）に分かれた</p>
<p>＝このような、身分階層を持った社会を、<strong>封建社会</strong>という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一方で、東ローマ帝国（ビザンツ帝国）は、西ヨーロッパ帝国が滅亡した後も、皇帝の支配のもとで続いた</p>
<p>→東ローマ帝国のトップだった<strong>ユスティニアヌス帝</strong>は、6世紀の時に東ヨーロッパを大帝国へ復興させた</p>
<p>※ただし、その後はだんだんと領土が縮小した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>東ローマ帝国は、<strong>専制君主</strong>（世俗の支配権と最高の宗教的権威を持つ制度）だった</p>
<p>→東ローマ帝国は、11世紀にローマ＝カトリック教会と完全に分けた<strong>ギリシア正教会</strong>を成立させた</p>
<p>※ギリシア正教会の成立によって、東ローマ帝国はギリシア文化を継承した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※東ヨーロッパでは、ゲルマン人が西側に移動したとき、<strong>スラヴ人</strong>という人達が入ってきた</p>
<p>→スラヴ人は、ビザンツ帝国の影響を受け、ギリシア正教会を受け入れていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>11～12世紀には、ヨーロッパの<strong>封建社会</strong>が大きく発展した</p>
<p>※この時に、ローマ＝カトリック教会の勢いも強まってきていた</p>
<p>→そのため、ローマ＝カトリック教会は、以下のようなことを行った</p>
<p>・教皇や司祭などの強固な階層組織を築いて独立した</p>
<p>・教えを整え、民衆の信仰心をローマ＝カトリック教会の教えの中に取り込んだ</p>
<p>・小さな集落に教会堂という高い塔ができ、民衆に支えられるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>教皇（ローマ＝カトリック教会のトップ）は、聖地イエルサレムをイスラームから奪うことを考えて、<strong>十字軍</strong>を作った</p>
<p>※十字軍は、何度も作られながらも、結果的に失敗した</p>
<p>→この失敗によって、教皇の権威が衰えた</p>
<p>→一方で、十字軍をきっかけとして東方との交流が増えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>10世紀までのヨーロッパ社会は、自給自足的な農業生活に頼ってきた</p>
<p>→11～12世紀には、農業生産力の上昇、人口増加、ヒトとモノとの活発な移動が起きた</p>
<p>※この移動によって、農村から離れる人達が出てきた</p>
<p>→農村から離れた人たちからは、職人などの専門職や商人などが多く出てきた</p>
<p>＝職人や商人などは、農村とは違う別の生活や仕組みが見られるようになり、<strong>都市</strong>が誕生した</p>
<p>※都市は周囲を巻き込んでどんどん発展し、のちのルネサンス文化の誕生に貢献した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ヨーロッパの中でもイギリスは、国王の力が強かった</p>
<p>→そのため、13世紀に国王の暴走を抑えようと考えた貴族の動きが強まった</p>
<p>＝その結果、<strong>マグナ＝カルタ</strong>が発布された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>→さらに、14～15世紀になると、凶作、飢餓、<strong>ペスト</strong>の流行などによる人口の激減、民衆の反乱や百年戦争などの危機的な出来事が起きた</p>
<p>＝この結果、以下の2つの動きが見られた</p>
<p>・弱小の領主が没落した</p>
<p>・国王や大諸侯は軍事力を使って危機を克服し、領地を拡大して富と権威を増やした</p>
<p>→そして、富と権威を増やした国王や大諸侯は、<strong>中央集権的な国家</strong>を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※同時に、イベリア半島で<strong>レコンキスタ</strong>を達成した王権の力が強まった</p>
<p>→その勢いは、海外進出にも向けられた</p>
<p>※レコンキスタ・・イベリア半島からイスラーム王朝を追い出して、国土を再征服しようとした運動のこと</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2465">あっさりとした中世ヨーロッパ史　【封建社会と教会】</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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